また明日
夜の空気は少し冷えていた。
水桶を戻したあと、建物の影に入る手前で、ベレスは足を止めた。
「……今日は、ありがとう」
クリスタが小さく微笑む。
「私の方こそ。さっきの言葉……嬉しかった」
「気にしなくていい。思ったことを言っただけだ」
少しだけ、沈黙。
それでも、不思議と気まずくはならなかった。
「……じゃあ、また明日ね」
「ああ。また明日」
それだけのやり取りだったはずなのに、胸の奥が少しだけ温かくなる。
二人はそれぞれ、寮の方へと歩き出した。
──だが、静かな夜が許してくれるほど、訓練兵たちは大人ではなかった。
「おーいベレスぅぅぅ」
背後から、にやついた声。
振り返ると、エレン、ジャン、コニーが並んで立っていた。
「お前さっきから何なんだよ」
ジャンが腕を組みながら露骨な疑いの目を向ける。
「クリスタと、やけに距離近くなかったか?」
「そうだよな!?二人きりで会話とかよぉ!」
コニーがニヤニヤしながら顔を近づけてくる。
「まさか……もう付き合ってんのか!?」
「違うってば」
即答だった。
だが、納得するはずもなく。
「じゃあどういう関係だよ!」
「説明しろよ!」
一斉に詰め寄られる。
その時だった。
「……ただの仲間だよ」
そう言ったのは、マルコだった。
「今日は適性検査後のことで少し話してただけだろ?」
少し微笑んで続ける。
「それに、誰かと仲良く話しただけで騒ぎすぎだよ」
「そ、そうだよ……」
アルミンも頷く。
「ベレスは、ああいう性格だから……きっと困ってるよ」
さらに、
「詰め寄りすぎだ」
ライナーが低く言った。
「お前らが思ってるようなものじゃないだろう」
「……そういうのは、本人たちの問題だ」
ベルトルトも、珍しく口を開く。
それだけで、空気が少し落ち着いた。
「チッ……」
ジャンはまだ納得していないが、とりあえず引き下がった。
「まあいいや。だがな」
指を突きつける。
「クリスタを泣かせたら……俺が許さねぇからな」
「まさか。肝に銘じておくよジャン」
ベレスはそれだけ答えた。
すると――
後ろの方から、小さく笑い声がした。
「はは……なんだよそれ」
それはエレンだった。
「でも……なんか、お前らしいな」
そう言って、身をひるがえす。
「明日から本格的な訓練なんだ。さっさと寝るぞ」
それぞれが部屋に戻り始め、騒ぎはひとまず終わった。
最後に残ったマルコが、小さく声をかける。
「……大変だね、目立つって」
「望んだわけじゃないけどね」
「うん、わかってる」
マルコは少しだけ真剣な顔になった。
「でも、君の味方はちゃんといるからね」
ベレスは何も答えず、ただ頷いた。
そして眠る前、ぼんやりと天井を見つめながら思う。
(この世界で、生きる理由が……少しずつ、増えている)
外では、風が木々を揺らしていた。
明日もまた、訓練が始まる。
そしてその先に――
何が待っているのかは、まだ、誰にもわからない。




