第十二話 ヨッシーの、ホテル探し
第十二話 ヨッシーの、ホテル探し
その電話がかかってきたのは、木曜日の夕方だった。
「タカシ、久しぶり。今度の土日、空いてる?」
大学時代の友人からだった。
「土日? まあ、空いてるけど」
「鬼怒川に行かないか。一泊二日。温泉旅館を予約しようと思ってるんだけど、一人で行くのも味気ないからさ」
鬼怒川温泉。
タカシは、スマートフォンを耳に当てたまま、少し考えた。
温泉に入って、うまいものを食べて、翌日はのんびり帰ってくる。
悪くない。
いや、かなり魅力的だ。
「いいね。行こうかな」
「よし、決まり。あとで宿の情報を送るよ」
電話が切れた。
タカシは、しばらくスマートフォンを見ていた。
旅行なんて、いつ以来だろう。
彼女が生きていたころは、二人で出かけることもあった。旅行の計画を立てるときは、彼女のほうが積極的だった。
タカシが宿の候補をいくつか挙げると、彼女は料理の写真を見て、部屋の写真を見て、最後にはたいてい別の宿を選んだ。
「だって、こっちのほうがよさそうじゃない?」
そう言って笑っていた顔が、一瞬、浮かんだ。
タカシは小さく息を吐いた。
それから、部屋の隅に目を向けた。
ヨッシーが、止まり木の上で羽づくろいをしている。
「……あ」
そうだった。
こいつを、どうする。
「ヨッシー」
「ナニ?」
「いや、ちょっと相談があるんだけど」
「リンゴ!」
「まだリンゴの話はしてないよ」
ヨッシーは、タカシを見たあと、また羽づくろいを始めた。
タカシはスマートフォンを持ち直した。
一泊二日くらい、どうにかなるだろう。
そう思って検索を始めたのだが、すぐに考えが甘かったことを思い知らされた。
鳥を預かってくれる施設はある。
しかし、どこでもいいわけではない。
犬や猫を預かるペットホテルがあっても、鳥は対象外だったり、インコは受け入れていてもオウムは難しかったりする。
ヨッシーはコバタンだ。
しかも、よく喋る。
タカシは検索結果を行ったり来たりしながら、何度も首をひねった。
「鳥専門のホテル……か」
ようやく候補を見つけると、今度は受け入れ条件を調べた。
健康状態。食事。普段の生活。持参するもの。
施設によっては、事前の健康チェックや予約が必要らしい。
「一泊なのになあ」
思わず、声が出た。
そのとき、ヨッシーが反応した。
「イッパク?」
「いや、旅行の話」
「リョコウ?」
「……お前、そんな言葉まで覚えたのか」
ヨッシーは、得意そうに冠羽を立てた。
タカシは笑ってしまった。
どこまで意味がわかっているのかはわからない。
ただ、自分がよく使う言葉を、ヨッシーが少しずつ覚えている。それだけは確かだった。
翌日、タカシは鳥を預かってくれる施設に電話をかけた。
「もしもし。コバタンなんですが、一泊お願いできますか?」
電話の向こうから、いくつか質問が返ってきた。
年齢はわかるか。健康状態はどうか。普段は何を食べているか。ケージは持ち込めるか。
タカシは答えられることを答えた。
ヨッシーの正確な年齢は知らない。叔父の家にいたころから長く暮らしているが、少なくとも、若い鳥ではないのかもしれない。
健康状態については、今のところ元気だ。
食事は、普段の餌に加えてリンゴが好きだと伝えた。
「あと、よく喋ります」
タカシが付け加えると、担当者は少し笑った。
「そうなんですね。どんな言葉を話しますか?」
「朝は『タカシ、オハヨ』。あとは『リンゴ、リンゴ』とか。最近は『アレクサ』も覚えました」
「アレクサ、ですか?」
「はい。うちでスマートスピーカーを使っているので」
電話の向こうから、今度ははっきりと笑い声が聞こえた。
「それは賑やかそうですね」
「ええ、まあ……」
タカシも笑った。
笑いながら、少しだけ安心した。
少なくとも、喋るからという理由だけで断られるわけではなさそうだ。
ただし、正式に預けられるかどうかは、施設の確認と予約次第だった。
電話を切ったあと、タカシは必要な準備をメモに書き出した。
普段食べている餌。好きな食べ物。生活のリズム。ケージ。健康状態についての情報。
一泊二日の旅行なのに、ずいぶんな荷物になりそうだ。
「……俺の着替えより多くないか?」
ヨッシーが首をかしげた。
「ナニ?」
「いや、何でもない」
タカシはメモをテーブルに置いた。
その夜、マナにも話してみた。
『今度、友達と鬼怒川温泉に行くことになりました』
送信すると、ほどなく返事が来た。
『いいですね。一泊二日の旅行ですか?』
『そうです。でも、ヨッシーをどうするかで、もう大変です』
『預け先を探しているんですね』
『はい。鳥を預かってくれるところはあるんですが、条件を確認しないといけなくて』
少し考えてから、タカシは続けた。
『一泊だけなのに、こんなに大変だとは思いませんでした』
マナから返事が届く。
『一泊でも、ヨッシーにとってはいつもと違う環境になりますからね。準備が必要なのは、自然なことだと思います』
タカシは画面を見つめた。
自然なこと。
そうなのだろう。
ヨッシーを引き取ったとき、ここまで考えてはいなかった。
毎日、餌をやって、話しかけて、時々散歩に連れていく。
それくらいのことだと思っていた。
けれど、ヨッシーがいることで、休日の過ごし方も変わった。外出する時間も、帰宅する時間も、以前とは少し違う。
旅行に行くにも、まずヨッシーのことを考える。
それが面倒かと聞かれたら、面倒ではある。
正直、かなり面倒だ。
でも、だからといって、ヨッシーがいなければよかったとは思わない。
「……不思議だな」
タカシは、独り言をつぶやいた。
すると、部屋の向こうから声がした。
「タカシ!」
「はい?」
「リンゴ!」
タカシは、思わず笑った。
「はいはい。お前は旅行より、リンゴだよな」
台所でリンゴを切りながら、タカシは考えた。
鬼怒川では、温泉に入ろう。
川を眺めよう。
友達と昔話をしよう。
そして、ヨッシーのことも、きっと考えるだろう。
それでもいい。
ヨッシーがいるからといって、どこにも行けなくなるわけではない。
きちんと準備をすれば、出かけることだってできる。
皿を持って戻ると、ヨッシーは待ちきれない様子で身を乗り出した。
「リンゴ! リンゴ!」
「はい。お待たせしました」
ヨッシーがリンゴをついばみ始めた。
タカシは、その様子を眺めながら、ふと思った。
旅行から帰ってきたら、ヨッシーに何か話してやろう。
鬼怒川の景色や、温泉のこと。
旅館の料理がうまかったとか、友達が昔と変わっていなかったとか。
もちろん、ヨッシーには、どこまで伝わるかわからない。
それでも、話してみようと思った。
「ヨッシー」
「ナニ?」
「今度、ちょっとお留守番してもらうかもしれない」
ヨッシーは、リンゴをくわえたまま、タカシを見た。
「オルスバン?」
「そう。お留守番」
ヨッシーは、しばらく黙っていた。
それから、いつもの調子で叫んだ。
「リンゴ!」
「……うん。そうだな」
タカシは笑った。
旅行の準備は、まだ始まったばかりだった。




