第24話 逆さ時写し
【読者の皆様へ(閲覧注意)】
今回のお話(または本文中盤以降)には、衝撃的・ショッキングな展開(残酷な描写・嘔吐表現等)が含まれます。苦手な方や気分の優れない方はご注意の上、お召し上がり(お読み)ください。
ピチャン……。
静まり返った本殿の中に、水滴の落ちる音だけが響きわたる。
見上げると、吹き抜けになった天井の高い位置に、先ほどの巨大な水時計のホログラムが浮かんでいた。
「でも……ワタルさんが見なくても、干ばつは起きたんでしょう?」
「ええ。だから私が見なかったところで、結果は同じだったのかもしれない」
少し間を置いて、ワタルさんは目を伏せた。
「……そんなの、何の慰めにもならないけど」
「……ワタルさんの言いたいことは、よく分かった」
この少女は、きっと聡明だ。
それに、人の心の機微にも人一倍敏感なのだと思う。
そんな彼女が、昨日会ったばかりの俺に、ここまで打ち明けてくれた。
自分が憎まれるかもしれないことまで、覚悟して。
「辛いことを打ち明けさせてしまって、ごめんね……」
「はあ? あなた、この期に及んでまだそんな良識ぶったことを――」
「ワタルさん!」
思わず、強い声でその言葉を遮った。
「何となくだけど……その……違ったらごめんね」
俺は、目の前の小さな身体を見る。
「その身体、『視る力』と関係あるんじゃないの?」
ワタルさんが、驚いたように目を見開いた。
「だって……時雨は、その命を対価に雨を呼んだってことだよね?」
なら――。
「ワタルさんも、その力を使うための対価を、身体で支払ってるんじゃないの?」
「違うわ……」
違うと言いつつも、ワタルさんは何かを隠すように目を泳がせた。
探るように見つめると、ぼそりと言った。
「……余計なお世話よ……」
「ごめんね。俺、お節介ってよく言われるんだ」
俺がふっと微笑む。
「ばっ! バカかしら! 本当にあなたって!!」
なぜか分からないけど、赤面するワタルさんに罵倒されてしまった。
「それより……どうする? 今なら見せてあげられるわ。時雨さんの最期を」
俺は、大切なことをもう一度確認する。
「もう一度聞くけど、その力を使ってもワタルさんは本当に大丈夫なの?」
今度は目をそらされないように、腰をかがめて顔を近づける。
「な、なななななっ!!!」
すると、ワタルさんの顔がゆでダコみたいに真っ赤に染まっていった。
大変だ! 熱があるのかもしれない!!
「ワタルさん!? 大丈夫!?」
急いで熱を測ろうと、額へ手を伸ばす。
その手を、ワタルさんはパンッと跳ね除けた。
「よ! よよよ余計なお世話よ!! ちょっと、体調が安定しないだけ!」
「私の体調が心配っていうだけなら、本当に余計なお世話! あなたは上だけ見ていなさい!」
ワタルさんが、頭上を指さした。
つられるように顔を上げる。
巨大なホログラムの水時計が、そこに浮かんでいる。
「――逆さ時写し」
ワタルさんが低く呟いた。
その瞬間――。
ピチャン……。
規則正しく落ち続けていた水時計の水滴が、物理の法則に逆らうように、一滴だけ上へと逆流した。
そして――。
ホログラムの水時計に映し出されたのは、時雨の最期の瞬間だった。
音声はない。
コマの飛んだ古い映画を見ているような、不自然な映像だった。
事情を聞かされていなければ、祝言を挙げている場面に見えたのだろう。
薄暗い空間の奥に見える岩肌や、滝壺。
そして、花婿がいないという違和感を除けば。
やがて、祝言とは明らかに異なる進行で、時雨は滝壺の中へと身を進めていく。
柊花さんが、泣き崩れている……。
守泰さんが何かを唱えるように口を動かし、時雨もそれに合わせるように唇を動かしている。
二人で、祝詞を唱えているのかもしれない。
そして――。
あの日見た、眩い青白い閃光が時雨を貫いた。
「う……っ」
ビチャビチャッ…
俺は思わず、その場で吐き戻してしまった。
光が消えた、そのあと。
そこにいた時雨は――
骨だけになっていた。
◇◇◇
俺は必死に、それ以上吐くのを止めようとした。
けれど、身体が言うことを聞かない。
胃の中にもう何も残っていないというところまで、俺は吐き続けた。
背後から、カラカラと車椅子の車輪が回る音が近づいてくる。
ハッと振り向くと、ワタルさんがペットボトルの水を差し出していた。
「ごめん……汚してしまって……」
「いいわよ。私もよくやるわ」
――私も、よくやる。
この少女は、一体今までどんなものを見て、どんな人生を送ってきたのだろう。
「水龍神に取り込まれて、時雨さんは神格へ昇られたのよ」
神……。
あれが、神の所業なのか……?
あれではまるで、悪魔の儀式だ。
そうか……。
俺たちが神と呼んでいる存在は、もしかしたら悪魔と大して変わらないものなのかもしれない。
「時雨さんを――」
ワタルさんが、不意に口を開いた。
「もし……もしもよ」
「時雨さんを救える方法があるとすれば――」
ワタルさんは、まっすぐ俺を見る。
「あなた、やる?」




