第23話 全く、悪趣味よね
「全く、悪趣味よね…」
「えっ……?」
「あれ、ただのホログラムだから。別の場所にある実物を投影して、スピーカーで音を反響させてるだけ」
「へ……へぇ……?」
「でも、元になってる実物はホンモノよ」
「…………」
数分前に余計なことは言わないと固く誓った俺は、さまざまな疑問をぐっと胸の奥に押し込めた。
「ふ……ふふ……。あなた、犬みたい」
そんなに俺の顔に出ていたのだろうか。
ワタルさんは、初めて俺に笑顔を見せた。
「……話が脱線したわね」
すぐに笑みを消すと、彼女は巨大な鳥居の向こうへ視線を向けた。
「ここは時空神社。名前の通り、私の家が代々守ってきた神社よ。元々あった場所にマンションを建てて、今はこんな成り金神社になってるけど」
「時空……神社……」
「奥へ案内するわ。そこで全部説明する」
ワタルさんは車椅子を進める。
「時雨さん――あなたの彼女に、何が起こったのか」
「…………!」
「それから、もう一つ」
彼女は振り返らなかった。
「ここまで来た以上、あなたは本当に無事では帰れなくなるかもしれない」
静かな水音が、広い空間に響いている。
「それだけは、覚悟しておいて」
俺は…ワタルさんの後ろを黙ってついていった。
◇◇◇
俺は、ワタルさんの後に続いて本宮の中へ案内された。
靴を脱いで上がった内部には、磨き込まれた板の間が広がっていた。
先ほどまでいた空間とはまた違う、まるで何人の侵入をも拒んでいるかのような、厳格な空気が漂っている。
その奥。
九段ほど高くなった場所に祭壇が設けられ、さらにその奥は御簾が下ろされ、見えないようになっていた。
ワタルさんはポケットからリモコンを取り出すと、慣れた手つきでボタンを押した。
すると――。
御簾が、自動でゆっくりと上がっていく。
「…………」
なるほど。
先ほどの巨大な水時計のホログラムといい、古来から続く日本の伝統も、近代技術を受け入れる時代になったんだな。
妙なところで感心しているうちに、御簾が上がりきった。
隠されていた祭壇の奥が、ゆっくりと姿を現す。
「……あれは」
祭壇の一番奥。
最も高い場所に、それは祀られていた。
先ほど、巨大なホログラムとして投影されていた水時計。
――その実物だった。
実物の水時計は、想像より遥かに小さく、簡単に手に収まりそうな手のひらサイズだった。
「あれは、時空神社の御神体。時写しの水時計よ。」
「時写し…の…?」
「そう。私が写したいと願った、過去、未来を写し出すことができるの。」
…………
正直、近代技術を受け入れている成り金神社から出てくるとは思えない話だ。
急に話が、非現実的な方向へ舵を切り始めた。
いつもの冷静な俺なら、そう思っただろう。
でも、今の俺は良識ある大人じゃない。
時雨の死の真相を知るために、ここまで来たんだ。
少しでも望みがあるなら、何だって縋りつく。
それに――。
時雨と最後に電話で話した、あの夜。
俺は、謎の青白い閃光を見た。
あれはきっと、俺の常識では説明できない何かの仕業だった。
そんな予感は、あの時からずっとしていた。
◇◇◇
「まず、雨音神社の巫女……時雨さんの身に何が起こったのかを先に説明するわ」
俺はゆっくりと頷いた。
「あなたにその覚悟があるなら、時雨さんの最期を、この水時計で写してあげる」
俺に……その覚悟があるなら、だって?
覚悟なら、もう決めてきたつもりだ。
昨日、ワタルさんに言われたあの言葉。
――全て失ってもいいなら、明日、ここへ来なさい。
それでも俺は、ここへ来た。
俺はワタルさんの目を見据えた。
「よろしくお願いします……」
ワタルさんは小さく頷いた。
「この国には、古来より秘匿されてきた秘儀があるの」
「秘儀……?」
「そう。それを扱うことを許されているのは、ごく限られた神社だけ。雨音神社も、そしてこの時空神社もその一つよ」
ワタルさんは、祭壇に置かれた小さな水時計へ視線を向けた。
「時空神社に伝わるのが、この『時写しの水時計』。過去や未来を写し出す御神体よ。ただし、誰にでも扱えるわけじゃない。神に選ばれた者にしか使えない」
「じゃあ……ワタルさんは……」
「ええ。使えるわ」
彼女は、まるで何でもないことのように答えた。
「私は年に一度、特別環境保護省の要請を受けて、この国に大きな厄災が起こらないかを視る」
「未来が……分かるってこと?」
「勘違いしないで。分かったからって、避けられるわけじゃない」
「……え?」
「起こる厄災そのものを消すことはできない。できるのは、それが起こると知った上で、被害を少しでも減らすために準備することだけ」
未来を知ることができる。
なのに、その未来を変えることはできない。
それは、俺が想像していたよりずっと残酷な力に思えた。
「まあ、国が真っ先に考えるのは、国民全員の安全――なんて綺麗な話じゃないけどね」
ワタルさんは冷めた声で言った。
「最優先は、政府の要人や国家機能の保全よ」
「…………」
「それでも、知らないよりはマシでしょう?」
そうかもしれない。
でも、それでは知る側と知らされない側とで、あまりにも背負うリスクが違いすぎるんじゃないか……。
「悪く思わないでね。おいそれと世間に公表できる力じゃないの」
ワタルさんは、淡々と言った。
「これは、人の手には余る力よ。この力を公表すれば、新たな利権争いを生み、無駄な血が流れる。だから政府の庇護という名のもと、時空神社には莫大な援助金が下りている」
「…………」
僅か十七歳。
そんな少女が、この力を使って国の未来を見続けてきた。
それがどれほどの重責なのか、俺には想像もつかない。
「もう、わかってると思うけど――」
ワタルさんは続けた。
「今回の大干ばつを見たのも私よ」
「…………!」
「そして政府は、時雨さんに『御渡り』の任を下した」
御渡り……?
なんだ?
「お、御渡りって……何?」
「水龍神に嫁ぐのよ」
「……嫁ぐ?」
「綺麗な言い方をしてるだけよ。――人柱ってこと。意味、わかる?」
意味がわかる?
は?
わかるかって?
なんだ、それ。
それじゃあ、時雨は……。
時雨は――!
この国を救うために、たった一人、その身を犠牲にしたっていうのか……?
「つまり、私が未来を見なければ、時雨さんは死ななかったっていうことよ」
「…………!」
俺はハッとして、目の前の車椅子の少女を見た。
なんてことを、さらっと言ってのけるんだ。
自分で何を言っているのか、本当にわかっているのか……?
…………。
――全て失ってもいいなら、明日、ここへ来なさい。
――余計なことは喋らないで。
――悪く思わないでね。おいそれと世間に公表できる力じゃないの。
出会ってから、まだ一日しか経っていない。
それなのに、この少女が口にした不穏な言葉の数々が、俺の脳裏に一気に蘇った。
いや――違う。
この少女は、その意味を誰よりも理解しているに違いない。




