第31話 可愛くて★
「うーん、そうねぇ。まずは力の使い方からお勉強した方がよさそうね!」
そう言ったマママさんに連れ出され、俺たちはワタルさんの大富豪マンションから歩いて十五分ほどの距離にある庶民スーパーへ来ていた。
俺は理由も聞かされないまま、ルンルンと前を歩くマママさんの後ろを、ワタルさんの車椅子を押しながら困惑してついていく。
「監視の目は大丈夫なんですか……?」
俺は不安になり、マママさんに自然に近づくと、小声で耳元へ問いかけた。
するとマママさんは、舞台女優のように大げさな動きでワタルさんを抱き上げる。
「ちょっと、ママ!?」
困惑するワタルさんをよそに、マママさんは、まるで周囲に言い聞かせるように大きな声でワタルさんに話しかける。
「ワタルちゃん、良かったわねぇ! 今日は初めてのお授業だから、先生が特別に課外授業してくれるんだって!」
楽しみねぇ! と言いながら、またワタルさんに頬ずりする。
ワタルさんは何かを察したのか、「わーい、ワタル楽しみだなー……」と、まるで感情の伴っていない棒読みのセリフで喜びを表現した。
そしてワタルさんの目が一瞬鋭く光り、俺の迂闊な行動を罵倒した。
(この、グズ!!)
「ははは、ワタルさんは大変優秀な生徒さんだとお聞きしましたからね。最初からつまらない授業なんかしたら、一日でクビになりかねないと思いましてぇ……」
俺はわざとらしく、困ったように頭をかきながら家庭教師役を徹底することにした。
――……ゴメン、ワタルさん……。
「まあ! 先生、そんな事を気になさってたのぉ? 大丈夫よ、なんたってワタルちゃん、すっごく面食いなんだから!」
ワタルさんは、まさかの味方からの誤発砲を食らい、物凄い表情になっていた。
なるほど、ワタルさんは面食い、と……。
「さあ! 先生! 精肉コーナーにつきましたぁ!」
マママさんは、ジャジャーン! とでも言いたげな得意げな素振りで、精肉コーナーを紹介する。
「つきましたぁ!」と言われても、俺は困る。
何か……何か言わないといけない雰囲気だ……。
「ははは! ワタルさん、知ってるかな? 実は鶏肉は、牛肉や豚肉とは店頭に並ぶまでの工程が少し違うんだ!」
半ばヤケクソになりながら、俺の中にあるありったけの知識を総動員する。
「国産の冷蔵――チルドの鶏肉の場合、食肉処理されてから、早ければ翌日、数日ほどでスーパーの店頭に並ぶこともあるんだよ」
突然始まった、七歳児(中身は17歳)には少々生々しい表現を交えた『命をいただくまでのリアル』を、俺はもっともらしく解説した。
ワタルさんは意外にも、「ほぉ……」という顔をしている。
「それに比べて牛肉や豚肉は、食肉処理されたあと、肉を柔らかくしたり旨味を引き出したりするために『熟成』させる……つまり、一定期間寝かされることがあるんだ!」
「まあ! そうだったの!? 知らなかったわぁ!」
マママさんが、大袈裟なリアクションで感心している。
俺はちょっと得意げになりながら、授業を続けた。
「鶏肉は牛肉みたいに長く熟成させることを前提にしていないし、鮮度が落ちればドリップも出て品質が変わってしまう。だから比較的早くお店に届くんだよ!」
これでどうだ、とばかりに俺はお肉の授業を締めくくった。
「おおおー!」
マママさんとワタルさんから拍手を送られる。
何故か、周りにいた通りすがりのお客さんからも拍手を貰ってしまった。
◇
「先生! 素晴らしいお授業でしたぁ! ワタルちゃんもそう思うでしょ?」
マママさんはワタルさんに目線を合わせ、授業の感想を聞く。
ワタルさんも、コクコクと素直に頷いてくれた。
「まあ!! 見て、ワタルちゃん!!」
その時、マママさんが何かを指差して大袈裟に声を上げた。
驚いた俺とワタルさんは、揃ってマママさんの指差す方向を確認する。
「…………丸鶏、ですね……」
そこには、見るからに新鮮そうな立派な国産丸鶏が陳列されていた。
『広告の品!!』
と、大きく打ち出されている。
「ね! 珍しいでしょう!? クリスマスでもないのに! 先生のお授業も素晴らしかったし、是非今日はコレで歓迎祝いのご馳走をしましょう!!」
「??? いえ、そんな、お構いなく……」
俺は、とりあえず遠慮の体を取っておく。
「私、丸鶏より、どうせならモモ肉の唐揚げの方が……」
なるほど、ワタルさんはモモ肉の唐揚げが好き……と……。
「何言ってるの! 二人共! 今日は国産の丸鶏よ! コレに決まり★」
マママさんは、『広告の品』の丸鶏を三パックもカゴに詰める。
…………?
多分、ワタルさんの頭の中にも、俺と同じ『?』が浮かんでいる。
マママさんは晴れやかにこちらへ向き直ると、
「さ、帰りましょう!」
と言った。
◇ ◇ ◇
マンションに帰ると、マママさんは丸鶏三羽が入った買い物袋を、よっこらしょ、とダイニングテーブルに降ろした。
そして俺とワタルさんの顔を交互に見るなり、お腹を抱えて大笑いしだした。
ひとしきり笑いが収まるまで、俺とワタルさんは無の表情で見守っていた。
「だって、適当にグラム売りのお肉で算数の授業でもしてくれたらよかったのに、晴渡さん、真面目に社会の授業始めるから……」
確かに、その線があったか……。
「それに、ワタルちゃん、普通にモモの唐揚げが好きとか言っちゃうんだもん。可愛くて★」
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