第14話 時雨のち虹
気がつくと私は、知らない部屋で寝かされていた。
閉じられたカーテンの隙間から、細く伸びた朝の光が差し込み、薄暗い室内を部分的に照らしている。
重い身体を、ゆっくりと起こした。
「……どこ?」
ズン、と頭が重い。
その奥で、ズキズキと鈍い痛みが脈打っている。
私は痛む頭をなんとか働かせ、昨日の記憶を辿った。
…………。
晴渡社長と……飲みに行った。
かなり飲んだ……と、思う。
それで――
次の瞬間。
堰を切ったように、昨夜の記憶が押し寄せてきた。
――もう……晴渡社長のそばに……そばにいるのは、辛くてムリなんれすうぅぅぅ!!
「あぁ……」
――もう、俺に会うのが……そんなにつらい?
「あぁぁぁ……」
――はい。特級の重罪犯です。
「ああああああああ…………」
そして。
――好きだよ……ずっと……。
「…………」
そこからの記憶が――ない。
全身から、サァッと血の気が引いていく。
「アバババババァァァァッッッ!!!」
「時雨!! どうした!?」
勢いよく部屋のドアが開き、晴渡社長が飛び込んできた。
「晴渡社長……わたし……まさか……まさか……」
私は震える手でシーツを胸元まで手繰り寄せ、反射的に身を守った。
「違う! 誤解だ!」
食い気味に否定された。
「確かにここは俺の部屋だけど、何もなかった! 服だって、苦しくないように胸元を少し緩めただけで、ちゃんと着てるだろう!?」
恐る恐る、シーツの中を確認する。
――うん。
着ている。
「何も……覚えてない?」
晴渡社長が、少ししゅんとした顔をした。
その表情に、胸の奥がズキッと痛む。
「覚えてます……」
「え?」
「ずっと……好き、って……」
晴渡社長の表情が、ぱっと緩んだ。
「でも……『二股じゃない』って言われてからの記憶が……」
「…………」
晴渡社長が、ふっと笑った。
そして――
私がどうやってこの部屋までやって来たのか。
昨夜の出来事を、それはもう丁寧に語ってくれた。
「とにかく驚いたよ。いきなり『アバババババ!!』って叫び出したから、何かの病気なのかと思って焦ってさ……」
――やめてくれ。
それ以上言わないでくれ。
「それで、俺の足をゴキブリでも仕留めるみたいな勢いで踏みつけて……ふふっ」
――たまに晴渡社長の笑いのツボが分かりません。
「でも、よかったよ。タクシーで乗車拒否されてるところに追いつけて」
――私、乗車拒否されたのか。
それはちょっとショックだ。
「それでタクシーから降りたと思ったら、今度は時雨が気を失って……。まあ、あれだけ飲んだあとに全力疾走したんだから無理もないけど」
晴渡社長は、思い出したように笑った。
「それにしても、時雨って足速いんだね。びっくりしたよ」
――はい。
私も、それは私も初耳です。
「とりあえず、脈も呼吸も問題なさそうだったから、俺の部屋まで運んだんだけど……」
「一応確認なんだけど、アバババって病気じゃない?」
「はい…」
ーそれは確認せず流して欲しかったデス…
私のその回答が聞けて安心したのか、晴渡社長は満足そうに「よかった…」と微笑んだ。
そこで晴渡社長は、急に真面目な顔になった。
「決して、やましいことは何もしてないから」
「…………」
「それだけは、信じてほしい」




