適性検査を終えて
夕方の訓練が終わり、食堂にはまだ人影がまばらだった。
木の長机の片隅に、クリスタは一人で腰かけ、パンを手に持ったままぼんやりとしていた。
「……今日もここ、座ってもいい?」
聞き慣れた声に顔を上げると、そこにはベレスが立っていた。
「うん、大丈夫」
クリスタは小さく頷く。ベレスは正面ではなく、少し離れた隣の席に腰を下ろした。
ほんの数十センチの距離なのに、不思議と空気が固くなる。
「……訓練、お疲れさま。今日もきつかったね」
「うん。でも、クリスタの動き、すごくよかった。自分の体が今どういう状態に置かれているのかがよくわかってる。」
「え……そうかな」
少しだけ頬を緩めながら、クリスタは視線を落とす。
「でも、まだ全然だよ。みんなと比べたら……」
「比べる必要、ないと思う」
パンをかじりながら、ベレスはぽつりと続けた。
「クリスタは……自分のままで、もう十分すごい」
その言葉に、クリスタの手が一瞬止まる。
「……それ、どういう意味?」
「そのままだよ。ただの感想」
少し気まずそうに視線をそらすベレスを、クリスタはじっと見つめた。
ふわっと、柔らかく微笑む。
「ありがとう、ベレス。そう言ってくれる人……あんまりいないから」
その空気をぶち壊すように、後ろから椅子が乱暴に引かれる音がした。
「おーおー、随分いい雰囲気じゃねぇか。おい白髪!あたしも混ぜろよ」
振り向くと、そこにはニヤニヤしたユミル。
「ちょ、違うよ」
「ただ話してただけだ」
ほぼ同時に言う二人に、ユミルはますます面白そうな顔になる。
「へぇ~?訓練後の食堂で、二人きりで、いい空気で、ただ話してただけ、ねぇ?」
クリスタは少し顔を赤らめ、ベレスは軽くため息をつく。
「お前は本当に面倒くさいな……」
「褒め言葉として受け取っといてやるよ」
そう言いながらも、ユミルはクリスタの隣ではなく、あえてベレスの向かい側に座った。
「ま、安心しろよ。私はちゃんと友達枠だからな?」
「そこは大丈夫」
「ははっ...ひでぇ」
でも、どこか嬉しそうに笑うユミルと、ほっとしたようなクリスタの笑顔。
ベレスはそれを見て、少しだけ目を細めた。
さっきよりも、食堂の空気は少しだけあたたかく感じられた。
訓練後の食堂は、いつもより少しだけ静かだった。
皆、疲れ切っている。スプーンの音も、パンをかじる音も鈍い。
ベレス、クリスタ、ユミル。
三人は同じ卓につき、それぞれ無言で食事をしていた。
だが、それは「気まずい沈黙」ではなかった。
戦ったあとの、共有された静けさ――そんな空気だった。
「……なあ、ベレス」
ふと、ユミルが口を開いた。
「お前、訓練の時……ちょっと“出来過ぎ”だろ」
スプーンを止めずに言う、その声は軽いが、目は笑っていない。
「普通じゃないって、自覚あるか?」
「さあな。ただ、身体が勝手に動いてただけだ」
「それが一番おかしいんだっての」
ユミルは小さくため息をついたあと、ふいに続けた。
「で?お前、どの兵団行くつもりだよ」
その場の空気が、ぴんと張りつめる。
クリスタも、そっとベレスを見る。
ベレスはしばらく黙っていたが、やがてはっきりと言った。
「……俺は、調査兵団に行く」
一瞬の沈黙。
「そして……奴らの正体を暴いてやる」
その言葉と同時に、胸の奥が熱を帯びた。
(――行け)
誰かの声がした。
耳ではなく、脳のさらに奥で響く声。
(――思い出せ)
(――お前は、知っているはずだ)
一瞬、視界が揺らぐ。
血か、炎か、それとも巨影か……断片的な光景がよぎる。
だが、ベレスは顔に出さなかった。
「……そして、俺自身の“秘密”も……
知らなくちゃいけないんだ」
そう、静かに付け足した。
クリスタの表情がわずかに曇る。
「……危ない道だよ」
「わかってる」
「……でも、止めないよ」
その言葉に、ベレスは少しだけ驚いたように笑った。
「ありがとう」
ユミルはその様子を見て、鼻で笑う。
「ま、止めたところで聞くタマじゃねぇしな」
そして立ち上がると、言った。
「水汲み、そろそろ当番だろ?」
「あ、私行きます!」
と、素早く反応したのはサシャだった。
「命の恩人なんだから、もちろん来るよな?」
ユミルがニヤリとしながら言うと、
「はい!恩人様のためなら何でもします!!」
と、サシャは目を輝かせて即答する。
「ちょ、サシャ……」
クリスタが慌てて止めに入る。
「恩人って言っても、そこまでじゃ……」
「いいじゃんいいじゃん、サシャは素直で可愛いぜ」
「そういう言い方しないで!」
そんなやり取りを見ながら、ベレスは立ち上がった。
「じゃあ、俺も行くよ」
「なんで?」
「水汲みは人手があった方がいい」
それは建前だったが、嘘でもなかった。
外に出ると、夕暮れが空を染めていた。
冷たい風の中で、サシャはまだぶつぶつとパンの話をしている。
実はミカサからパンを貰えなかったのである。(原作通り)
ベレスは、ポケットから自分のパンを取り出すと、何食わぬ顔でサシャに差し出した。
「はい」
「え!?いいんですか!?神ですかあなたは!?」
「食べな。食堂のおばさんがサービスしてくれたから俺一個多く貰ったんだよね」
「はい!!!」
ユミルは呆れた顔で笑う。
「お前、ほんと変なとこ優しいな」
「……なんてったって孤児院育ちなんで!!(キリッ)」
だが、その様子を、一番安心したように見ていたのは――
クリスタだった。




