十人の子供たちと少年バーンスタイン06
ちょい長い。
翌日、早朝。朝食を食べ終えて早々におれたちは広場に集められた。向かうのは訓練場。クアナの言っていた通り、大規模実戦訓練が行われるのだ。
「戦場では、武器の補給が難しいこともあるし、武器を手放し休憩しているところに奇襲をかけられることもある。君たち英雄候補は、そんな状況でも臨機応変に、現地で調達して戦って勝ってみせなくてはならない」
授業をするような口調で語るロード。他の研究員は相変わらず白衣を着て虚ろな目で『たぶれっと』を片手に立っている。
「今回の目標は軍事機密情報の入ったチップの奪還、というイメージを持って、赤い宝石を敵陣営から奪い返すこと。本物の赤い宝石には剣のマークが入っている。偽物を掴まないでね?」
おれたち子供の間で、緊張が走る。一時間後には隣人が、あるいは己自身が死んでいるかもしれないという緊迫感だ。
「とはいえ、今回は新人君がいる。よって一つヒントをあげよう」
新人君とはおれのことか。まあ、味方の諜報部隊や敵のリークによって事前情報を得ている可能性は実戦でもある。それほど重要なポイントにはならないのだろう。
「宝石は高い場所に隠された。以上だよ。みんな、頑張ってね」
温かな笑みを張り付けて出て行った彼らを見送って、残されたおれたち十一人の子供は立ち尽くした。
「大丈夫、誰も死なねえよ。ほら、おれに任せろ!」
拳を挙げて、歯を見せてにこやかに笑ったルカ。リーダーらしさを発揮してみせたが、この場は中々明るくはならない。そんな空気を察したクアナが、ルカに続くように笑った。
「ほらみんな! あたしたちは強いんだから、大丈夫だって!」
二人の自信がる眩い笑顔に感化されて、レオたちもおどおどしながらも拳を作って見せた。
「うん、だいじょうぶ、だいじょうぶだよね……」
ロンドなんかはいつも通りの呑気な態度だったが、ひとまず、子供たちはまとまった。同時に、大きなブザーの音が一つ。始まりだ。
「行くぞ、みんな、無茶するなよ?」
先陣を切って長方形のフィールドに駆け出したルカに続いて、全員が戦いに向かう。新人であるおれは邪魔にならないよう、とりあえず彼らのお手並みを拝見することにした。彼らの戦闘方法を学ぼうというわけだ。
おれたちは全員、手ぶらだ。武器を持っていない。現地調達、つまりフィールドにある敵の罠を利用してもいいし、武器を奪ってもいい。むしろそうやって戦うことが推奨される。
最前線を進むルカはさっそく拳銃を一丁取ったらしく、続くクアナはナイフを握っている。他の者たちもそれぞれ、小刀や手榴弾などを手に入れたようだ。
「おれも、何か手に入れるとしよう」
フィールドは森を想定しているのか、木々や草花、岩などの障害物がある。クアナは花を踏むことをためらっているようだが、おれの目についた武器は花の向こうの岩に立てかけられていた拳銃だ。花は踏むしかあるまい。
彼ら十名は連携を取ることに慣れているようで、声を掛け合うまでもなく、各々好きに行動している。が、おれにはそれが難しい。個人では優秀な成績を収めているが、チームプレーは初めてだ。ここは拳銃を取ったら最前線にいるルカへ追いついて手伝うのが一番か、あるいは罠の解除に徹するかだな。
走って行って、花が潰れることにも厭わずに拳銃のところまで進むと手に取って、辺りを確認した。周囲に罠はない。第一、どんなパターンの罠があるのかをおれは知らないけれど。
「きゃあッ!」
拳銃に弾丸が込められていることを確認して岩に隠れて周囲を見ていたその時、女子の甲高い声がした。見ればクアナが反対側で倒れている。脚を怪我したようだ。クアナのすぐ傍に拳銃があるのが見える。センサー式なのか、人が通ると自動で発砲されるようで、草むらに隠れたそれに気が付かなかったクアナの足をかすめて行ったようだ。足首よりやや上の位置の肌が軽くえぐれている。すぐに持っていたナイフを刺して拳銃を破壊したようだが、あれでは歩けまい。
「ぼ、撲がいくよ」
クアナから十五メートルほどの地点で岩に隠れていたチャーリーが勇敢にも名乗りを上げて、小さなナイフを胸の前で握りしめて頼りなさげに歩き出す。
「ありがとう、チャーリー」
クアナがホッとした顔で礼を言う。チャーリーは無事にクアナから五メートルの地点まで辿り着いた。
「大丈夫? クアナ」
あと数歩で届く距離まで来て、チャーリーもまたホッとしたようにクアナの顔を覗き込んだ。だからだろうか。元々戦いが上手ではなかったチャーリーが、周囲の警戒を怠って気を抜いたから。
「……え?」
草を踏んで歩くチャーリーの二本の足。その一方が紐に躓いた。五十センチほどの間隔で咲く二本の花の茎と茎に結ばれていた紐。その間を通ったチャーリーによって紐が強く惹かれたことで、紐の先にあったものが──片方の茎と一緒に紐によって繋げられていた手榴弾の栓が、抜けてしまった。
次に巻き起こったのは、悲鳴と爆発音だ。チャーリーの片足が飛んでいた。焦げ付くような嫌な肉の臭い。昔の手榴弾を改良したのだろう、歪な威力を放った手榴弾は、臆病な八歳児の心を折るには十分だった。
「いたい! いたいよ! クアナ、いたいよ!」
そう言われても、足を負傷したクアナは助けに行けない。必死に地面を這いずろうとも考えたけれど、他の罠には注意する必要もある。何よりも、彼女から普段の勇気を奪ったのは。
「ぃ、いや、いやだ、たすけて、るか」
吹き飛んだチャーリーの足が、五メートル先というすぐ付近にいた彼女の目の前に転がってきたことだった。
二人して、阿鼻叫喚の生き地獄。クアナは歩けず、怯えて。チャーリーも歩けず、けれど死ねず。痛みに耐えるしかない。
一瞬にして地獄となったフィールドに二つの声だけが響く。助けるべきだとは思うが、おれの位置からでは距離が空きすぎている。すると、クアナの位置から五十メートルの距離にある木の上にいたレオとジャックが声を上げて二人を助けに行くことになった。
ならば、と、おれはクアナとチャーリーを彼らに任せることにして、ルカの方へと向かうことに決めた。岩陰から飛び出して、拳銃を構えた姿勢でゆっくり歩く。どこにどんな仕掛けがあるか分からないのだから、むやみやたらに走ることは憚られる。
ロードに言われた通り、小柄かつ細身ゆえに発砲の際に受ける衝撃に耐えられないおれは、ロードに言われた通り、かつてFBIとかいう人たちが突入の際にやっていたという、右手で構えて、その手の下に左手を置くという方法を取っている。本来であれば左手もまたライトなどを持って周囲を警戒できるようにするものなのだが、生憎そんな物資はない。
この空間は暗くはないから、何か入手できるとすれば拳銃がもう一つ欲しいところだな。二つ同時に発砲すれば間違いなく身体が悲鳴を上げるが、銃弾を補充することが難しそうだから、途中で交換するようとして必要だ。何よりリロードの時間が省けるのが最高だ。
「うぉッ!」
離れた距離から悲鳴が上がる。今度はクアナの声と違って甲高くはない。声変わり前の男子の声。レオだ。何かあったのか。けれど木々に阻まれてここからでは様子が伺えない。
「……爆発音がないということは手りゅう弾なんかじゃないはずだ、大丈夫だろう」
改めて前方を見据え、ルカを追う。ルカは一本の大樹の根本に立って、ウロウロと何かを確認するような不審な動きをしている。
「宝石を見つけたのか?」
そうともとれる動きだ。そしてその可能性があるならば、一刻も早く駆けつけて手伝うのが当然の判断だろう。
おれは一層速度を上げた。可能な限りの周囲確認は行った。ならば、これ以上は無駄だ。
ルカのいる木の根本までやって来る。ルカは何かを確信したのか動作を変えて木を登ろうとするが、早めの成長期を迎えつつある身体では大きすぎて、細い枝も太い幹も登るのが難しそうだ。この木だけは他のものと違って独特な種類のせいもあるかもしれない。恐らく、他国から輸入された種だろう。
「おれが行こう」
ルカの目的が何かは分からないけれど、ひとまず名乗り出る。
「ありがとな。じゃ、あのてっぺんの方の枝に置かれている物を取って来てくれ。見た感じ赤いから、アタリかもしれない」
なるほど、確かにロードは高い場所というヒントをくれていたし、木の上の方というのはアタリの可能性が高い。
「じゃあ行ってくるよ」
「おう。周囲の警戒は任せろ」
ルカを木の根元に置いて、おれ一人がスルスルと登って行く。短い手足では伸ばしたところで届かない枝も、素の身体能力とAHEで強化された身体能力のおかげで、跳躍力一つ、あるいは枝を軸にぐるりと体操選手のように回ることで難なく進める。
「どうだ?」
かけられたルカの声に、「あと少しだ」と返す。
現状、負傷者は出ているが、死には至らないだろう。こうしている間にもクアナたちのよく通る悲鳴が聞こえるが、宝石を手に取れば全ての攻撃が止まるはずだ。おれは同胞たちの叫びには目もくれずに急ぎ続けた。
そうして、登り始めて五分ほどで目的のてっぺん付近まで辿り着く。あとは宝石らしきものが括りつけられた枝を引っ張って、手に取るか、あるいは下で待つルカの元へ落とすか。
「いけるか?」
「ああ、そっちに落とす」
枝に体重をかけて引っ張ってみるが、少し太いせいもあって中々枝は大きく揺れてくれない。もう少し強くやるか。
テープで固定されているのか、紐で固定されているのか。葉が多くてよく見えない。いっそ枝ごと落とすのもありだな。
おれは傍の枝に座って、足をぶらぶらさせた状態のまま、拳銃を構えた。発砲の振動で自身も枝から落ちる可能性があるが、AHEを身に着けている……いや、身に入れているのだ。落下中に他の枝を掴むくらいは出来るだろうし、最悪の場合でも、うまく着地を取れるはずだ。
ゆっくりと狙いを定める。片目を閉じて、意識するのはスナイパーの姿。持っているのは拳銃だけれど、絶対にぶれないように左手で右手を抑える。確実に、確実に。もし反動で自身が落ち、さらには弾が当たらなかった場合、もう一回全ての工程をやり直すことになるのだから。
「……ふう」
小さく息を吐いて、ついに一発の弾丸を放った。
パン、と弾けるような、なんだか呆気ない音を立てて飛んで行った銃弾は見事宝石らしきソレに命中。カン、と音を立てた宝石は枝から離れ、地面へと落ちて行った。
「ルカ、そっち!」
下に向けて叫びながらも、自身の身体は背中に向けて倒れていく。そのままグルンと頭を下にして落ちそうになる中、咄嗟に足先を枝にひっかけて宙ぶらりんになる。すぐに腹筋に力を入れて、元の姿勢へ戻ると枝に座って下を見た。
「どうだった?」
草むらに落ちた赤いソレを、ルカが探しに地面を這っている。すぐに見つかったようで、じぃっと魅入るように眺め始めた。
そして、言う。
「これじゃない」
と。
同時に、クアナたちがいる方向から大きな爆発音が響いて来た。手榴弾か、地雷か、爆弾か。分からないが危険だ。おれはひとまずルカの元へと、枝を伝って下りていくと最後は地面へと飛んだ。
「どういうことだ、ルカ」
当のルカは震えながら、応えてくれる。
「訓練でターゲットになるアイテムには必ず、この組織、というか研究が掲げる紋章が刻まれているんだ。剣の紋章だよ。でもそれが、ないんだ。だから、これは……」
「ダミーってこと?」
「……あぁ」
苦い顔でルカは言う。本物はこれじゃなかったんだと。
掠れた声に力はなく、いつものような覇気は感じられない。遠くからは今はクアナの泣き声が響いている。二人の怪我が重症になったのかもしれないな。
──戦線が、崩壊していくのを感じる。
背筋が凍るような感覚。全てを悟ってしまう頭脳。響き渡るクアナの悲鳴。続いて鳴り響く銃撃の音。
首を振ってそちらを見れば、無理に動いたクアナをターゲットに働いたセンサーが、銃撃を始めている。脚の怪我によって伏せた姿勢のクアナは、まだ怪我をしていない。大丈夫、他の子供が付いていたはずだ。安全地帯まで行けるだろう。
「……ぁ、な」
ただ、この状況で大丈夫じゃなかったのは、クアナじゃなかった。
「クアナ!」
走り出した人影があった。おれのすぐ下、木の根元。
「ルカ、駄目だ!」
木から飛び降りれば腕を掴んで止めることが可能な、はずだった。
「……うそだろ」
思わず芯の冷えた声が出る。ここまで驚くのは初めてかもしれなかった。
クアナの元へ、涙と悲鳴を零しながら走り出したルカ。クアナの現在地までは、数百メートルはあるはずだった、と、いうのに……僅か二秒でその距離を詰めてしまっていた。
おれが飛び降りた時にはもう遠い場所にいる。地面からでは、ルカの様子が見えなかった。
代わりに、ルカが無茶苦茶なルートで走ったせいで、その振動により地雷が大量に爆発していた。これじゃおれは近づくこともできないどころか、どこにも行けない。ルカ本人はあまりの速度によってその全てを回避しているのだから、何とも言えない。
「これじゃ、どうしようも出来ないな……」
一人残されてしまったおれは、身動き一つ取れない状況でぼやいた。持っている拳銃もこれでは役に立たない。
どうするべきか分からない。 経験がない以上、勝手に宝石探しに行くのは良くないと、思う。かといって他の人と仲良く共同作業できるかと思えば、それも違うだろう。ならもう、ここで時を過ごすしかないのかもしれない。
「……英雄になるための訓練、か」
木にもたれかかる。
くだらない、と。言いそうになった。
結論から言えば、死亡三名。一名負傷
クアナをかばって銃撃を受けたルカ。
脚が吹っ飛んだチャーリーも死亡。
功名に隠された穴に落ちその下の大量の槍に刺さったレオも死亡。
クアナは脚を負傷。命に別状はないが精神的に参っている。
「ロンド、お見事だったね」
宝石を見つけたのは、一人フラフラと行動していたロンドだった。
「死者三名は惜しいが……仕方がないね。八人が生き残ったことを褒めるとしよう」
そう言って去ろうとしたロードをおれは反射的に引き留めていた。
「あの」
「なんだい?」
「あの時のルカは、四百メートル以上を二秒ほどで詰めました。異常です。あれはいったい……」
「ああ、あれね。うん」
意味ありげに笑ったロードは逆に問いを返してきた。
「バーンスタイン君は死体を見たかい?」
「えっと……ルカ、の? 見てないですけど、銃撃で」
「違うよ。まあ、銃撃が致命傷だけどね。……AHEっていうのは力を増幅させるためのものだ。ただ、同時に危険でもある。だから普段は制御しているんだよ。でもそのリミッターを解除すれば」
「……ああ、なると」
「うん。だから彼の死体は、筋肉がはじけ飛んでいたんだよ。でもバーンスタイン君はもっと気を付けてね」
「それはどういう意味で……?」
曖昧な表情で笑われてもロードの言葉の意図は伝わって来ない。
「君は、AHEと相性がいいからね」
そう言って今度こそ去って行くロードと研究員たち。残された言葉の意味を考えても、やはり、分からなかった。
***
そこから数日はクアナの怪我もあり、簡易的な訓練が続いていた。
「…………」
ルカが自分を守って死んだことで、クアナは随分と気落ちしていた。一言も話さず、食事も残してばかり。誰かが声をかければ返事はするが、会話を盛り上げようという意思はない。それは他の者も同じだった。まとめ役がいなくなったことで連携は取れず、おれという邪魔者のせいもあって雰囲気が暗い。
「ごちそうさま」
最終的に宝石を手に取って戦いを終わらせたロンドがみんなを纏めようと声を上げれば状況は違ったのだろうが、変わり者の彼はそういった行動をしなかった。強いて言えば、前よりも真面目に訓練に取り組んでいるくらいだ。
ある日、食事をしていると、隣にクアナが座って来た。無言のまま二人並んで食べ進める。冷めたスープを飲み干して、おれは声を掛けてみた。
「何か、用か」
多分、もっと優しく声を掛けるべきだったのだろうが、おれにはルカのような気遣う行動が出来ない。考えてみたところで正解も分からないのだから、下手な発言ではなくいつも通りを心掛けた。
「……るか、しんじゃった」
既にあの訓練日から三週間以上が過ぎていたが、クアナの様子は暗いままだ。栄養を取らないせいで身体もやせ細っている。AHEのおかげで何とか意識を保っている。
さて、何と返答すべきか。
「危険な訓練で死者が出るのは珍しくないんだろ? なら、そう責任を感じることはない」
「…………そう、かもね」
クアナの様子がおかしい。そんな風に気が付いたところで、出会って二か月程度のおれに出来ることはない。他にも女子はいるのだから、彼らが何とかするだろう。
──クアナが射撃訓練中に自殺したのは、この日の午後だった。




