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雨音時雨は、晴渡虹介を知らない  作者: 白ご飯
第二章 時空ワタル

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第20話 失うもの


少女とは思えない凄みに、俺は一歩後ずさった。


 それでも……ここで引き下がったら、俺は一生、時雨の死の真相にたどり着けない気がした。


「……はい……大アリです……。何だっていいんです。お願いです。どうして死んだのかまでは言わなくてもいい。あとは自分で何とかします! お願いですから……何か……何かを……俺に……」


 声が、続かなかった。


 思えば、時雨の死を知ってから、俺が涙を流したのはこれが初めてだった。


 こんな、会って間もない、縁もゆかりもない不健康美少女の前で、頭を下げながら……。


「…………」


 しばらく続いた沈黙ののち、不健康美少女が「はぁ……」と小さく息を吐いた。


 膝元に置いていたポシェットからスマートフォンを取り出すと、何かを打ち込み始める。


 そうかと思うと、おもむろにそれを地面へ滑り落とした。


「えっ!?」


 俺は慌てて、それを拾い上げようとする。


『監視されてる。今は言えない。

 全て失ってもいいなら、明日、ここへ来なさい。

 〇〇市〇〇町一丁目二番――1005号室』


 雨粒を弾くスマートフォンの画面。

 メモ機能に打ち込まれた文字が、俺の視界に飛び込んできた。


 俺は拾い上げる前に、ハッと彼女の顔を見上げる。


「何よ! 拾う気がないの!?」


 彼女は不自然なほど大きな声で、俺を罵倒した。


 そして苛立たしげに車椅子から立ち上がろうとして――グラリと体勢を崩す。


「危ない!」


 俺が咄嗟に彼女を抱きとめた、その瞬間。


「馬鹿! 隙を見せないで! 自然に振る舞いなさい、グズ!」


 耳元で、小さく俺を罵った。


「……す、すみません」


 何に謝っているのか、自分でもよくわからない。


 俺は言われた通り、何事もなかったように彼女の身体を支え、車椅子へ座らせた。


 それから地面に落ちたスマートフォンを拾い上げる。


「どうぞ……」


「ありがとう」


 受け取った彼女は、画面を数度操作した。


 さっきまでそこにあった文字が、消える。


「それじゃあ、ごきげんよう」


「え……」


「何?」


「いえ……何でもありません」


「そう」


 彼女はそれ以上、俺を見ることもなく車椅子を進めていった。


 カラカラと車輪の音が遠ざかっていく。


 俺は、その後ろ姿を黙って見送った。


 ――〇〇市〇〇町一丁目二番、1005号室。


 忘れないように、頭の中で何度も繰り返す。


 けれど、住所よりも強く頭にこびりついて離れない言葉があった。


 ――全て失ってもいいなら。


 俺に、これ以上失うものなんてあるのだろうか。



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