第25話 全ての中に
――時雨さんを救える方法があるとすれば、あなた、やる?
「え…………」
時雨を救える方法だって?
そんなことができるのか?
いや……今、聞かれているのは、やるか、やらないか、だ。
方法もリスクも考えなくていいのなら、勿論、答えは「YES」だ。
でも、これは何も考えずに答えていい質問じゃない。
そんな俺の思考を見透かしたように、ワタルさんは畳みかけてくる。
「私、言ったわよね? 全てを捨ててもいいなら、ここに来なさい……と。何を今さら躊躇しているの?」
「待ってくれ! ちょっと待って! ……確かに! そんなことができるのなら、勿論、答えはYESだ! でも、そんなこと、いくらなんでも出来る訳が……」
ワタルさんは、残念なものを見るような目で俺を見ている。
「出来る……訳が……」
俺は、あの時ワタルさんにかけられた言葉の意味を、ちゃんと理解できていなかったのかもしれない。
「あなた……自分の命を懸ける覚悟で、ここに来たんじゃないの?」
会社。
家族。
財産。
俺の中にあった「捨てられるもの」の中に、それだけは入っていなかった。
そのことに、今さら愕然とする。
自分の命。
「自分の命を捨てられる覚悟はなかったって顔ね……ホント、馬鹿……。どうして『全て』の中に自分を含めないの? もっと自分を大事に扱いなさい」
俺は、自分の見積もりが甘かったことを痛感した。
この子とは、生きている世界があまりにも違いすぎていたからだろうか。
「言ったハズよ。時間がないの。このグズ!!」
結局、また言われてしまった……。
「自分の命が惜しいなら、あなたにはまだ捨てない方法も残ってる。でも、それは今までとは一変した世界で生きるということよ」
それは俺も覚悟していた。
多分……。
「言ってなかったけれど、ここも『監視』されてるから。あなたは国家機密を知ってしまった危険人物として、もう認識されてるわ」
俺はようやく、雨音家が俺に時雨の死をひた隠しにしていた理由を理解した。
「今、唯一の出入り口であるエレベーターは、私の権限でロックしているけれど――」
ワタルさんは、エレベーターの方へ視線を向けた。
「ここを出た途端、あなたは拘束される」
「…………」
「良くて、二度と今まで通りの生活には戻れない……といったところかしら」
スケールが壮大すぎる……。
政府を敵に回すとは、そういうことか……。
「確認なんだけど……時雨を救う方法って、もしかして……」
ワタルさんは躊躇うことなく、空恐ろしいことを口にした。
「肉体は伴わず、あなたの意識だけを、過去のあなた自身の肉体へ移す秘儀を行うの」
「…………」
「ただし、その秘儀を行うには、一度、今のあなたの肉体が死を迎える必要がある」
あまりにも淡々とした口調だった。
「その後、どうやって時雨さんを救うかは、あなた次第よ。そうね……例えば、時雨さんを連れて海外にでも亡命すれば?」
俺は、この短時間で学んだことを忘れてはいない。
だったら――。
それをしたら、ワタルさんは……。
「はぁ……また、あなた余計なことを考えてるのね」
ワタルさんは呆れたようにため息をついた。
「そうよ。お察しの通り――私も死ぬわ」
やはり……。
「仕方ないわね。あなたの心が軽くなるなら、補足してあげるけど」
ワタルさんは、まるで大したことでもないように続けた。
「私に残された時間は短いわ。そうね……あと数日もてばいいってところかしら」
「…………」
「死ぬのが少し延びるか、今日になるかってだけよ」
そんな……。
そんな、シャンプーの残り回数みたいな言い方するなよ……。
さっき、自分のことを大事に扱えって言ったばかりのくせに……。
「言っとくけど! あなたの精神を導くために、私も過去に行くことになるからね」
「え……」
「ま、それでもまだ、あなたの良心が咎めるっていうなら――」
ワタルさんは少し考えるような素振りを見せた。
「対価を求めてあげてもいいわ」
「対価……?」
「そうね……」
そして、何かを思いついたように顔を上げた。
「私の映画を作りなさい!」




