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雨音時雨は、晴渡虹介を知らない  作者: 白ご飯
第二章 時空ワタル

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第16話  雨音時雨の最後

 

 虹介と、些細な喧嘩をしてしまった。


 本当は、話したいことがあったのに。



◇ ◇ ◇



「時雨、お前に大切な話がある」


 先日、お父さんにそう呼ばれて、私は実家に帰った。


 実家に着くと、お父さんとお母さんが、客間に並んで座っていた。


 二人とも、妙に神妙な顔をしている。


 そして、その向かいには、見たことのないおじさんが一人。


 誰だろう。


 そう思っていると、お父さんはなぜか私を、その知らないおじさんの隣――上座へ座らせた。


「すまない」


 私の顔を見るなり、お父さんはそう言った。


「何よ。別にすぐ近くなんだし、そんな謝ることじゃ――」


 私が「謝ることじゃない」と言いかけたところに、お父さんの言葉が被さった。


「時空の巫女が、干ばつの未来を見た」


「……え?」


「国家が傾くかもしれないほどの、大規模な干ばつだそうだ。正確な時期はまだわからない。だが、万が一その時が来れば――」


 そこで、お父さんは一度言葉を止めた。


「万が一その時が来れば、雨乞いの巫女として、お前には『御渡り』をしてもらうことになる」


「……オワタリ?」


 時空の巫女が?


 干ばつ?


 国家が傾く?


 雨乞いの巫女様として……オワタリ?


 お父さんの話していることが、ちっとも頭に入ってこない。


「あ、あれかな? 新年にやる奉納の舞をやればいいの?」


 私が呑気にそう口にした、その時だった。


「……っ……」


 お母さんが、嗚咽を漏らした。


 両手で口元を押さえ、俯いたまま肩を震わせている。


「……え?」


「御渡りとは――」


 知らないおじさんが、静かに口を開いた。


「水龍神の御許へ嫁ぎ、人の身を離れる神事です」


 人の身を離れる…?


 その言葉だけが、妙にはっきりと耳に残った。


「時雨さん。あなたに、御渡りの任が下ったのです」


「雨音神社の宮司として――この度の慶事を――」


 お父さんはそう言うと、畳の上をにじるようにして後ろへ下がった。


「心より、お慶び申し上げます」


 そして、私に向かって深々と頭を下げた。


「…………」


 お母さんも。


 知らないおじさんも。


 みんなが、私に頭を下げている。


 どうして?


「……え……なに、これ……?」


 誰も、答えてくれなかった。



     ◇ ◇ ◇



 知らないおじさんがーー何とかっていう省の官僚らしいーー帰ったあとも、お父さんは客間から動かなかった。


 玄関の戸が閉まる音がして、しばらくして――


「ごめんね……」


 お母さんが、泣き崩れた。


「ごめんね、時雨……ごめんね……」


「……お母さん?」


 私はまだ、何が起きているのかわからなかった。


「なんで謝るの?」


「…………」


「ねえ。さっきの……お渡りって、どういう意味?」


 お母さんは答えない。


 ただ、何度も何度も「ごめんね」と繰り返す。


 私はお父さんを見た。


「お父さん」


「…………」


「御渡りって……何をするの?」


 長い沈黙のあと、お父さんがゆっくり顔を上げた。


 その顔を見て、初めて気づいた。


 お父さんも、泣いていた。


「……水龍神に、お前の命を捧げる」


「…………え?」


「御渡りをすれば――」


 お父さんの声が震えた。


「お前は、生きては帰れない」


 その瞬間。


 さっきまで意味のわからない言葉の羅列だったものが、一つずつ繋がった。


 干ばつ。


 雨乞い。


 オワタリ。


 それって…アレだ…人柱…。


 昔話とかによくでてる、贄ってやつだ…。


 そして――私が……。


「…………」


 私は、何も言えなかった。


 政府から下されたその要請が、私にとって何を意味するのか。


 ようやく、わかった。



◇ ◇ ◇



 自分の家に帰ると言った私を、お母さんは引き止めた。


「ごめん……少し、一人になりたいの……」


 そう言うと、お母さんはそれ以上何も言わずに見送ってくれた。


 お母さんと、お父さん。


 二人の気持ちを考える。


 分かってしまうから、余計に辛い…。


 多分、自分のこと責めてるよね…。


 そう思うと胸が苦しくて、痛くて、喉の奥が詰まった。




 すっかり日は沈んでいた。


 月さえ雲の向こうに隠れた暗い帰り道を、ぽつぽつと並ぶ街灯の明かりだけを頼りに歩く。


 そして私は初めて、ちゃんと自分の「最後」について考えた。



 私、死ぬの?



 なんで?



 意味わからん。



 まだ、やりたいこといっぱいあるのに。


 行きたいところもある。


 食べたいものだってある。


 それなのに――


 真っ先に頭に浮かんだのは、一人だけだった。



 虹介……。



 私、が嫁ぎたいのは虹介なのに…。



 虹介。


 虹介……!


 虹介――!



「こうす……け……」



 結婚して。


 虹介の赤ちゃんを産んで。


 お父さんとお母さんに孫の顔を見せて。


 みんなで笑って。


 そんな、どこにでもあるような未来が欲しかった。


 いつか当たり前にやって来るんだと思っていた。


 それが今、音を立てて崩れていく。



「う……うぅ……っ……あ……あああぁぁぁぁ……!」



 誰もいない暗い道の真ん中で、私は声を上げて泣いた。


 立っていられなくなって、その場にしゃがみ込んだ。


 どれだけ泣いても、何も変わらなかった。



     ◇ ◇ ◇



 それから、私には「保護」という名目の政府の監視がついた。


 大切な「御渡り」を果たすその時まで、私の身に危険が及ばないように。


 ――たぶん、逃亡や自死を防ぐために。


 部屋には監視カメラが設置され、外へ出れば、視界に入らない距離から警護の人間がついてくるようになった。


 どうせ断る選択肢なんてないのなら、その時まで何も言わなければよかったのに。


 それでも、こうして前もって知らされたのは――


 いずれ訪れるその時までに、心残りをなくしておけという、せめてもの配慮なのかもしれない。



 いるか!


 そんなの!


 クソったれ!!



 心残りなんて、一つに決まってる。



 虹介。



 虹介と築く――


 築けたらいいなって、ずっと思っていた家庭。



 だったら。



 プロポーズしよう。



◇ ◇ ◇



 プロポーズ作戦、大失敗。


 虹介を怒らせてしまった。


 仕事で大変な時に押しかけた、私も悪い。


 だけど――


 そのおかげで、少しだけ冷静になれた。



 もし、あのままプロポーズが成功して…。


 もし、虹介が受け入れてくれていたら…。


 私はきっと、嬉しかった。


 残された時間を、虹介と一緒に過ごしたいと願ったと思う。



 でも、その先は?



 私は、死ぬ。



 結婚して。


 幸せになって。


 その直後に、私は虹介を置いていく。



 そんなの――


 虹介を余計に悲しませるだけじゃないか。



「……これでいい」



 プロポーズなんて、しなくてよかった。



「これで……虹介と終わりにしよう」



 そう決めて、私は虹介との連絡を絶った。



     ◇ ◇ ◇



 連絡を絶ってから、一ヶ月。


 虹介が訪ねて来た――らしい。


 監視の人から連絡が入った。


『お帰りいただきましょうか?』


「いいえ、大丈夫です。そっとしておいてください」


 監視の人にいきなり追い払われたら、虹介も不審に思うだろう。


 そのうち諦めて帰る。


 そう思って、私は部屋の中から様子を窺っていた。



 ところが――帰らない。



 玄関の前まで来ては離れ。


 また戻って来ては、立ち止まる。


 何度も何度も、それを繰り返している。


 気づけば、もう一時間近く経っていた。



「何、あれ……ふふ……くくっ」


 思わず笑いが漏れた。


「もう……虹介ったら……年上のくせに、可愛いなあ……」



 笑っているのに。


 涙が、ぽろぽろと溢れてきた。



 ああ。


 やっぱり、好きだ。



 胸の奥を熱くするこの想いに、もし題名をつけられるならー。



『ハイスペ年上彼氏が従順な大型犬にしか見えない件 ーしょげながら謝りにきたと思ったら、垂れた尻尾が見えて可愛すぎるんですけど…』 


 


 私は玄関へ向かった。


 そして、一ヶ月ぶりに――


 虹介の前で、ドアを開けた。



「……入って」



     ◇ ◇ ◇



「私がいいって言うまでは、このトートバッグで過ごすこと!」


 私は、千円でもちょっと高いかも――と思いながら購入した、クロネコのイラストがプリントされたアイボリーのトートバッグを、虹介の胸元へ突きつけた。



 これくらいしたって、バチは当たらないよね?



 それから。


 私の御渡りの日が正式に決まる、その「日」まで。


 虹介は本当に、私と会う時にはいつも、その安っぽいクロネコのトートバッグをぶら下げて来た。


 ププぅ!…大型犬が黒猫トートぶら下げとる(笑)



 ……律儀な人。



 私は一度も、


「もういいよ」


 とは、言わなかった。


 可愛かったから。


◇◇◇


 それから――


 時空の巫女とやらが見た未来を、この国は少しずつ歩み始めた。


 雨が、降らなくなった。


 私が思っていたよりも、ずっと早く。



 そして、その日は何の前触れもなくやって来た。



 たまたま実家に夕飯を食べに帰った私を、お父さんが呼び止めた。


「時雨。こちらへ来なさい」


 その声を聞いただけで、わかった。


ー正式な御渡りの日が、決まったんだ。


◇◇◇ 


「このたび、干ばつに喘ぐ民草の安寧と、国土への降雨を祈願し、雨乞いの巫女と水龍神との御成婚の儀を執り行う運びとなった」


ーお父さん、何、その喋り方。


「この儀をもって、巫女は水龍神の御許へと召され、人としての生を終え、神格へお昇りになる」


ーああ…そっか…これは父親として話してるんじゃなくて、雨音神社の宮司として、決められた言葉を娘に告げてるんだ。


「以後、現世に残される者や事柄について、何一つ案ずる必要はない」



 お父さんは、まるで祝詞でも読み上げるように、淡々と言葉を続けた。


「ただ御身を水龍神へお委ねし、その御心のまま、お導きに従いなさい」


 お父さんは、目を瞑ると、まるで苦いものを飲み込むような顔で最後にこう言った。


「それが雨乞いの巫女にのみ許された――誉れ高き御役目である」


 いつやるって言わなかったな。


 ――ああ……そっか。



 今日なんだ。



     ◇ ◇ ◇



 そのまま私は、お母さんに連れられて花嫁支度を始めた。


 夏至も近く、夜が訪れるのは遅い。


 十九時を過ぎても、障子の向こうにはまだ薄明るい空が残っていた。


 少し汗ばみながら長襦袢を身につけ、その上から真っ白な掛下に袖を通す。


 掛下帯を締め、胸元に懐剣を差し込む。


 その時、お母さんの手が震えていることに気づいた。



 何か。


 何か言え、私。



 「さ、さすがお母さん! 成人式の振袖着せてくれた時より上手かも!私にはコレは無理だ!」


お母さんが、ハッと顔を上げた。


 その顔を見て、気づく。


……随分、痩せちゃったな。


私はそっと、お母さんの手を握った。


お母さんの手、冷たいな…


「よかった。お母さんに着付けてもらえて」


「…………」


「私、結婚する時も絶対お母さんに着せてもらうんだって……ずっと楽しみにしてたんだ」



 お母さんの唇が震えた。



 その時だった。



 ――スパーン!



「ああ! お姉ちゃんだけズルい! 私も着たい!」



 桜花が勢いよく襖を開けて、部屋へ飛び込んできた。



「なにそれ!? 神社の宣伝?!」



 その後ろから百花まで顔を出す。



「…………」



 妹たちには、何も話していない。


 話せるはずがない。


 ここは何とか誤魔化さないと。



「そうよ! これからこれ着て撮影するの! だから邪魔しないこと!」


「ちぇ〜っ。結婚前に花嫁衣装なんか着たら、婚期逃すんだからね!」


「そうそう!」


「はいはい。ほら、二人とも。お姉ちゃんの邪魔しないの」



 お母さんに追い立てられ、桜花と百花は不満そうに部屋を出ていった。



 襖が閉まる。



 私は、お母さんを見る。


 お母さんも、私を見る。



「…………ふふっ」


「……ふふ……」



 二人で、笑った。




     ◇ ◇ ◇



 伝統的な「水化粧」を施され、唇に紅を引く。


 首筋まで、真っ白。


 汗でおしろいが崩れないよう、私は今、エアコンの効いた部屋で御成婚の儀が始まるのを待っている。



 いよいよ、始まるんだ。



 不思議なくらい頭は冴えていて、妙に落ち着いている自分がいた。



 虹介……。



 手元にあるスマホを見つめた。



 虹介の名前の由来を、教えてもらったことがある。



 ――虹を助ける人。



 険しい道をつなぐ架け橋を、助けられるような人になってほしい。


 そんな想いが込められているんだって。



 名前までイケメン。



 でも、ちょっと心配だな。



 険しい道をつなぐ橋を助ける人を――


 助けてくれる人が、いてくれたらいいのに。



「頑張りすぎないでね……」



 スマホの画面に表示された、虹介の名前を見つめる。



 ちゃんと、お別れを言おう。



 今さらだけど。



 今しか、ないんだから。



◇◇◇


 時刻は、すでに二十二時を回っていた。


 私は虹介にメッセージを送った。



『虹介、私もう虹介に会えなくなるの』



 直後。


 予想通り、すぐに電話がかかってきた。



「え……もう会えないって、どういうこと?」



 よかった。


 最後に、声聞けた。



「だからね、もう会えなくなるの……私たち」


「ちょ、ちょっと待って。まだ、あの時のこと怒ってるの?」



 電話の向こうで、焦っている虹介が目に浮かぶ。



「俺、ちゃんとあのトートバッグ使ってるでしょ?」



 ……!!



 大型犬が、クロネコトートをぶら下げている絵面が浮かび、私は撃沈する。



「あはは! 本当にやってくれるとは思わなかった!」



 電話の向こうの空気が、少し柔らかくなった気がした。



 あ……ちょっとホッとしたな?



「虹介、そういうところ律儀で可愛いっていうか……」



 ……ううん。


 違うな。




「愛おしいよ……本当に」





 



「え……何、急に……」



 これしか、言えなくて。


 ごめんね…。



「それじゃあね! 今までありがとう! 楽しかったよ!」



 説明できなくて、ごめん。



「ちょ、待ってくれ……!!」



 私は、電話を切った。



「…………」



 頬を、涙が伝っていた。



「あーあ……せっかくお母さんに綺麗にしてもらったのに、台無しだ……」



 そのあと、ぐちゃぐちゃになった私の顔を、お母さんはまるでこうなることがわかっていたみたいに、手早く直してくれた。



 嘘でも。



 嫌いになったって、言えばよかったかな……。



◇◇◇




 斎服を身にまとったお父さんが先導し、その後ろを私、さらにお母さんが続く。


 三人で、本宮へと向かった。



 本宮の祭壇の下には、隠されたからくり扉がある。


 決められた順番で模様を動かさなければ、開くことのない扉だ。



 ――まあ、子供の頃にこっそり開けることに成功して、中へ忍び込んだことがあるんだけどね。



 あの時は、お父さんに見つかってめちゃくちゃ怒られたっけ。



 お父さんが慣れた手つきで模様を動かしていく。


 やがて重い音を立てて、扉が開いた。



 その先に現れたのは、地下深くへと続く石段だった。



 お父さんが松明に火を灯す。


 私たちは濃く深い闇の中を、その小さな明かりだけを頼りに、ゆっくりと石段を下っていった。



 どれくらい下りただろう。



 やがて――



 ゴォォォォ……。



 どこか遠くから、水が激しく流れ落ちる音が聞こえ始めた。



 一段。


 また一段。



 下りるほどに、その音は大きくなっていく。



 長い石段も終わりに近づいた頃、ようやく最下部に明かりが見えた。



 そこには、大きな滝があった。


 地下深くにあるとは思えないほど豊かな水が絶え間なく流れ落ち、滝壺の水面を激しく打っている。


 地上では水が枯れ始めているというのに、ここだけは昔と変わらず、轟々と水が流れていた。



 ここは、雨音家が代々、水龍神を祀ってきた場所。



 滝壺の前には祭壇が組まれ、いくつもの明かりが揺らめきながら、滝と岩肌を幻想的に照らしていた。


 その祭壇の前には、先客がいた。


 いつか家で会った、何とかっていう省の官僚のおじさんだ。


 あの時と同じように、隙のないスーツ姿で立っている。



 ……この人も来るんだ。


 そりゃそうか。


 ちゃんと私がオワタリするところ、見届けないといけないもんね。



「政府を代表して、重要国家神事の立会人として――」


「何とか省のおじさん、手短に言ってください。」


「…………」



 私は、それ以上聞きたくないとばかりに、官僚のおじさんの言葉を遮った。



 祭壇には、御成婚の儀のための支度が整えられている。



 御成婚。



 ずいぶん綺麗な名前をつけたものだ。



 花婿なんて、どこにもいないのに。



「それでは、これより雨乞いの巫女と水龍神との御成婚の儀を執り行います」



 何とか省のおじさんが場を仕切り、新郎不在のまま婚儀は始まった。



 まず、お父さんが修祓を行い、私たちの穢れを祓う。


 続いて祭壇の前で、祝詞が読み上げられた。



 そして、三献の儀。



 大、中、小。


 三つの盃を使って、新郎新婦が交互にお神酒を酌み交わす。



 ――はずなんだけど。



 新郎がいない。



 仕方がないので、私は盃に口をつけると、残ったお神酒を滝壺へドボドボと注いだ。



 これで水龍神と酌み交わしたことになるらしい。



 ……ほんと、形ばっかり。



 そうして、形ばかりの婚儀は淡々と進められていった。



 そして――。



 普通の婚儀では、決して行われることのない儀式が始まった。



 何とか省のおじさんに促され、私は滝壺へと入った。


 今、腰まで水に浸かっている。



 白無垢を着た時は、エアコンが必要なほど汗ばんでいたのに、地下を流れる水は驚くほど冷たい。


 足元から這い上がってくる冷たさに、身体が震える。



「時雨……!!」



 お母さんが悲鳴のような声を上げ、こちらへ身を乗り出した。



「柊花さん。神聖な儀式の途中です」



 何とか省のおじさんに制止され、とうとうお母さんはその場に泣き崩れた。


 

 

 お父さんは、私の目を見つめる。



 一瞬だけ、目尻にしわを寄せて微笑んだ。



 ……?



 そして、すぅっと息を吐くと、宮司の顔に戻る。



「掛けまくも畏き、水龍神の大御前に、恐み恐みも白さく」



 ――あ……雨乞祝詞だ。



「天の水を治め、地の水を治め、万の命を潤し育み給う、水龍神の大御恵みを尊み敬い奉る」



 ――幼い頃、よく子守歌代わりにせがんだやつ。



「久しく雨の絶えし時は、天の水門を開き給い、恵みの雨を降らしめ給え」



 やがて、自然にお父さんと私の声が重なる。



「「乾ける大地を潤し、細りし川を満たし、萎れし草木を蘇らせ給え」」



 その時だった。



 滝が滝壺を叩く轟音とは別に、



 オオオォォォ――



 地の底から響くような音が聞こえ始めた。



「「人も獣も、鳥も虫も、地に生くる万の命に、等しく水の恵みを授け給え」」



 水底から、青白い光の球が浮かび出す。



「「降る雨は川となり、川は海へと帰り、海の水はまた天へと昇り、巡り巡りて万の命を育み給え」」



 青白い光は、次第にその輝きを増していく。



「「水の巡り絶えることなく、命の巡り絶えることなく、この国土を末永く守り恵み給えと、乞い願い奉る」」



 光が、辺り一帯を覆い尽くす。



「「恐み、恐みも白す」」



 ――あーあ。



 終わっちゃった………。




 眩い青白い閃光が、私の身体を貫いた。













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