失恋と海と執事達
「クィントン家へ関わるものへの洗礼かしら?」
ユーリアがルーカスに更に体を寄せると、ルーカスの左側から音がする。
よく見ればユーリアが微笑んだまま右手で矢を掴んでいた。
ユーリアがルーカスから離れ、矢を睨み付けていると、呟く。
「矢尻に毒って魔法使わないのね。古典的というかなんというか……まあ、魔法発動した時点で警備が寄ってくるからしょうがないのか……」
「ユーリア、その矢は?」
ユーリアは矢尻から目を離し、ルーカスへ告げる。
「これは、いつもの事だよ。クィントン家の事をよく思っていない新興貴族家が多いんだけど、今回の狙いはルーカス先生か。クィントン家が他国と繋がるのよく思っていないのねー」
そんな話をしている中でも数カ所から矢が放たれる。ユーリアが全て掴んでいく。
「いつもはテディが対処してくれるんですけど、今日は私が、確か弓あったなー」
ユーリアは髪飾りを一つ手に取り、魔力を通す。
髪飾りが矢の形に変わり、手に持っていた矢を番え、一瞬に矢が来た方向へ放つ。
「全く、油断大敵という事か、追うか?」
ルーカスも自分の腰に刺している剣に手を当て、応戦の姿勢を取ったが、ユーリアは首を横に振った。
「いいえ、もう十分威嚇になったでしょうから、大丈夫でしょう。全く、テディに守られているだけのご令嬢だと思っていたのでしょうが、愚かですね……」
「確かに、普通のご令嬢がここまで応戦してくるとは思わんな。せめて防御壁張るくらいだろう」
ルーカスは頭を抱えている。矢を掴めるご令嬢など聞いた事がない。ルーカスの国の女性は武術ではなく女性らしさを極めるものだ。
「生半可なお嬢様じゃ生き残れないんですよ。クィントン家では……公爵家でもないのにそれ相応の立ち位置に入れるんですから、やっかみはありますからね」
ユーリアの遠い目で過去にも何度もこういう目にあったのは理解できた。
「それでさっきの演技か……俺の背後を木で守り自分の守れる範囲で守ったと……」
ユーリアは微笑み頷き、すると、ルーカスはユーリアの肩を強く掴んだ。
「あのなあ、俺だってあのくらいの矢対処できる。守って貰わなくても大丈夫なんだ。無理せず、理由を話せ!お前が無闇に危険に飛び込む必要はない」
ユーリアを睨み付けているが、ユーリアはルーカスの手を払い、ルーカスに背を向け歩き始めた。
「下手にここで力を見せるのは悪手ですよ。それに、クィントン家のいざこざにルーカス先生を巻き込みたくないです」
ユーリアの声に元気がないのが分かってか、ルーカスは励ましてくれる、
「んな事、いうな。俺だって普通の生まれじゃない。命狙われるなんざ日常茶飯事だったさ……だから、気にするな。生徒一人守れないで教師なんて言えないだろ?」
頭をガシガシとされ、ユーリアは少し髪型が崩れて憤慨し、涙を目にためた顔でルーカスを振り返った。
「まあ、いいじゃないか。ほら、面倒だが、外にいるよりかは広間のほうがいいだろ?ティナたちのところへ戻ろう」
ルーカスはユーリアの頭をポンと触れると、ユーリアの隣を歩き始めた。
「はい」
ユーリアは落ち込んでいた気持ちが少し楽になって会場へ歩いた。
その頃城の会場付近の建物の屋根に人影があった。
「アイツ、いつもはテディに守られてるのに居なくても十分だな」
「エドガー様、賊は追いますか?敵の魔力はすでに覚えました」
エドガーが腹を抱えて声を必死に抑えて笑っている。
「ヴァイセル、お前俺が命令しなくても動くだろどうせ……」
黒い笑顔でヴァイセルはエドガーを見る。
「クスクス、まあ、ユーリアを狙う事がどういう事か教えて差し上げないとですね……それにしてもあのルーカスという男は、ローラント様のお気に入りですか……ユーリアを守る力もないというのに」
「そりゃ、仕方ないだろ……ユーリアはお前を置いて学園都市に行ったまったんだからな。どうにかしてあの頑固な奴の考えを変えようと思ったんだろ……」
エドガーはヴァイセルの肩に手を置き、話しかける。ヴァイセルはエドガーを睨む。
「それは、エドガー様も同じでは?師匠として助言してればいいものを……」
「まあ、そうだな。俺はてっきりお前が名乗り出るのかと思ってたから、野暮だと思ったんだ」
エドガーは肩をすくめ、苦笑する。
ヴァイセルも頭を抱える。
「それは、確かに……でもユーリアが出立する時には立て込んでましたから……仕事を優先しようとするのは私も一緒ですね。しかしながら、演技としても他の男といる姿を実際に見るのは耐えられませんね……イルムヒルムでは恋人のようにあの男といたと報告が黒鷲から上がっていますが……」
「あー、ユーリアって天然のたらしだからな。でもまあ、あのルーカスって男は教師としての立場から踏み込んでないようだしいいじゃないか」
「そう思います?」
二人は顔を見合わせてため息をつく。
「あーあ、ヴァイセルいけ、俺は城全体の警備を続ける。あたるのはいいが、殺すなよ」
「分かってますよ。情報を掴んでからにします」
エドガーはヴァイセルの肩を押し、ヴァイセルが闇へと消えていった。
エドガーは一人夜を照らす月を眺めるのであった。
ユーリア達が会場へと戻ると、ティナ達からいろいろと質問されたが、イルムヒルムで戦ったヴァルヴィストの代表としてこの国へ招待されたと婚約者候補で呼ばれたことは隠した。
他にもユーリアに話しかけようとした貴族がいたが、先程のマリアンとのやり取りを見ていたのか、兄のディオンが間に入ってくれて、面倒な家族のやり取りはしなくて済んだ。
踊りももうする気がないのでユーリアはデザートをかきこみ、ドニに口の周りを拭かれたりしながら、残りの時間を友人達と過ごした。
最後まで、ヤンとティナが粘っていたため城から馬車が出るのは最後の方だ。
ヤンもティナも満腹になった腹をさすって満足そうだ。
ユーリアが会場を出て城の玄関に差し掛かると、
後ろから声がかかった。
「ユーリア、今日は踊れなくて残念だったよ。僕は城の警備でね」
にこやかな表情をしたのヴァイセルが柱の影から姿を見せた。
「ディオン、少しユーリアと話がしたいからいいかな?帰りは送って行くよ」
ディオンは頷き、ティナに至ってはニヤニヤしている。ユーリアの顔が紅潮したのが分かったのだ。ティナは耳元で内緒話をする。
「ユーリアの本命のナイトの登場だね。また明日ゆっくり話聞くからね」
ティナはベネディクト達のところへ走ってユーリアを置いて行く。
「ちょっとティナー!」
ベティーナとイーヴァルもニヤニヤとしながら、皆をさあと促し馬車を待たせてある城門へと向かってしまった。
残されたユーリアはヴァイセルに導かれ城の庭園へと向かう。
奥には薔薇の庭園があり、大きな噴水がある。
「ユーリアと二人きりで話すのは久しぶりだね。この前なんてゆっくりもしていられなかったしね……ねえ、音楽はないけど、少し踊ろうよ!」
ヴァイセルの提案にユーリアは頷き、ヴァイセルの手に腰に手を当てる。
音楽がない中で二人はしばし踊り続けた。
踊り終えると、ヴァイセルがユーリアの手を取り近くにあった長椅子へと腰掛ける。
「久々に踊ったけど、楽しかったね!」
「ええ、ヴァイセル様と踊るのは私が12になった時に開催された宴以来ですね。初めての相手がヴァイセル様で良かったですよ。緊張していたところをうまくエスコートしてくださいました」
「そう言ってもらえると、嬉しいな。僕もユーリアの初めての相手になれて嬉しかったよ」
ヴァイセルがユーリアの手の上に自分の手を乗せ、握ってくる。
「体調大丈夫なの?イルムヒルムでも無茶をしたって聞いて……」
ヴァイセルは心配そうにユーリアを見つめる。
ユーリアは視界を合わせずに蕾の閉じたバラに手をそっと当てて答える。
「たぶん、魔法についてはしばらくの間は無理ができません。まだ魔力回路が安定していないのです」
「そんな中今日は魔力を使っていたのかい?」
ユーリアが振り返るとヴァイセルが俯いている。
「見られていましたか……あのくらいなら大丈夫ですよ。たぶん!」
ユーリアが軽く手をガッツポーズして見せると、ヴァイセルに体を引き寄せられ、抱きしめられる。
「頼むから、無茶はしないでくれ」
耳元で囁かれる自分を心配する言葉に、ユーリアはどんどんと悲しい気持ちになってしまった。
「ヴァイセル様。大丈夫ですから、お離し下さい。学園で魔力を使ったことなんてほぼないですから……」
ユーリアがヴァイセルを押し退けようとするが、ヴァイセルは腕を緩める事はしない。
「ヴァイセル様、お願いです。お離し下さい。私は以前のような子供ではないのですよ。並の敵には負けませんから、ご安心ください」
ユーリアには聞こえないくらいに小さな声で「敵か……」とヴァイセルは呟き、ため息をついた。
ユーリアは何を言われているか分からず首を傾げていると、ヴァイセルが声を出す。
「ユーリアが子供でない事なんて当に分かっているよ。その強さもね……でも、どんどん綺麗になって僕のそばから離れて行くのが、こんなにも耐えられない事だと思わなかった。他の男に触れている君を見た時は我を忘れそうだったよ……」
自然とユーリアの目から涙が溢れてきた。様子がおかしい事に気がついたヴァイセルが腕を緩めてユーリアの顔を覗き込む。
「泣いているの?」
ヴァイセルが右手でユーリアの涙を拭い、その間にユーリアはヴァイセルの腕から逃げ、背を向け立ち上がる。
「なんでもないですよ。ヴァイセル様は過保護なんですから、幼い頃から一緒にいるからお兄様みたいな事言うんですね。私だって成長するんです! その辺は妹離れしなきゃダメですよ!」
「待って、ユーリア。何を言ってるの?」
ユーリアの手をヴァイセルが掴むが振り返った顔は涙に濡れ、感情が爆発する寸前だった。
「お願い、もう触れないで……勘違いしちゃいそうだから……フェリクスごめん」
掴まれた腕から逃れ、召喚魔石からフェリクスを出す。
「ユーリア?」
悲しそうな表情を見せるヴァイセルにユーリアは告げた。
「ヴァイセル様、私はずっとお慕いしておりました。ですから、こういうお戯れは今日限りで終わりにして下さい。いつまでもかわいい妹ではいれません。ごめんなさい」
ユーリアはフェリクスに乗せてもらい、クィントン家の別邸の方へ向かった。
残されたヴァイセルはただただ呆然としていた。
*
別邸を通り過ぎ、海へとフェリクスに降り立ってもらった。
「フェリクスごめんね。無理言って……」
「大丈夫です。ユーリア様のお心が乱れているのは存じておりますから……」
「もう大丈夫だから召喚魔石の中に戻って歩って別邸まで行ける」
ユーリアはフェリクスを魔石へと戻し、一人で砂浜で海を見ていた。
涙が止まらない。別な人を愛している人に出会って、その優しさに触れ好きになってしまった。
今日のような事があると益々混乱してしまうのだ。自分の事を好いているのではないかと……ただ、想いを告げた時の表情は呆然と困り果てていたのだ、ユーリアを恋愛対象として見ていなかったのが分かった。
今まで避けてきた事を勢いで本人へと想いを打ち明けてしまった。正真正銘の失恋をした。
「夜の海って寒いかなー」
ユーリアは靴を脱ぐと、ドレスの丈を目一杯めくって海に足を入れた。
「お、結構いけるじゃん!」
月夜が照らす浜辺沿いをゆっくりと歩いて行く。そして、何気なく幼い頃母が舞っていた舞を踊る。
舞を踊り終えると人影が見えた。
「ユーリア様、本邸にヴァイセル様が訪ねてきましたよ。何かあったのですか? 血相を変えてカルアス様に乗られて来られましたが……」
本邸で父の執事をしているエメレンスだ。
「あなたが、あの屋敷を離れるなんて……申し訳ない事をしたわ」
エメレンスは決して屋敷からは出ないのだ。理由は分からないが、父が外へ出る時には別の執事がついていく。
「あなたの居る場所が分かるのは昔から私だからと、押し付けられたのですよ。全く……」
エメレンスはそっとユーリアに手を差し伸べると別邸の方に歩き始めた。
「本日はヴァイセル様にはお帰りいただいております。奥様がいない時に訪ねて来られたのは幸いでした」
宴の後、義母は今日は自分の実家の伯爵家にジェルジュと共に泊まる予定なのだ。
義母がいたらややこしい事になっていただろう。
「全くお小さい頃と同じですね。何かあると浜辺でお一人になる」
エメレンスは懐かしそうに、繋いで歩く手を見ていた。
「そうですね。昔からこうしていましたね。よく屋敷を抜け出してはここで月を眺めていました」
母が死んだ時、父が大怪我をして自分の魔力を初めて暴発してしまった時、恋にこがれてしまった時、全て海辺に来て気が済むまで闇に包まれた細波の音を聞いていた。
ユーリアが大きなため息をつくと、エメレンスは首を傾げユーリアの顔を見た。
「ため息ですか……ヴァイセル様に拒まれたのですか?」
「いえ、逆なのです。私が彼のそばにいる事ができなかった。感情を抑えられなくなって勢いで告白してしまいました」
再び目に涙を溜めるユーリアを見て、エメレンスはユーリアに問う。
「その、ヴァイセル様はなんと?」
「返事は聞かずとも分かるので、フェリクスに乗ってここまで来たのですよ。はー、妹の立場まで失うとは……これから学園に戻るのはよかったです。気が紛れます」
エメレンスは深くため息をつくと、ユーリアをキリッと睨む。
「想いを告げて、逃げ帰ってきたという事ですか……ヴァイセル様のお気持ちも考えてください」
エメレンスに叱責されて、ユーリアも落ち込みポロポロと涙と一緒に愚痴を言う。
「だって、婚約者様のお話をする時のヴァイセル様のお顔を見てたら、答えは分かってしまうではないですか……あんなに嬉しいような恥ずかしいような顔をさせるんですよ。私に勝ち目などありません」
涙が止むことの無さそうなユーリアの背中をポンポンと撫でると、エメレンスはため息を吐く。
「私の口から告げることではないか……何事も先入観を抜いて物事を見なくてはなりませんよ」
エメレンスはそれ以上は何も言わず、ユーリアの足が汚れていて靴が履けないため、街道に出てからは抱き上げられ別邸まで送られる。
「キンモ様、ユーリア様が海でお戯れなさってたようで……お足元が少々汚れております。後は任せました。私は本邸に戻ります」
エメレンスがキンモにユーリアを委ね、急いでお湯を持ってきた使用人に足を綺麗にしてもらう。
「そうだ、キンモ様ユーリア様が婚約者とヴァイセル様にお手紙を書きたいとのことでした。早急にご準備下さい」
「え、エメレンス? どういうこと?」
先ほど話した中で全くそんな話が出ていなかったので困惑しているとエメレンスが一言いう。
「直接言えないこともお手紙でのやり取りでは素直に書けるのではと思いまして、ヴァイセル様については急に席を外した事を詫びる簡単な事でいいかと」
エメレンスはその言葉を残すと、さっさと本邸へと帰ってしまった。ティナ達よりも先に帰ってきてしまったユーリアはやる事もなく風呂に入り、キンモに準備された便箋と睨み合うだけだった。
翌日眠い目を擦り、朝食を食べに行くと、目を爛々と輝かせたティナが先にテーブルについていた。
多くを語りたくないユーリアは黙々とご飯を食べ、昨日の宴について語るティナの話に相槌を打っていた。
様子がおかしい事に気がついたのか、ティナは昨日のヴァイセルに呼び出された件については聞かずに、朝食を終えた。
朝食が終わればイルムヒルムへ立つ先輩達を見送り、キンモに昨夜寝ずに書いた手紙を送ってもらった。
久々の友人達との時間で街へ出向いたが、本調子ではないユーリアに皆なんとも言えない雰囲気だった。
「よっしゃ、やっぱ海行こう!皆初日はゆっくりできなかったけど、遊んで夕日見て、肉食べて騒ごうよ!」
ティナの一声に皆頷き、お昼を街で済ませて別邸で水着に着替えると海へと向かう。
「ほら、ユーリアおいで!」
ティナに波打ち際に連れて行かれ、水をバシャバシャとかけられる。
ユーリアも仕返しとばかりに水をかけ、みんなで海を泳いだりしてらうちに、少しは気持ちが和らいだ。
ユーリアは皆を海へ残し、テントの張ってある場所に休憩しに戻った。
「ユーリア様、昨日はあまり寝ていないのでしょう?あまりはしゃぎ過ぎないようにして下さいね」
テントに控えていたキンモが冷えた飲み物を出してくれる。
「ええ、無理はしないわ。でも、だいぶ気が晴れたわ。ティナがそばにいてくれてよかった……」
ユーリアの言葉にキンモは頷き、海ではしゃいでいる四人を見た。
「ユーリア様のお元気な姿が見れて、キンモも嬉しゅうございます。昨夜のユーリア様のお姿はあまりにも……」
キンモは途中で言葉を止めた。
「いえ、お預かりしたお手紙は間違いなくこのキンモがお二つともお届けいたしましたので、ご安心ください」
「そう。ありがとうキンモ……」
少し元気のないユーリアにキンモは心配そうな目で見つめるが、昨日あった出来事を聞いてくることはなかった。
夕闇に沈み始めた空を眺め、静寂の中聞こえる細波の音とティナ達の楽しそうな声を聞く。
「ユーリア様、ここは本当に心が和む場所ですね……クラウディア様も癒されておりました。エルノ様には秘密でお一人でよく来ていたものですよ」
「お母様もここが好きだったのね……海に沈む夕日や海に浮かぶ星を見ると気持ちが安らぐわ」
キンモは目を細め、夕日を見つめる。
「また、シュペルノヴェイルを訪れた際にはいつでもこちらにお越し下さい。ユーリア様のご成長を眺められるのは楽しみでございます」
「ええ、また必ず訪れるわ。その時はよろしくねキンモ」
「承知いたしました」
キンモは微笑むと夕食の準備に取り掛かった。
ユーリアもティナ達の元へ戻り夕日が沈む海でまた遊び始めた。




