第18話 先客
先日、雨音神社の巫女が人柱となった。
雨音神社が祀る水龍神に供物としてその身を捧げ、干ばつに苦しむこの国を、たった一つの命で救ってみせた。
涙ぐましい、救国の巫女の物語。
――もちろん、そんな話が世間に知られることはない。
現代の日本で、人間を神への供物として捧げたなどと、誰が信じるだろう。
ましてやそれが、政府の庇護下にある神社で執り行われた、国家存亡に関わる秘儀だったなど。
記録に残るのは、三か月続いた干ばつと――
その夜、突然降り始めた恵みの雨だけである。
そして。
時空ワタル(トキソラワタル)は今、同じく政府の庇護――という名の監視下にある神社の代表として、噂の悲運の巫女の墓参りにやって来ていた。
「先客がいるわ……」
ワタルの位置から数十メートル先。
件の巫女の墓の前に、雨の中、身じろぎもせず佇む男の姿が見えた。
背中から漂う悲壮感で、何となく察しはついた。
出直すべきか、少し迷う。
しかし、こちらとしても動かない身体で、雨の中を車椅子でやって来ているのである。
むざむざこのまま帰るのもシャクではないか……。
ワタルはそのまま、突き進むことにした。
◇
時雨の父、守泰さんと別れてから、どれくらいそうしていたのかわからない。
時間も、身体を打ち続ける雨も、俺にはもうどうでもよくなっていた。
ただ、動く気力もなく、思考も止まり、どうすることもできなくなっていた。
――カラカラカラ。
そんなとき、止まっていた思考を浮上させたのは、背後から近づいてくる人の気配だった。
誰だろう……。
のろりと身体を動かして、背後に感じたその正体を確認する。
視線を移した先にいたのは、ひどく色白で、痩せた身体の、不健康そうなツリ目の美少女だった。
一人で車椅子を漕ぎながら、こちらへ近づいてくる。
「悪いわね! 私もその子に用があって来たのよ。すぐに終わるから、構わないでちょうだい」
「はあ……」
俺は、せめて進路の邪魔にならないよう、大股で一歩横にずれる。
謎の不健康そうな美少女は墓前まで進むと、二礼し、忍び手で二拍手。
そして、しばし深く目を閉じた。
最後に深く一礼すると、俺にちらりと視線を移す。
「待たせたわね。さ、あなたも心おきなく佇むといいわ」
本当に手早く済ませると、そのまま立ち去ろうとする。
「待ってください!」
俺は咄嗟に、不健康そうな美少女を引き留めた。
「何よ。こう見えて私、忙しいのよ」
「すみません……でも、少しだけ……あの……時雨のお知り合い、でしたでしょうか……?」




