第30話 お勉強の時間
俺はワタルさんの家のリビングに案内された。
そこには、ワタルさんの面影がある品のいい三十代くらいの女性が、お茶の準備をして出迎えてくれた。多分、三十二歳だった俺とそう変わりはないだろう。
「ふふ、貴方が晴渡さん? やだ、ワタルちゃん、随分イケメンさんを連れてきたのね」
俺はどう挨拶していいか分からず、ワタルさんを見る。
「安心して。私のママよ。私の前の代の時空の巫女。味方だから安心して。この世界について説明してくれるそうよ。」
そういうことは、事前に説明しておいて欲しいな……。
「何処で聞かれてるか分からないじゃない」
俺の考えを見透かしたように、ワタルさんは説明する。
「ここは……監視されてないの?」
「うふふ、最初はね、監視されてたのよ〜。でもあんまりにも私とパパがラブラブだから、住居部分の監視は外されたの〜」
それは、つまり……。
いや、想像するのはヤメよう。
「私も驚いたわ。ここに来る前の、私のパパとママは別居してたから」
ワタルさんはサラッと複雑な家庭環境を告白する……。
「ママ、余計なおしゃべりはしなくていいから。本題に入りましょう」
「ええ〜、ママもっと余計なおしゃべりしたいのに〜」
これはまた……強烈な個性派キャラが出てきてしまったな……。
「あ、あの……改めまして、晴渡虹介と申します。よろしくお願いします」
俺は何とか話を本筋に戻せるように、自己紹介から始めた。
「どうも。ご丁寧に。ワタルちゃんのマママで〜っす!」
マママ……?
ワタルさんは頭痛を抑えるように額に手を添えている。七歳児には見合わない仕草だ。
「あの、それで、実は俺……じゃない、私は」
「あ、大丈夫、大丈夫。事情は大体ワタルちゃんから聞いてるの。大変だったわね〜。干ばつで、恋人さん人柱にされたんでしょ? 可哀想に、よしよし」
俺は人妻に、何故かよしよしされている。
「ママ! ちょっとやめて!!」
「ヤダ! ワタルちゃん、もしかしてヤキモチ焼いてるのぉ?? 可愛いんだから、もぉ~!」
マママさんはワタルさんに、思い切り頬ずりし始めた。
「ちょっ……ママ、やめ……!」
スゴイ。あのツンツンお嬢様を完全に手玉に取っている……。恐るべしマママ! やはり母は偉大なのか……。
「ダーメ! マママって呼んでくれるまでやめませーん!」
それから、マママさんは本当にワタルさんが「マママ」と言うまで頬ずりをやめなかった。
◇
「さて、おふざけは此処までにして。本題に入りましょうか」
キリッと効果音が聞こえてきそうな引き締まった顔で、ここまで好き勝手に場を乱していた張本人が、急に仕切りだした。
「お願いします。是非」
俺は誠心誠意お願いする。
「まず、自分たちの知る過去とは違う過去になってしまっている理由からね」
俺とワタルさんは真剣な顔で首を縦に振る。
「まず、過去が変わってしまっているわけじゃないの。ここは、もう一つの可能性として存在する別の世界。何億……何兆……いいえ、数えることもできないほどの天文学的な数の中にある、可能性の一つよ」
マママさんはそこで一度言葉を切った。
「無数の人が何かを選択したり、あるいは選択しなかったり。その積み重ねによって生まれた、貴方たちが生きていた世界とは違う世界線。それがここ。分かりやすく言うと……パラソルワールド?」
「……パラレルワールドって言いたいのね」
「そうかもしれないわね…」
………。
「そこは、何となく私も気がついていたわ…」
正直、俺は全くの想定外だった。
「じゃあ、何故、貴方たちはこの世界線に迷い込んでしまったのか……。そうね、おそらくではあるけれど、貴方たちは時間を遡ることはできた。でも、“場所”まで正しく合わせることができなかった……」
「場所?」
「そう。ワタルちゃん、今日あなたは晴渡さんとなかなか出会うことができなかったわよね? どうして?」
「それは、別に約束していたわけじゃなかったし……」
「そうね? じゃあ、待ち合わせ場所を指定していたら、すぐに出会えたかしら……?」
「いや、待ち合わせなら時間も指定してあげないと、何時に行っていいか分かりませんよね……」
「そう。人が人と出会うためには、“いつ”と“どこ”がカチッと合わなければならないの。時間と場所はセット。それが“時空”という考え方よ」
「じゃあ、俺たちは……」
「“いつ”は合っていた。でも、“どこ(世界線という空間)”がズレてしまったのね」
「十年前には辿り着けたけれど、貴方たちがいた世界の十年前には辿り着けなかった……私は、そう考えてるの」
俺はマママさんの見方がこの短時間で180度変わってしまった。
この人、スゴイ!
ワタルさんの顔を見る。
何処となく悔しそうな顔をしている……。
「じゃあ……どうすれば、元の世界線に戻れるかしら……」
分からないことを、分からないと素直に聞ける。
ワタルさん、さっきまで悔しそうにしていたくせに……。
偉いぞ! ワタルさん!
マママさんは少し考える。
「うーん、そうねぇ。まずは力の使い方からお勉強した方がよさそうね!」
マママさんは、バチコーンッと効果音がついていそうなウインクを俺たちに飛ばした。
そして――。
何故か俺とワタルさんは今、近くのスーパーの精肉コーナーに来ていた……。
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。




