第4話 大和撫子雲隠れ――運命の将軍――
……そんな日々を過ごしているうちに、季節は流れていった。
世間はすっかり厳かな年越しムード。
そして私は、近所にある実家へ帰省していた。
「お姉ちゃん、帰ってきたー!」
「おかえりー!」
私には、中学一年生の双子の妹が二人いる。
桜花と百花。
そしてもう一人。
高校一年生、思春期真っ只中の弟がいる。
弟に一人部屋を与えてやりたくて、私は社会人になると同時に家を出た。
……とはいっても、実家からそう遠くはない。
なぜなら。
「お姉ちゃん、離れちゃイヤ!」
「お姉ちゃんと離れるのイヤー!」
と、妹ツインズに泣きつかれたからだ。
仕方なく、実家から近い場所に部屋を借りることになった。
本音を言えば、会社の近くに住みたかったんだけどね……。
そんな私が今、何をしているかというと――。
「お姉ちゃん、早く!」
「映画始まっちゃうよ!」
妹たちに両脇を固められ、市内の大型商業施設に入っているシネコンへ向かっていた。
「……で、何の映画なの?」
「大和撫子雲隠れ!」
「――知らん」
「流行ってるの!!」
桜花に即答された。
百花も呆れたように続ける。
「お姉ちゃん、世間にうとくなってない?」
「大丈夫? オバサンになるのはまだ早いよ!?」
「誰がオバサンだ!」
そんなやり取りをしながら館内へ入る。
目の前には、大々的に貼り出された映画のポスター。
そこには、でかでかとタイトルが書かれていた。
『大和撫子雲隠れ――運命の将軍――』
「……」
ちっとも内容が分からないタイトルである。
「面白いの? これ……」
「面白いの!」
「めっちゃ流行ってるんだから!」
「へぇ……」
私は半信半疑でポスターを眺めた。
――その時だった。
「雨音さん、こんにちは。明けましておめでとうございます!」
「……え?」
聞き覚えのある、爽やかな声。
振り返る。
そこには――
仕立ての良いコートを着た、晴渡虹介が立っていた。
◇
「大和撫子雲隠れ――運命の将軍」
内容はこうだ。
うっかりバナナの皮に足を滑らせ、なぜか蓋が開いていたマンホールに落ちた「時空 わたる(トキソラ ワタル)」。
目が覚めると、そこは見知らぬ異国の土地だった。
人身売買にかけられ、将軍様のハーレムに入れられたワタルだったが、そこで待っていたのは見目麗しい将軍様とのロマンス。
二人はやがて惹かれ合い――
幸せなハッピーエンドを迎えるかと思われた、その瞬間。
ワタルはまたしてもバナナの皮に足を取られ、謎の落とし穴へと落ちていった。
――そして、エンドロール。
「は……?」
「ぐっすん……ズビズビ……」
「うわあぁぁぁぁん!」
桜花と百花は号泣している。
一方、隣では、
「……ふ……ふふ……」
晴渡が肩を震わせていた。
――なんで?
映画が始まる直前、晴渡とばったり遭遇した私たちは、挨拶もそこそこに別れた。
ところが、いざ上映が始まってみれば。
なぜか晴渡が私の隣の席に座っていた。
何とも奇妙な偶然が重なったものである。
そして今。
スクリーンには切ないラブソングと共にエンドロールが流れている。
その中には、晴渡の会社名も流れていた。
……なるほど。出資していたのか…。
だからこの映画を観に来ていたのだろう。
いや。
だからって、なんで私の隣なんだ。
場内のあちこちから、すすり泣く声が聞こえてくる。
桜花と百花にいたっては、もはや涙腺が崩壊している。
そして隣の晴渡は、肩を震わせながら必死に笑いを堪えていた。
――こいつらの情緒、おかしくないか。
私は一人、行き場のない感情を持て余していた。
やがてエンドロールが終わり、場内が明るくなる。
すると晴渡が、キラッキラの笑顔でこちらを向いた。
「くく……はぁ! 面白かったですね、雨音さん!」
「…………」
感想を求めないでほしい。
私は今、この映画のどこに泣けるポイントがあったのか、そしてどこに笑うポイントがあったのか、その両方を説明してほしいのだ。
「……あの」
「はい?」
「どこが……面白かったんですか?」
思わず聞いてしまった。
晴渡は一瞬きょとんとしたあと――
「え?」
本気で驚いた顔をした。
「……雨音さん、面白くなかったんですか?」
「いや、面白いとか面白くない以前に……」
私はスクリーンを指差した。
「バナナの皮で終わらせるってひどすぎでしょう?!」
「…………」
晴渡が黙る。
そして。
「……ふっ」
「笑うな!!」
そんなこんなで、私たちは晴渡社長のお誘いで、商業施設内にあるカフェへ移動し、お茶をご馳走になることになった。
席につくなり、桜花と百花はメニューを覗き込む。
「わたし、ミラクルスーパーチョコバナナパフェ!!」
「えっ、ズルい! じゃあ、わたしも同じやつと、ベリーベリーストロベリーマウンテン生チョコクリームパフェ!」
……聞いているだけで胸焼けしそうなのは、私も年をとったということなのだろうか。
「こら! 少しは遠慮しなさい!」
「ええ? だって晴渡さん、社長なんでしょ?」
百花が首を傾げる。
「変に遠慮するほうが失礼だと思うなぁ」
「そうだよ!」
桜花も便乗する。
そして、何のためらいもなく、とんでもない爆弾を投下した。
「それに二人は付き合ってるんでしょ? なら、未来のお兄ちゃんに甘えたっていいよね!」
「そうだ! そうだ!」
百花まで乗っかる。
「は!?」
私は思わず声を上げた。
「ちょっ、何を勘違いしてるの!?」
慌てて晴渡へ向き直る。
「申し訳ありません、晴渡社長! あとできつく叱っておきますので!」
「え?」
ところが晴渡は、なぜか不思議そうな顔をしている。
そして――
「なんで?」
「……え?」
「私は大歓迎ですよ?」
ニコッと笑って。
「未来のお兄ちゃん! よろしくね、桜花ちゃん、百花ちゃん!」
「「…………」」
「…………え?」
私の思考が、一瞬止まった。
桜花と百花も、口元を手で覆ったまま固まっている。
――え?
今、何て言った?
未来の……お兄ちゃん?
いやいやいや。
待って。
それはどういう意味――
桜花が隣の百花を見る。
百花も、ゆっくりと桜花を見る。
そして二人同時に、
「「プロポーズ……?」」
「え?」
晴渡が、少しだけ首を傾げた。
「……ダメ……かな?」
その言い方が、妙に優しくて。
「…………」
私は完全に言葉を失った。
――いや。
ダメとかそういう問題じゃない。
何でこの人、こんなに自然に「未来のお兄ちゃん」とか言えるの!?
「ちょっ……晴渡社長……」
私は苦笑いを浮かべた。
「仰っていたじゃないですか。可愛い彼女がいるって」
「あはは……もう。危うく騙されそうになるところでしたよ。社長もお人が悪い……」
そうだ。
今日だって、仕立てのいいコートをさらりと着こなしているくせに、肩にはあのクロネコちゃんトートを大事そうに掛けている。
それほど大切な人からもらった、大切なものなのだろう。
そう思った瞬間――
胸の奥が、ほんの少しだけ。
チリ……と痛んだ。
「ええ……うん。まあ、そうなんだけどね……」
晴渡は、どこか歯切れの悪い笑みを浮かべた。
すると百花が、すかさず口を挟む。
「ええ! 社長、ひどい!」
「二股はダメなんだよ!」
桜花まで身を乗り出す。
「そうだぞ! そんな悪い人に、私たちのお姉ちゃんはあげられませーん!」
「ええ……いや……」
晴渡は困ったように笑った。
「まいったなぁ……」
「こら! 二人とも、やめなさい!」
私は慌てて二人をたしなめる。
「ほら、さっさと食べて!」
それ以上、話を広げるのは危険だ。
……というか、何で私がこんな必死になってるんだ。
結局その後、なんとなく気まずい空気が流れたまま、私たちはカフェを出た。
店を出てすぐ、晴渡社長とは別れることになった。
「じゃあね、社長」
「またねー!」
「ありがとうございました。晴渡社長」
「こちらこそ。今日は楽しかったです」
そう言って、晴渡はいつもの爽やかな笑顔を浮かべた。
そして私たちは、それぞれ別の方向へ歩き出した。
しばらくして――
「ねえ、お姉ちゃん」
百花が口を開いた。
「ダメだよ。いくらお金持ちでも、あんな軽い男に引っかかっちゃ!」
「そうだよ!」
桜花も真剣な顔で頷く。
「お金持ちに越したことはないけど、倫理観の薄い人と付き合っても、モラハラされたりDVされたり、身を窶すのがオチなんだから!」
「…………」
私は二人を見た。
……いや…人生何周目なんだよ、妹たち。




