戦場の鎮圧
ユーリアはポシェットに入れていた小型のナイフで掌を深く切る。
血がしたたり落ちてきて、それをフェリクスの召喚魔石へと垂らす。
「我の血を贄としてここに具現化す。燃える赤の血よ、守護の魔獣を型どれ!」
握りしめた魔石から赤の光が溢れ、フェリクスを包み込む。
フェリクスはユーリアの魔力を取り込み、姿を変える。赤い光を放つ大きな赤い鳥の姿となった。
「フェリクス大丈夫?」
ユーリアがフェリクスに問えば、フェリクスは答える。
『大丈夫です。自我はあります』
「そう。では短期決戦で! 今の光で十分目立っているわ。高度を下げて皆の目に見えるように……。
フェリクスは支持がない限りは姿を保つことに集中して、後は私がやる!」
『御意に……』
フェリクスが高度を下げると、人も魔獣も天を仰ぐのであった。
戦地へいたエドガーは信じられないモノを見た。
空が赤く光ったと思えば、光を放った大きな赤い鳥が下降してきて、浮遊している。
隣のジョエルはというと、唖然としたかと思うと、頭を抱える。
「あの子は何をしているのかしら……」
ジョエルの呟きが聞こえると、頭に直接響くような声が聞こえる。
『我は南の地を守護するモノなり。人も魔獣も争うことをやめよ。この地に争いは要らぬ。魔獣達よこの場を退け! 人もそれを追うことは許さぬ』
幾重もの輝く火の粉が空から落ちてきて、その場にいる者達は唖然とする。皆防御体制に入り火の粉を振り払うと、その鳥の神秘的な美しさに目を奪われる。
絶対的な力を感じ、皆の闘志が失せていく中、赤猪達の長は魔獣の同志を奮い立たせる。
「あれは、守護するモノなどではない。偽りだ。動きを止めるな! 話を聞くな! 進め! 我が子ら、同志の無念晴らす時だ!」
赤猪達は長の声に炎を身に纏い人間の方へと突進していく。
他の魔獣達もその後を追って、人間に襲いかかり始めた。
歩みを止めたのは元々後方から火の投擲を放っていた赤猿達が率いる陣営のみであろう。
前衛で動く魔獣たちの動きに人間側も応戦し、再び戦いが始まる。人が水の極大魔法を放てば、長とその共は魔力を合わせて炎の極大魔法を発動させる。
『愚かな……これ以上共に殺し合っても喜ぶ者は限られている。それ程までに魔石となりたいか……』
すると、赤い鳥から氷魔法が飛び、二つの極大魔法が相殺された。
「バカな……」
「何故スザクが氷魔法を使うのだ? 猪の言うように偽りなのではないか?」
魔獣側も人間側もまだ疑心暗鬼だ。ただ圧倒的な魔力量に漠然としている。
数人がかりで起こした魔法をいとも簡単に相殺したのだ。
「あれが本当に南を守護するという伝説のスザクなのか……」
場は騒然とし再び空を見上げた人間側は剣を置く者も出ている。
頭に血が上っているのか赤猪の長はその中でも一人戦場を駆け出そうとしていた。
すると一気に下降してきた鳥から赤猪の長に炎魔法が放たれる。
元から火には耐性が強い赤の魔獣ではあるが、その炎の強さに歩みを止めその場に膝をつく。
「我が同族よ、怯むな!」
なお、戦いをやめようとしない赤猪の動きに火の鳥は火の粉の魔法を展開させる。
すると、戦場では赤猪の長の苦しげな唸り声がシンとなっている戦場で響き渡る。
『これでも偽りと言うか?』
不穏な魔力が周囲に流れ出ると、赤猪が皆その場に崩れる。
何が起きたか周囲が分からない中、人の中から声が聞こえる。
「今だ、何が起きたか分からないが、弱った魔獣を今のうちに魔石に変えてしまえ! これで我らの脅威はなくなる!」
その声に人々は我に返ったように、動き出し赤猪達の首をはねようとするが、地面が動き赤猪達に対して敵意を出した者を突き上げる。
『我は、魔獣を狩れと言った訳ではない。分かるか? お主達は魔獣以下の知能の持ち主なのだな……』
突き上げられた者は土の魔法でみるみる捕縛されていく。
魔獣も人も圧倒的な力に戦意を削がれ完璧に動きを止めた。
「所詮お前も魔獣だろ! 魔石になれ!」
捕縛された者のうち一人が吠え面をかいている。
『よかろう。この地にあるモノ全てを魔石に変えよう』
空に展開されていた火の粉が燃え盛る岩の塊となり浮遊し始め、落下する。
落下するよりも早く、ジョエルに乗ったエドガーが、赤い火の鳥の前へ現れる。
「南を守護するモノよ。お怒りをお納めください。我々人間は魔獣が危害を加えないというのであれば退避します」
エドガーの言葉に、岩の塊が動きを止め、地上に落ちる手前で停止する。
『その言葉本当だな……。我に偽りを申せば、其方は業火に焼かれ、魔石もろとも消炭となるぞ?』
鳥はエドガーを見つめると、エドガーは下にいる人間を見廻し、戦場に集められた人々に話しかける。
「いいか、このまま戦っても被害が増えるだけだ。スザクの言うことを聞き退け。我々が依頼されている事は攻め入る魔獣の駆除であり、殲滅ではない。
戦う意欲が魔獣にないというのであれば、無碍に我々も命を散らす必要はない!」
エドガーの言葉に戦場に集まった人々は深く頷く。イルムヒルムの騎士達ですら、反論しない。
絶対的な力を見た今、上から降ってくる魔力と前方から放たれる魔力の両方に対応する事は不可能である事が分かっているからだ。
その様子を見た鳥は赤猪の長に語りかける。
『お主らの無念さは計り知れない。同族を殺され、おびきだすために子らを捕らえられ殺された。怒りに震えるのも分かる。だが、冷静になれ。長ならばいかに同族を生かすか考えよ。
戦いが全て解決する訳ではないだろう?
ここにおるモノ達を殺しても、今回お主らを苦しめた者に報いることはできない。
ここにおる者達もまた魔石としてしか見られていないだろうからな……戦地に傭兵ばかりを配属させ、自国の兵は最低限しか出さず損害を減らすだけでなく、得た透明な魔石をも売買して利益を上げようとは……非道な事を考える者もおるのう』
その言葉に猪達だけではなく、集められた魔力持ち達からも驚愕の声が上がる。
あくまで、今回は都市の方向へと攻めてくる魔獣達の討伐の話しか聞いていない。
もし、自分たちが散ったとしてもその魔石は故郷に返されるのが習わしなのだ。
確かにこの戦地に配属されたイルムヒルムの騎士の数は少ないが、それはまた別の場所より魔獣が攻め入る事が考えられるため都市を防衛しなくてはならないからだと説明を受けた。
それが、よもや魔獣と人との同士討ちを狙っていたとは誰も考えていなかった。
人たちは怒りをイルムヒルムの騎士達にぶつけるが、騎士達もまた顔を青ざめさせ、首を横に振り何も知らないと口々に言う。
人々の混乱する中、今度は人間達への念話を切り、魔獣にのみ話しかける。
『どうだ。魔獣達よ。まだ力が残っているなら手を貸せ。今人の都市が、ある組織によって作り出されたキメラによって襲われている。
今回の黒幕の一部は引きずり出せるぞ……キメラを破壊し、街の中に潜入する。人の姿に化けられる者のみ共に来い。
ちなみに残された子らも今探しているところだ。
残された命は救おう』
赤猪の長と赤猿の長はそれぞれ同意するようだ。
『偽りと申し上げたこと、申し訳ない』
赤猪の長に念話で謝られる。
『別にいい。我も力が足りぬ。本当に力があるのであれば、お主らも巻き込む必要なく今回の件は解決していたのだ。それと、今回の件厄介でなあ……』
赤猪の長は鳥の話を聞くと首を縦にに振る。動けるようになった魔獣達は森に向かい始めた。
鳥はエドガーを見て、今度は人側に向けて話しかける。
『今回の件は魔獣に非はない。自分達の愚かさを悔いるがいい。魔獣とて心を持つ。子を思い番いを思う。それを殺され人質に取られ、挙句の果てには自分達を呼び寄せるための餌とされればどういう行動に出るか分かるであろう。
一方的に自分達が正しいと思うことは許さぬ』
赤い鳥は土の捕縛魔法を全て解くと高度を上げ飛び立つ。
ある程度距離が開いたところで人間側から魔法が放たれる。追撃だ。
「スザクを攻撃した者は誰だ!」
エドガーから怒号が飛ぶのと同時に、火の反撃魔法が飛ぶ。
それを相殺するとフードを被った魔術師が大きな声で叫ぶ。
「赤い光を我が神に! 照らすは混沌! あの偽りの魔獣を狩るのだ!」
「そうだそうだ!」
フードを被った魔術師の声に幾つかの声が重なる。
魔術師が放った言葉は闇の組織が使っていた言葉だ。
それを口にしたということは闇の組織と関わっているのに違いない。
魔法が鳥に向かって飛び交う中、そのモノ達を抑えつける。
『殺さぬようにな……』
赤い鳥は声を上げたり魔法を使っていない人間も数人魔法により捕縛した。
『このモノ達の処遇は某らに任せたぞ。エドガーよ。人を都市に戻せ、キメラが暴れまわっている。応援は強いモノ達のみで後は避難誘導を……』
赤い鳥はエドガーに話しかけると空へと消えていった。
エドガーが指揮を取り、集められた魔力持ち達を選別する。
捕縛された者たちについては闇組織に絡んでいる者として、捕縛した状態で都市へと連れ帰る事にした。
「皆のもの、臨時的に私が率いる。街に戻ればキメラが暴れまわっているそうだ。戦う余力がある者は我らと共に来い。負傷していたり自信がない者については街の中に入れれば一般の民たちの避難誘導を頼む。これから戻れば夕方には着くだろう」
そこで一人の中年の型がいい男が挙手をして話し始めた。先ほど
「人間の足じゃ限度があるだろ? 俺らの仲間だけじゃなく、キメラまで作りやがった気味の悪い奴らの顔を拝むためなら、協力するぜ……ま、会えるかは分からんが、俺たちを魔石にするためにこの案に乗った阿呆なヤツがいるんだろ? そいつの命さえもらえれば、何ら問題ない。」
すると、先ほど森に戻って行ったはずの赤猪達と白狼達が森から走ってくる。
「力が余ってる奴は俺たちに乗れ、先にキメラを殺しちまおう。せめてもの弔いだ。
我が名は赤猪の長アボア。
南の守護者である魔獣に従い、我々は人に力を貸す事とした。同じく被害者である魔石候補の人間たちよ。」
先程まで戦っていた相手に少し戸惑いながらも、皆人たちも首を縦に振った。
エドガーはアボアと握手する。
すると、アボアは捕虜の魔力持ち達をつまみ上げ、頭突きを喰らわせている。
「てめえら、下っ端に八つ当たりしてもつまらんが、後から何したのか吐かせてやるからな……とりあえず死なねえ程度に遊んでやるよ。いいだろ?」
赤い瞳はエドガーをじっと見る。
「死なぬ程度に弱らせるなら問題ない。あまり時間は取れないぞ」
困り果てたエドガーは同意し、遠い目をした。
その様子に捕虜達は怯え出す。
「大丈夫だ。こいつらの運搬は俺ら赤猪が担当するぜ!」
そういうと小柄な赤猪達がそばに寄ってきて捕まった者の匂いを嗅ぎ、噛み付いたりしている。
エドガーはその様子を視界に入れないようにして、都市へと向かう者達を魔獣達につけていく。
「それではイルムヒルムへと帰還する。徒歩で帰還する者は気を付けろ! 何が周囲にいるか分からない。」
魔獣組はスピードを上げてイルムヒルムへ向かう。
人々がその場を去った事を感じて、赤猪達が置いて行った捕虜の一人であるフードを被った魔術師は横になりながら一息ついた。




