第21話 顔が、いい
晴渡虹介、三十二歳。
大学時代、気の合う仲間たちと始めた、浄水器やウォーターサーバーを扱う新興企業の社長を務めている。
六年前に出会った時雨は、自社製品に使う結合部品やフィルターなどを発注している取引先の事務員だった。
大学時代、仲間と始めた小さな会社も、今では老舗の同業者に警戒されるくらいには成長した。
仕事への焦りから、時雨とは小さな行き違いもあった。
それでも、そろそろ彼女との新しい人生設計を――。
そう考えていた矢先のことだった。
――もう会えなくなる。楽しかった。ありがとう。
突然突きつけられた、時雨からの別れの言葉。
話し合う余地さえ与えられないまま、彼女は死んだ。
そして今度は――
――全て失ってもいいなら、明日、ここへ来なさい。
あの少女が残した言葉の意味を考える。
俺に残されたもの。
家族。
会社。
財産。
……そうだ。
確かに、ある。
今の俺は、時雨の突然の死という、向き合いきれない現実を前にして、悲劇の主人公のように自分の不運に酔っているだけなのかもしれない。
時雨の家族さえひた隠しにする、彼女の死の真相。
そして、あの不健康美少女が残した――「監視」という言葉。
一般人が足を踏み入れてはいけない何かが、この先にある。
さすがに、それくらいはわかった。
これ以上、首を突っ込むべきではない。
◇ ◇ ◇
雨音神社の巫女の墓参りを終え、敷地前に待たせていた車に乗り込む。
私は窓の外を眺めながら、先ほど泣きながら懇願してきた男のことを考えていた。
「…………」
雨に濡れた髪。
ひどい顔で泣いていたくせに――。
「顔が……いい……」
思わず、ぽつりとこぼれた。
「……は? 何か仰いましたか?」
「うるさいわね! 独り言よ! 危ないから運転に集中しなさい!」
「申し訳ありません」
運転手は苦笑して、それ以上は何も聞かなかった。
長年彼女に仕えてきた彼にとっては、いつものことである。
◇ ◇ ◇
――翌日。
俺は、指定された住所の前に立っていた。
「……ここ?」
思わず、スマートフォンの住所を確認する。
間違っていない。
俺も一応、会社を経営する身だ。
自宅には、それなりのグレードのマンションを選んでいる。
だから、多少値の張る物件を見たところで、今さら驚くこともない。
――そのはずだった。
「……マンション、だよな?」
広大な敷地を囲う塀の向こうには、手入れの行き届いた庭園。
車寄せには屋根があり、エントランスには制服姿のドアマンまで立っている。
ガラス越しに見えるロビーは、どう見ても高級ホテルのそれだった。
少なくとも、俺の住んでいるマンションとは同じカテゴリーに入れてはいけない気がする。
俺は昨日覚えた住所を、もう一度確認した。
やはり、ここだ。
「……何者なんだ、あの子」
名前すら知らない不健康美少女に騙されていないことを祈りながら、俺はエントランスへ向かった。




