闇の組織の接触と報告
ユーリアは席を立ち、お手洗いに向かう。
リップを塗り直し、鏡を睨みつけ「そんなに怖くないのに」と呟き気持ちを鎮める。
お手洗いを出て席へ戻ろうとすると、二人の男に絡まれた。見るからに柄の悪そうな体格のいい輩と胡散臭い細身のチンピラだ。
「お姉ちゃん。可愛いね。お兄さんと少しお話をしようよ」
進行方向に立たれ、道を塞がれる。
「お友達と来てるんだろ。少しくらいここで話しても問題ねぇじゃねえか」
他の子が通るのに邪魔そうにしている。
「おっとごめんよ」
図体のデカいのが壁に寄り、他の女の子のことを通した。ユーリアも便乗して席に戻ろうとしたら、チンピラが壁に手をつけ退路を塞ぐ。
「逃がさないよ。何もとって食おうとしてるわけじゃないんだ。少しお話しようよ。
お兄さんたち最近女の子と話してないから、君みたいな綺麗なこと少しお話出来るだけでいいんだ。
そこのテーブルなんだけど、少しいいだろ?
君の友達一人ってわけじゃないだろ、3人いるなら先輩達だって少し待たせても大丈夫だよ」
チンピラはすでにユーリアがどの席に座っているか把握済のようで、恐らく関係性まで把握している。気を抜けない相手だ。
「なあ、悪いこと言わない。こっちの席で少し話そうぜ」
チンピラに肩を掴まれる。
「姉ちゃんいい香りするな。それにこのフワフワとした髪。どっかのお嬢様なのかな?」
ユーリアが無視を続けると掴む肩に力が篭る。
きっとチンピラを睨むとチンピラは不敵に笑い耳元で囁く。
「気の強い女も好きだぜー。強い女ほど泣き崩れた時にいい表情をする」
服の中に入れていたペンダントを出され、ゲスな笑いに、頭がキレて頭突きを喰らわそうかと思った瞬間。
チンピラの手が誰かによって払われ、手を引き寄せられ、抱きしめられた。
「迎えが遅くなってごめんね。怖い思いさせたね」
耳元で囁かれた。イーヴァルは手首にあるブレスレットに魔力を込め、武器を手に取ろうとしているのが分かった。
すかさずユーリアはその手を取り首を横に振る。
「これ以上怖い思いをするのは嫌ですぅ。イーヴァル先輩」
汐らしい演技をすると、イーヴァルの首に手を回す。イーヴァルは驚きの表情を見せるが、それに怯まず「イーヴァル先輩、少し屈んでくださる?」と言葉を続けた。
イーヴァルは少し体を折りユーリアに視線を合わせてくれた。
ユーリアはイーヴァルの頰に唇を触れさせるとニコッと笑う。
「助けてくれたお礼です。先輩」
驚いた顔でユーリアの顔を見てから、チンピラ達の顔を見る。ユーリアは再び先輩の手を握る。
「先輩席に戻りましょ。ね? 私は大丈夫ですから」
「興醒めだ。見せつける前にどっか消えろ」
チンピラが手を振り自分達の席へと戻る。体格のいい方が、わざと強くイーヴァルの肩にぶつかりチッと舌打ちをしていく。
ユーリア達も自分の席へと戻る。
チンピラの席付近を通る時にわざとらしく言う。
「先輩この後二人で抜けましょうよ。進路指導室の隣の部屋って人が来ないって知ってます? ルーカス先生が言ってましたぁ。いっぱい二人きりでお話したいです」
イーヴァルも、この演技に慣れてきたのか自然と腰に手を回し、カップルのような雰囲気になっている。
「シェルトとりあえず、お会計しようか」
イーヴァルは席に戻るとこの店をすぐ出るよう提案する。二人とも何かがあったことを察してくれたようで、荷物をまとめ始める。
店を出てしばらく離れるまで、イーヴァルの肩に頭つけギュッと恋人繋ぎをしていたので、周囲の女性からの視線が痛い。
*
「付いてくるね。学園に入ろうか」
小さな声でイーヴァルが耳打ちする。シェルトにティナを寮まで送るよう伝えて、二人に被害が出ないようイーヴァルと二人で学園に向かう事にした。
休みの日も門番はいるが、学生なら学生証を提示するだけで、中に入れる。
*
「もう離れても大丈夫だね。美人さんのユウちゃんとずっと手を繋いでいるのはちょっと緊張しちゃうなぁ」
学園の中に入って尾行もついてこないことが分かったので、イーヴァルはそっと手を離した。
「すみません。穏便にと思ったのですが、巻き込んでしまって……」
「いいよ。シェルト達の方についてった訳じゃなさそうだし、あの人達ユウちゃんの事しか見てないみたいだったからね」
場を和ませようとしているのかウィンクして、ユーリアの頭を撫でてくれる。
「よし、じゃあルーカス先生のところ行こうか。今日は確か休日出勤で訓練場で生徒たちの練習見てるはずだから……。やっぱ手繋ごうか! 元気出るまで!」
ユーリアの表情が硬いままなのを気遣ってか訓練場に着くまでずっと手を繋いでいてくれた。
「ルーカス先生、お仕事中にすみません。お話あるんですけどいいですか?」
汗を流し自ら練習に混じっていたルーカスに遠慮せず、イーヴァルは声をかけた。
ルーカスはいつもおチャラけているイーヴァルの真剣な表情に、ただ事ではない事を感じてすぐに練習をやめ、使っていない教室へと向かった。
ユーリアはポシェットから防音の魔術具を出し展開させる。
「まさかとは思うが、ユーリアなのか?」
驚愕の表情を浮かべるルーカスにイーヴァルは苦笑する。
「僕も今日ティナちゃんと一緒に歩いている姿見てびっくりしたんですよ。普段と違いすぎますよね」
「ああ、この髪。カツラか?」
ルーカスはツンツンと髪の毛を引っ張る。カツラではないので結構痛む。
「先生、地毛がこっちで普段がウィッグなんです。あんまり引っ張らないでください」
涙目になってきているユーリアを見て「すまんすまん」と、するっと髪を撫でて手を離す。
「お前は一体どこまで隠すんだ」
深くため息を吐くと席に着いた。二人も席に座る。
「私は隠そうとして隠してるんじゃないんです!
全部テディの設定に基づいての行動なんです。口調だってそうです。
片言でロボットみたいに話して、極力口を開かないようにって大変なんですよ」
「テディはなにをそこまで隠そうとしているんだろうな」
「分かりません。ただ、私の容姿は目立つし、いらぬ諍いを起こすそうです。口も本当は軽いから秘密もポロっと話しちゃうし、平穏のためにはあの姿が理想だそうですよ」
二人は確かにとまじまじとユーリアを見つめた。
*
「ユーリアちゃん本題なんだけど、さっきあった話をルーカス先生に伝えるね。僕だけじゃ心許ないから、学園にルーカス先生を頼ってきたんでしょ!」
イーヴァルはそう言うと、さっきカフェで起こった事を説明した。
トイレの前で柄の悪い二人に絡まれ、イーヴァルが来た時には壁に追いやられ胸元のペンダントに触れている時だ。思念魔法で二人がある組織の人間だから事を荒立てないようにと言われた事を伝える。
身体強化で聞こえるので思念魔法を使い、頰に触れたのは、イーヴァルの驚いた顔を誤魔化そうと思ったからだ。
「そんな事があったのか。ペンダントを見てアイツらの表情が変わったのかユーリア」
深妙な顔をしたユーリアは深くため息をつく。
「アイツらは私の魔力に気づいた訳じゃなかったの。でも変な目で見てきて、ペンダントに手をかけたのは偶然。
あっさり手を引いたのは組織の諜報部の人間でイーヴァル先輩の実力を知っていたから。
私がイーヴァル先輩の手から離れた時点で再度接触を取るつもりだと思う」
はぁとルーカスは溜息をつきユーリアを見つめる。
「それで組織というのは何の組織だ」
「イーヴァル先輩は耳塞いで。関わっちゃダメ!」
「いいや、ユーリアもうすでに関わってしまったんだ。僕は名前やどういう組織なのか、自分を守る為じゃなくユーリアを守る手助けをさせて欲しい」
ユーリアの手を握りながら、真剣な目で訴える。ルーカスが首を縦に振るのを見て、ユーリアは根負けした口を開いた。
「体格のいい方には腕に、チンピラの方には胸に少し見えたんだけど、タトゥーで紋章が彫り込まれていたから間違いないわ。組織の名は闇組織バルナバージュリ。世界中で暗躍してる。
この学園の教師なら聞いた事があるでしょう?
魔力持ちの子供をさらって人身売買をしたり、魔獣の領域を乱して乱獲したり、その他にも窃盗や殺人なんかもしてるわ。私の召喚魔石も狙われているんでしょうね」
ルーカスは頭を振る。闇組織の中でも勢力図が最も大きい組織なのだ。
「私の方はテディさえ戻ればなんとでもできる。あれに命じれば情報収集をした上で、痕跡を残さずに綺麗に消してくれるでしょう。
ただ、組織が何故この都市にいるのかが気がかりなんです」
「さらっと怖い事言うな……だがあの魔獣なら可能か……今はいないのか?」
ユーリアは透明になっているペンダントを見せ、今はテディがいない事を告げる。
ただこの手の話はテディがいた方がいいのでテディを呼ぶことにした。
「テディを呼びます。すぐ来るでしょう」
召喚魔石を通じてテディに話しかける。
テディの了承を得たので窓を開けて待っているとこちらに急いで来たようだ。
ホルストさんのお店の服を着たままの人型の状態だ。イーヴァルは唖然としている。
「召喚獣っていうから獣なのかと思ったら、人の形をしているのか……」
「おや、この姿で皆さんとお会いするのは初めてですね、ユーリア様の僕、テディと申します」
テディは胸の前に手を置き片膝をつく。
「お急ぎという事でしたが、何か緊急事態ですか?ルーカス様だけでなくイーヴァル様もいらっしゃるようですが」
事の顛末をテディに説明する。
「ユーリア様やこのペンダントに触れるとは……。汚い輩が触れていいモノではないでしょうに……。情報を少し集めてすぐにでも処理いたします」
テディの目がギラギラとしている。相当怒っているようだ。ルーカスもイーヴァルも彼が発する冷気にビクッと体を強張らせる。
「とりあえず、何故この都市にいるのかも探ってもらいたいわ」
「御意に」
「ルーカス先生。事によっては彼等はこの都市でも暗躍する可能性があります。
こちらで分かった事はお伝えしますが、先生方の方でも情報をお集め下さい」
ルーカスはユーリアとテディを見ると、イーヴァルの方に視線を向ける。
「イーヴァル生徒会の方でも話を上げておけ、おそらく情報集めはそちらの諜報員も使う事になるだろう」
「はい、わかりました。生徒会長に闇組織の人間がこの都市に入り込んでいる件伝えてみます」
「え、イーヴァル先輩って生徒会役員だったんですか?」
クスッとイーヴァルは笑う。先程まで張り詰めていた空気がユーリアの質問で和んだのだ。
「一応名ばかりの書記だよ。ちなみにシェルトは会計。僕たちはセットじゃなきゃ成り立たないからね。ルーカス先生に推薦されてやってるんだ」
「シェルト先輩は、分かるけどイーヴァル先輩まで生徒会って生徒会大丈夫なんですか? ルーカス先生!」
ん。とルーカスは言うと「問題ない。やる時はやれる男だ」と言った。実力があるのはわかるがのらりくらりとしているイメージなので面倒ごとを引き受けるとは思えない。
「僕だって、やらなきゃいけない時はやるさ。ユーリアちゃんそんなに驚く事ないじゃない」
クスクスとユーリアとルーカスは笑った。
テディは話がひと段落したところで話し出す。
「私は今夜所用ができましたのでユーリア様のおそばを離れなくてはなりません。ユーリア様はお一人でも十分お強いのですが、その……どこか抜けているところがございますので心配なのです。
ですので、お力のあるお二人の両方でもどちらかで結構ですので、今晩ユーリア様のお側にいてくださいますか?」
テディは2人を見つめた。すると、イーヴァルがルーカスを推薦した。
「そういうの得意なのは先生でしょ。かわいい生徒を一日くらい面倒見てあげて」
それからコソッとルーカスに耳打ちする。
ルーカスはイーヴァルを人睨みすると「ああ、これじゃしょうがないか」と呟いた。
「私が責任を持って守ろう」
「ありがとうございます」
テディもルーカス先生に何か耳打ちすると「絶対ですよ」と言ってこの場を去る。
買い物した荷物は持って帰ってくれるようだ。
今晩は先生のお家にお邪魔する事となった。




