第33話 動物愛護者
マママさんは一度席を外し、どこからか博物館に展示されていてもおかしくないような古びた草子を持って戻ってきた。
「昔々――時空の巫女に、とんでもない実験オタクの巫女がいたのよ……」
それは、その実験オタクの巫女が、血と汗と涙を流しながら書き綴った、涙ぐましい実験の記録――だそうだ。
◇ ◇ ◇
八月十三日 晴れ
ああ、クソ! あのガマガエルめ!
失せ物探しのために『時写し』を使わせるな!
こっちは命懸けでやってんだよ!
クソが!
八月十五日 多分曇り
ダメだ。もう身体がもたん。
『生の時間』が奪われているせいで、疲労の回復が追いついていないのだろう。
成長もほとんど止まって、身体はガリガリだ。
水時計の水も、もう残りわずか……。
このまま『時写し』を使い続ければ、あと何回もつかも分からない。
八月十八日 雨のち晴れだったかも
一週間前、一人でコッソリ食べようと思って隠しておいたきび団子の存在を、隠したことごと忘れていた。
悔しい。
このままでは死んでも死にきれない……。
とうとう、あの禁術中の禁術を使う時が来たのかもしれない……。
八月十九日 雨
やはり、あのきび団子がどうしても食べたい。
私は禁術中の禁術、『心渡り』を実行することにする。
この禁術を試みるのは初めてだ。
でも、一人でやるのは怖いから、乳母にもついて来てもらうことにした。
八月十一日 晴れ
結果として、あの術は成功した。
あのガマガエルの失せ物探しをするよりも前まで遡り、無事にきび団子も食べることができた。
怖い思いをさせてしまった乳母にも、ちゃんと一つ分けてやった。
そして、ガマガエルの失せ物探しにわざわざ『時写し』を使う必要もなくなった。
一回分得してしまったな。
得しかない。
ただ、未来で書いた日記が全部消えてしまったから、覚えている範囲で書き直してみたが面倒だ。
今度から遡るのは、一日だけにしたい……。
八月十二日 クソ暑い
考えてみたら妙だ。
『心渡り』には、力を行使する巫女と、代償となる肉体と魂が必要になる――と伝承にはある。
しかし、この禁術で一番妙なのは、巫女以外に『同行者』を選定できてしまうことだ。
同行者を連れて行く場合、その者の肉体と魂も代償として差し出される。
つまり、神が受け取る肉体と魂は、必ずしも巫女のものである必要はない。
ならば――。
『渡る精神』と『差し出す肉体と魂』は、本当に同じ者のものでなければならないのだろうか?
極端な話、心渡りをする本人とは別の肉体と魂を差し出しても、術は成立するのではないか。
私は、継承した祝詞を注意深く読み解いてみることにした。
八月十三日 ムシムシする
数え唄のように、意味を深く考えず暗記していた祝詞。
改めて読み解いてみると、『心渡り』に必要な条件を指定していると思われる箇所があった。
一 誰が
二 いつ
三 どこへ
四 何を代償に
大きく分ければ、この四つだ。
私は、四の『何を代償に』という部分に、伝承どおり『巫女の肉体と魂』、同行者がいる場合には『同行者の肉体と魂』を当てはめていた。
何の疑問も持たずに。
だが、ここを書き換えることができるとしたら?
『渡る者』と『贄』を、別々に指定することができるとしたら?
……そんな反則技、あるか?
そして、もう一つ。
今まで考えてみたこともなかった。
二の――『いつ』だ。
私はこれまで、過去へ行くことしか考えていなかった。
当然だ。
四で自分の肉体と魂を差し出してしまえば、その先に私の未来などない。
でも。
もし、この反則技が使えるのなら?
私の肉体と魂を残したまま、『心渡り』ができるのなら――。
未来にも、『私』がいる。
つまりは……。
◇ ◇ ◇
マママさんは、その日記に何が書かれているのかを、分かりやすく現代風に読み聞かせてくれた。
本当にその巫女が、罵っていた相手を『ガマガエル』と言っていたのかが気になってしまったが、今はソコではない。
今、聞かされたことは、本当なのだろうか……。
ふと、ワタルさんを見ると、唇を強く噛んでいた…。
◇ ◇ ◇
八月十四日 汗疹が痒い
私の仮説が正しいのかどうか、ウズウズして眠れない。
今からやってみることにしよう。
結果は……厨房で借りてきた薄切りの猪肉では無理なようだ。
失敗だ。
いや、これは想定内だ。
そもそも、こんな薄切り肉に魂なんて残っていないんじゃないだろうか。
よかった。逆に、薄切り肉で飛べないことが分かって。
じゃないと、あの時一度命を落とした乳母が可哀想すぎる。
となれば、生きた動物を……。
いや、それは胸が痛む。
私は動物愛護者だからな!
明日、厨房に丸鶏を用意するよう頼んでみよう!
八月十五日 晴れ
厨房から、一羽の丸鶏を仕入れることができた。
朝締めの、非常に新鮮なものだ。
私は、とりあえず一昨日まで遡ってみることにした。
一昨日の夕餉に出てきたアジの開きは、脂が乗っていて美味かった。
もう一度、アレが食べたい。
祝詞の贄の指定を丸鶏に変え、最適と思われる形に組み替える。
失敗した。
もしかして、一昨日は欲張りすぎなのかもしれない。
ならば昨日だ。
昨日の舞茸の素焼きも最高だったな!
アレでもいい!
……ダメか。
じゃあ仕方ない。
最後に、三時間前なら行けるだろうか。
結果として、成功した。
成功してしまった。
しかし私は、朝食に出てきた大嫌いなニンジンのナマスを、もう一度食べる羽目になった。
身体にいいからと乳母に泣かれて、仕方なく食べきったのに……。
代替贄の成功によって、私は、自分の立てた仮説が間違っていないという確証に近づいた。
私が三時間前まで来られたのは、間違いなく丸鶏のお陰様だ。
祝詞を組み替えたことで、代償として丸鶏が差し出された。
もし私自身が贄となっていたのなら、確実に一昨日までは飛べたはずなのだから……。
ならば、次に確かめるべきことは一つ。
未来に残っているはずの私の身体へ、もう一度戻れるのか。
私は厨房へ行き、再び丸鶏を分けてもらうことにした。
◇ ◇ ◇
マママさんはそこまで読み聞かせると、草子を閉じた。
「結果として、きび団子の巫女――時空カナエは、元いた未来の身体へ無事に戻ることができたそうよ★」
そして、その後に行われた数多くの検証で分かったことを、俺とワタルさんに簡単に説明してくれた。
まず、丸鶏一羽が三時間分の代償になる、という単純なものではないらしい。
同じ丸鶏でも、三時間しか遡れないこともあれば、一羽で一日近く遡れたこともあったという。
つまり、差し出される贄の『質』のようなものが、得られる結果に影響するらしい。
ただし、何をもって『質』とするのかまでは、今も分かっていないそうだ。
俺はそれを聞いて、時雨の死が丸鶏で解決できていた――なんてことにはならないのだと、心から安堵した。
丸鶏には悪いが……。
そして、生贄ではないものを代わりの贄として差し出す場合、そこには『魂の残滓』と呼ばれるものが必要になるらしい。
きび団子の巫女――時空カナエさんが残した数多くの実験記録によれば、死後三日ほどまでは術が成立した例があるものの、四日以上経過したものでは、一度も成功しなかったという。
さらに、たとえ朝締めの新鮮な鶏であっても、細かく切り分けられ、元の生き物としての原型を留めていない肉片では、贄として受け付けられなかったそうだ。
「さあ、私達もこの国産丸鶏三羽で、実験してみましょう!!」
マママさんは、パン! パン! と丸鶏の入った袋を叩いて言った。
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