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戦場の傭兵譚  作者: 六波羅朱雀
追憶する傭兵、在りし日の少年
39/40

十人の子供たちと少年バーンスタイン07


 クアナが死んだ。それから一週間。つまり、また一か月が経ったのだ。実戦訓練がやって来る。


「じゃ、頑張ってね」


 見慣れた怪しい笑みを浮かべたまま去って行くロード。残された子供七人は、しばしの沈黙ののち、各々スタート地点についた。端から攻めたい奴、中央突破をしたい奴。今回はどこに宝石があるのかというヒントがない分、危険度が増していると言えた。


 低く轟くようなブザー音で戦いの幕が開く。


 おれは今回、独りで勝手にやらせてもらうことにした。前回の勝者と呼べるロンドがその手を取っていたから、というよりも、ルカのいない今、誰もがその方法を選んでいたからだ。


 ジャックとロンド、ノアは単独行動で、メアリーとオリバーとオリヴィアは三人で行動するようだ。


 おれは六人から目を逸らし、遅れてダッシュする。岩に隠れてセンサーで動く銃がターゲットを探して首振りしているのをやり過ごすと、反対側に銃口が向いたと同時にもう一度ダッシュ。近くの木の根元に落ちていた銃を手に取ろうとして、二つあることに気が付く。一つはマグナム。威力は言うまでもなく最高だ。もう一つは普通の小型拳銃。おれは後者を手に取った。理由は明白。AHEがあるとはいえ、おれの身体はまだ子供らしい小さなサイズ。マグナムの反動を何度も耐えるには難しい。


 そのまま木に登る。フィールドの全体を高いところから見るためだ。どういうわけか分からないが、前回と同じ部屋に連れて来られたはずなのに、風景はすっかり変わっていた。中央に機能していない噴水があり、北西の方には木造の小屋がある。地面は花畑のようで、砂利などはない。

 

「中央にロンド、西に三人、東にノアとジャックか」


 おれは西寄りを北に向けて進んでいるから、ノアやジャックと合流することはないかもしれない。

 

「ノアが持っているのはスナイパーライフルか。木に登っているが、罠を先に叩いておくつもりか?」


 可能ならば、センサーでこちらに気づいて狙ってくる銃などは破壊しておいた方がいい。地雷なども踏んでしまうより先に爆発させておくべきだろう。本物の戦場ならばむしろ逆手にとって相手への攻撃のために利用するのもありだが、ここに本物の敵兵はいない。

 

「ジャックは北を目指しているのか。スタート位置から遠い場所から探す方がいいからな。手前側は三人がやるだろうし。ロンドは中央、噴水目指しているのか?」


 自分のやることは決まった。小屋を目指そう。実際の戦場でいけば、スタート位置から遠い北側の小屋は敵の拠点になる。そこに敵の持つアイテムがある可能性は高いだろう。


 ノアが罠の破壊のために射撃の腕前を見せている音を聞きながら、おれは木から飛び降りると、上から見た時に脳裏に刻み込んだ罠の位置を思い出しながら、丁寧に、それでいて素早く道を進んだ。


 フィールドは縦横それぞれ三キロずつくらいのサイズだ。小屋までは二キロ程度。AHEの威力を使って走れば、罠の回避のために回り道をしても五分とかからない。


 意外と近くで爆発音がした気がするが、構っている余裕もなければ地面から遠くを見渡すことも出来ない。そのまま小屋を目指した。


 予定通り五分で小屋の付近までやって来る。一度近くの木に登り、周囲を見た。小屋の内部の様子はよく見えないが、近くには大量に地雷が埋め込まれている。侵入は容易ではなさそうだ。割れた窓の奥、室内は薄暗く、宝石があるかは分からない。

 

「分からない、が、厳重に守られているなら可能性はある。もちろん、そうやっておれたちを引き込む作戦かもしれないけど、これが実際の戦場のしんがりじゃない以上、相手側に時間を稼ぐ意味はないからな。うん、行こうっと」


 幸い、木々が多い。地面を行かずとも木々を上手い事伝って行って、小屋の屋根まで辿り着ければ。そうすれば、ぼろい木造の屋根を突き破って侵入できるのだが。


 その瞬間、まるで世界が夕暮れ時を迎えたかのようにオレンジ色に彩られた。無論、ここは室内。設定された時間帯が朝方だからか、天井に埋め込まれたライトたちは日が昇るくらいの色合いを作っている。突如として時間が、景色が変わることはない。

 

「爆発か」


 西南の方角が赤々と燃えているのが見えた。木の上にいるから、二キロほどの距離があってもよく見える。

 

「……あれは、メアリーにオリバー、それに、オリヴィアか」


 三人のいる花畑が燃えている。地獄の炎であるかのように、それで彼らを裁くかのように。


 何をきっかけとして燃えているかは分からないが、多分、誰かが地雷を踏み抜いた結果爆発で周囲が燃えてしまったか、あるいは火炎放射器でもあったか。

 

「死にかけているな」


 目を凝らして、AHEで強化された視力を駆使する。メアリーがオリバーを庇う姿勢で木の根元に倒れており、その手前でオリヴィアが立っている。彼女はブロンドの髪を赤い血で濡らしていて、炎が反射していることも相まって全体的に赤色に染まっている。

 

「怪我をしているのか?」


 いや、違う。オリヴィアは血に濡れているだけで、怪我をしていない。じゃあ誰の血だ。

 

「オリバーだ」


 腕が……待て、腕が。

 

「右腕が、ないぞ」


 ひらひらと揺れる水色っぽい無地のシャツ。その先にあるはずの右腕がない。ずたずたになった右腕がぼたぼたと血を垂らし、支えてくれているメアリーを濡らしている。


 おれはすぐに視線を動かし、敵を探した。オリヴィアが銃を構えているという事は、敵がいるはずだ。前回は地雷やセンサー式の銃ばかりで、敵兵と呼べる存在はなかったが……。

 

「なんだ、アレ」


 おれの金色の目が捉えたのは、人型の機械、だった。鉄で出来ているのだろうか。肌色とは思えない、灰色。金属らしく光沢があり、硬そうだ。人と同じように目、鼻、口があるが、筋肉はない。無論、表情もない。目が赤いことは特徴的だが、他は全て鉄の色。アレを何と呼ぶべきか。分からないが……。

 

「テキトーに、鉄人間とでも命名しようかな」


 センスのないおれに取って、そのくらいのネーミングがちょうど良かった。それにしても、見たところリモコンなんかで操作されているようには見えない。自律式の人形か。よく知らないが、かつての文明の道具だろうか。

 

「殺戮専用の鉄人間、か。昔の人はひどいことをする」


 銃を持ち、オリヴィアの放つ銃弾は弾いてみせる。これはもう、専用マシンと言って差し支えないだろう。

 

「実戦とはいえ、訓練だ。あんなものまで使うのか」


 彼ら子供たちの間ではよくあることなのだろうか。前回は新人のおれがいたから簡易的なものになっていたのか? それでも死者が出ているのに。

 

「どう、するべきだ?」


 戻って助けに行くか? 目の前に小屋があるのに?

 

「……迷う余地は、ないよな」


 結局のところおれは、『のちに英雄になる者』だった。


 木と木を猿のように身軽に伝い、屋根まで辿り着く。可能な限り無音のままで、軽い身体をジャンプさせて脆い屋根を突き破ると、内部へと落っこちた。


 室内は暗く、灯り一つない。しかし夜目が効くため不安を抱くことはなかった。ボロボロの本棚には無数の本が並んでおり、時折よく分からない置物が置かれている。小箱のようなケースを開けて確認していくも、宝石は入っていない。


 床下や本棚に仕掛けでもあるかと考え色々と触れてみるが、押すと凹むような窪みはなく、隠し部屋もない。


「どこだよ」

 一通り確認を終えて何もない事を知る。他に思い付くところと言えば、中央の噴水か。今頃ロンドが確認していることだろう。

 

「赤、赤、赤」


 赤い宝石を探す。前回同様剣の紋章が入った赤い宝石を。

 

「あか、あか、あか……あ、まさか」


 呟きながら室内を見渡していると、一つの可能性に辿り着く。

 

「鉄人間の目は、赤色だった」


 全てが灰色だというのに目だけが赤色だったことが思い出される。


 あれが、宝石だとすれば。

 

「倒さなければ、手に入らない?」


 宝石を手に入れさえすれば全攻撃が停止し、仲間は救われる。そう考えて三人の救出を放棄し小屋へ入ったが、間違いだったかもしれない。合理的判断が必ずしも正解に繋がっているわけではないということを思い知らされる。


 急いで本棚を伝い屋根まで戻ると、来た時と同じようにして木を伝って南へと戻っていく。


 炎々と燃える花畑に三人の姿を捉える。銃を構えて応戦していたオリヴィアは頭から血を流している。先ほどとは違い、彼女自身の血だ。AHEを存分に駆使して跳躍。人間離れした跳躍力で木々を飛び回り、彼らのすぐ傍まで辿り着いた。

 

「バーンスタイン!」


 怪我してなお二人を庇って前線に立っているオリヴィアが真っ先にこちらに気が付く。

 

「二人を連れて後退しろ。ここはおれが」

 

「駄目! 一人で勝てるわけないでしょ!」

 

「鉄人間の目玉が宝石の可能性がある。おれ一人で十分だ」

 

 それ以上の制止を無視しておれは突っ込んだ。茫然とするオリヴィアは頭の怪我が痛むのか、顰め面をしながらも渋々後退し、意識のないオリバーと大量のかすり傷を負っているメアリーを連れて離れて行った。


 鉄人間の腕はまるでガトリングを接続しているかのよう。五本の指などなく、直接そこから銃弾が放たれる。目を凝らしてそれを回避し、数少ない弾丸をどう使用して最低限の攻撃で敵を仕留めるかを考える。


 目を奪えば戦いは終わる。だとすれば、目玉を攻撃して、落とさせるか。人間の眼球とは違うのだから、目玉を固定している金属が壊れればそれでいいはずだ。となれば今度は右目か左目かを見極める必要がある。アタリは一個。弾丸の残りは六発。

 

「困ったな」


 弾丸が不足している。なら、肉弾戦を挑むか。小柄な身体を駆使すれば、うまいこと行けるかもしれない。

 

「援護する!」


 そこへロンドが加わった。噴水に宝石はなかったということだ。なおさらこの鉄人間がアタリを有している可能性が高まった。

 

「目玉だ」

 

「了解。ナイフを持っているから、接近する。ヘイトを引き受けてくれよ」

 

「了解」


 逆手にナイフを構えたロンドが、木に飛び乗って鉄人間の視界から外れる。それを追いかけようとした鉄人間の意識をこちらに向かせるべく、おれは一発の弾丸を放つと鉄人間のガトリングに当てた。


 そこからはまるで鬼ごっこだ。ロンドが鉄人間の隙を付けるようにとにかく、離れ過ぎず近過ぎずの距離を保って敵の攻撃を引き付ける。一発でも当たれば身体に風穴が空くが、不思議と怖くはない。避け続ければいいだけなのだから。

 

「いまだ」


 おれが小さく呟いたタイミングで、ロンドが鉄人間の背後に飛び降りた。首に足を巻きつかせ、後ろから顔面に手を回して目玉をくり抜こうとナイフを動かす。硬い鉄がそれを邪魔するが、幸い、金属と金属、部品と部品の間には隙間がある。そこにロンドはナイフの切っ先を差し込んだ。


 まず右目が落ちる。おれはすぐにそれを拾い上げたが、外れだ。剣の紋章がない。ロンドはすぐに左目にナイフを運んだ。


 しかし、そのタイミングで鉄人間が変化した。どういう仕組みか分からないが、右手からガトリングが外れ、それがぼとりと地面に落ちると同時に、小型拳銃が姿を現した。ガトリングの中に別の武器を隠していたとは。


 すぐに危険を察知してロンドに叫ぶが、あと少しだからと言う彼は敵から離れようとせず、左目と奮闘している。


 鉄人間は軽く細くなった腕を器用に回して、肩車のようにして自分に掴まっているロンドの頭に銃口を向けた。


 いけない。止めなければ。


 そう思って銃弾を放つが、間違ってロンドに当たるといけないため、顔面という敵の弱点には放てない。脚に三発当てると鉄人間はよろめいたが、右膝をついただけでロンドに向けた銃口は絶対に逸らさない。まさしく機械ゆえに可能な正確さだ。これが人間であれば痛覚が悲鳴を上げて拳銃を手放しただろうに。


 腕と拳銃が共同体となって接続されている以上、拳銃を落とさせることは不可能だ。ならば身体が動かないくらいに、機械ごと破壊するしかない。


 おれは奴の足元に落とされたままのガトリングに駆け寄った。掴んで、その銃口を鉄人間の腹部に向ける。が、あまりにも重い。AHEで強化された筋肉であるというのに、悲鳴を上げている。血管がぶちぶちという音を上げて切れている幻聴が脳をよぎる。


 それでもなお足を地面に差し込む勢いで力を込め、遂にガトリングを持ち上げると銃弾を放った。何発もの銃弾。悲鳴のような音を上げて銃撃音は鳴り続け、全ての弾丸を吐き出した。

 

「……は、はあ」


 息を切らし、一本の血管が切れた右手を抑えながら倒れ伏す鉄人間に近寄った。その姿は血に塗れ、完全に事切れている。


「……血?」


 鉄人間の頭部を伝う、どろりとした赤い液体。


 考えるよりも先に、嫌な予感を感じ取る。


 暴れ出した焦点を必死に合わせ、その姿を視界に捕らえる。

 

「ろんど……」


 頭部に銃弾を一つ食らったその姿。胸が小さく、弱々しく上下しているが、いつ事切れることか分からない。

 

「ろんど、ろんど」


 本名も出生も年齢も、何もかもが不明な少年。孤独な狼のようでいて、にやりと笑って見せたり、よく分からない少年。まだほとんど関わったことのない、同年代の子供。

 

「ろんど、おきてくれ」


 どうしてか震えている自分の声に、彼はにやりと笑い返した。

 

「ほう、せき、とった」


 右手にナイフを、左手に宝石を。ぎゅっと握りしめている。


 攻撃は止まり、周囲には静けさが漂っている。か弱いロンドの声も聞き取れるほどの静寂に包まれ、世界は未だ燃えている。


「ろん、どは、ここに、いる」


 虚ろな黒い瞳。己の血で濡れた灰色の髪。青白くなっていく肌。

 

「ろんど、は、ここで、いきて、た」


 最期の瞬間に何かを言い残そうと言葉を紡ぐ青い唇。

 

「ばあ、ん、す、ぁ、いん」


 おれの名前を呼ぶ声。

 

「なんだ、ろんど」


 最期なのだから、長年連れ添った仲間へ言葉を残せば良いものを。

 

「おまえ、は、えい、ゆう、だ」


 おれは、お前を殺した銃声を、かき消してしまったのに。




 

「三名が死亡するとは。過酷だったが、よく頑張ったね」


 ロードが笑みを浮かべて生き残りを称える。


 ロンドは頭部に銃弾を受け死亡。

 オリヴィアも頭部に受けた傷による出血多量で死亡。

 メアリーは後退する最中にセンサーによる銃撃を受け死亡。

 オリバーは右腕を失い意識がなく、治療中。

 ノアは銃撃が足を貫き治療中。


 無傷なのはジャックとおれだけ。遂に、十一人いた子供たちは四人にまで減ってしまった。

 

「負傷者の怪我が回復したら、最終訓練を実施するからね」


 そう言ってロードと研究者たちは去って行った。

 

「……なんだよ、最終訓練って」


 口の中が切れているのか、血の混じった唾を吐き出しながらジャックが悪態をついた。

 

「さあ。でも、もしかしたら」


 もしかしたら。


 人員が補充されないこと。

 やけに強い敵を用いた実戦訓練。

 随分と減ってしまった人数。

 これらから推測するに。

 

「英雄を作るこの訓練は、最終段階なのかもしれない」


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