第20話 失うもの
少女とは思えない凄みに、俺は一歩後ずさった。
それでも……ここで引き下がったら、俺は一生、時雨の死の真相にたどり着けない気がした。
「……はい……大アリです……。何だっていいんです。お願いです。どうして死んだのかまでは言わなくてもいい。あとは自分で何とかします! お願いですから……何か……何かを……俺に……」
声が、続かなかった。
思えば、時雨の死を知ってから、俺が涙を流したのはこれが初めてだった。
こんな、会って間もない、縁もゆかりもない不健康美少女の前で、頭を下げながら……。
「…………」
しばらく続いた沈黙ののち、不健康美少女が「はぁ……」と小さく息を吐いた。
膝元に置いていたポシェットからスマートフォンを取り出すと、何かを打ち込み始める。
そうかと思うと、おもむろにそれを地面へ滑り落とした。
「えっ!?」
俺は慌てて、それを拾い上げようとする。
『監視されてる。今は言えない。
全て失ってもいいなら、明日、ここへ来なさい。
〇〇市〇〇町一丁目二番――1005号室』
雨粒を弾くスマートフォンの画面。
メモ機能に打ち込まれた文字が、俺の視界に飛び込んできた。
俺は拾い上げる前に、ハッと彼女の顔を見上げる。
「何よ! 拾う気がないの!?」
彼女は不自然なほど大きな声で、俺を罵倒した。
そして苛立たしげに車椅子から立ち上がろうとして――グラリと体勢を崩す。
「危ない!」
俺が咄嗟に彼女を抱きとめた、その瞬間。
「馬鹿! 隙を見せないで! 自然に振る舞いなさい、グズ!」
耳元で、小さく俺を罵った。
「……す、すみません」
何に謝っているのか、自分でもよくわからない。
俺は言われた通り、何事もなかったように彼女の身体を支え、車椅子へ座らせた。
それから地面に落ちたスマートフォンを拾い上げる。
「どうぞ……」
「ありがとう」
受け取った彼女は、画面を数度操作した。
さっきまでそこにあった文字が、消える。
「それじゃあ、ごきげんよう」
「え……」
「何?」
「いえ……何でもありません」
「そう」
彼女はそれ以上、俺を見ることもなく車椅子を進めていった。
カラカラと車輪の音が遠ざかっていく。
俺は、その後ろ姿を黙って見送った。
――〇〇市〇〇町一丁目二番、1005号室。
忘れないように、頭の中で何度も繰り返す。
けれど、住所よりも強く頭にこびりついて離れない言葉があった。
――全て失ってもいいなら。
俺に、これ以上失うものなんてあるのだろうか。




