第36話 放置されている丸鶏
マママさんは、これ以上言葉を重ねても、ワタルさんを傷つけるだけだと察したのだろう。
口元には笑みを残したまま、けれど瞳にはうっすらと涙を浮かべ、ワタルさんから一歩身を引いた。
こんなにも、目の前で歯がゆく、悲しいすれ違いが起きているというのに。
俺は――。
「ぶえぇっっっくしょい!!」
盛大なくしゃみをかましてしまった……。
「あら……ごめんなさい。私ったら、丸鶏が傷まないように、エアコンの設定温度を20℃にして、風量も強にしていたのよね……」
マママさんは慌ててリモコンを手に取り、設定温度を24℃まで上げてくれた。
……いや、マママさん。
丸鶏は、一旦冷蔵庫に入れておいた方がいいのでは……。
「……そうね。これ以上グズグズしてても仕方ないわね。ママ、さっき言ってた、きび団子の巫女のヒントって何のこと?」
ワタルさんも寒かったのだろう。二の腕をさすっている。
ただでさえ小さく、痩せた身体なのだ。俺よりも寒さがこたえていたに違いない。
ふと、マママさんと目が合った。
マママさんは何も言わず、ソファに置かれたブランケットへ視線を向ける。
……なるほど。
俺はブランケットを手に取り、ワタルさんに差し出した。
「……どうぞ」
「……ありがと」
ワタルさんは小さく礼を言うと、ブランケットを肩に掛けた。
マママさんはそれを見届けてから、ゆっくりと口を開いた。
「カナエさんは、祝詞の『四、何を代償に』という条件に、本来とは違う値を代入することで、『代替贄』という裏技を編み出したでしょう?」
「ええ……」
「だったら、『一、誰が』という条件も、指定の仕方を変えられるんじゃないかしら?」
「指定の仕方……?」
「そう。単に『ワタルちゃん』という存在を指定するんじゃなくて、今、この瞬間に術を使おうとしているワタルちゃんの意識そのものを、唯一の基準として固定するのよ」
「……絶対参照、ということ?」
「ええ。そうすれば、過去に同じワタルちゃんが存在していても、術が連れていくべき意識を取り違えずに済むかもしれないわ」
なるほど……。
過去にいる『意識②』と、これから過去へ渡る『意識③』。
同じ人間の意識でも、その二つを明確に区別できるのなら――。
俺達は、ようやく一つの可能性に辿り着いたのかもしれない。
ありがとうありがとう。ございますございます。
……大事なことなので二回ずつ言いました。




