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見えざる檻

湿ったカビの匂いと冷気が漂う地下二階。かつてソ連の軍事物資が保管されていたこの迷宮のような地下通路は、今や厳重な監視カメラとモーションセンサーで固められた要塞と化していた。


「ジョセフ、前方の通路に赤外線レーザーが三本。周期は二秒間隔よ」


インカム越しにルナの静かな声が響く。ジョセフは壁の影に身を潜め、暗視ゴーグルのモードを切り替えた。空気中にうっすらと浮かび上がる赤い光線。彼は呼吸を整え、レーザーが切れる一瞬の隙を突いて滑り込むように隙間を潜り抜けた。後ろから続くボリスも、巨体からは想像もつかないしなやかさで無音のまま着地する。


「センサー解除完了。次の角を右折すれば、最深部の監禁室よ」


ルナの正確なナビゲーションに従い、二人は通路の突き当たりにある重厚な鉄製扉の前に到達した。扉の脇には電子ロックとテンキーが備え付けられている。

ボリスが警戒のために背後の通路に銃を構え、ジョセフはポケットからバイパス用の端末を取り出してパネルに接続した。画面上で高速のパスコード解析が始まり、数秒後に緑色のランプが点滅してカチャリと重い解錠音が響く。

ジョセフは静かに扉を押し開けた。

部屋の中は殺風景なコンクリートむき出しの空間だった。中央のパイプ椅子に、髪をボサボサにした小柄な男が縛り付けられている。元CIAの兵器開発科学者、ベネット博士だった。彼の顔には殴られたような激しい痣があり、疲弊しきった様子でうつむいている。


「ベネット博士」


ジョセフが低く呼びかけながら足早に歩み寄ると、博士はびくっと身体を強張らせ、怯えた目で顔を上げた。


「だ、誰だ……! 頼む、もう何も知らない、コードは話さない……!」

「静かに。CIAの救援です。あなたを連れ戻しに来ました」


ジョセフが潜入スーツの胸元のIDバッジを一瞬見せながら、ナイフで博士の手首を縛っていた結束バンドを素早く切断する。


「C……CIA……? 本当に助けが来たのか……?」


ベネット博士はへたり込みそうになる身体をジョセフに支えられながら、絞り出すような声で呟いた。その目には安堵と、それ以上の深い恐怖が浮かんでいた。


「動けますか? すぐにここを出ます」

「ま、待ってくれ……彼らの狙いは私だけじゃない。あのバイオ兵器『ペルセポネ』だ。あれは私が昔封印したはずのプロジェクトだった。だが奴らは、私にその最終起動コードを再構築させようとしている……」

「上の階でキャニスターを見ました。奴らは明日、モスクワからあれを運び出す気です」


ジョセフの言葉に、ベネット博士は首を激しく横に振った。


「違う! 持ち出すんじゃない、もう始まっているんだ! 奴らは……奴らの中に、CIAの人間がいる。私をここに拉致するよう指示し、研究データへのアクセス権を提供したのは、ラングレーの上層部だ!」


その言葉に、ジョセフの身体が緊張で硬直した。

(やはり……本部にモグラがいる)

ラングレーを出発する前に感じた不吉な予感、そしてこの任務に漂う違和感の正体が繋がった。自分たちは単に博士を救出するだけでなく、最初から仕組まれた罠の中に飛び込んでいたのだ。


「誰が指示を出していたか分かりますか?」


ジョセフが詰問しようとしたその時、インカムからルナの悲鳴に近い声が飛び込んできた。


「ジョセフ、急いで! 外部からの強制アクセスで私の監視ジャミングが破られた! 地下の警報が鳴るわ!」


次の瞬間、地下通路全体に真っ赤な警告灯が点滅し、耳をつんざくようなサイレンが鳴り響いた。


「チッ、感づかれたか!」


ボリスが銃を構え直す。通路の奥から、複数の荒々しい靴音とロシア語の怒号が急速に近づいてきていた。


「ジョセフ、作戦変更だ! 博士を連れて脱出するぞ!」


二重の陰謀が渦巻く極寒の地で、絶望的な脱出劇の幕が上がろうとしていた。

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