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雨音時雨は、晴渡虹介を知らない  作者: 白ご飯
第一章 雨音時雨

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第5話 雨音家の人々

 

晴渡と別れた三姉妹は、足早に帰宅していた。


「ヤバい、ヤバい! 予定より一時間も押してるよ!」


 桜花が叫ぶ。


「あんたたちがバカでかいパフェなんか頼むからでしょ!」


 時雨が息を切らしながら怒鳴り返す。


「あ〜!! 絶対お母さん、鬼化してるよおおお!」


 百花が悲鳴を上げる。


 普段よりも二十倍は人の行き交う長い階段を、三姉妹は一気に駆け上がる。


 ようやく階段を上りきると、大きな朱色の鳥居が見えてきた。


 三人は鳥居をくぐり、境内を抜ける。


 そして、本殿の奥にある「時雨家」の玄関へ。


 時雨が引き戸に手をかけ、静かにカラカラと開けると――


 そこに、鬼がいた。


「あんたたちぃぃぃいっ!!!」


「ひえぇぇぇえっ!」


 百花が飛び上がる。


「暴力反対! 強制労働反対!!」


 桜花が両手を上げて叫ぶ。


「お母さん、ごめん! 今すぐヘルプ入るから! ね、このとおり!」


 時雨は両手を合わせ、必死に母親へ訴えかける。


「桜花たちだって遊びたい盛りなんだから、三が日全部お手伝いなんてかわいそうでしょ!?」


「…………」


 母親の目が、三人を射抜く。


「……そうね、お母さんもその意見には賛成! 沢山遊んだんだから、心置きなくい〜っぱい、お手伝い頑張れるわねぇ?」


「「「…………はい」」」


 三姉妹は、そろって項垂れた。


 母親に怒られている三姉妹のもとへ、境内側から弟の雷夏(ライカ)が戻ってきた。


「母さん、授与所の列、少し落ち着いたよ。……って、姉ちゃんたち帰ってきたんだ」


「雷夏ぁぁ!! ごめんねぇ、忙しいのに任せきりで姉ちゃんが悪かったよぉぉ!」


 時雨は雷夏に駆け寄ると、ぎゅっと抱きつき、頭を思いきりよしよしする。


「はい、これお土産! 後で食べてね!」


「ちょ、姉ちゃん! 俺、もう高校生だから!」


「雷夏にぃ、照れてるぅ。良かったでチュねぇ。大好きな時雨姉ちゃんによしよししてもらえて〜!」


 百花がニヤニヤしながら雷夏をからかう。


 雷夏は顔を真っ赤にして、


「うるせぇ! 次の祈祷が始まるから、俺は拝殿のほう手伝ってくる!!」


 そう叫ぶと、逃げるように走っていった。


「ふむふむ。大好きなのは否定しないのですな」


 桜花がニヤリと笑う。


 百花も、


「うんうん」


 と頷いて同意する。


「はいはい、もう。ふざけてないで!」


 時雨は双子に向き直る。


「百花は授与所で、お守りとおみくじの受け渡しを手伝ってあげて。それから桜花は、お兄ちゃんのお手伝いしてね!」


「「は〜い……」」


 双子は渋々返事をすると、手伝いに入るために着替えに向かった。


「時雨、1時間後に奉納の舞をやるから、早く準備してね」


「御意ぃ」


 母親に急かされ、三姉妹はそれぞれ持ち場へ向かうため、慌ただしく支度を始めた。


「おみくじはコチラでーす!」


 参拝客の喧騒の中を、百花の張りのある声が響く。


「御祈祷の受付はこちらです」


 ほんの数時間前に「ミラクルスーパーチョコバナナパフェ!!」と叫んでいた同一人物とは思えないほど、静かで品のある対応で桜花が参拝客を誘導する。


 その傍らでは、長男の雷夏が御祈祷の受付を滞りなく進めていた。


◇


 時雨の父、守泰による祝詞の奉上が始まった。


 時雨は、その後ろに静かに座り、控えている。


 時雨は昔から、父の読む祝詞が好きだった。


 それこそ、幼い頃には寝る前の子守唄代わりに「読んで」とせがむほどに。


 地鎮祭、七五三、結婚式、大祓詞――。


 父にはいくつもの祝詞のレパートリーがあった。


 その中でも、時雨が特に好きだったのが――。


「雨乞祝詞、よく聞かせてもらったっけ……」


 時雨がぽつりと呟く。


 その言葉を聞いた母、柊花は、浮かない顔で娘を見つめていた。


「あ、お姉ちゃんの神楽が始まるみたい! お兄、見に行こ!」


 桜花が雷夏の手を強引に引く。


「あ、こら、桜花! 勝手に持ち場を離れるな!」


「だって! もう、受付しに来る人いないでしょ! お兄だって、お姉ちゃんの神楽を見たいくせに!」


◇


 鈴の音が境内に響く。


 冬の乾いた空気の中、時雨は静かに舞う。


 勢いよく燃えるかがり火に照らされながら、迷いのない足取りで舞うその姿に、誰もが見入っていた。


 雷夏、百花、桜花の三人は、姉の舞う神楽をいつも楽しみにしていた。


 百花も桜花も姉に憧れ、神楽を習った。


 だが、まだまだ姉のように上手に舞うことはできない。


 その姿を見上げながら、参拝客の一人がぽつりと呟いた。


「去年は……お陰様で、ほんに雨に恵まれました」



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