弾雨の脱出劇
耳をつんざく警報音が地下通路に響き渡り、赤く明滅する回転灯が湿ったコンクリートの壁を禍々しく染め上げていた。
「来るぞ!」
ボリスが叫ぶと同時に、通路の角からAK-12を構えた傭兵たちが姿を現した。けたたましい掃射音とともに、大量の弾丸が壁や天井を穿ち、激しい火花とコンクリート片が散乱する。
ジョセフは怯えるベネット博士の首根っこを掴み、咄嗟に頑丈な鉄製扉の影へ引きずり込んだ。
「ボリス、牽制しろ! 長居は無用だ!」
「任せろ!」
ボリスが腰のホルダーから音響閃光弾を抜き取り、ピンを抜いて通路へ投げ込む。直後、凄まじい閃光と爆音、そして衝撃波が狭い通路を駆け抜けた。傭兵たちの悲鳴と混乱に乗じ、ボリスは短機関銃を連射しながら突破口を開く。
「走れ、博士!」
ジョセフは衰弱したベネット博士の腕を抱えるようにして担ぎ上げ、煙が充満する通路を激走した。足元には倒れた敵と大量の薬莢が転がっている。
「ジョセフ、正面のエレベーターは使えないわ! 敵が集結している!」
インカムからルナの切迫した声が届く。
「西側の非常階段を使って非常出口へ向かって! でも、そこを出たらすぐ駐車場よ。外は完全に包囲されているわ!」
「ニコライ! 脱出地点の準備はどうか!」
ジョセフが走りながらインカムに怒鳴る。
「いつでも行けるぞ、ジョセフ! だが、お出迎えが派手すぎてな、長居はできん!」
非常階段の鉄扉を蹴り開け、ジョセフたちは一気に地上へと駆け上がった。氷点下の冷気が頬を刺す。非常口の扉を押し開けた瞬間、雪の舞う夜空の下へと躍り出た。
だが、そこはすでに地獄絵図だった。
積雪の残る広大な駐車場には、ライトをハイビームにした数台のSUVが円陣を組み、重武装の傭兵たちが銃口をこちらに向けていた。さらに、工場屋上に陣取った狙撃手のレーザー照準が、ジョセフの胸元に吸い寄せられる。
「伏せろ!」
ジョセフがベネット博士を雪原へ押し倒した瞬間、頭上の鉄骨を大口径の狙撃弾が削り取った。
絶体絶命——そう思われたその時、積雪を激しく巻き上げながら、一台の黒い大型装甲SUVが猛烈なスピードで駐車場のフェンスを破って乱入してきた。ニコライだ。
「乗れぇぇ!!」
ニコライが助手席の窓からアサルトライフルを突き出し、敵のSUVへ向けてフルオートで狂ったように掃射する。同時に、車体側面から噴射された濃密な煙幕が駐車場一帯を真っ白に覆い隠した。
「ボリス、スナイパーを抑えろ!」
「おう!」
ボリスが煙幕の中から屋上のスナイパーめがけてグレネードランチャーを一発撃ち込む。屋上の角が激しい爆煙とともに吹き飛び、狙撃手が転落していった。
ジョセフはベネット博士を後部座席に押し込み、自身も飛び乗った。最後になだれ込んできたボリスが重いリアドアを叩きつけるように閉める。
「出せ、ニコライ!」
「シートベルトを締めろ、揺れるぞ!」
ニコライがアクセルを踏み込むと、装甲SUVの全輪駆動タイヤが雪と泥を撒き散らしながら力強く駆動した。
追撃する敵のSUVが横並びになり、車体同士が激しくぶつかり合う。火花と金属擦過音が夜の静寂を切り裂く。後部座席からボリスが窓を開け、追撃車のタイヤめがけて的確に銃撃を叩き込んだ。横転した敵車が炎を上げて雪原を転がっていく。
猛吹雪のモスクワ郊外を、SUVは弾丸の雨を切り裂きながら闇の中へと走り去っていった。
二十分後。追撃を完全に撒いた車内には、荒い息遣いだけが残されていた。
「助かった……のか?」
ベネット博士が震える手で顔を覆う。
「今のところはな」
ジョセフは弾倉を交換しながら、冷たい視線で窓の外を見つめた。
救出には成功した。だが、彼らが踏み込んだのは、CIA内部の裏切り者が絡む世界規模の陰謀だ。追手は敵の傭兵だけではない。いずれ、味方であるはずのラングレーからも「狩る者」が送られてくるだろう。
極寒のモスクワで、ジョセフたちの本当の孤立無援の戦いが、今始まろうとしていた。




