第十三話 ヨッシーの珍道中
第十三話 ヨッシーの珍道中
旅行に、オウムを連れて行く。
そう決めたのは、僕だった。
鬼怒川温泉へ一泊二日。友人から誘われたとき、僕は久しぶりの旅行を楽しみにしていた。
ところが、ヨッシーをどうするか考え始めると、話は簡単ではなくなった。
鳥を預かってくれる施設を探す。食事のことを考える。知らない場所で、ヨッシーが落ち着いて過ごせるかも考える。
そして、ふと思った。
だったら、連れて行けばいいんじゃないか。
もちろん、どこへでも連れて行けるわけではない。宿泊先に鳥を連れて行ってよいか確認しなければならないし、車の中では専用のキャリーに入ってもらう必要もある。
調べてみると、温泉付きのグランピング施設が見つかった。鳥の同伴についても相談できる。
友人に電話すると、しばらく沈黙があった。
「……鳥?」
「うん。ヨッシー」
「いや、ヨッシーって名前は知ってるよ。そうじゃなくて、旅行に鳥を連れてくるの?」
「そう」
「お前、いつからそんなに行動的になったんだ?」
「僕も、よくわからない」
これは正直な答えだった。
以前の僕なら、旅行に行くこと自体、少し迷っていたかもしれない。
でも今は、ヨッシーがいる。
僕の都合だけで決められないことが増えた。その一方で、僕ひとりなら考えもしなかったことを、考えるようにもなった。
「まあ、施設が大丈夫ならいいけどさ」
友人は、最後には笑って了承してくれた。
こうして、僕たちの旅行に、白いオウムが一羽加わることになった。
*
出発の朝。
「タカシ、オハヨ!」
「おはよう。今日は旅行だよ」
「サンポ! サンポ!」
「散歩じゃなくて、旅行」
「リンゴ! リンゴ!」
「……旅行の説明は、あとでいいか」
ヨッシーにリンゴを用意し、いつもの食事や必要なものを確認する。使い慣れたキャリーも準備した。
荷物を積み終えたころ、友人が車で迎えに来た。
「おはよう。準備できた?」
「うん。ヨッシーも大丈夫」
友人がキャリーをのぞき込む。
「おはよう、ヨッシー」
「コンニチハ!」
「朝だけどね」
「リンゴ!」
「……なるほど。会話が成立しているようで、成立していないな」
「それがヨッシーだから」
僕はキャリーを車内の安全な位置に固定した。走行中に動かないことを確かめてから、僕たちは出発した。
車が走り始めると、ヨッシーはしばらく窓の外を眺めていた。
「ヨッシー、旅行は初めてかな」
僕が話しかけると、
「タカシ、オハヨ!」
と返ってきた。
「まだ朝だと思っているのかな」
「いや、今、起きたばかりなのはお前のほうだろ」
友人が笑った。
確かに、ヨッシーはいつもどおりだった。
変わったのは、僕たちのほうなのかもしれない。
*
最初のサービスエリアに着いた。
友人がトイレに行き、僕はヨッシーの様子を確かめながら、休憩を取った。
すると、近くを通った小さな男の子が、キャリーの中のヨッシーに気づいた。
「ママ、鳥さん!」
母親が足を止める。
「本当だ。こんにちはって言ってみる?」
男の子が、おそるおそる近づいた。
「こんにちは」
ヨッシーが、すかさず答えた。
「コンニチハ!」
男の子の目が丸くなった。
「しゃべった!」
「うん。こんにちは、だって」
母親も驚いている。
「すごいねえ。お名前は?」
「ヨッシーだよ」
僕が答えるより早く、ヨッシーが叫んだ。
「リンゴ!」
男の子は大笑いした。
「リンゴが好きなの?」
「リンゴ! リンゴ!」
「そうなんだ。よかったねえ」
母親が笑いながら男の子を連れて行く。
僕は、なんだか申し訳ないような、誇らしいような気持ちになった。
そこへ、戻ってきた友人が合流した。
「何があった?」
「挨拶してた」
「誰が?」
「ヨッシーが」
友人はキャリーを見た。
「お前より社交的じゃないか」
「否定できない」
「しかも、もうファンができている」
「ファンなのかな」
「少なくとも、俺より人気がある」
ヨッシーは、そんな僕たちの会話など気にせず、
「コンニチハ!」
と、通りかかった人に向かって言った。
僕たちは、そろって笑ってしまった。
*
次の休憩では、友人がコーヒーを買ってきた。
「ヨッシー、疲れてないか?」
「オカエリ!」
「いや、まだ帰ってないんだけど」
友人はコーヒーを持ったまま、立ち止まった。
「……こいつ、俺のことを理解しているのか?」
「どうだろう。言葉を覚えているだけかもしれない」
「それでも、タイミングが絶妙なんだよな」
ヨッシーは、こちらを見ている。
何を考えているのか、僕にはわからない。
ただ、いつも聞いている言葉を、いつものように口にしているのだろう。
それでも、その声を聞くと、僕たちは笑ってしまう。
言葉の意味をどこまで理解しているかはわからない。けれど、ヨッシーの言葉が、僕たちの会話を増やしていることは確かだった。
僕は、そういうこともあるのだと思った。
*
宿泊先に着くころには、友人もすっかりヨッシーの扱いに慣れていた。
もちろん、慣れたといっても、ヨッシーが何を言い出すか予測できるようになったわけではない。
施設のスタッフに鳥の同伴について改めて確認し、用意された部屋で、ヨッシーが落ち着いて過ごせるように環境を整えた。
屋外の焚き火や煙から離れた場所で、キャリーから出すときも安全に気を配る。
僕たちが温泉に入る間は、ヨッシーを部屋で休ませることにした。
「せっかく温泉に来たのに、ヨッシーは入れないんだな」
友人が言った。
「鳥だからね」
「まあ、そりゃそうか」
僕たちは顔を見合わせて笑った。
夕食を終え、部屋でくつろいでいると、ヨッシーが突然、
「タカシ、オハヨ!」
と叫んだ。
「もう夜だよ」
僕が答える。
「コンニチハ!」
「時間が戻ったな」
友人が笑いながら言った。
それからヨッシーは、しばらく静かにしていた。
窓の外では、夜の空気がゆっくりと冷えていく。
僕は、今日の出来事を思い返した。
旅行に出る前は、ヨッシーを連れて行くことが、少し大げさなことのように思えた。
でも、サービスエリアで出会った親子。友人の笑い声。初めて見る景色。
ヨッシーがいたから、僕たちの旅には、予定になかった出来事がいくつも加わった。
それは、困ったことばかりではなかった。
「タカシ」
ヨッシーが言った。
「なに?」
「リンゴ!」
「明日の朝ね」
僕は笑って答えた。
友人が、あきれたように首を振った。
「結局、今日一日、リンゴに始まってリンゴに終わるのか」
「そうみたいだね」
僕たちは、また笑った。
明日は、鬼怒川の町を少し歩いてみよう。
ヨッシーが何に出会い、何をしゃべるのかは、わからない。
でも、きっと何かが起きる。
そう思うと、僕は明日の朝が、少し楽しみになった。




