イルムヒルム南門のキメラの討伐
イルムヒルムの南門では、ルクイドのキメラ型と交戦中である。
攻撃すれば黒い液体が飛び散り、仲間が取り込まれていく姿を見た騎士達は、思うような攻撃が出来ずに防御壁で前に進むのを押しとどめるが、防御壁からも魔力を取られ、陣を後ろに後ろに後退させていた。
ようやくユーリアがたどり着いた時にはもう後ろに南門が目の前に迫っていた。
防御壁を張る中にヴァルヴィストの騎士達を見かけたユーリアは、騎士達に話しかける。
「お願いがあるのです。キメラは魔力の多い者に襲いかかってきます。私が囮になりたいのですが、走る力が残っていません。
どなたか私を運んで下さいませんか?」
騎士達はユーリアの話が理解できず、呆然としている。
ユーリアは言葉を続けた。
「ウルフィードの森での戦いは終わりました。応援が間もなく辿り着きます。
その間にも歩みが鈍いとはいえ、都市の内部にキメラは入り込み、被害は甚大になるでしょう。
なので私の魔力で少しずつキメラを都市から離れるよう誘導します。
その後結界魔法で隔離し、援軍が来たところで極大魔法で止めを刺します。
都市に影響が出ない所まででいいのです。
魔力は回復済みですので、足にさえなっていただければ、後は守りきります」
ユーリアの真剣な眼差しに騎士団の若手が挙手をする。
「自分は足に自信があります。女性一人抱えて走るくらいなんて事ないですよ」
ユーリアはその言葉に頷くと騎士団の若手はユーリアの前に跪きユーリアの手を取った。
「ヴァルヴィストで騎士をしております。アベルと申します。麗しいお嬢さん失礼いたします」
アベルはユーリアを抱えるとさっとキメラの背後へ移動する。
ユーリアの射程圏内ギリギリまで移動してもらい、自分にかけている魔力の隠蔽魔法を一部解除して、ルクイドに向かって出力を抑えた炎の魔法を放った。
ルクイドは向きを変え、ユーリアに襲いかかってくる。
「これ、黒い液体出てこないんですか? こっちに向かって走ってくるだけですね!」
アベルは走りながらも気さくにユーリアに話しかける。
「少しの怪我くらいでは恐らく液体出てきません。ただダメージが蓄積されると出てくるかも知れませんから魔法の出力には気をつけながら、魔力を垂れ流していかないとダメでしょうね。」
ユーリアは今あの場にいた誰よりも魔力量が多い。
それに先程の掌を傷つけた血が服の裾に少し付いているので、そこから感じる魅惑的な魔力に格好の餌だと思われているのである。
気を晒さないためにキメラに時々極小の魔法を放り込んでいく。
キメラは魔力の塊であるユーリアに向かって進行中である。
何度も足が伸びてくるが、それを土魔法で柱を立て防御していく。そしてその土柱はキメラの突進によってただの土へと戻っていく。
「本当に凄いですね! あのキメラの攻撃を移動しながら簡単にいなしていくなんて……イルムヒルムの方なのですか?」
「いいえ、違うわ……そうねもっと北にある都市に今は住んでいるわ……」
ユーリアは今の容姿が学園仕様ではないため、言葉を濁した。
「アベル様。そろそろこの辺りでいいでしょう。ありがとう」
*
都市の入口から3キロ程離れた場所で降ろしてもらう。
ユーリアは地面に魔法陣を書き、強固な結界を張れるよう準備をする。
自分の血を中心に一滴垂らすと、アベルに抱き上げてもらい迫るキメラの足から助けてもらう。
「アイツ、食欲の為なら動きが意外と早いですね」
「ありがとう。本当にそうね。体全体が入れば捕縛成功よ」
ちなみにこの結界の魔法陣はラディムに軟禁されている時に出されていた暇潰しの問題の答えだ。
ラディムはこうなる事を予想していたのではないかと思ってしまう。
キメラは全速力でユーリアの血を目掛けて魔法陣の中へと入り込んだ。
ユーリアは魔法陣に魔力を注ぎ込み、結界を展開させる。
「よっしゃ、後は援軍待つのみですね!」
アベルの声にユーリアは頷く。
「まだ油断は出来ないけど、しばらくは休憩よ。
それにしても今の結界の魔法陣、魔力をくいすぎね……改善の余地があるかしら……」
ユーリアが魔法陣について考えを巡らせていると、アベルがその顔を覗き込む。
そして、目が合うと眉間を指で突かれる。
「お嬢さん戦場で考え事はいけませんよ。キメラを前にして魔法陣について考え始めるって……しばらくは臨戦態勢です。
座っててもいいですが、キメラから目は離さないように、考えこまないように……」
アベルはユーリアの手を引きキメラから少し離れた草っ原に移動すると、横になる。
「っていうのは、半分冗談です。キメラを気にしながら休憩しましょ! 結構この距離は疲れますね……」
ユーリアはウェスとポーチから水筒を出してお水を渡す。
テディ特製なんちゃってスポーツ飲料だ。
ユーリアの手から水筒をもらい、半身を起こし水筒を口にするとアベルは目を大きくして驚いた。
「ねえ、これすごく美味しいね……初めて飲む味だけど汗かいた後に飲みたくなる感じがするよ」
「ふふー。私の従者はすごいのよ! 本当にお料理作るのが上手なの。この飲み物だって私の要望に合わせたお手製なんだよ!」
ユーリアはアベルから水筒を受け取ると自分も一口飲んだ。
「やっぱり、テディのお手製の飲み物はいい!私の要望通りに仕上がってるゎ!」
先程までの緊張感が抜け素の表情になる女性を見て、アベルは一息つく。
魔物は結界から逃れようと何度も透明な壁を足で攻撃している。
先ほどまで防御壁と結界を交互に張り、進行を遅らせるしかなかったが、この結界は崩れそうにない。
突然現れた少女が足になれと言った時はただ驚きであったが、今はこの少女の提案に乗って良かったと思えた。
少しでもイルムヒルムの町人を救える、他の都市の騎士としても人を救あるのであれば本望である。
「ルーカスさんが俺らをイルムヒルムにとどめていなかったら、どうなっていた事か……」
アデルの呟きにユーリアは頷く。
「ヴァルヴィストの面々を宿屋から出さなかったのは結果としてよかったわ。そういえば、生徒たちは避難したの?」
「いいや、町人の避難誘導をしている。都市の中にはイルムヒルムの兵士達はほぼ残っていない。
都市内部での活動であればと、先生方とチームを組んでそれぞれ頑張っているさ……」
ユーリアはキメラがこの1匹だけなのか、不安に思ってしまう。
もし、都市内部にもキメラを巣食わせているのであれば、危険だ。
だが、自国でキメラを動かせば被害は目に見えている。いくらでっぷり宰相が不気味な考えを持っていようとも、そこまで愚かな事はしないだろうと、ユーリアは高を括っていた。
上空からテディの声がした。
「ユーリア様ご命令遂行いたしました。こちらをどうされますか?」
テディは一つの金属をキメラの目の前に、もう一つの金属の檻はユーリアの目の前に下ろす。その中から赤い子供の猪達がヒョコヒョコと顔を出す。
「テディ、助けられたのね?怪我は……」
ユーリアは猪達を見るが目立った怪我がないように思える。しかし、子供達はユーリアが近づくと怯えて隅に固まってしまった。
「どうやら、毎日少しずつ血を取っていたようですよ。治癒魔法をかけながらね……」
殺さないように血を取り続け、十分に血が溜まったところでウルフィードの森近くにばら撒いたようだ。
やる事がえげつない。ユーリアを見て怯えたという事は人間が怖いのだ。
「なんて事を……こんな子供達になんて仕打ちをするの……」
「この囚われた魔獣達はなんなのです? それにその者は何者ですか?」
連れてきていたアベルは戸惑いを隠せないようだ。
「これは私の従者のテディよ。そして、この猪達は今回魔獣達がイルムヒルムに攻めてくる要因となったもの。テディこちらの方はルクイド型のキメラを導くために、力ない私を運んで囮役を補助してかれたヴァルヴィストの騎士アベルよ」
テディはユーリアの言葉に頷き、アベルは魔獣達を見て頷く。
恐らく、イルムヒルムで猪の子供を攫った事を理解したのだろう。
「いやはや、やはり城の地下に隠されていましたよ。城の警備がだいぶ薄くなっておりましたので、潜入して解放しました。
まあ、潜入がバレてあの狸がキメラ達を檻から解放するのは想定外でしたけどね……」
テディの話にユーリアとアベルが反応する。
「待ってテディ都市にキメラが出たの? 規模は? 生徒たちは大丈夫なの?」
テディは首を傾げると、顎に手を置き少し考える。
「キメラはルクイド型ではなく、犬やウサギ、クマなど多種多様の魔獣が原型のようですが、恐らく中に居ついているスライムの量が少ないようで、そこまでの脅威はありませんよ。
生徒たちは一度お救いして後はルーカス様が避難場所まで誘導するとの事ですから、問題ないかと思います」
ユーリアは一安心して、胸を撫で下ろす。
テディはウルフィードの森の方角を見るとニヤリとした。
「どうやら、向こうはうまくいったようですね……エドガー様がそこまでこられているようです」
*
森の方角からは魔獣に乗った人の群れがこちらに来ているのが目視できた。
「ユーリア様ー! ご無事ですかー!」
白狼の先導をしていたワイドが群れを離れてユーリア目掛けて近寄ってくる。
「おすわり」
いつぞやの記憶が蘇る。おすわりという静止を聞かず、じゃれついてくる。
その姿を見たアベルも思い出したように、白の狼とユーリアを見比べる。
「ユーリアってまさか……錬金術クラスの魔獣を従えてた……」
アベルはどうやら夏の演習の時にきていた騎士の一人のようだった。
「ワイド、ステイ。」
ワイドを引き離し、待てをさせ慌ててアベルに話しかける。
「アベル様、この事は内密に……私はヴァルヴィストの一錬金術師見習いです。そして今は夏休み中のただの生徒なのです」
アベルは呆気に取られながらも頷き、他言はしないと言ってくれた。
待てをしていたワイドはテディの存在に気付いたようで尻尾と耳を丸めた。
「ワイドお仕置きが足りなかったのですか? あれ程行動は慎めと言っていましたよね……」
テディの笑顔でかけられる圧力にワイドは何度も首を縦に振っている。
その後ろからアモンを乗せたウルトがやってくる。
「テディ様、愚息が失礼した。
ユーリア様ご無事で何よりです。今日は無茶をなさる。もう魔力も限界でしょう? 後は我々にお任せください」
アモンは檻の中に我が子がいる事を確認し、檻を掴む。
「レア? 無事か!」
テディがその様子をみてアモンに話しかける。
「大丈夫ですよ。猿にしては大人しいという事で、匂いを撹乱させるために都市内をいろいろ連れまわされたようですが、特に怪我はしていないようです」
後ろからアボアも駆けつけて檻に体当たりする勢いで突撃してきた。
「我が子らも無事か……欠けていないようだな。あれだけの血の匂いだ、全員が無事というのは何よりだ……白い虎よ……早く檻から出してくれ」
檻から顔を覗かせている子供達の頭を撫でながら、アボアとアモンはテディを見る。
するとテディは首を横に振った。
「この子らだけでは危ないでしょう、このキメラを倒し終えたら解放します。
それまでは私の檻の中の方が安全でしょうから……このキメラ侮れないのですよ……」
テディ達魔獣の長がキメラを見上げた。
一方で続々と面々がキメラの前に揃い、皆魔獣を降りるとその姿を見上げた。
「ユーリア、無事だったのか……それにその格好……。
ラディムの仕業か……。2日もどこに行っていた……」
エドガーがユーリアに駆け寄り、ジョエルはにこりと笑う。
「皆んなに心配かけて全く、無茶ばかりするわ……エドガー話は後からにしましょう。結界がいつ壊れるか分からないわ」
エドガーは頷きキメラを見る。
報告書を見てはいたが、実物を見るのは初めてだ。殻の中に居ついているスライムの量は一体どのくらいなのか心配になる。
「ユーリア、どうするこいつら魔力で攻撃しても物理的に攻撃しても吸収してくるんだろ……海での戦いのようにテディに割ってもらっても、ヴァイセルのような浄化魔法を使える者がいれば楽だがな……」
ユーリアはニコニコとしてテディを見る。
テディはため息をつくと、檻から子供たちを解放する。
「師匠。キメラを消炭にします……人間と魔獣がこれほどいれば恐らく魔力の許容量を上回れるのではないのでしょうか……」
エドガーはため息をつき、魔獣達の長を見る。
長はそれぞれ頷き、自分たちの種族に声をかけ始めた。
エドガーが人間に対して説明を行い、それぞれがキメラを囲い持ち場についた。
ユーリアは結界の魔法陣に触れると結界を解いた。
「行くぞ!」
エドガーの一声で体術者の剣が大きく振るわれキメラの殻目掛けて最大出力の魔力が放たれると同時に、白魔獣たちのキメラの頭上へ展開させていた金属の塊がテディによって槍となりキメラへ降っていった。
キメラの殻はボロボロとなり中から黒い液体が飛び出してきた。
液体に対し集団でそれぞれ攻撃魔法を加えた。
「さあ、ではキメラを丸焼きにしますか。皆火魔法をキメラの頭上の金属に向かって放って!」
液体は魔力の塊となった金属の方へ集約し始める。
それが届く前にユーリアは自分も金属に向かって極大の炎魔法を放った。
激しい光を発しながら金属は燃え続ける。
「いきます!」
テディは燃える金属を操り真下へと落とした。キメラは少し発光しながらも、魔力を取り込もうとするが、すべてを食い尽くす事はできずに煮立ったスライムは核ごと消えていった。
場に残されたのは燃え盛る金属といくつもの透明な魔石だった。
目の前の敵を葬り去った事を確認し、人々は魔石を拾い、魔獣たちは雄叫びを上げる。
赤い魔獣たちは同族の成れの果てを見守り、静かに親子の再会を喜んでいた。
「終わったんですね……」
「ええ。本当にありがとうアベル……」
ユーリアはアベルに抱きつくと、アベルは一筋の涙を流しユーリアを抱きしめた。
*
一人の女の子がユーリアに近づいてくる。
「お姉ちゃんあの時はありがとう。これ返すね」
女の子から手渡されたのはハンカチだ。貸衣装屋の前で出会った子供がやはり魔獣の子の一人だった。
「よく、私って気づいたわね」
ユーリアは今日は赤いウィッグをつけているのだ。以前あった時と服装や目、髪色が違うのによく気がついた。
「ふふ。魔力が一緒だもの。それにウィッグとか服装を変えても、これでも女の端くれだから見た目には騙されないよ」
無邪気に笑っているが、ユーリアの魔力隠蔽魔法を見抜く目を持っているという事は、相応の実力を持っている。
アモンはそれを笑って見ていた。
「うちのレアの嗅覚はすごいぜ! 群の中でも色恋沙汰やちょっとしたメスの変化に気付いて自分の派閥を作ってる。
次期長になんて声もあったが、こんな可愛い娘を長にできるわけないだろー。馬鹿息子でちょうどだ」
「馬鹿息子とはなんですか! 私は貴方に振り回されても種族をまとめあげて補佐しているではないですか……誰が一番阿呆か分かったものではない」
アモンの息子と思われる青年がため息をつく。
娘を溺愛しているアモンは、娘を抱き上げ頬擦りしている。
娘はというと鬱陶しそうにしているが、助けに来てくれた事が嬉しいようで、されるがままになっている。
「お父様私は兄様を支えていきますわ。それから、母様の魔石ですが、従順なフリをしながら探していたのですが、手がかりはなく無念です」
アモンは優しくレアの頭を撫で抱きしめる。
母の死を目の前で見ていたはずの少女は、めげずに母の魔石を探していたらしい。
強い精神力を持った子供だ。
「いいんだ。レア……辛かったな……」
「父様こそ、どうせキーキー行って群れを乱していたのでしょう? 頭に来るのは分かりますが、せっかく我が種族は知恵を働かせられるというのに……もう少し冷静さを身につけるべきです」
その言葉にニコッとするとアモンは娘を下ろす。
「大丈夫だ。レア。この戦いが終わればレンに長の座を譲る。レンになら任せられるだろう?」
レアとアモンの息子であるレンは唖然としている。
「まさか、本気だったのですか? 魔石となったならまだしも生きてるじゃないですか……なら私はまだ長になる必要はないです」
レンはアモンの言葉を否定して、レアもそれに同意している。
「俺はやりたい事ができた。だからお前らで支え合って種族をまとめ上げらろ! 縄張りに戻ったら皆に告げる。これは長の決定事項だ」
有無を言わせぬ言葉にレンとレアは緊張した面持ちで頷いた。




