記憶の制限ラディムの半獣モフモフ
「ほう、幼いというのに恋に溺れたか……。
それで故郷を離れるとは、子供とは言え、女だな……。
最近の一番強い心の揺れがこれという事は、もっと深く潜り込まねばならぬか……」
ラディムによる精神干渉の魔法で、直近の印象強い記憶を覗き込まれたユーリアだが、今のラディムの魔力では、深くまで覗き込むのは難しい。
「少し手間だが一度起こして誘導するか……。ユーリア起きなさい」
ラディムが手をかざすと、ユーリアの目が覚める。まだ半分夢心地のようだ。
「ラディム? ここどこ?」
「ユーリア、聞きたい事があります。貴女の母の最後について聞きたいのです。彼女は私の最も愛した者。その最後が知りたい」
ユーリアは頭のボーッとしたまま、ラディムを見つめる。
「最も愛した人? お母さん?」
「ええ、クラウディア様の最後が知りたいのです」
「お母さんの魔力の変化に気づいて、テディと共に家を出たの……」
ユーリアがクラウディアの死について連想したところで、ラディムは額に手を置き、改めて精神干渉魔法を使う。
『お母様。お母様』
必死に瓦礫を除ける手、見るも無残な姿の母。
無力な自分に嘆くユーリア。
母の望みを叶えるべく治癒魔法を発動させ、父に綺麗な姿で会わせる。
最後には母の望む場所で息を引き取り強烈な光がユーリアを包んだ。
気がついた時には自分の家のベットの中だった。
周りに聞いてみれば、母の死後1ヶ月忽然と姿を消していたらしい。
ある日突然、空な目で屋敷へ戻ってきたそうだ。
母の遺体もどこに消えたかわからないそうだ。ユーリアが手に握りしめていたのは、母から託された召喚魔石が5つと、母が身につけていた指輪のみだった。
召喚魔石が、全て空になっている事から母の死により契約を解除され、体を魔獣により持っていかれたのだという話になった。
召喚魔石を使い、力を手に入れた代償として、よくある事だそうだ。
恐らく、ユーリアは最後を看取ったせいで巻き込まれて、魔獣により記憶を失った状態で戻されたのだと、大人たちが教えてくれた。
ユーリアの実感ではまだ母が目の前で亡くなり、一月も経っていないのだ……。軽いパニックの症状が出ていた。
『お父様……』
眠れぬ夜は父と過ごした。
父の部屋の机には、母と結婚した時に贈られたという懐中時計と、ユーリアが握りしめていた母の結婚指輪が飾られている。
私を寝かしつけてから、父がその指輪と懐中時計を見つめ、母の名前を呟きながら泣いている事は知っていた。
*
「私はこんな記憶がみたいわけではない」
ラディムは拳を握り締めながら、精神干渉魔法を打ち切った。
「何者か私より上位のものに記憶に蓋をされているという事か……。解せぬ。
クラウディア様の身に何があったというのだ。
ユーリアはあの瞬間息を引き取ったと、感じたようだが何かある。
魔石が見つけられない理由もあると思うのだが……」
ラディムが思考を巡らせていく中、ユーリアはまだ夢の中で、母を失った痛みを感じているようだ。
眠っているのに、涙を流している。
「すまぬな。だが、もしクラウディア様が亡くなっているというのであれば、その魔石を核とすれば、あのお方が言われている魔獣の召喚も可能になるのだ。
こんなつまらぬ世界潰してしまった方がいいだろう? ユーリア?
ともに悲しみのない世界へと向かおうぞ。
全て滅べばいい。人も魔獣も……。クラウディア様を嵌めた連中も藻屑となり消えればいいのだ!」
ユーリアの流している涙を拭い、抱き抱えまま酒場を後にする。
フェリクスには紙で伝言を残しておく。
「さて、ユーリア今回はお前の母の魔石の在り処は掴めなかったが、まだまだ逃さぬぞ。
しばらくは私の玩具となれ……」
ユーリアを連れて外へと出た。
暗がりの中を、組織の全く絡んでいない宿屋へと、連れて行く。
部屋に入ると、ユーリアをベットに寝かせ、傷口から血をもらい魔力を回復させ、部屋へ強力な結界魔法を張り巡らせた。
「一時的とは言え、この魔力。さすがはクラウディア様の娘ですね……。癖になりそうです。いえ、もう癖になっていますかね……」
結界魔法を張り終えたラディムは、ユーリアの隣で眠りにつく。
「明日の朝はどんな顔を見せてくれるのでしょうね?今朝方は本当に間抜けな顔でしたから、楽しみにしていますよ」
朝日が部屋の中に入ってきてユーリアの目が覚めた。
何度目であろう。最近意識を失いすぎなのではないだろうか?
今回の犯人を見つける。ラディムだ。
布団から起き上がると、自分がバスローブ姿なのに気がついた。
「のぉー!」
ユーリアの絶叫する声に起きたラディムは、ユーリアの腰に抱きついてくる。
「なんですか……。せっかくの朝なんですから、もう少しゆっくりしましょう」
ラディムも奴隷商の小汚い変装から、昨日の朝見た本来の姿に戻っている。
布団から出ている尻尾をファサファサさせて、耳をピクピクさせ、人型をとっているせいで、完璧にコスプレしている人にしか見えない。
とりあえず、寝ぼけていそうなラディムの耳を、摘むように撫でる。
「ユーリアさん。耳は駄目ですよ。魔獣にとって耳は大事なんです。撫でられるとくすぐったいのです」
寝ぼけたラディムは相当従順だ。昨日までの恐ろしさが抜けてる。
調子に乗ったユーリアは、布団から出ている尻尾に触れようとする。
「積極的なのは構いませんが、尻尾もダメですよ。耳よりも敏感なんです」
布団の中に引き込まれてしまった。後ろ向きに抱きつかれ、腕が動かせない。
「しばらく私が起きるまでは、このままにしててください」
ユーリアは触りたいのに触れられない。もどかしい思いを感じながら大人しくする。
「意外と大人しいのですね……。もっと抵抗すると思いましたが、従順なのはいいことです」
力が強いのだ。動けるわけがない。ユーリアは従順ではない意志を示すために、もぞもぞと腕から逃れようとする。
「従順なんかじゃないわよ。離しなさいよー。そして、私の服どこー?」
すると、ラディムは後ろから手を伸ばし、入り口付近にある恐らく浴室を指す。
「浴室に干してありますよ。昨日フェリクスから情報を聞くために、少々貴女に手荒な真似をして、血で汚してしまったのです。
誠心誠意を込めて、全て洗って干してあるところですよ」
ラディムの腕が片腕になったところで、少し動けたので脱走しようとするが、ギュッと力が込められて逃げ出せない。
「抱き枕は逃げちゃダメですよ。そんなに撫でたいならもう少し待ってください。昨日のご無礼を詫びるためにも触らせてあげますから、あ、胸の傷はご自分で治癒してくださいね……。痛みは取り除きましたが、人間にかける治癒魔法はやった事がないので、かけていないのです」
ユーリアは自分の胸を見てみると、一筋切り傷がある。ユーリアは怒ると力一杯抵抗する。
「ラディム昨日一体何があったの! フェリクスは大丈夫なの?」
ラディムはユーリアを捕縛していた腕を緩めると、仰向けになり頭を掻き、目を覚ます努力をしているようだ。焦点が若干合っていない。
「ユーリア様魔力が足りないので、少し魔力をくださいませんか?
昨日ここに強力な結界魔法を張ったので、回復していた魔力を使い果たしてしまったのです」
ラディムはボーッとユーリアの顔を見ている。ユーリアは「もう」というと指を差し出し、ラディムは牙を突き立て血を舐めている。
「もういいでしょ? あんまり私の魔力ばっかり当てにしないでよね!」
ユーリアが手を引っ込めると、少しは頭が回ってきたのか、ラディムは欠伸をしながら、布団から起き上がり、ベットの上で胡座をかき、片膝を立てる。
そして、ユーリアに向けて手を広げてきた。
「さあ、どうぞ、尻尾なり耳なり触ってください。それで昨日の夜の事は帳消しです」
「獣型にはならないの?」
ユーリアが聞くと、ラディムは嫌そうな顔をした。
「あの姿は気に喰わんのです。触るならこの姿ですよ」
人型なのは少し躊躇うが、まずは耳から撫でる。
最近はテディが、そばにいないので毛を撫でる事が出来なくて、ストレスが溜まっていたのだ。
嬉しそうに微笑めば、ラディムが尻尾でユーリアをくすぐってくる。
「うわ、ラディムの毛並み好きー。サラサラじゃない!ちょっとくすぐったい……」
「お気に召していただけたなら、幸いです」
ユーリアはラディムの足の間に座ると、今度は尻尾を堪能する。サラサラな毛並みが心地よい。
「そう言えば、知りたい情報ってなんだったの?」
「クラウディア様の死の真相ですよ。
貴女が先に寝てしまったので、フェリクスを脅して、最後に看取ったのが誰か、聞き出したのです。
そうしたら、貴女が看取ったというので、貴女の記憶を精神に干渉して、少々見させてもらいました……」
ユーリアは振り向き、ラディムを睨みつける。
「ちょっと待って、私の何を見たの?」
ラディムはニコニコと笑うと、素直に答えてくれる。
「貴女の甘酸っぱい初恋物語ってとこですかね。淡い恋心を胸に抱いたまま、その思いを断ち切るために故郷を後にするって感じの……」
「あわわー。ひー。止めてー。恥ずかしすぎるでしょ」
ユーリアは顔を真っ赤にさせて、顔を手で隠してしまう。
ラディムはその反応が壺に入ったのか、腹をかかえて笑っている。
「しかし、肝心な記憶には蓋がされてて見れませんでしたよ。私より上位の術者によって記憶の封印をされたのでしょう……」
「封印?そんなのされてるのかな……。
正直結構前の事で詳細は覚えていないんだよね。
母さんが瓦礫の中から出てきて、どこかでお別れしたっていうのは分かるけど、後は全く覚えていないんだよね。
なんか、1ヶ月間家からいなくなったらしいけど、その事自体も記憶が無くなってるし……。おじいちゃん曰く、衝撃が強すぎて自己防衛のため頭が思い出すのを辞めているって言うんだけど、ラディム的には違う感じなの?」
ラディムは首を横に振る。そして、髪を撫でてくれる。
「貴女にとってお辛い記憶なのでしょう。自分自身でも蓋をしているのかもしれませんが、私は貴女が母の死に対してどんな感情を当時思っていたかまで見ています。
不自然にクラウディア様の亡くなった頃から、1ヶ月間の記憶が消されているようでした。
ユーリア様はクラウディア様の魔石について、本当にご存知ないのですよね……。遺体すら消えてしまったというのは、とても謎なのですよ」
問われてみると、本当に母の魔石については何も知らない。今まで不思議にも思っていなかった。
あれ程の術者なら、確かに魔石が残ってもおかしくない。
「待って、遺体がないってどういう事?お母さんのお墓はあるのよ?
あそこには何もないって事?それに魔石だってないのはおかしいじゃない……。なんで何も残ってないの……。んっ」
ユーリアは頭に痛みが走ると、そのまま気を失ってしまった。
後ろからラディムにより抱きとめられ、そのままベットに寝かせられる。
「どうやらこの魔法は手強いか……。本人の意思でもこじ開ける事ができないようになっているのか……。
そしてクラウディア様の娘の魔力より上となると、もはや魔獣の類だろう」
ラディムはベットから降りると、ユーリアを置いて一旦部屋を出て闇の組織のアジトへと向かった。
「ラディム様。昨日はあの女と消えたそうじゃねぇですか。あの魔獣を売りつけてきた奴ら血相を変えて、俺らんとこ脅したんですからね。
魔獣は約束通りもらってきました!」
ヨウコが出迎え、ウッツとヨウコの二人は至る所に痣を作っている。
「くだらん。自分の身くらい自分で守れ。
そして、昨日仕入れた魔獣はどこだ?
まさか、他の子供の魔獣たちと同じところに入れたなんて事はないだろうな?」
「ひー。違う部屋に置いておきましたよ。ご指示通りです」
ラディムがヨウコの傷に再度蹴りを入れると、ヨウコは逃げていった。
「あれでも魔獣なのか?正体を偽っているつもりだろうが、あんなの偵察にも何にもならん」
ラディムは小言を残して、指示していた部屋へと向かう。
部屋の扉を開ければ、厳重な檻の中に2匹の魔獣がいた。
「ラディムよ。ユーリア様に何をしたのだ?全身からユーリア様の匂いがする。
昨晩も急に部屋から血の匂いがしたと思えば、部屋は負傷したフェリクスしかいなかったと、エドガーが言っておったわい」
ウルトが子犬のままの状態で、ラディムに話しかける。
ラディムは部屋にある椅子に腰掛ける。
「何って今朝はユーリア様に、耳や尻尾を撫でられていましたね……。特に私から何かするという事はありませんよ」
「おい、そんな冗談はいいから俺の娘はどこにいる?」
アモンが苛立ちを見せると、ラディムはアモンを見てため息をつく。




