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覗かれた初恋

 ユーリアの頭の中に白いモヤがかかったと思うと、夢を見る。



 辺りは薄暗くなっており、隣にはヴァイセルがいる。お互い変装してのお出かけだ。

 陛下の命令で男女の関係とやらを学ぶためのデートだ。

よりにもよって見た目がドストライクの憧れの魔術師ヴァイセル様がお相手なのだ。

 潜入捜査の訓練としては美味しい話である。



『ヴァイセル様あれ見て!すごい美味しそう』



 ヴァイセルはクスクスと笑いながら、ユーリアの後ろから話しかけてくる。



『せっかくだからここに入ろうか。ユーリアは本当に甘党だね』



 さっと手を握られ店内へと入る。

 ユーリアは頬を染め、ヴァイセルの後ろを歩くのだった。


 朝目覚めた時にはヴァイセルの部屋だった。ベットの隣ではヴァイセルが眠っている。



『え、え、えー!』


『ユーリア目が覚めた?体調は?昨日は食事にお酒が入ってたみたいで大変だったよ……。

着替えさせるのも大変だったし、一緒に寝ないと嫌だって言うし、見た目と違って年相応の子供の反応で新鮮だったよ』



 よく見ると、ヴァイセルの部屋着を着ている。

 いろいろと迷惑を掛けたようだ。

 ヴァイセルには婚約者がいるというのに、本当に迷惑をかけてしまった。


 それも婚約者はおそらく陛下なのだ。バレれば首が飛ぶのではないか心配になる。


 あれは、母が亡くなって4年がたった頃だ。

 よく陛下と一緒に、ヴァイセルがお忍びでうちの別宅へ遊びに来てくれていた。

 その頃、密かに子供ながらに、ときめいたモノだ。


 そして、陛下にとある質問をしてしまった。



『イェンニ様は結婚とか子供とか興味ないの?王様は後継者が必要なんでしょ?』



 陛下のお供としてついて来ていた面々は、子供の純粋な問いに笑いが溢れる。

 イェンニは頭を抱えると、9歳の女の子に話し始める。



『いいか、ユーリアこの国を支えるには大量の魔力を必要とする。子供ができれば、赤子ができて子が育つまでは女は力が弱まってしまうのだ。

 だから、それに見合う魔力量の男を、私は見つけなければならない。

 まあ、今は居ないこともないが……。どうも若造では私を満足させられぬだろう。

 後継者は弟の子でもいいのだ。魔力量の多い子が生まれれば、その子にこの国は継がせるつもりだから、子供のお前に心配される筋合いはない』



 皆の視線がヴァイセルに集まっている。おそらく夫候補の魔力を持っているのだろう。


 ヴァイセルがモテるというのに、婚約者に一筋だという話は、師匠が酒を飲みながらこぼしているのを聞いた事がある。


 もしかしたら、その婚約者とは陛下の事なのかもしれない。


 陛下のような女性であれば、他の女に見向きもしない理由が分かる。


 ユーリアは頬に手を当てて顔を真っ赤にさせて、ヴァイセルを見つめる。



『そっか、ヴァイセルは陛下にご執心なんだね!頑張ってね。相手の事を一途に思ってるって話聞いたことあるけど、そういう人って素敵だと思うの。羨ましいや』



 ユーリアの言葉に、陛下と師匠は爆笑し始める。



『ご執心ってどっからそんな言葉学んだんだ。ヴァイセルの忠義心は紛れもないな……。ヴァイセルいろいろと頑張れよ!』



 ヴァイセルは師匠に肩を叩かれ、顔を真っ赤にさせて睨みつけていた。



『ユーリアに変な事いろいろと吹き込まないで下さい! エドガー様! 誤解を招きます』


『誤解?』



 ユーリアが首を傾げてヴァイセルを見ると、ヴァイセルはますます顔を赤くする。



『なんでもありません。ユーリアは知らなくていい事です』


『そっか、私も婚約者に今日はお手紙書いてみよっと。キンモー! 私のお手紙届けて! 私の婚約者様もヴァイセル様みたいな人だったら嬉しいな!』



 子供の話に爆笑する大人たちであった。


 そんな事もあり、ユーリアは自分の中で芽生えていく恋心を隠すようになっていった。

 その中でのこの命令だ。嬉しい反面、感情が抑えられるか心配な中で、ヴァイセルの家に泊まってしまうなど、これから先もこの訓練が続く事は苦痛だ。



『師匠、私こんな馬鹿げた訓練いつまで続けなきゃなのかな?』



 ユーリアはヴァイセルの家を出てすぐ、師匠がいる訓練場へと赴き、剣の打ち合いをしていた。



『何かあったのか?』


『んー、人生に悩んでる。私この町にいる限り自分を偽って行かなきゃでしょ?

ましてや自分の婚約者にまで偽りの自分を見せなきゃなんだよ。

 他の男と任務だからとヘラヘラ笑って過ごしてさ……罪悪感を感じながら生きてくって事だよね……それに家族にも。

 私は陛下の元で仕事をしたい。それには婚約者もクィントン家もいらないの。

 身内を傷つけるのは嫌。自分も傷つく』


『はー。そういう相談には俺には向かんな。ローラント様に話を振ろう。

 お前たちユーリアの相手を少ししてやれ』



 師匠が来るまでは、他の騎士たちと打ち合いをして気を紛らわせていた。



『明日には、時間が取れるそうだ。また明日に来い……』


『分かった……』



 恋心に揺れる気持ちを抑え、寝不足で翌日城に向かうと、ローラントと共にお茶を飲む。



『ユーリアよ。率直に聞くぞ。ヴァイセルと何かあったのか?』


『何にもないです。ただヴァイセル様と何度も訓練としてデートを重ね、自分にもヴァイセル様にも婚約者がいると改めて思い直した時に、ふと思ったのです。自分も偽って男と会うようになるのかと……。

 決して任務として、好きでもない男に触れられる事を、嫌悪している訳ではないのです。

 ただ、自分を慕ってくれるかもしれない婚約者に申し訳ないと思ったのです。

 クィントン家でも私を後継者にという派閥が根強くあります。

クィントン家から逃れるのであれば、早く家を出るべきでしょう。

ただそうなれば、婚約者を利用し、家を出て夫を騙しては陛下の元で動くようになると思うのです』



 ローラントは頭を抱えると、ため息をつく。



『ユーリア、陛下の元で働くというのが一番の問題なのではないか?

婚約者と幸せになる道もある。

現に隠密であった者もパートナーを見つけ、任務中に知り得た情報は今後明かさないという条件付きで辞めるものもおるのだ。

 それにユーリアはまだ訓練中の身であって、今ならいくらでも引き返せるのだぞ?』



 ユーリアは首を横に振った。



『陛下の元で私が働くのは本望なのです。

 私の魔力の暴発を止めて、私に残された家族である父を巻き込まずにすんだ。

 それは一番大きい事ところですが、隠密としての行動は私にとって利が多い。

 私がいろいろな場所に潜入して、いろいろな人を観察し何食わぬ顔でその場を去る。

 人間関係の面倒ごとに巻き込まれる事もない。

 わたしにとって色恋沙汰や、家を継ぐという面倒ごとは不要なのです。

 ただ、陛下のご命令により動く手足となりたい』



 私はただ自由に生きて行ければいい。陛下の元へと戻らねばならぬが、それは程よい縛りであって拘束されるものではない。



『その歳で何を悟ったかは分からん。だが、己の歳でまだ人生を決めるのはどうかと思う。

 それに、今のお主では感情が、丸わかりで隠密に向いていないと儂は思うぞ……。

 儂としては一つ提案がある。学園都市へ赴くのはどうじゃ?

 婚約者とも距離が取れ、違う都市へと行けば家の方も義母がうまく自分の派閥を増やし、ユーリアが家を継ぐ必要はなくなるであろう。

 紹介状を書く。通常の試験の時期よりは遅いがなんとかなるだろう。試験を受けてみなさい。6年だ。

それだけの期間があれば、この国での厄介事に囚われずに、自分が進みたい道を考えられるのではないか?』



 ユーリアにはいい提案だと思った。

 婚約者との話も破談にし、クィントン家にも自分は治療院を継がない意思を示せる。

 6年あれば自分のヴァイセルへの想いも断ち切り、純粋に陛下の駒として動けるようになるだろう。



『試験を受けます。6年かけてでも全ての厄介事を排除し、感情を隠す術を身につけ、平穏な日常の中で普通の民の生活を学び、陛下のお役に立てるようになって戻って来ましょう』


『話しが全く前進しておらぬがまあいい。とりあえずあちらで多くを学び、成長してくるといい』



 ローラントとの話が終わり、ユーリアは後日試験を受けた。




 見事に合格したので師匠の自室へ向かい伝える。師匠に教えたのは出立の1週間前だった。急な試験であったため、なかなか準備に忙しく、師匠に報告する機会がなかったのだ。



『私、春からヴァルヴィストに向かう事に決めたの。家族は兄以外応援してくれなかったけど、頑張ってみるよ……』


『ユーリアはここを本当に去るのか?』



 師匠は心痛な面持ちで、ユーリアを見下ろしてくる。



『大丈夫。6年でいろいろな事学んできて、驚かせてあげるから心配しないで!』



 師匠はユーリアを抱きしめる。



『お前はもっと周りに甘えていいんだぞ?なあ、そうやって離れて行かないで俺を頼れ……。俺の目の届くところにいてくれ……』



 過保護な師匠だ。もうでも心にきめている。ここにはいられない。



『師匠私がここに居続ければ、どんどん柵に囚われ自由が無くなります。

もう息をするのでさえ辛いのです。

大事な家族には亀裂がうまれ、婚約者を裏切り続ける生活を考えれば、もうここにいる事はできません。

 6年間あちらにいけば全てが落ち着くでしょう。

 私の平穏な生活のためにも笑って送り出して下さい』



 抱きしめられた手に力が入り、ユーリアは泣いた。

 新しい生活への不安がそして、寂しさがこみ上げて来たのだ。

 師匠はユーリアが泣き止むまでずっと抱きしめていてくれていた。


 一通り涙を流すとお互いに笑顔になり、師匠が離れ頭をポンポンと撫でてくれた。



『学生の間くらいは平穏な生活を送れよ。そして、外の世界にいっぱい触れてこい!』


『うん』



 場が和んだ事でユーリアは思い出した。男性目線で聞いておかなくてはならない事があった。



『ああ、そうだ師匠。婚約者にここを離れるからごめんなさいってお手紙書いたんだけど、これでいいと思う?

義母から話してはもらえないだろうから、私がお手紙で伝えようと思ったの。

 だって名前すら教えてもらえないんだよ!直接お会いする事だってできないじゃない。

 それにキンモの話によると結構な名家らしくてさ…….。婚約者なんて引く手数多らしいよ。私が断っても次の候補がいるって話。

 しかも、最近ではよくお忍びでどなたかと会われているみたいなの。

 なんだかヴァイセル様のような方をイメージしてたんだけど、違ったみたい』



 師匠は腹を抱えて笑い出すと、どれと手紙を読み始める。



『なになに……。ダメだダメだ。これじゃあ男が諦めきれねえ。

あ、でも他にも女がいるのか……。一応もっと突き放してやれ!

この手紙は没収だ。どれどれ、俺が手直ししてやろう』



 ユーリアが書いた手紙は没収され、師匠は机から紙を出すと手紙を書き出す。ユーリアが見るとすごくひどい言葉が書いてある。



『あなたには他にも懇意にしている女性がいるとか……。私の心は傷つきました。

 もう、金輪際あなたとは関わりたくありません。

 私は旅に出ます。あなたと関わらない人生を強く望みます。さようなら。

 あなたなんてどこぞの女から金品要求されて破産すればいいのよ。この破廉恥男』


『これでどうだ。俺ならこんな女すぐ見限って、次の婚約者に慰めてもらうぞ……』



 ユーリアは唖然とするが、このくらい強く書かなければ男の人は思いを断ち切れないと師匠が言うので、師匠に便箋をもらいその場で書き写す。



『これでどうでしょう?』



 すると、後ろから手紙を奪われた。恐る恐る後ろを振り返るとそこにはヴァイセルが立っていた。

 いつの間に師匠の自室へ入ってきていたのだろうか?



『よお、ヴァイセルどうした?』


『どうしたじゃありませんよ。陛下との国防の会議が始まっております。部屋に結界まで貼って……。私が来るしかなかったのです……。それにしてもなんですか?この手紙は……』



 ヴァイセルはひどく悲しそうな顔で、ユーリアを見つめる。こんな手紙を書く女だと思われてしまったようだ。



『おう、それか。ユーリアが婚約者に思う事を要約してそうなった……。

しかしユーリアの婚約者に他にも女がいたとはな……。流石クィントン家の情報網だ。

そんな男とさっさとは破談になった方がいい。

何も他の都市に立つ時にそんな酷な話聞かされるとはな……。ひどいもんだ』



 ニヤニヤと師匠はヴァイセルを見る。ユーリアはいたたまれなくなり、師匠の自室を後にしようと廊下へ出た。



『師匠、相談に乗っていただきありがとうございました。自分で後は手紙を認め直します。お時間を取らせて申し訳ありませんでした』



 ヴァイセルはユーリアの後を追うと腕を掴んだ。



『泣いていたのか?婚約者の事で……』


『違います』


『ユーリアの婚約者に女がいたとはどういう話を聞かされた?』


『ヴァイセル様には関係のない事です。私の婚約者にはここ最近よくお会いしている女性がいると聞いただけです。私もここを去るので良かったのです!会議へエドガー様をお連れしてください。失礼いたします』



 ユーリアは腕を振り解き、熱くなる気持ちを抑えて城を出て帰路にたった。


 その後は城に寄る事もなかった。


 キンモに新しく書き直した手紙を出してもらい、学園へと旅立った。

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