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雨音時雨は、晴渡虹介を知らない  作者: 白ご飯
第二章 時空ワタル

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第32羽 広告の品


「良かったわね、皆にチヤホヤされて」


 私が初めて『時写し』を成功させた時、前の世界のママが言った言葉だ。


 ママは、本当の意味での『時空の巫女』ではない。


 時空の巫女として生まれることを期待されていたけれど、その期待が叶えられることはなかった。

 そして、秘術や伝承を受け継ぎ、次代へ伝えるだけの――いわば『中継ぎの巫女』となった。



  ◇ ◇ ◇



「ワタルさん?」


 グズ渡(グズワタリ)の声でハッとする。


 あまりにも、こっちのママと前のママが違いすぎるせいで、普段は考えないようにしていた『余計な事』を考えてしまった。


「ワタルちゃん、体調悪い?」


 こっちのママが、心配そうに私の顔を覗き込む。


 前のママに、そんな言葉をかけられたことも、心配そうな顔を向けられたことも、一度だってなかった。


「………ワタルちゃん」


 そう言うと、ママは何も言わずに私をギュッと抱きしめてくれた。


 こっちのママは、とってもあったかくて、いい匂いがする……。


 私は、抱きついてきたママの肩をぐっと両手で押し返す。


「何でもないの。もう大丈夫よ」


 ママは何か言いたそうにしていたけれど、ニッコリ微笑むと、力の使い方の話を始めた。



  ◇ ◇ ◇



「まず、ワタルちゃんの世界の私も、次代の巫女に力の使い方を伝承するための役割だけを担った巫女だったかしら?」


 私は頷く。


「やはり、本質的な適性は世界線が変わっても変わらないのね……」


「え……マママさんは、本当の巫女じゃなかったんですか?」


「ええ……私は神に選ばれなかったの。私を含めて二代の空白があったから、ワタルちゃんが私のお腹に宿って、あの御神体の水時計が「水」で満たされた時は、皆、何かに取り憑かれたように私のお腹を崇めてたわ」

「じゃあ……やっぱり、あの水時計に入ってる水は、ワタルさんと何か深い繋がりがあるものだったんですね……?」


 ママは頷くと、テレビのリモコンを操作した。


 画面には、十一階に置かれた御神体が映し出されている。


「さあ、ここから本題で〜す! ワタルちゃんは、あの御神体に入っているものが何か説明できるかな?!」


「私の『生の時間』。分かりやすく言えば、この身体がこの世界で生きていられる残り時間よ」


「正解よ〜!! ワタルちゃん、お利口でエライエライわねぇ! ご褒美はマママのチュッチュでーす!」


 私は渾身の力でママの顔を押し返す。


「ママ、いいから続きを……」


「ええ〜、残念★」


「そう。アレはワタルちゃんの『生の時間』。時写しを使うたびに消費されていく代償ね」


グズ渡の顔が険しくなる。


「でも……あんな小さな水時計、すぐに落ちきってしまうんじゃ……」


 グズ渡のくせに、そういうところはちゃんと見てるのね。


「あの水時計は、見た目こそ普通の水時計だけど、普通の水時計じゃないの。なんせ御神体よ? 摩訶不思議な力があるに決まってるじゃない★」


「摩訶不思議って……」


「水時計に入っている水はね、ワタルちゃんに残された『生の時間』を、神具が水という形で目に見えるようにしたものなの。だから、水の量と実際の寿命が物理的に一対一で対応しているわけじゃないのよ」


 ママは、テレビに映る水時計を指差した。

「通常なら、上から落ちた水は御神体の内部を巡って、再び上へ戻っていく。つまり、あの水は絶えず循環しているの」


「じゃあ、『時写し』を使った時は?」


「落ちる速さは変わらないわ。……減るのよ」


 ママは、テレビに映る水時計を指差した。


「『時写し』を使うと、御神体の中を巡っていた水の一部が戻ってこなくなるの」


「戻ってこない……?」


「ええ。人間に分かる言葉で説明するなら――『消化される』っていうのが、一番近いかしら」


「消化……?」


「そ。あの御神体は、ただの道具じゃない。神様の力が宿った器であり、その一部でもあるの。私には、まるで神様の臓器みたいに思えるわ」


 ママは、自分のお腹を撫でるような仕草をした。


「ワタルちゃんが『時写し』を使うたびに、『生の時間』の一部がそこへ流れ込んで、神様に喰われる。だから、その分だけ水が減っていくのよ」


 グズ渡が眉間に皺を寄せて私を見ている。


 多分、時雨さんの最後を見せた時のことを怒ってるのね。


 どうせ、アナタも私も死んで、今はここにいるんだから。今さらでしょ?


「それじゃあ、次の問題! ワタルちゃんが今回使った禁術中の禁術――『心渡り』。この術を使う際に、代償になるものは?」


「『心渡り』は、精神を過去の自分へ移す術。代償になるのは、肉体と魂よね?」


「そうなの! 私達という存在は、『肉体』『魂』『精神』、そして『生の時間』に分けて考えることができるの。そして唯一、力の代償として差し出されないのが『精神』なのよね! 美味しくないのかしら?」


 あれ……ちょっと待って。


 『心渡り』を発動できるのは、神に選ばれた『時空の巫女』だけのはず。


 でも、この術は精神を導く対象として、巫女以外の人間も選ぶことができる。


 実際、私はグズ渡の精神も一緒に過去へ導いた。


 だとしたら――。


 神様に差し出す『肉体と魂』は、本当に、過去へ送る精神の持ち主でなければならないの?


 私はママを見る。


 ママは答えなかった。


 ただ、テーブルの上に置かれた『広告の品』――三羽の丸鶏が入った袋を見つめて、


「ウフフ★」


 と、笑った。



お読みくださり、心より感謝申し上げます。

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