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雨音時雨は、晴渡虹介を知らない  作者: 白ご飯
第二章 時空ワタル

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第24話 逆さ時写し

【読者の皆様へ(閲覧注意)】

今回のお話(または本文中盤以降)には、衝撃的・ショッキングな展開(残酷な描写・嘔吐表現等)が含まれます。苦手な方や気分の優れない方はご注意の上、お召し上がり(お読み)ください。


ピチャン……。


 静まり返った本殿の中に、水滴の落ちる音だけが響きわたる。


 見上げると、吹き抜けになった天井の高い位置に、先ほどの巨大な水時計のホログラムが浮かんでいた。


「でも……ワタルさんが見なくても、干ばつは起きたんでしょう?」


「ええ。だから私が見なかったところで、結果は同じだったのかもしれない」


 少し間を置いて、ワタルさんは目を伏せた。


「……そんなの、何の慰めにもならないけど」


「……ワタルさんの言いたいことは、よく分かった」


 この少女は、きっと聡明だ。


 それに、人の心の機微にも人一倍敏感なのだと思う。


 そんな彼女が、昨日会ったばかりの俺に、ここまで打ち明けてくれた。


 自分が憎まれるかもしれないことまで、覚悟して。


「辛いことを打ち明けさせてしまって、ごめんね……」


「はあ? あなた、この期に及んでまだそんな良識ぶったことを――」


「ワタルさん!」


 思わず、強い声でその言葉を遮った。


「何となくだけど……その……違ったらごめんね」


 俺は、目の前の小さな身体を見る。


「その身体、『視る力』と関係あるんじゃないの?」


 ワタルさんが、驚いたように目を見開いた。


「だって……時雨は、その命を対価に雨を呼んだってことだよね?」


 なら――。


「ワタルさんも、その力を使うための対価を、身体で支払ってるんじゃないの?」


「違うわ……」


 違うと言いつつも、ワタルさんは何かを隠すように目を泳がせた。


 探るように見つめると、ぼそりと言った。


「……余計なお世話よ……」


「ごめんね。俺、お節介ってよく言われるんだ」


 俺がふっと微笑む。


「ばっ! バカかしら! 本当にあなたって!!」


 なぜか分からないけど、赤面するワタルさんに罵倒されてしまった。


「それより……どうする? 今なら見せてあげられるわ。時雨さんの最期を」


 俺は、大切なことをもう一度確認する。


「もう一度聞くけど、その力を使ってもワタルさんは本当に大丈夫なの?」


 今度は目をそらされないように、腰をかがめて顔を近づける。


「な、なななななっ!!!」


 すると、ワタルさんの顔がゆでダコみたいに真っ赤に染まっていった。


 大変だ! 熱があるのかもしれない!!


「ワタルさん!? 大丈夫!?」


 急いで熱を測ろうと、額へ手を伸ばす。


 その手を、ワタルさんはパンッと跳ね除けた。


「よ! よよよ余計なお世話よ!! ちょっと、体調が安定しないだけ!」


「私の体調が心配っていうだけなら、本当に余計なお世話! あなたは上だけ見ていなさい!」


 ワタルさんが、頭上を指さした。


 つられるように顔を上げる。


 巨大なホログラムの水時計が、そこに浮かんでいる。


「――逆さ時写し」


 ワタルさんが低く呟いた。


 その瞬間――。


 ピチャン……。


 規則正しく落ち続けていた水時計の水滴が、物理の法則に逆らうように、一滴だけ上へと逆流した。


 そして――。


 ホログラムの水時計に映し出されたのは、時雨の最期の瞬間だった。


 音声はない。


 コマの飛んだ古い映画を見ているような、不自然な映像だった。


 事情を聞かされていなければ、祝言を挙げている場面に見えたのだろう。


 薄暗い空間の奥に見える岩肌や、滝壺。


 そして、花婿がいないという違和感を除けば。


 やがて、祝言とは明らかに異なる進行で、時雨は滝壺の中へと身を進めていく。


 柊花さんが、泣き崩れている……。


 守泰さんが何かを唱えるように口を動かし、時雨もそれに合わせるように唇を動かしている。


 二人で、祝詞を唱えているのかもしれない。


 そして――。


 あの日見た、眩い青白い閃光が時雨を貫いた。


「う……っ」


 ビチャビチャッ…


 俺は思わず、その場で吐き戻してしまった。


 光が消えた、そのあと。


 そこにいた時雨は――


 骨だけになっていた。


◇◇◇


 俺は必死に、それ以上吐くのを止めようとした。


 けれど、身体が言うことを聞かない。


 胃の中にもう何も残っていないというところまで、俺は吐き続けた。


 背後から、カラカラと車椅子の車輪が回る音が近づいてくる。


 ハッと振り向くと、ワタルさんがペットボトルの水を差し出していた。


「ごめん……汚してしまって……」


「いいわよ。私もよくやるわ」


 ――私も、よくやる。


 この少女は、一体今までどんなものを見て、どんな人生を送ってきたのだろう。


「水龍神に取り込まれて、時雨さんは神格へ昇られたのよ」


 神……。


 あれが、神の所業なのか……?


 あれではまるで、悪魔の儀式だ。


 そうか……。


 俺たちが神と呼んでいる存在は、もしかしたら悪魔と大して変わらないものなのかもしれない。


「時雨さんを――」


 ワタルさんが、不意に口を開いた。


「もし……もしもよ」


「時雨さんを救える方法があるとすれば――」


 ワタルさんは、まっすぐ俺を見る。


「あなた、やる?」

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