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ゲル婆とユーリアの同郷の話

ユーリアがチャプンと一人で別の露天風呂へと入りにきている。


ここはあまり温泉文化が無いためお風呂を何回も行くという考えがないらしい。

温泉と聞くのはこの北の地域のみだ。


ティナたちはさっき入ったからと、大部屋で楽しい時間を過ごすらしい。



「はあー、生き返るー。15年ぶりくらいだわ」



ユーリアは一人という事もあって、少し気が緩んだのか思わず本音を口にしてしまった。



「お主は15年もまだ生きておらんだろう……同郷の者か?」


「へ? どこ?」



ユーリアは聞こえてくる声の方向を見るが誰もいない。そこで再び声がする。



「全くお主は半分だけだからのう。未熟すぎる」



そこで現れた気配を感じ取れば、打たせ湯をしながらぷかぷか浮く掌サイズの尾の長い亀がいた。

ユーリアは目を丸くするが、以前から知っているものだった。



「対抗戦ぶりじゃのう。あの時はゆっくり話さなかったからのう」



亀はニッコリとシワを深く刻む老婆の姿へと変わった。ゲル婆の登場だ。




*


「ゲルおばあ様! 何故ここに?」


「ひ孫の魔力がこちらに来ておるのに気づいてな……。久方ぶりに温泉に浸かりに来たのじゃ。ここの湯はやはりいいなー。日本酒が飲みたくなる。」


「分かります。その気持ち雪見風呂に日本酒を升で飲みながら、体を温める。あーなんで、未成年なんだろう」


「ここの温泉はわしが作ったのじゃよ。この岩の感じや木の選定など、味わいを出すのに苦労したのじゃ。

温泉など一度しか行った事がなかったが……どうじゃ、なるべく木も松に近いものを選んでみた……」


「本当だ。この世界に松とか無いですからね……この灯篭や鹿威しなんて和風で心が安らぎます」



ゲル婆はクックッと笑うと、ユーリアを見てまだまだ青いなと言った。



「お主転生者じゃな?」


「え、な、なんで……」


「お主は本当に抜けているな……。この世界にない日本酒や松、灯篭や鹿威しの事を知っているのはおかしいじゃろうに……。はあ、お主はもう少し隠したいなら口を噤んだ方がいいと思うぞ……」



ユーリアは驚きに自分の口を手で覆い、ゲル婆は頭を掻いてこちらをみた。



「ねえ、ゲルおばあ様も転生者って事よね? しかも日本生まれ?」


「ああ、恐らく生まれ年は違うじゃろ……。お前はどうせ戦争の終わった頃に生まれた口だろうな……」


「そう戦争が起きてたのはたぶん70年は超えてたと思います。学生時代が遠すぎて思い出せない」


「今の日本は平和なのだろうな……お主のような転生者に会ったのは初めてじゃわい」


「そうですね他国では内戦とかあるところもあるけど日本は潤ってますね……って他にも転生者がいたの?」


「そうじゃな、皆人間に転生しおって……散って行ったわい」


「そうなんですね」


「じゃが、日本人の転生者と会ったのは初めてじゃ」



ゲル婆は恐らく今までに出会った転生者に思いを馳せているのだろう。一点を見ている。


「じゃあ日本の話でもします?」


「時代が違いすぎて話があわんじゃろう?」


「でも同郷の話ができるって楽しくないですか? そりゃ現代機器とかについては話が合わないでしょうけど、地名やこういう昔ながらの話はできますよ。」





*


ゲル婆は微笑むと昔話を始める。


ゲル婆は大正生まれでどうやら戦争中に亡くなったらしい。子供もいてそれがどうなったのか、きがかりだと話していた。


ユーリアも自分のいた日本の話をして、平成から令和に変わったところで車に惹かれて死んだと話した。


携帯電話など、他国とも気軽にやり取りができる開放的な時代を迎えている事を教える。



「ほう、文明は進歩したのじゃな。そうじゃなー。どうじゃユーリア、昔ながらの日本食食べてみたいか……。私は長年の生きておるからいろいろと編み出しておるぞ……」


ユーリアは今晩は和食が食べられる事に目を輝かせた。




*


宴会場に入ると、皆普通の服だったが、ユーリアはゲル婆に借りた色浴衣で登場だ。

今は見た目が日本人離れしているため若干コスプレっぽく見えるが大満足である。



「ユーリア! 何その格好? ゲル婆に触発されたの?」



どうやらゲル婆が時々着物を着ているのが物珍しかったらしい。確かに今日も着物だ。

やたらと鼻息荒く擦り寄ってくるエルノにパンチをして、ユーリアは席に着く。



「ゲルトルーデ様!?」



驚きな声を上げるのはシェルトだ。イーヴァルもガストンも驚いている。



「お主らわしの旅館に来ておいて、何を今更驚いておる。わしがこちらに顔を出してもなんら不思議じゃなかろう。可愛いひ孫が来ているとなれば尚更じゃ……。皆エルノに導かれてどうせここにやって来たのであろう?」



エルノは素知らぬ顔でそっぽを向く。

その様子にここにたまたま集まったと思っていた面々は驚きの表情でエルノを見た。



「お父様どういう事ですか?」


「だって皆同じ人に用事あるみたいだったから、一回で済んだ方がゲル婆はいいでしよ?」


「そう言いつつ、私の周りの人間がどう動くもの達なのか、探りを入れたかっただけじゃないですか?」


ユーリアの目が赤くなり怒っているのがわかる。

エルノはちょっと待ってと手を前に出し、ほかの面々は呆けている。



「昔っからそうですよね……。学校に入ったのも私が親しくしている人を把握するため……。今回集めたメンバーもお父様の前で親しくしたメンバーばかりじゃないですかー!」



ユーリアはそういうと暗器を浴衣の裾から出し、エルノに襲いかかる。



「ユーリア、まって今のエロい……。父さんはユーリアにそういうのは求めてないの!」



ユーリアは一瞬で後ろ手を取られて拘束される。



「やばい、うちの娘が綺麗すぎる。」


「過保護もいい加減にして下さい。」



暴れて拘束を解こうとすれば、怒られる。



「ユーリア、ユカタというやつは着崩れしやすいんだろ……動かない。今回の件は謝るけど、本当に皆ゲル婆に用事があるんだよ?

ゲル婆は忙しい身だから一片に済ませたほうがいいのは事実だよ。ねえシェルト? ヴィオラ先生。」



「確かに、私はゲルトルーデ様に対抗戦を観覧してくださった事に礼を言うつもりでした。だからガストンの話に乗ったのですが……」


「ああ、俺はユーリアの父ちゃんにアドバイスもらってここ選んだんだー!」



ガストンは得意顔でいっているが、どうやら女を釣るなら女の好きなものを目の前に吊るして気を許せと言われたらしい。修練に温泉アネットが興味を持ちそうな話題である。



「そちらは分かりましたが、私たちは情報屋に会いに来たのですよ。現在ご不在だと従者の方から手紙が来ていますが……まさか……」


「そのまさかだよ。クラウディア同様ゲル婆も、魔獣からも人間からも情報を集める腕を持っている。」



ゲル婆は深く頷くとエルノを睨む。



「全く、顔や、名前を伏せているというのにひ孫の前でよくも明かしてくれたな……。まあいい。継いでもらうとすればシェルトだろうからな……」



シェルトは何を言っているのか分からない。唖然とゲル婆を見ていた。



「表立っては宿屋の経営者。裏では情報屋さ。シェルトの場合表立っては錬金術師という形になるだろうが、お主ならこなせそうだからな……」



ニヤリと笑うゲル婆に、シェルトは顔を引きつらせている。ゲル婆はもう一押しと言葉を繋げる。



「お主が情報収集すれば国に戻ったイーヴァルの助けになろう? どうじゃこちらに戻ったらワシの下で働け。まあ、後2年はある。考えよ。」



シェルトは突然の誘いに驚いているが、ニヤッとして覚悟を決めたようだ。



「恐れ入ります。ご教授願います。」


「エルノ思わぬ所で言質が取れたようじゃ、礼を言おう。まあ、まずは夕飯にしようじゃないか?」



ゲル婆の一言で、ユーリアは拘束を解かれ再び席へと着いた。

和テイストで御膳が運ばれて来て、ユーリアは正座をしてご飯を食べる。



「ユーたん? その服着替えないかい? なんだかパパたんものすごく気になる。」



その声にガストンが反応する。



「ユーリアの父ちゃん1人だけだからそう思うんだよ。みんな着ちゃえば大丈夫だって!」



副音声にアネットの浴衣姿が見たいという声が聞こえたのか、エルノはため息をついて思春期の男子の願いを聞き入れる事にする。



「ゲル婆。みんなの分ある?」


「大丈夫じゃよ。皆食事が終わってから着替えるかのう。どの柄にするか楽しみじゃ。」





* 


ゲル婆が楽しみにしているところ、ユーリアは自分の御膳をエルノの御膳と見比べて驚く。


ユーリア用に極力日本風なのだ。何せ納豆や温泉卵、長芋などこちらの世界では出てこない食べ物がならんでいるのだ。白飯も日本の米に近い。


ユーリアが笑顔で食事を楽しんでいると、ゲル婆はその様子を目を細めて微笑ましく見ていた。



「ゲルおばあ様ありがとう。美味しいお食事でした。」



ユーリアの間から知らない間に涙が流れていた。

ゲル婆は立ち上がりユーリアの横に立つと、抱きしめてポンポンと頭に触れた。



「いいんじゃよ。ほかの者とは分かり合えぬ事じゃ……若いお前には余計に辛かったろう?」


「ゲル婆だって……」


「ワシは婆じゃなんとかなった。」



ユーリアは涙を流しながら笑って見せ、ゲル婆も優しく微笑んだ。



「ねーんね……」



ゲル婆が子守唄を歌い始めれば、ユーリアの目から涙が止まり、ゲル婆を見上げる。



「ゲルおばあ様私は赤子じゃないんですけど……」


「けどいい歌で落ち着くじゃろう」


「はい。母さんを思い出します」


「そうか」


ゲル婆にはどの母親を言っているか分かったようで、頷きまた抱きしめてくれた。



「クラウディアそんな変な歌歌ってないし……ゲル婆の歌にも共感できるうちの娘ってすごい……」



エルノたちは二人の光景を不思議そうに見つめていた。

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