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雨音時雨は、晴渡虹介を知らない  作者: 白ご飯
第二章 時空ワタル

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第35話 欠落


「でも……俺達がスーパーから帰還したあと、過去に残した俺達の身体は、結局どうなるんでしょう」


 今、俺が使っているのは、この世界に元々存在していた『身体A』だ。


 けれど、その中にいるのは、別世界から来た『意識②』――つまり俺だ。


 そして今から数時間前、スーパーにいた時間へ戻れば、その時の『身体A』には、すでに『意識②』が入っている。


 そこへ、現在の俺――『意識③』が入ったら?


 『意識②』は、どこへ行く?


 そして俺達が現在へ帰還したあと、過去の『身体A』には――誰が残る?


 考えれば考えるほど、分からないことが増えていく。


「ごめんなさい。マママ、仮説ならいくらでも立てることはできるけど……グズ渡さんが安心できるほどの確証をもって、答えてあげることはできないの……」


 マママさんの瞳には、珍しく不安の色が滲んでいた。


 当然だ。


 これから何が起こるかも分からない『禁術』に、自分の娘が挑もうとしているのだから。


 俺なんかより、よほど不安に決まっている。


「すみません……余計に不安になるようなことを言ってしまいました」


 マママさんは、静かに首を横に振った。


「……いいえ。でもね、ヒントはちゃんとあるわ。きび団子の巫女――カナエさんが残してくれた実験記録に」


 そう言ってから、マママさんはワタルさんへ視線を移した。


「そして、ワタルちゃんの『心渡り』が、どうしてパラレルワールドへ繋がってしまったのか……」


 一度、言葉を切る。


「ワタルちゃん。もう気づいたんじゃない?」


「…………」


 マママさんの問いかけに、ワタルさんは苦しそうに顔を歪ませ、俯いてしまった。


 そういえば――。


 さっき、ワタルさんは唇を強く噛みしめていた。


 あの時、何かに気づいたのか……?


「ええ……そうね」


 しばらくして、ワタルさんが重い口を開いた。


「私が行った術式には……確かに、欠落している部分があったわ」


「不完全な形で、ワタルちゃんに伝わっていたのね?」


 ワタルさんは、静かに頷いた。


「きび団子の巫女が、『心渡り』に必要な条件を指定してい箇所があるっていってるわよね――」


 ワタルさんは、一つずつ確認するように口にする。


「一、誰が」


「二、いつ」


「三、どこへ」


「四、何を代償に」


 そこで、ワタルさんの声が止まった。


「そのうちの、三つ目の“どこへ”――つまり、移動先となる世界線を指定するための術式のところ」


「世界線を……指定する?」


「ええ。世界線という『空間』を指定して、そこへ繋ぐための術式よ」


 ワタルさんは小さく息を吐いた。


「でも……私に伝えられた祝詞には、その部分がなかったわ」


「え……?」


 それなら――。


 ワタルさんが本来とは違う世界へ飛ばされてしまったのは、偶然なんかじゃない。


 そもそも、行き先を指定するための術式そのものが欠けていた……?


「でも、ワタルさんに……次代の巫女に、力の使い方を伝承したのは……」


「…………」


 ワタルさんは俯いたまま、しばらく何も言わなかった。


 やがて――。


「……ママよ」



◇


しばらく、誰も口を開かなかった。



 はは……ワタルさんのママは、かなりのうっかりさんなんだな!


 冗談でも、そう言うべきだろうか。


 けれど、そんな言葉で済ませていい話なのか、俺には分からなかった。


「……笑い草よね」


 ワタルさんが、自嘲するように呟いた。


「まさか、そこまで私のことが嫌いだったなんて……」


 その瞬間、マママさんがワタルさんを強く抱きしめた。


「ワタルちゃん……!」


 ワタルさんは、何も言わなかった。


「……どうして、そんなことになってしまったのかしら……」


 マママさんの声が、かすかに震えていた。


「でもね、これだけは信じて。たとえあなたが違う世界のワタルちゃんでも、マママはあなたが大切だし、可愛いし、心配なのよ……」


 ワタルさんの瞳は、冷たく凍りついたように、何も映していなかった。


「こんなことを言っても、違う世界の私を庇っているようにしか聞こえないと思うけど……きっと、何か理由があったはずよ……」


 ワタルさんは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。


 そして――。


「どんな理由があったにせよ、私は違う世界に飛ばされた。それが全てよ……」


 ワタルさんは、マママさんの肩に手を添えると、ゆっくりとその身体を押し離した。


「私がされたことが、帳消しになるわけじゃないの」


 その声は静かだった。


 けれど、そこには、あらゆる言葉を拒絶するような、仄かな恨みが滲んでいた。







感謝感謝。ありがとうございます。

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