限界とイルムヒルムでの動向
「フェリクス戻ってきて……」
フェリクスは元の姿に戻った状態で空から戻り、ユーリアのもつ召喚魔石へと入った。
ユーリアは何度も何度もフェリクスに謝る。
フェリクスは魔石の中から「大丈夫ですよ」と力なく答えた。
強制的にフェリクスに力を使わせたのだ。しばらくは魔石の中で療養させなくてはならない。
「いや、見事な手腕でしたよ。面白いモノが見れました」
背後から声がすると、後ろに立っているのは奴隷商の姿をしたラディムだった。
狂気じみた笑顔を見せて、拍手をしている。
「さすがクラウディア様の娘です。血によってフェリクスを上位種の姿にし、幻術魔法で魔力を節約しながら多様な魔法で戦場の人間の闘志を冷まし、魔獣達においては力を見せつける事で仲間にしてしまうとは恐れ入りました。
あの場での氷魔法は悪手だったかもしれませんがね……。
まあ、我々の仲間まで末端とはいえ、自ら闇の組織になりすまし、動揺する中、精神干渉の魔法で炙り出すとはなかなかの手腕ですね……」
魔力を節約させるためにはあの場で氷魔法を使うのは仕方なかったのだ。勢いのある火魔法を相殺するには水魔法の魔力を利用するのが一番良かったのだ。
苦い顔をするユーリアにラディムが近寄ってくるが、残された体力も魔力もない。体を起こし、座っている体制にはなれたが、立ち上がる力がない。
「今朝方はどうも。あなたも戦場に紛れていたのね。全く感じなかったわ」
ラディムは胸の前に手を置きこちらを見下しながら笑みを深めた。
「それはそれは、嬉しゅうございますね……。うまく溶け込めていたなら幸いです」
一歩、一歩とラディムはユーリアに近づいてくる。
ユーリアはウェストポーチに入れている魔力回復の薬を飲み、応戦する構えをとった。
自らを囲う結界を展開させる。
「無駄な魔力は使わなくて結構ですよ。我々のここでの任務は終わりましたから、別れのご挨拶に参ったまでです」
ラディムは簡単にユーリアの結界魔法を崩すと、ユーリアに手を差し伸べる。
ユーリアは伸ばされた手を握る。
そのまま手を引かれ、抱き上げられるとラディムは空を移動する。
「どこに連れて行く気なのよ!」
ユーリアはラディムの腕の中で必死に抵抗するが、全く効果はない。
「あなたはじっとしていて下さい。これからキメラのところに向かうのでしょう?
私がお運びすればあっという間ですよ?
今のところは体力を温存して下さいね」
ラディムは黒い笑みを浮かべ赤猪達を追い抜き、都市のすぐそばで騎士団が応戦しているキメラの元へと、辿り着いた。
「あのキメラには自我がなくてですね……。あるのはただの食欲だけです。魔力がある方向に動きますよ……。さあ、あなたはどういう行動を取られるのでしょうね?」
ラディムは戦場から近い森の中にユーリアを下ろし、ユーリアに魔力を渡す。
「ラディム!?」
突然の事でユーリアは対応に遅れ、驚く。そして、ユーリアはラディムを睨みつけた。
ラディムは肩をすくめて、ユーリアを離した。
「せめてもの餞別ですよ。今朝方は、少しあなたから多く魔力を貰いすぎたようですからね……。
ここには主要な組織の者はもうおりませんが、しかしながら、もし見られた場合厄介ですので、早々にお暇いたします」
ラディムは空に浮遊すると、飛び去った。
「本当に人間は愚かだ……。滅亡すればいい」
ラディムはイルムヒルムの方向を見据えるとその場を後にした。
ラディムがいなくなった事で、力が抜けたユーリアはその場にしゃがみ込む。
「あの男ムカつく……」
残る力を振り絞り、いくつもの人間を取り込んだキメラの方に歩みを進めるのであった。
*
その頃、街の中ではヴァルヴィストの学生達が、町人の避難誘導を手伝っていた。
その中にルーカスの姿もある。
「残っている者はいないか? 皆避難場所へ逃げるのだ。間もなく魔獣が都市内に入り込む。急いで、探せ!地下の退避施設に誘導するのだ」
街の中には騎士団はほとんど残っていない。
1回目の総攻撃時に大半の騎士が吸収されたため、増援として都市内部に在中していた騎士が駆り出されたのだ。ヴァルヴィストの騎士達もそちらに応戦しに行った。
そんな中、唯一といっていい魔力持ちの学生達が、魔力を持たない人々を守るべく動いたのであった。
「キメラは一体どこからやってきたのだ……」
イルムヒルムに海はない。ルクイドのキメラは海の中での移動は早いのだろうが、陸では動きがのろいはずなのだ。
遠方から来たのであれば、外の警備している騎士達によって発見されてもおかしくない。
だが都市の門番が目視するまで、キメラの接近は気づかれなかったのである。
逃げまどう人の流れの中、イルムヒルムの城から魔力が溢れ出す。
「——おい、嘘だろ……」
城の中から魔獣が溢れ出してきたのだ。
城に配備されている騎士達は即座に反応し、攻撃をしたが、魔獣の体内から黒い液体が出てきて元の魔獣にまとわりつき、術者に襲いかかって魔力を吸われていく。
ルクイド型ほど脅威はないが、数が多い。
そして、キメラを恐らくただ攻撃するのではなく、魔物の体内にいつく黒のスライムごと殺さねばキメラを殺す事はできない。
避難場所へ向かう経路にも魔物達が溢れはじめた。
ルーカスが率いる学生達は応戦体制になる。
「いいか、あれはただの魔獣ではない。まずは俺がやってみる。」
ルーカスが魔力を高め剣をひと薙する。
以前見たキメラよりもスライムの吸える魔力が断然少ないため、多めの魔力をぶつけ、魔力吸収し飽和させた状態で核を攻撃すれば倒せる。
以前ヴァイセルが浄化魔法で撃退していたが、浄化魔法は適性がある魔力持ちでしか発動させられない。
1匹の魔獣が散り、次の魔獣が襲いかかってくる。
また、多めの魔力で剣を一振りすれば、魔獣は死んでいく。
「お前らいいか。コイツらはキメラだ。体の中に魔力を吸収するスライムが巣食っている。
表面の魔獣に傷ができれば、それを回復させるために中からスライムが出てきて魔力を吸収し、表面の魔獣の傷を癒し、また襲いかかってくる。
が、今やってみた感覚だと、中のスライムが吸収し切れないほどの魔力をぶつけて表面の魔獣ごと攻撃すれば、撃退できる。
後は……。浄化魔法が使える者はいるか?」
15人いる学生の中で手をあげたのは1人だ。
「ほう、では一旦魔獣たちに斬り込むぞ!中から黒い液体が出てきた時に、浄化魔法を辺りにかけてみろ!」
ルーカスが指示して魔獣に傷を作るもの、防御壁を張るものに分け、集まってきていた5匹程の魔獣に怪我を負わせ、防御壁で液体の進む速度を落とさせ、浄化魔法をかけさせた。
辺りにはいくつかの魔石が散り、浄化魔法から逃れた一体についてはルーカスがスライムの本体である魔獣を核ごと切り殺す。
「後、何回今の出力で放てる?」
学生は力なく首を振り「あと5回が限度でしょう」
と言った。
「5回撃てれば上等だ。皆とりあえず今の要領で避難場所まで進む。城付近の避難場所ではなく、ここから次に近い西側の避難場所へ町人を誘導する」
恐らく国の中心部に行けば行くほどキメラの数は増えていく。
ここから比較的近いのは本来南側なのだが、南側は現在キメラが、襲ってきている方角なのだ。
町人を誘導しながら、避難場所へと移動していく、
道中何匹か狩っていくが、中心部から離れてくればその数は少ない。浄化魔法を無理矢理使わせる必要もなさそうだ。
だが、ルーカスは何度も普段必要とする魔力よりも、倍の技を打ち込んでいるため、魔力が心許なかった。
「このままでは魔力がもたんな……。とりあえずこの町人達と一緒に生徒達は避難場所へいてもらった方が安全か……」
避難場所につき町人達を地下へと隠すと生徒達に告げる。
「怪我をしている者は医術クラスの者が癒しておくように、体術クラスの者は医術クラスの者の補佐とここの警護を行え、私は別れた他の3グループの生徒達が気になる。都市の中心部に再度戻るためその間はここを任せるぞ!」
ルーカスは踵を返すと、再び町の中心部へと移動し始めた。
途中であった2つのグループには魔獣の倒し方と、現在西側の避難場所に生徒達がいる事を告げ、最後の1グループを探す。
屋根をつたい、少し高い所から街を見ていく。
町の中心部へと近いところで悲鳴が聞こえた。
駆けつけてみれば、防御壁を張り巡らせ黒い液体から逃れようとしている生徒達がいる。
もはや元の魔獣がどこにいるか分からず、助けようにも助けられない。
そんな中頭上からは聞き慣れてしまった声が聞こえる。
白髪の青年が楽しそうにこちらに話しかけてくる。背後には浮遊する2つの金属の塊を引き連れている。
「ルーカス様、どうされましたか?」
緊張感の全くない声でルーカスの怒りは露わになる。
「どうしたもこうしたもない。生徒が今にも喰われそうになっているんだ!」
テディはルーカスが見下ろしていた方向を見ると、頷いた。
「ユーリア様のご学友の皆様ですね。それでは助力いたしましょう」
テディは生徒達から離れたところに塊を一つ下ろす。そして、その上に降り立つと塊の形状を変え、檻のような形状になる。
もう一つの塊は自分の目の前に浮遊させ、正面部分だけ金属を除ける。
「少しは餌の気持ちを分かってもらいますかねー。大丈夫ですよ。死にはさせませんから……。子供達
少量の火魔法を黒い液体に向けて発動させて下さい」
テディの声に浮遊している金属の塊から火魔法が放たれた。
生徒達を取り囲んでいた黒い液体が、テディの方へと雪崩れ込んでくる。
本体から少し離れたからか、元の魔獣達の形が分かるようになった。
そこをテディは空から金属の槍をふらして核を一つずつ確実に仕留めた。
ただ数匹のキメラは残しているようだ。
迫りくる液体にもう一度火魔法を放たせ、テディは一つの檻をその場に置いたまま、ルーカスの元へと向かう。
残された檻の中からは迫りくる黒い液体に、恐怖を募らせた叫び声が聞こえ始めた。
「これで大丈夫ですよ。餌も用意しましたから、生徒の皆さんは安全です。避難させてあげましょう」
テディはニヤニヤとした笑顔をルーカスに向ける。
「あの檻の中に人が入っているのではないか?」
ルーカスは焦っているが、テディは首を横に振り、檻を動かそうとはしない。
「ご心配ですか?なら魔獣の数を減らして少し黒い液体を減らしましょうか……。
一応ほぼ飽和状態なのでそこまで心配しなくても彼らは魔力を吸われませんよ……。
そもそも彼らはほとんど魔力など持たぬ存在です。あの液体は私の魔力出てきた檻が目当てなだけで、彼らには危害はないはずなんですけどね……。
異常な悪食ですから分かりませんが、悪食同士なので問題ないかと思います」
テディの言葉に意味がわからないルーカスであったが、檻は黒の液体塗れである。
魔力を食われなくても生命力を食われるとか、溺れ死ぬとかが出てきそうなのだ。
テディはわざとらしく驚きの表情を浮かべ、手を口にやる。
「どうしてでしょうね、欲に塗れた狸どもに傀儡である長。
本当こんな奴らに煩わされるとはいい迷惑です。
せっかくユーリア様の夏休みの間、久々のシュペルノヴェイルに溢れる魔力を堪能しようと思っていましたのに……」
ルーカスはテディを睨む。恐らく今回事を企てた者に都市の状況を見せるため、自分が行った事による混乱を自分の身を持って感じさせるために、捕らえてきたのだと思う。
が、ゆっくりと夏休みを過ごす事が出来なかった事に対する腹いせのほうが大きい気がする。
「とりあえず、テディ。学生には手を出してないよな?」
ルーカスは重要事項を確認する。が、テディはその事には答えず、道に倒れている生徒達を見つめてルーカスに助けるよう促す。
「ルーカス様生徒の皆様を早く安全な場所にお連れしなくては……。いつキメラが溢れ出すか分かりませんよ。
城の地下室にどうやらまだ蠢いているようです」
ルーカスはテディの言葉に唖然とし、生徒達の救援を優先とした。
「私はユーリア様にこの者達をお届けしてきます」
テディは檻ではない方の鉄の塊を見せると、ルーカスは頷き、家の屋根から降りて生徒達の元へと向かった。




