星降る夜の会話
俺はしばらくの間、クリスタたちと別れたあと、一人で星空を眺めていた。
相変わらず夜風は冷たく、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。
ふと、頭に鋭い痛みが走った。
アッカーマン特有の頭痛――いや、ただの頭痛ではない。
前世の記憶の断片が、俺を無理やり引き戻すかのように流れ込んできたのだ。
暗い廊下を走る音。
血の匂い。
敵を斬る手の感触。
誰かを守るために動いた体。
――過去の痛みが、今の俺を突き刺す。
「……またこれだ」
俺は息をつき、頭を抱えた。
その時、足音が近づく。
振り返ると、クリスタが立っていた。
「べレス……?大丈夫?」
「……何でもない」
そう言って笑おうとしたが、すぐにバレた。
彼女は目を細め、心配そうに首をかしげる。
「……嘘、でしょ?」
クリスタの声に、俺は仕方なく答えを探した。
「……実は、少し頭が痛くて」
言葉を選びながら、俺は前世のことは伏せ、感じる苦痛だけを伝えた。
クリスタは黙って聞いてくれる。
そして、星空を見上げながら、そっと隣に座った。
「じゃあ、一緒に見ようか……星」
闇の中で二人きり。
静かに、でも確かに夜の空気が心を落ち着ける。
「ねえ、べレス」
クリスタが小さな声で言った。
「星って、見てるだけで少し気持ちが落ち着くんだって」
「……神父さんも同じこと言ってた」
俺は頷き、夜空に目を戻す。
満天の星が、暗闇の中で静かに輝いていた。
「べレスと話すと……なんだか安心する」
彼女の言葉に、俺は小さく息を吐いた。
前世の痛みは消えないが、少しだけ心が温かくなる。
しばらく沈黙が続いた後、クリスタが軽く笑った。
「べレス、あのね……通過儀礼のこと、私もすごく緊張してたんだよ」
「……そうは見えなかったけど」
俺は小さく返す。
「私、まだどこかで緊張してたからか寝付けなかったみたい……」
クリスタは肩をすくめて笑う。
「でもこうして外に出て星を見てたら、少し気持ちが落ち着いたんだ」
「なるほど……俺も、同じ理由でここにいるよ」
そう言うと、クリスタが嬉しそうに顔を上げる。
「べレスって、結構落ち着いてるんだね」
「いや、ただ……こういう瞬間に慣れてるだけだ」
俺は答えながら、心の中で微かに笑った。
——こんなに自然に、誰かと話せる瞬間があるなんて、少し不思議だ。
「……ねえ、べレス」
クリスタが小さく問いかける。
「前に、教えてくれたことある?孤児院の話とか」
「……ああ」
俺はゆっくり頷き、言葉を選ぶ。
「孤児院でのことは、まあ……今はこうして生きてるから、悪くない思い出だ」
クリスタは微笑んだ。
「そういうべレスも、なんだかかっこいいな」
その笑顔は作り笑いじゃない。本当に、心からの笑みだった。
「……急にどうした」
俺がそう返すと、彼女は少しだけ視線を逸らし、それからまた夜空を見上げる。
「だって、べレスって時々、自分のことをすごく低く見てる気がするから」
「そんなつもりは……ないんだけどな」
「でもね、私から見たべレスは、ちゃんと強くて、優しくて……それに」
「それに?」
「話してると、落ち着くんだよ」
夜風がふたりの間を通り抜け、草の擦れる音が小さく響く。
沈黙が落ちても、不思議と気まずくはならなかった。
「……流石に買いかぶりすぎだよ」
「ふふ、そんなことないよ」
「クリスタの目が間違ってるだけだよ、俺はそんなに魅力のある人じゃない」
「じゃあ、その間違いは大事にするね」
「……それは困ったな〜」
俺は少しだけ肩の力を抜き、星空を見上げる。
胸の奥に、かすかな温もりが広がっていくのを感じた。
「……ありがとう、クリスタ」
「ふふ、どういたしまして」
クリスタは、星空を見上げたまま続けた。
「でもね、それは私が言ったっていうより……べレス自身が、そうさせてるんだと思う」
「一緒にいると、なんだか安心するんだ」
そっと、袖が触れる距離で、彼女は少しだけ近づく。
「不思議だよね。こんな気持ち」
夜の静けさの中で、二人の会話は星空に溶けていく。
「ねえ、べレス」
クリスタがふと顔を上げる。
「訓練で走り回った後って、みんな何してるの?」
「寝落ちしてる奴がほとんどだな。俺は……星を見てる」
少しだけ冗談っぽく言うと、クリスタがクスクス笑った。
「じゃあ、べレスは夜更かし仲間ってことだね」
「まあな。……クリスタも付き合うか?」
「うーん、付き合う……っていうか、見守る係かな」
「見守るだけじゃなく、俺と話してくれよ」
「わかった。べレスがそう望むならね」
「ねえ、べレス」
クリスタが急に言った。
「今度、一緒に星座探してみない?」
「いいな。それなら眠くなる前に探さないと」
「それもそうだね、べレス」
しばらく沈黙のあと、クリスタが小声で言う。
「べレス、あの星……あれはオリオン座だよ」
「ほう、俺の目もまだ使えるみたいだな」
「じゃあ、ベルトのように強そうに見える星を探してみる?」
「それって……あの、オリオンのベルト?」
「そうそう、ちゃんと三つ揃ってるよ」
「なるほど……俺もあの星たちと一緒に戦ったら強くなれるかな」
クリスタはくすっと笑う。
「うーん、べレスはもう十分強いと思うけどね」
「じゃあ、私も星と一緒に強くなる!」
「……星も競争相手か」
「そうだよ!負けないから!」
俺たちは小さな笑いを交わしながら、夜空の下でしばらく話し続けた。
頭痛はまだ残る。前世の断片も消えない。
だが、今だけは、少しだけ——穏やかだった。




