国連への道
第十六章
特務チームによる緊急会議はその後、コンゴ川ベルトコンベア化プロジェクトの検討結果の詳細を、ブランディ国務長官直属の実務検証チームへと送ることを決定した。
さらに、その送付資料には、このプロジェクトが「特許一元管理化を推進する上で、各国の参加を強制させるための最強の外交交渉材料になり得る」というコメントが添付されることとなった。会議は熱気と確信に満ちたまま、閉会した。
翌朝。
政府の極秘セーフハウスを改修した豪奢なオフィスで、結人とサラは昨日の会議の検証――という名の、他愛もない雑談――に花を咲かせていた。
そこへ、国務省本庁舎にいるブランディ長官からサラの端末に直接連絡が入った。
『今日の夕方、そちらのオフィスを訪問する。結人と共に、絶対に外出せずに待機しておくように』
そして、夕方。
オフィスの重厚な扉が開き、ブランディ国務長官が姿を現した。まるでひどく苦い虫を噛み潰したかのような渋面を作っている長官とは対照的に、その背後から一緒に現れた人物を見て、結人は思わず目を丸くした。
「結人、聞いたぞ!」
合衆国大統領その人だった。
大統領は最高にノリノリの、満面の笑みを浮かべて結人に話しかけてきた。
「コンゴ川のベルトコンベア、どうやら本当に動きそうだな! 資金の方もなんとかなりそうだし、なあ、国務長官?」
「はい」
大統領の機嫌の良さにため息をつきつつ、国務長官は結人とサラの前に進み出た。
「アフリカ開発支援プロジェクトをてこに、まずは常任理事国と個別交渉を行います。時期は、1ヶ月後のサミットに合わせます。そこで4カ国の首脳と立て続けに交渉できるよう、サミット対応チームに指示を出しています。……交渉順は、まず西側同盟国の英仏を仲間にしてから、中・露の交渉が困難な2カ国に当たるつもりです」
あまり興味なさそうに聞いていた結人だったが、その交渉順について納得できないのか、首をかしげながら口を開いた。
「あの、外交に素人が口を出して申し訳ありませんが、少し教えてほしいんです」
「なんだね、結人?」
「先ほど言われた交渉順ですが……まず交渉すべきは、ロシアではないでしょうか?」
「ロシアだと?」
国務長官が訝しげに眉をひそめた。
「はい。長引いてしまったウクライナ戦争の影響で経済は疲弊し、西側諸国からの経済制裁も解除されていません。この上、資源の豊富な中央アフリカの開発から締め出されたら、ロシア経済は詰みです。必ずプロジェクトへの参加と、特許管理スキームに乗ってきます。次に英仏ですが、こちらは同盟国でもあり、何より旧宗主国として中央アフリカに利権を持っています。自分ら抜きで開発が進むのは容認できません。それにロシアが参加を決めた後なら、地下資源の宝庫同士がすでに同じ経済圏に組み込まれたと同然です。必ず参加するでしょう。最後に中国ですが、英米露仏の4カ国が同意済みであることを伝えて、どうするか決めさせるべきでしょう。イニシアチブを取らせることは絶対に避けるべきです」
静寂が落ちた。
国務省のエリートたちが知恵を絞って組み立てた外交プランを、安全保障の素人であるこの青年が、ただの論理パズルを解くような手つきでひっくり返してしまったのだ。しかも、その恐ろしいほど冷徹なゲーム理論は、完璧な理にかなっている。
「……やれやれ」
沈黙を破ったのは、深い深い溜息をついた国務長官だった。
「結人に外交官の資質まで有るとは思わなかったな。対策チームに君の進言を検討させて、交渉を進めさせるよ」
「あ……出過ぎた真似をして、申し訳ありません」
結人は少し慌てて頭を下げた。
「ただ、交渉の中で、アフリカ開発支援プロジェクトの予算・決算については『1ドル残らず公開する』という旨は条件に入れていただきたいんです」
大統領が「ほう……」と身を乗り出し、鋭い眼光を向けた。
「それは、アメリカも含めてか?」
「はい」
結人は怯むことなく、まっすぐに大統領を見つめ返した。
「難易度が上がる事は承知していますが、この機会に汚職や腐敗の原因は断ち切っておきたいんです」
莫大な資金が動く以上、大国の中抜きや癒着を許せばプロジェクトは内側から腐る。結人の強い意志に、大統領は静かに目を閉じ、そして深く頷いた。
「……分かった。考慮しよう。ただし、約束は出来んぞ」
国家のトップとしての責任と重圧を滲ませた低い声で念を押した後、大統領はふっと表情を和らげ、話題を変えた。
「ところで、結人。君の希望通り、コンゴ川に原発5基を設置するとなると、やはり15年から20年は必要と実務検証チームが言っている。その間はコンゴ川の導水橋建設やベルトコンベアの支柱作り、その他道路、学校や病院建設など通常のインフラ整備を進めるつもりだが、何か意見はあるかね?」
「意見、と言われましても……」
結人は困ったように頬を掻いた。建設の専門的な工期について、素人の自分がこれ以上口を挟むことはない。
「そうか」
大統領は豪快に笑い、結人の肩をバンと叩いた。
「なら、そろそろ君は『次のこと』を考えてみるのもいいかもしれんぞ? すでに君は、この国と世界にとって巨大すぎる功績を挙げている。今後何もしなくても、一生最高のVIP待遇を約束する。……だが、それでは君もつまらんだろう?」
「大統領」
すかさず国務長官が横から口を挟んだ。
「結人には、これからも我々の相談に乗ってもらわねばなりません。彼を暇にさせるわけにはいきませんよ」
「ははは、そうか。そうだな」大統領は楽しそうに頷いた。「この前代未聞のアフリカ開発支援プロジェクトには、発案者として最後まで責任をもって付き合ってもらわんとな」
「当然です。我々のやろうとしている国家間の外交交渉ですら、彼が目指す『本当の到達点』のための基礎工事に過ぎないんですからね」
長官は冗談めかして言うと、スーツの襟を正し、結人とサラに向き直った。
「さて、サミットまでのこの1ヶ月間は、特務チーム、実務検証チームともに、各国の首脳を籠絡するための『交渉用プレゼン資料作り』で不眠不休になる。そのサポートを君たちに頼みたい。……特に結人。君には今後、各分野の専門家から質問や確認の連絡が殺到することになりそうだからな。覚悟しておいてくれよ」
また忙しくなりそうだ、と結人が心の中で小さくため息をつく横で、サラが「任せてください」と頼もしく微笑んでいた。
国務長官はそこで言葉を区切り、大統領、そして結人を見据えて力強い声で締めくくった。
「4ヶ国の交渉がまとまった時は、サミットの共同記者会見で合意内容を発表する。その時は、横並びになった常任理事国5カ国の首脳の前に、私が立たせて頂くつもりだ。これは新たな世界平和の到来を強く印象づけるメッセージになるはずだ」
大統領は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに長官の意図を察して愉快そうに笑った。
「ほう、合衆国大統領たる私を差し置いて、君が主役を張るというのか?」
「ええ。超大国のエゴではなく、新たな国際協調の枠組みが世界を主導するという象徴です。大統領たち5カ国の首脳には、背後に並び立って世界を支える姿を見せてもらいますよ」
「ははは! それは確かに、最高の絵になりそうだ」
大統領は豪快に笑い、国務長官の野心と未来の世界の姿を思い描くように深く頷いた。
第十七章
それからの1ヶ月というもの、結人とサラは国務長官の予告通り、特務チームの各メンバーや実務検証チームからの質問・相談対応に忙殺されることとなった。
結人専用のセーフハウス・オフィスにこもりきりで、16分割のマルチモニターには常にどこかのチームからの検討資料が映し出され、山のように届くメールと、ひっきりなしに鳴り響く電話の対応に追われる日々。
しかし、結人にとってその目まぐるしい日々は、決して苦痛ではなかった。
むしろ、これまでの人生で最も充実した、密かに「楽しい」とさえ思える時間になっていた。
その最大の理由は、常に隣でサポートしてくれるサラの存在だった。
二人は昼夜を問わず、メインオフィスのデスクやホワイトボードの前で議論を交わし、夕食後にはどちらかの私室へと場所を移して、コーヒーを片手に時間を忘れてブレインストーミングを重ねた。
結人の頭の中に次々と浮かび上がる、常識外れでバラバラな「パズルのピース」。結人がそれを拙い言葉や不格好な図で提示すると、サラは驚異的な頭の回転と語彙力を駆使して、即座にそれを「論理的で洗練された政治・外交戦略」へと翻訳し、組み上げていくのだ。
「結人、その特許管理のフェーズ分けの案だけど、途上国へのライセンス優遇措置をもう一段階挟めば、中国への強烈な牽制材料に使えるわ」
「なるほど。じゃあ、教育プラットフォームの導入支援をセットにしてはどうかな? それなら大義名分も補強できるし、予算の透明化にも繋がる」
「そうね。さっそくビルに共有しておくわ」
これまで結人は、頭の中で浮かんだ『答え』を理解してくれる者に出会ったことがなかった。誰かに話しても「大げさだ」と呆れられるか、理解されずに気味悪がられるのが常だった。
けれど今は違う。自分の思考の速度に完全に追いつき、それどころか別の角度から新たなピースをはめ込んで、より高次元の戦略へと昇華させてくれるサラとの対話は、結人にとって信じられないほど心地よく、胸が躍る体験だった。
だが、そんな充実した日々に、結人にとって一番の「想定外」の事態が入り込んでくる。それは実務対応の忙しさではなく――
「結人。元気か?」
「……大統領。お疲れ様です」
合衆国大統領が、まるで近所へ散歩にでも行くような気軽さで、毎日のようにオフィスへ訪問してくることだった。
警護のシークレットサービスを引き連れてはいるものの、一国のトップがただの元出向官僚の「自宅兼オフィス」に日参するなど、世界中を見回しても他に例がないだろう。
大統領は上着を脱ぎながら、呆れたように笑った。
「今日は日本の首相と会談してきたぞ。しかし、ウチが極秘にして情報を伏せているとはいえ、日本政府は本当にお前の存在と価値をまったく把握しとらんのだな。向こうの官僚機構の節穴っぷりには、呆れたもんだ」
「はあ……」
「大統領、いい加減にしてください」
大統領の背後から、苦虫を噛み潰したような顔のブランディ国務長官が姿を現した。
「毎日毎日、こんなところに油を売りに来て……結人も迷惑していますよ」
「そんなことないよな? ちゃんと差し入れも持ってきたぞ」
大統領は国務長官の小言を軽やかに受け流し、紙袋をテーブルに置いた。
「ほら、日本の首相から手土産を頂いたから、持ってきたぞ。なんでも銀座の『あけぼの』とかいう和菓子の名店の物らしい。『カキノタネ』とか言っていたが……日本人は、柿の種を好んで食べるのか? 随分と珍しいものを食べるもんだな」
大統領が不思議そうに取り出した美しい包装の小箱を見て、サラがすかさず訂正に入った。
「大統領、それは果物の柿の種そのものではなく、形が似ているからそう呼ばれているだけです。米粉を味付けして焼いた、あられや小粒のお煎餅に分類されるお菓子ですよ。……ああ、日本茶もセットになっていますね。私が淹れてまいりますので、少しお待ちください」
サラは手際よく箱を受け取ると、オフィスの奥にあるキッチン・スペースへと向かった。
結人が何気なくその後ろ姿を見送っていると、大統領がニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて覗き込んできた。
「どうだ? サラは」
「……どう、とは?」
「一緒に暮らしてみて、どうだということだよ」
結人は少し考えてから、極めて真面目なトーンで答えた。
「素晴らしい女性ですね。政府の仕事をしているだけあって幅広い知識をお持ちですし、いざという時の度胸もある。なにより、頭の回転が素晴らしく早い。僕のまとまらない思いつきを、一瞬で論理的な戦略に翻訳してくれます」
結人はキッチンの方へ視線を戻し、深い敬意を込めて言葉を続けた。
「それに、大統領や長官が相手でも、僕のような平の官僚が相手でも、自然と誰に対しても分け隔てなく、公平なスタンスで接することができます。あれは、なかなか出来ることではありません。本当に尊敬に値する人です」
大統領は「ほう……」と感心したように頷きつつ、さらに意地悪く身を乗り出した。
「彼女の『容姿』は評価に値せんか? 誰もが認める美人だと思うが」
「あ、もちろん……非常に美しい女性であることは、十分に承知していますよ」
結人が少しだけたじろぎながら答えた、その時だった。
「結人。大統領とコソコソ何話してるの?」
お茶の準備を終えたサラが、ジト目で二人を睨みつけながら戻ってきた。
「いや? サラが淹れてくれる日本茶はさぞ美味しいだろうと話していたところだ」
大統領は平然と嘘をつき、結人に向かって片目をつぶって見せた。
「……確かに、合衆国大統領に対してこれほど『自然体』で接する女性は、世界中探しても彼女くらいのものだな。お前の人物評は正確だよ」
からかわれたことに気づき、サラが抗議の声を上げようとしたのを遮るように、大統領はスッと真剣な顔つきに切り替わった。
「そうそう。今週末には、サミットの合間を縫って行う常任理事国との極秘交渉……そのプレゼン資料がいよいよまとまるそうだ」
「はい」
国務長官が頷き、結人たちを見た。
「週明けには特務チーム全員に国務省の会議室に集まってもらい、最終確認をお願いしたい。私もまだ全てを見たわけではないが……ビルたちが中心となってまとめた、素晴らしい資料になっているぞ」
「サミットが楽しみだ」
大統領は出されたお茶をすすり、満足げに微笑んだ。
「国務長官、常任理事国との交渉が成功した場合、直後に発表する『共同記者会見』の資料の準備は進んでいるのか?」
「準備と申しましても、交渉に使うプレゼン資料のトーンをメディア向けにアレンジするだけですからね。すぐに用意できますよ」
長官はそこで言葉を切り、結人の方をまっすぐに見つめた。
「……結人。予算と決算は『1ドル残らず公開』だろ?」
結人の目が少しだけ見開かれた。
外交において、各国の「裁量」や「不透明な経費」を一切認めない完全な情報公開は、参加国からの猛反発を招く諸刃の剣だ。だが長官は、結人が強く推した「汚職や腐敗防止のための絶対条件」を、一切妥協せずに交渉のメインストリームに盛り込むことを明言してみせたのだ。
「……ありがとうございます、長官」
結人は深く頭を下げた。
第十八章
週明け。国務省の厳重なセキュリティに守られた極秘会議室。
数週間ぶりに、特務チームのメンバー12人全員がひとつのテーブルに顔を揃えた。
結人が指定された席に座ると、当然のように右隣には護衛兼サポート役のサラが座る。
そして結人の左隣には、なぜかちゃっかりと自分のネームプレートを移動させてきたマルクス・シュタイン博士が陣取っていた。この1ヶ月、コンゴ川の技術的仕様について結人と昼夜を問わず熱論を交わし続けた結果、マルクスは完全に結人を「自分と同種の人間」として認識し、すっかりお気に入りの相棒扱いしているのだ。
「みんな、忙しい中集まってくれてありがとう」
上座に立つブランディ国務長官が、静かな、しかし熱を帯びた声で開会を宣言した。
「知っての通り、来週開催されるサミットの合間を縫って、英・仏・露・中の常任理事国4カ国との歴史的な秘密交渉が行われる。今日はその交渉に用いるプレゼン資料の最終版をみんなに確認してもらい、少しでも気になる点や意見があったら遠慮なく言ってほしい。我々の提示する条件は、針の穴ほどの隙も許されない完全なものでなければならない」
長官が視線を送ると、チームのまとめ役であるビル・ミラーが、洗練された所作で立ち上がった。
「それでは、私から当日の交渉内容を説明させてもらおう」
ビルはスクリーンを見上げ、静かに、しかし力強い声でプレゼンの核心だけをテンポよくまとめ上げていく。
「長きにわたり、国連は大国の拠出金という『首輪』に縛られ、本来の機能を発揮できずにいた。この首輪を外し、真の国際協調のプラットフォームとして自立させるための完全なシナリオ。それが今回のプレゼン資料の骨子だ」
ビルは次々とスライドを切り替えながら、特務チーム全員の頭に、これから首脳たちへ叩きつける「完璧な罠」の全貌をフラッシュバックさせていく。
「一つ。資金源の完全独立――『特許の国連一元管理』だ」
ビルは力強く告げた。
「国連が世界の特許を一元管理し、一律2パーセントのライセンス料を徴収する。これにより、国連は年間800億ドル(約12兆円)という桁違いの独自財源を手にする。同時に、世界中の企業は国境を越えた特許訴訟のリスクから解放され、地球規模でのイノベーションが爆発的に加速する」
「二つ。圧倒的な大義名分と巨大な利権パッケージだ」
ビルは力強く告げた。
「特許一元化で得た莫大な収益。我々はそこから国連の維持費を除いた『1ドル残らず全て』を、アフリカへ投じる。その先駆けとして、コンゴ川中流域で先行稼働する『水上巨大病院』が、10日に1回のペースで流域の村々に確実な医療を届ける。この希望の船と、後に続く超巨大ベルトコンベア事業をパッケージとして、先進国のゼネコンと現地企業のJVに発注する」
「そして三つ。逃げ道を塞ぐ政治的トラップ――『全人類監査と運命共同体』だ」
ビルは鋭い視線を室内へ巡らせた。
「受注する巨大企業には『国連債』を強制引受させ、絶対に失敗できない運命共同体へと縛り付ける。特許一元化を拒んだ国は、この世紀の大事業と巨大市場に参入する権利を失う。さらに、予算の不足分を『グローバル・クラウドファンディング』で補い、収支を1ドル残らず透明化することで、世界中の市民をこのプロジェクトの『出資者兼監査役』へと巻き込む。反対する国家は、自国の巨大産業界と全世界の市民から『人類の敵』として断罪されるだろう」
「……以上が、我々が組み上げた『詰み(チェックメイト)』の盤面だ」
ビルがそう宣言した直後、部屋の照明がゆっくりと落とされ、巨大なスクリーンに映像が映し出された。
最初は、宇宙から見下ろした夜の地球。
他の大陸がまばゆい都市の光に包まれている中、アフリカ大陸だけが深い闇に沈んでいる。
そこへ、内陸のコンゴ川中流域――キンシャサからキサンガニの間をピストン運行する、小さな、しかし力強い二つの光の粒が現れた。流域の命を救う『水上巨大病院』の輝きだ。
続いて、その光の航路を上書きするように、コンゴ川の河口から大陸の中央へ向かって一筋の極太の光の帯が力強く突き進む。「コンゴ川ベルトコンベア」本線の開通だ。
光が中央に達した瞬間、ビルが言葉を継いだ。
「ロードマップの第一段階目標。我々は大陸の中央・キサンガニに、知識の象徴として『国連大学』の巨大なメインキャンパスを設置する。ここが、すべての開発の起点となる」
キサンガニに強烈な光が灯ったのを合図に、そこを起点として放射状に光のハイウェイが幾筋も伸びていく。さらに、50キロごとにそれらを結ぶ環状線のハイウェイが描かれ、巨大な蜘蛛の巣のような光のネットワークが形成されていく。
巨大病院船、大動脈たるベルトコンベア、放射状ハイウェイ、そして環状ハイウェイ。
それぞれの交点に光が灯り、そこから都市開発の光がじわじわと周囲へ広がっていく。
やがて無数の光は繋がり、混ざり合い、真っ暗だったアフリカ大陸全土が、まばゆい黄金の光で照らし出される――。
圧倒的な未来図を示すアニメーションが終わると、会議室に静かな、しかし確かな感嘆のどよめきが広がった。
ビルはクリッカーを下ろし、会議室のメンバーをゆっくりと見渡した。
「来週のサミットで、我々はこの圧倒的な『恩恵』と『恐怖』を、常任理事国4カ国の首脳の喉元に突きつける。一言一句、一秒のタイミングすら間違えることは許されない。各分野の専門家たる諸君には、このシナリオラインに沿った各国の想定問答と、経済・法的反論データの最終チェックをお願いしたい」
ビルの簡潔にして完璧なサマリーに、特務チームの面々は圧倒されたように沈黙し、やがて全員が深く、力強く頷いた。
「素晴らしい出来だ。これで反対する奴がいれば、そいつは人類の敵に他ならない」
満足げに頷いた大統領が、ゆっくりと立ち上がって全員を見渡した。
「さて。このサミットで、我々は一つの決定的なカードを切る。この歴史的プロジェクトを牽引するため、現国務長官ヘンリー・ブランディを『国連事務総長』兼『アフリカ開発支援プロジェクト・リーダー』として推薦する」
大統領の言葉に、結人は小さく息を呑んだ。
現役の超大国の国務長官が、国連のトップに立つ。それがどれほど強引で、どれほど強烈な政治的メッセージを持つか、今の結人には十分に理解できた。
「常任理事国には、事前の根回しと……先ほどの『特許一元化に伴う経済的圧力』を使って、何が何でも承認させる。長官、頼んだぞ」
「承知しております」
ブランディ長官は、深く、そして重々しく一礼した。
その顔には、これまでアメリカの国益のために戦い抜いてきた老練な外交官の顔ではなく、これから全世界をまとめ上げようとする、新たな世界のリーダーとしての凄みが刻まれていた。
張り詰めた緊張感が会議室を包む中、ブランディ長官はふと元の顔に戻り、思い出したように声をかけた。
「……そうだ。結人、サラ」
突然名指しされた二人が、緊張とともに国務長官を振り返る。
長官は深々と溜め息をつき、呆れたような視線を二人に向けた。
「警備担当から、クレームだ。君たちの私室は完全にプライバシーを確保しているが、出入り口はカメラにより24時間監視している。……深夜に頻繁に互いの部屋を出入りしているとのことだが、今後は慎んでもらえるか?」
会議室にいた特務チームの大人たちの視線が、一斉に結人とサラに突き刺さる。
当の二人は「ただのブレインストーミング」のつもりだったのだが、外から見れば完全に別の意味にしか受け取られない行動だったことに気づき、同時に顔を真っ赤にして固まるのだった。




