ゲル婆の力とテディの困惑
ゲル婆の住処は純和風の寝殿造の豪華なものとなっていた。
「まあ、座れ……。元日本人はすんなりと案内できていいな……。ここの者だとまずは靴を脱がせ、座る位置まで指定しなくてはならない。座布団に座るという発想がないからなー」
「うちのアパートも土足禁止にしてますよ。なんだか、慣れなくて……」
ゲル婆頷き、理解を示してくれた。同郷がそばにいるとは心強い事だが、昨日の件があるので警戒心は解かない。
「まあ、そう構えなくてもいい……。お主に伝えるか迷ったのだが……言っておくことにしよう」
ゲル婆は湯呑みを持ちユーリアにもお茶を勧められたので一口含む。日本茶に限りなく近い。
その喜びの表情に微笑みながらゲル婆は言葉を紡ぎ出す。
「ユーリア。お前の周りには恐らく厄災が起こる。今までの転生者が現れた時いつもそうであった。この世界が傾く時にかならず我々の世界から魂が漏れ出すらしい……」
ゲル婆の話によると、何百年に一度邪神の力が強まり、心の弱っている真の強い者を操り、世界に混沌をもたらそうとするらしい。
何年か前から兆候が見られて、いろいろと探りを入れていたが、どうやら闇組織の動きが怪しいらしいのだ。
人も魔獣も怪しい思想に惑わされ皆世界が混沌に陥るよう動いている。
今までは人同士争わせるだけであったが、今回は魔獣が混じっている事らしい。
現代の人は上位の魔獣と戦うことを経験せずに人同士、はぐれた魔獣を狩ることしかしていないため、立ち向かうための力が足りないらしい。
そのため、魔獣とやり取りが出来ているユーリアが主体となって信頼のおける仲間を作って力の底上げをしてほしいとのことであった。
「水面下で奴らは動いておる。
わしも探っては見るが何年も調べてきたが組織の長が尻尾を出さぬのだ。
蜥蜴の尻尾切り状態がずっと続いておる。
ユーリア其方には主にになると思うが、仲間を集え……」
ユーリアは壮大な話に途方に暮れる。その表情を見てかゲル婆に励まされる。
「すぐすぐ攻めてくると言うことはなかろう。まずはお主が心を許せる友を作れ。
全て話せなくてもいい。お主が心に闇を抱えないようにして欲しいのだ。
闇を体のうちに秘めれば、邪神の言いなりになってしまうからな……」
ユーリアは気づいた。昨日皆の前で実家の事を暴露したのはそういう理由だったのかと。
「ゲルおばあ様いえ、ゲンブ様ありがとうございます。秘密を内に抱えるだけが全てではないと学びました」
「ああ、だが、お主は秘密をアレで抱えているつもりか? 護衛相手に派手に動きおって、アレでは人間離れした脳力がばれるとこだったぞ?」
「ゲンブ様はフェリクス達で誤魔化してくださってたのですね?」
ユーリアは手をポンと打ち、合点がいった。
「お前の鈍感さも困ったものだなあ。お前に秘密はできん。身辺に置く者は信用できる者だけとせい。全く……」
ゲル婆は残りの茶を啜ると、空を見上げる。
「どうやら、迎えが来たようだぞ」
「迎え?」
*
ユーリアもゲル婆に習って空を見れば白い虎がこちらへ凄い勢いでかけてきた。
「ゲンブ様、突然の訪問失礼致します。主人をこちらの屋敷へと連れてきたと伺ったもので……」
テディは口調こそ丁寧であるが、目線はゲル婆を睨み付けていた。
「ほお、赤い鳥の若造からでも連絡があって駆けつけたか……まあよろしい」
「それでユーリア様が学友の方の治療法は伺えたのですか?」
ユーリアはまた突然の話の展開で大事な要件を忘れていた。
「そうなのです。ゲンブ様。私の学園の者が黒大蛇の毒を喰らい意識を失ったまま眠っているのです。
外傷や私が見える魔力回路には異常がないのですが、テディによると魔獣特有の回路が壊死していると言う事でした。
何か知恵をお授けいただけますか?」
テディは頭を押さえると小瓶をゲンブに手渡した。
「これが、ある生徒にかけられた毒の液体になります。恐らくは同じ液体かと……」
「毒か。本当ならば本人を診てやりたいところだがのう。
恐らくはその大蛇の毒とやらは魔獣にしか効かんものなんじゃろう。
少しでも魔獣の血が流れておる者が被れば、魔力回路のバランスが崩れ、目を覚まさなくなると言う事なのだと思うが……ユーリアには魔獣の回路が見えんのか?」
「はい、私にはテディの言っていた回路は見えませんでした」
ゲル婆はユーリアの手を取ると、魔力を流し始める。
「お主が言っている人間の回路はこれじゃ、そしてここが魔獣の持つ回路。半獣でも持つ者と持たぬ者がおるが、お主は持っておるぞ……」
ゲル婆に腹に近いところの回路を指摘され、魔力の通りを感じる。どうやら、自分でも感知していない部分があったらしい。
よく考えると、魔力を無理矢理絞り出そうとする時にここを魔力が通った気もする。
「お前が幼い時に母が亡くなったのだ。魔獣の事を知らなくても仕方がないな……この回路は別に使わなくても生きていけるが、実は無意識に魔力の通り道となる事がある」
「そこが壊死したため、ルミドラ先輩は目覚めないという事なのですね……」
「その可能性が高いな。どれちいとばかしその目を貸せ……そうじゃの薄い紅色の方じゃ」
ゲル婆はユーリアの目に手をかざすと魔力を一気に流し込んできた。
ユーリアがキャーと言えば、テディが構えてゲル婆に刃を向けるが、ゲル婆は動じなかった。
「これ、テディまだまだ若いのう。よく見てみい」
テディがユーリアの目を覗き込めば、目の色がピンク色から濃い赤に変わっていた。
「ゲンブ何をしてくれる……」
怒ったテディがゲル婆に斬りかかるも、ゲル婆はそれを片手で御し、何食わぬ顔で笑う。
「本当に青いな……。そんなに主人に力をつける事に抵抗があるのか?」
「ユーリア様は人間でありたいと思われている。なのに魔獣に近づけるなど、何を考えている……」
テディが睨みを聞かせるが、ゲル婆は動じない。
「安心せい。エルノと同じ力だ。あやつはただの人間じゃから失明したが、こやつはスザクの子。
魔獣の力が濃いとみられるこの目を開花させたまでじゃ。視力はいつも通りじゃろ?」
「ええ、いつも通りよ。テディ大丈夫。下がって……」
「では、わしの魔力の流れを見てみろ」
ゲル婆は自分の体内の魔力回路に魔力をが多めに流し始め、ユーリアに見せるようにゆっくり動かし始める。
「ゲンブ様お腹の所分かったわ……」
「ほう、上出来じゃ」
ゲンブはそういうとユーリアの他に巾着袋を差し出す。
「自分の力が足りないと感じた時はジークヴェンデルに赴け、そこで己の力を成長させる事ができるだろう」
「そちらは私が預かっておきます」
テディが手を伸ばすが、ユーリアが先に手に取った。
「テディ、これはゲンブ様が私にと下さったものよ。直接お預かりするわ。ごめんね。心配かけて」
「いえ、ユーリア様がそうおっしゃるならいいのです。ゲンブ様何をそんなに急いでらっしゃるのですか?」
ゲル婆は遠い目をして答えようとしない。
「まさか、ゲンブ。あの時の光景がまた繰り返されるというわけではあるまいな?」
テディの顔は怒っている。あの時とはいつなのだろうか……。
「繰り返さないように、いろいろなところに種を撒きたいと思ったまでよ。力のある者に道筋を作る。それが去るものの定めじゃ」
「ふ、ゲンブはまだ去るわけではなかろう?」
「そうありたいな。まあ、そんな事はいい。ユーリア悪いが、この後私も方々に散って調べたい事があるのじゃ。ビャッコよ。オイゲンの修練場までの道のりは頼んだぞ?」
「ええ、貴重なお話をありがとうございました。」
「いや、ワシはこの毒をもう少し調べてみよう。何か分かれば使いをだそう」
*
テディとユーリアは追い立てられるようにゲル婆の屋敷を出て、元いた修練場まで空から向かった。
人型のテディはユーリアを叱責する。
「ユーリア様。いくらゲンブに気を許していようと、他の眷属たちがよしと思わない時の事をお考えくださいませ。
複雑なお立場である事はご理解していただきたいです。
でないとこちらも守るにも守れない」
「心配かけちゃったね。テディ。あんまり深く考えてなかったよ。来てくれて安心した。
私完璧毒のこと忘れていたもん」
テディはため息を吐くと、進行方向を見つめた。
「もー、テディ呆れないでよ。テディしばらくこっちにいられるの? ヴィオラ先生たちは?」
「彼女らの護衛は二の次ですよ。私はあなたの下僕なのですから……」
テディがユーリアを包み込むように抱きしめ直せば、おでこにキスをされる。
「ふえ、なんか人型でやられると少し恥ずかしいな……」
「私からすればいつもしている事と変わりませんよ」
「そうだよね。じゃー」
ユーリアはおでこと鼻をくっつけ、鼻をすり寄せた。
「テディだーいすき!」
「……ユーリア様、やはりそれは今度部屋に帰ってからお願いします。いつものように猫型で触れていただきながらの方が嬉しいですね……。ほらもうじき着きますよ……」
テディはユーリアを修練場の近くで下ろすとそのままヴィオラたちのところへと戻っていった。
「全く警戒心が足りないと何度言えば分かってくださるのか……。この魔性ぶりはエルノ様でしょう。半獣としてお生まれなら魔獣が人を想うこともあると分かっているでしょうに……」
テディは呟きながら南へと向かった。




