《弐話》
《弐話》
車の中はとても静かだ。執事の武沢はあまり話さないタイプらしい。
「あの、武沢さん。私、なんとお呼びすれば?」
純が言うと、武沢はチラッと純を見て、
「呼び捨てでかまいません。もちろん、上の名前でも、下の名前でも。それと、敬語は使わなくて結構です。」
と言った。純は、なおも質問していく。
「執事の勤務時間って、どれくらい?」
「貴女のお爺様が、決めた時間は午前六時から午後十時ぐらいまでです。お嬢様が風邪をひいたときなど、緊急のときは二十四時間、だったりしますが。」
蓮樹はそう言って、ニコッと笑った。
「何歳?誕生日はいつ?血液型は?彼女はいるの?」
「今、二十歳です。生年月日は四月二十七日です。血液型はA型。ただいま独身で、彼女もいません。執事の仕事は忙しいですし、そういう関係になる女性も、近くにはいませんので。」
蓮樹はそう言うと、すごく爽やかに笑った。蓮樹はあまり執事っぽくないと言うか、純のタイプを現実にしたような人だ。幸樹に似ている。
「兄弟は、いるの?」
「兄弟ですか?今は母と父が離婚して、母のほうに預けられた弟が一人います。時々会っているんですよ。」
蓮樹がニコッと笑ってそう言うので、ちょっとどう答えたらいいのか分からなかった。
「そうなんだ。蓮樹は私とちょっと似てるんだね。」
純がそう言うと、蓮樹は笑いながらうなずいて、運転手さんから見えないように、純にキスをした純はすごく赤くなった。
「もう、勝手にそういう事しないでね。私が命令してからにして。」
純がそう言うと、蓮樹は、
「Yes my lord.」
と言った。純はどういう意味か全然分からなかった。
「何それ?どういう意味?」
「かしこまりました。と言う意味です。私が行っていた執事&メイド養成学校では、主人から命令を下されたときはそう返事するように教えられたので。」
「そんな学校があるの?」
「はい。フランスやイギリスのほうに。私が行っていたのは、イギリスのほうです。英国紳士が多いんですよ。」
そう言われて、純は「へぇ」と言うしかなかった。そういう知識はあまりないのだ。
「ねぇ、執事って何でも言うことを聞いてくれるの?」
「勤務時間以外は、出来ることなら何でも。」
「いやらしいことでも?」
「主人に命令を下されれば、その使命を果たさなければいけませんから。」
そう言って、蓮樹は意味ありげに笑う。
「お望みなら、夜もご一緒しますよ。とびっきり甘いのをご馳走します。」
蓮樹はそう囁くと、止まった車から降りた。
「お嬢様、ここが今日から住んでもらうことになる家でございます。」
車から降りた純に、蓮樹はお城のような家を見ながら言った。
「ここ?」
「はい。では、こちらに。」
蓮樹はそう言って、車専用の門の右にある扉を開いて、純を中へ入れた。
「ねぇ、お父さんから、聞いた?」
純はそう言って、蓮樹の服の袖を引っ張った。
「体が弱いことと、心の傷を患っていると言うことは、聞きました。なぜ心の傷が出来たのかはわかりませんが。」
蓮樹はそう言って、「どうしたの」とでも言うような顔をした。
「じゃあ、聞いてないのね。体が弱いって言うけど、それは貧血をよく起こすって言うだけ。重傷なのは、お父さんが言う心の傷なんだけど・・・」
純はお母さんの弟、つまり純のおじの家に泊まることが多々あった。そして、中学に入ったとたん、おじに性的虐待を受けることが多くなり、始めは胸を触られるだけだったが、次第に触られたことがないようなところまで触られるようになり、ひどいときはおじのあれを入れられるようになった。それから、何ヶ月か経つと、今までゴムをつけていたのが、つけなくなってしまった。それで、妊娠してしまった。妊娠していることに気づいた初めの頃は、怖くてどうしようもなく、誰にも相談できなかったが、あるとき純の異変に気が付いた友達三人が、相談に乗ってくれた。一人は女子で友紀。後の二人は男子で、幸樹と仁。
「何か悩みでもあるの?言って。私たち親友でしょう?男子にいえないことなら、二人にははずしてもらうし。」
親友がそう言ってくれたから、純は思い切って妊娠のことを打ち明けた。男友達二人にも。三人とも、純の話を聞いて唖然としていた。
「と、とにかく、早く自分の親に言って、おろさないと。気分が悪いのを我慢していても、どうしようもないだろう。」
仁がそう言ったが、純は誰かに言ったらもっとひどいことをすると言われていた。今思えば、両親に相談しておじに会えないようにすればすむ話だった。だが、そういう事を考えるのも無理なぐらい、怖かったのだが、幸樹が、
「脅されてるの?それなら大丈夫だよ。俺らが守る。」
と言ったので、両親に打ち明けられたのだ。その三人のおかげで、子供をおろすこともでき、今は少し安心している。
「・・・でも、まだ、怖いの。このことはね、家族とその三人、そして蓮樹と純だけの秘密よ。」
純はそう言って、蓮樹に笑いかけた。蓮樹はビックリしたような顔をして、キスをした。
「お嬢様、ご無礼をお許しください。でも、私はお嬢様を愛しています。」
そう言われて、純はビックリした。今日会ったばかりのはずなのに、愛していると言うのは、なんだかおかしいような気がすると純は思った。
「え、でも、今日会ったばかりだよね?」
「いいえ、私は少し前にあなたに会ったことがあります。一週間ぐらい一緒にいました。」
蓮樹にそう言われたが、純は何も分からなかった。
「そのうち分かります。さ、家に入りましょう。」
純は蓮樹に背中を押されて、そのまま家に入った。




