イーヴァルとシェルトの仲違いと事故
次の練習日、ユーリアは体術コースの面々の姿を見ていた。
「ねえ、シェルト先輩。イーヴァル先輩っていつもあんな感じなの?」
一緒に見学していたシェルトにユーリアは耳打ちする。
「なんだ気付いていたのか……」
シェルトは重い口を開く。
「イーヴァルはこの学園都市に来て一度も本気になった事はない。だからこちらも魔術具の出力が分からないんだ……」
「本気に慣れる相手がいないって事かな……」
シェルトは頷くわけでもなく、イーヴァルを見つめていた。
ユーリアは前々から思っていた事をシェルトに質問する。
「シェルト先輩も私と一緒なの?」
シェルトはユーリアの言葉に驚き、口を開いたまま止まっている。
ユーリアが言いたいことが分かったようだ。
「違う……」
シェルトはそう言い残すとどこかへ去ってしまった。
*
鍛錬を終えて戻ってきたイーヴァルとガストンが不思議そうに残されたユーリアを見た。
「あれ、シェルトが訓練場を離れるとか珍しいね……いつもうるさいくらいに僕の周りにいるのに」
「だよな。何するにも一緒にくっついてくるもんな」
ユーリアは体育座りのまま頬杖をつき、話す。
「触れちゃいけないところ触れちゃったみたい……」
その意味に気付いたのか、イーヴァルはユーリアに手を伸ばし、立ち上がられる。
「そっか、なら謝りに行こうか……」
笑顔の中に真剣な姿勢が見えて、2人の複雑な関係を予感した。
*
イーヴァルと共にシェルトのいそうな魔術具の実習室へと向かう。
「実はさー僕たちは特殊な関係なんだ。幼なじみっていうのは知ってるでしょー?」
ユーリアは頷き、語り始めたイーヴァルの顔を見た。
「僕はいいところのお坊ちゃん。シェルトは代々仕える執事家の息子なの」
イーヴァルは深くため息をつき、ユーリアに笑いかける。
「僕たちも柵から逃れるためにこの学園都市に来たんだ。大きくなればなるほど比べられて、競わされて、昔みたいに出来なくなっちゃった。それが嫌でさ……」
「シェルト先輩も魔力持ちだもんね……」
「ユーリアちゃんにはやっぱりバレてたんだね……僕よりも腕は上だった。だけど、ここに来ると魔力を一切使わなくなった」
ユーリアは頷き、自分がここにきた頃の事を思い出す。1日で魔力を使ってしまったが、本当は魔力なんて使うつもりはなかった。
シェルトにも思うところがあるのだろう。
「ごめんなさい……イーヴァル先輩。なんだか、シェルト先輩も悩んでるみたいだったから……つい」
「いいんだよ。魔力持ちが魔力を隠してる理由って気になるもんね……ユーリアちゃんは隠す気なくなってるだろうけど……」
イーヴァルは茶化して誤魔化す。本当はイーヴァルも分かっているのだと思う。
*
実習室に入れば、シェルトが一人で何か考え込んで図面を睨んでいた。
ユーリアはトントンと壁をノックする。シェルトはこちらを見ると苦い顔をした。
ユーリアが込み入った事を聞いた事を謝ろうと足を進めようとすると、イーヴァルがそれを止めた。
「シェルト、惚れた女に問われて考えが鈍った? 少しは魔力を使う気になったのかなー?」
シェルトはダンと机を叩く。
「ユーリアに余計な事を言ったのか?」
静かな怒りにユーリアは恐怖を感じるが、イーヴァルは煽る事をやめなかった。
「なんだろうなー。余計な事って……。ユーリアの本当の姿見てシェルトが珍しく一目惚れしちゃった事とか?」
イーヴァルは首を傾げシェルトの様子を見ている。
「いや、アレかなー。ユーリアが次々と発想して自分の作りたいものを作っていく姿に惚れちゃった事かなー」
シェルトはその場から身体強化を使い、一蹴りでイーヴァルの襟元を掴みに来た。
「言っとくけど、シェルト。僕はユーリアの事は譲らないよ」
イーヴァルはシェルトの手を払うと、ユーリアの腕を引っ張りキスをしたように見えた。
「なっ……イーヴァル!」
シェルトはイーヴァルの肩を乱暴に掴むと、ユーリアと引き離す。
「どっちにしたって力を示せないようじゃ、ユーリアの事を守っていけないだろ? 4年もブランクがあるんだ鈍ってるんじゃないのー」
「そんな事はない!」
「じゃあ、僕に勝てるわけ?」
シェルトはイーヴァルを睨みつけると、首を縦に振る。
「お前だって本気でなんて戦っていないじゃないか!
その腕でユーリアを守れるわけがない」
「なら、試そうよ。今週末学園に人がいない時にケリをつけようよ。僕は負ける気がしない」
シェルトはイーヴァルの肩に拳を当て、横を通り過ぎる。
「分かった」
*
「ほへ〜」
ユーリアは全身の力が一気に抜けその場に崩れた。
「あらら、ユーリアちゃん大丈夫?」
イーヴァルはしゃがみ込みユーリアと視線を合わせてきた。
「大丈夫じゃないですよ! 二人して人をダシに使ってー! 本気でやり合いたいならやりたいって言えばいいじゃないですか!」
ユーリアはプンプンとしていると、イーヴァルは自分の頭に触れ、わざとらしく驚いて見せた。
「あれ、バレてたー。ま、いーじゃないの。ユーリア当日審判ねー」
「巻き込んだ挙句〜。だいたいさっきのアングルだと間違いなくシェルト先輩にキスしたって思われてますよ……。お嫁にいけない!」
ユーリアとイーヴァルはシェルトの角度からはそう見えただろうが、実際は寸止めだ。
ユーリアが冗談を言っていると、イーヴァルが額を合わせてくる。
「貰い手がいなかったら僕がもらってあげるから」
ユーリアは「ひぃっ」とは額を離した。
「自分ではくっつけてくるのに、僕がやるのはだめってわけ?」
「あれは治療で……」
「治療って言っても手を当てるだけで十分なんじゃないの?」
「違うんです。小さい頃から父や祖父にああやって魔力を確認されてたから、咄嗟な時はああなっちゃうんです」
イーヴァルはそれを聞くと笑い出し、尻を床に着けた。
「アハハハ、そういう事ね。おじいさんもお父さんも皆ユーリアの事、大事にしてたもんね」
ユーリアは涙を流してまで腹を抱えて笑うイーヴァルを残して、部屋を出ようと立ち上がる。
「もー、知りませんから。とりあえず、シェルト先輩のところ行ってきます。あの様子じゃ心配です」
イーヴァルはユーリアの腕を引っ張った。
ユーリアは体制を崩しイーヴァルに支えられる。
「シェルトの事はそっとしておいて……そばにいて……」
悲痛な面持ちでそう言われればユーリアは戸惑ってしまう。ユーリアはイーヴァルの頭を撫でて、抱きしめる。
「大丈夫ですよ。仲直りできますよ……」
*
そこへ来たのはトピアスだ。
「ユーリアさんイーヴァル君ここはそういう事をする場所じゃないから……。だいたいユーリアさんはまだ未成年でしょ!」
ユーリアは顔を真っ赤にして体を離す。
「トピアス先生これは違うんです。決して……」
「ユーリアちゃん何が違うのさー」
イーヴァルはふざけて抱きついてくる。ユーリアは慌てて離れようとするが、離れられず二人を順に見つめる。
トピアスは頭を抱える。
「何か事情があるのは分かりましたから……イーヴァル、ユーリアが爆発する前にふざけるのはやめてあげなさい」
ユーリアはこの日いろいろな人に誤解をされ、イーヴァルに近づくのをやめようと心に誓った。
*
「テディ、私はなんでこうなるのかなー」
いつものようにホルストのカフェで働いていたテディの帰りを待って今日の出来事を説明して愚痴を零す。
「それは、大変面白い……いえ、災難でございましたね……。ですが、お二人は元々不満を抱えていたのでしょう?」
ユーリアはうんと頷きながらも猫型のテディを撫で続けている。
「きっと、お二人はいつかその不満が爆発していたと思いますよ。今回はユーリア様のご質問が良いきっかけになったとイーヴァル様は思われているのでしょうね」
ユーリアはモフモフとテディのお腹を撫でながら、答える。
「でも、なんかのヒロインみたいに取り合いされる構図とかいらないし、トピアス先生に変なところ見られるし……いやー!」
「トピアス様なら口が固いでしょうから大丈夫でしょう。しかし、二人の関係性がどうなるかですね……」
ユーリアは首を傾げる。
「ルーカス様あたりに話を振って、第三者を審判にされた方がいいかと思いますよ。ユーリア様がどちらにも肩入れしないように……」
「肩入れなんてしないよ!」
「ですが、当人たちはどう思うか分かりません。必ずご相談された方がいいと思います」
テディの話に渋々頷き、ユーリアはテディと共に眠りについた。




