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地球(ほし)をむすぶもの  作者: 星導 崇


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ホワイトハウスの晩餐と赤道直下の夢

 第九章

 前回のチーム会議から1週間後。

 国務省の実務検証チームから、提示された「アフリカ再開発シナリオ」に対するフィードバックが届いた。

「こちらのシナリオに対する実務検証チームからの評価は『実現性・大』だ」

 ビル・ミラーは資料をめくりながら、落ち着いた声で成果を提示した。

「抵抗勢力に対して極めて強力な抑止効果を発揮する。また、国連が持つ既存の支援フォーマットの延長線上にある内容のため、技術的・制度的な障壁も高くないとの判断だ。……ただし、多大な時間を要するとのコメントが付いている」

 ビルはモニターにアフリカ大陸の地図を映し出した。

「アフリカ沿岸諸国の多くは、民主化プロセスの遅れにより政情が極めて不安定だ。そのため開発ルートの選定と現地政府との調整に長い時間を要する。また、対象国は総じて貧しく良質な労働力の確保が困難であり、物流に限らずインフラ整備が大きく遅れているため、開発そのもののスピードは遅くならざるを得ない。……さて、この評価に対する意見や異論はあるかな?」

 ビルはひとしきり室内を見回し、誰も発言しないことを確認して言葉を続けようとした。

「ないようだな。では、開発のスタートとなる具体的な候補地選びから始めようか」

 そう言いかけた時だった。結人が静かに右手を挙げた。

「まずアフリカ中央……具体的にはコンゴとコンゴ民主共和国の国境付近に、開発拠点を設置するというのはいかがでしょうか?」

 室内がしんと静まり返った。

 結人以外の11人のメンバー全員が、等しく困惑の表情を浮かべている。彼はそれに気づかないのか、構う様子もなく言葉を続けた。

「構想としては、国連大学のメインキャンパスをその地に拡大・移転させます。キャンパス建設と同時進行で、まずは周辺の物流インフラ整備を行います」

「……ちょっと待ってくれ、結人」

 ビルが手で制するように割り込んだ。

「インフラ開発にせよ人道支援にせよ、沿岸部から進めるのが鉄則だ。物資の輸送は主に大型船で行われる以上、海に面していない内陸部から手をつけるなどお話にならない。君の提案通り内陸奥地から始めれば、物資の輸送に時間がかかりすぎて、開発拠点の設置すらおぼつかなくなるぞ」

「ですが」と結人は譲らない。

「実務検証チームのレポートにもあった通り、沿岸部は利権と政情が複雑で、ルート選定と調整に多大な時間を要します。中央部からの開発であれば用地選定は決め打ちで交渉が可能ですし、あのあたりは未開のジャングルです。用地買収の費用も最小限に抑えることができます」

「……なるほど。結人のいう通り、内陸部からスタートする案にも一定のメリットは存在するようだ」

 ビルは眉間にしわを寄せ、腕を組んだ。

「だが、やはり私としては積極的に賛成する気にはなれないな。物流面の問題もさることながら、そもそも我々文明人にとってあの地は未知の領域だ。不確定要素の大きさが跳ね上がってしまう。結人、我々の行動は世界中から注視されることになる。いかに崇高な人道支援の看板を掲げようと、これほどリスクの高い内陸奥地に多額の資金をつぎ込めば、抵抗勢力に『資金の無駄遣い』という格好の攻撃の口実を与えるだけだ」

「しかし……!」

「まあまあ」

 白熱し始めた議論をなだめるように、ブランディ国務長官が穏やかに手を挙げた。

「議論が白熱するのは大歓迎だが、今日はまだ実務チームからレポートが上がってきた段階だ。各自がレポートを精査し、考えをまとめてから再度意見交換を行ったらどうだろう?」

「ありがとうございます。私ももう一度、結人の提案を含めて検証したいと思います」

 ビルは彼に一礼すると、全体に向き直った。

「それでは、1週間後に改めて検討会議を開きたいと思うが、異論のある者はいるかね? ……いないようなので、今日の会議はこれで解散としよう」


 メンバーたちが席を立ち始めたその時、ずっと難しそうな顔で考え込んでいたサラが手を挙げた。

「申し訳ありません。この後、チーム運営に関するセキュリティリスクについてご相談したいことがあります。国務長官、少しお時間をいただけますか?」

「サラ、それは緊急性が高い案件かな?」と国務長官。「私はこの後、レポートと本日の会議について、ビルと一緒に大統領へ報告を行わねばならないのだが」

「はい。非常に緊急性が高いです」サラは迷いのない目で答えた。「もしよろしければ、大統領にもご意見をいただきたく思いますので、私も同行させていただけるとありがたいのですが」

「それは構わないが……結人、君はどうする?」

 国務長官が振り向くと、サラが先回りして告げた。

「今回の案件については、結人抜きの方が話しやすい内容になります。もちろん大統領が結人も共有すべきと判断された場合は、結人を交えて改めて相談の場を設けたいと考えます。構わないかしら、結人?」

「了解、サラ。お留守番しておくよ」

 結人は特に気にした様子もなく、素直に頷いた。


 ホワイトハウス、大統領執務室。

 国務長官が大統領へ実務検証チームのレポートと、本日の会議の経緯について詳細な報告を行った。大統領はどこか腑(ふ)に落ちない表情で報告を聞いていたが、内容そのものには言及せず、同席しているサラに視線を向けた。

「私の意見を述べる前に、サラの話を聞こう。特務チームのセキュリティリスクについてとのことだが、何か問題でもあったかね?」

「大統領、申し訳ありません」サラは一礼した。「セキュリティリスクというのは口実に過ぎません」

「結人のスタンスか」

 大統領の即答に、サラは目を丸くした。

「大統領も、お気づきでしたか?」

「やはりな」国務長官が苦笑しながら溜息をついた。「どうせそんなところだろうと思っていたよ」

「私も彼の態度は不自然に感じました」とビルも頷く。「皆さんより彼と過ごした時間は長くありませんが、彼が極めて合理的で費用対効果を重んじる思考の持ち主であることは明白です。それなのに、今日の彼の言動は明らかに合理性を欠いていた」

 大統領は椅子に深く腰掛け、サラを見つめた。

「サラ、何か心当たりはないか?」

「私にも理解不能です」サラは首を振った。「今まで見てきた彼とはとても思えません。周囲の意見の隙や見落としを指摘することはあっても、今日のように力押しのようなスタンスで己の主張を通そうとするのは、彼の性格とも明らかに矛盾します。何が原因なのか、私にもまったく予想がつきません」

「そうか。君に分からないなら誰にも分からんな」

 大統領はフッと口元を緩めた。

「それなら、本人に直接聞くしかない。……どうだろう、このメンバーで夕食会を開かないか? 場所はホワイトハウスの食堂。口実は『ビルとの仲直りのため』ってことにしよう。それなら結人も逃げられまい」

 大統領はまるで悪戯(いたずら)をたくらむ少年のような笑顔を浮かべた。


 翌日。

 サラに連れられてホワイトハウスのプライベートダイニングへと赴いた結人は、豪華な料理を前にのんびりと考えていた。

(仲直りって言われても、普通に意見交換しただけなんだけどなあ。確かにちょっと表現は強すぎたかもしれないけど……)

 そんな呑気な思考を巡らせながら、提供された最高級の肉料理に舌鼓を打っていた、その時だった。

「ところで結人」

 大統領がワイングラスを置き、まっすぐ彼を見据えた。

「我々に何を隠している?」

「ぐふっ……! げほっ! ケホッ……!」

 世界で最も権力を持つ男からの唐突すぎる追及に、結人は肉を喉に詰まらせて派手にむせ返った。

「結人、大丈夫!?」

 サラが慌てて水の入ったグラスを手渡す。結人が必死で水を飲み干すのを見届けると、サラはニッコリと……しかし逃げ場を塞ぐような笑みを向けた。

「喉は治った? 話せる? ……なら、白状しなさい」

 結人は救いを求めるように、隣の国務長官へ視線を投げた。

 しかし、ブランディ長官は困ったように肩をすくめた。

「昨日の会議での君は、今まで見てきた君とは明らかに違っていた。君が私達に話していない何らかの思いを持っていると考えざるを得ない。どういう事情かは分からんが、私たちにも悩みを共有させてもらえないかね?」

 藁(わら)にもすがる思いで、今度は向かいのビルの方を振り向く。

「結人」ビルは静かに、だが重厚な口調で言った。「私は彼らほど君との時間を共有していない。だが、私も彼らと同じ違和感を抱いた。合理性を重んじる君とはかけ離れた、あまりにも頑なな態度だった。何が君をそうさせたのか、教えてほしい。これはこれからのチームの未来にも関わることだ」

 完全な四面楚歌(しめんそか)であることを悟り、結人は深くうつむいたまま沈黙した。

 そして、とどめを刺したのはサラだった。

「結人。格好悪い態度はやめて、私たちに話して。……必ず、あなたの力になるから」


 サラの優しく、けれど芯のある声に、結人はうつむいたまま、喉の奥から絞り出すように声を漏らした。

「……中央アフリカじゃなきゃ……赤道直下じゃなきゃ、作れないんです……」

「作れないって……何が作れないの?」サラが優しく問いかける。

 結人は耳の先端まで真っ赤に染め上げ、覚悟を決めたように、ついにその言葉を口に出した。

「何って……軌道エレベーターです!!」

「「「「……!?」」」」

「地球と宇宙を結ぶ、夢の架け橋です! 子供の頃に読んだコミックや、中学生の時に小説で読んだ……『星を継ぐもの』の世界に至る道標ですよ! 月面基地を作るためには、今のやり方じゃダメなんです! ロケットでチマチマ物資を運んでたら、いつまで経っても完成しない! だからどうしても軌道エレベーターが必要なんです!」

 結人は顔を真っ赤にしたまま、まくし立てた。

「軌道エレベーターを作るためには、強固な地盤と、何より赤道直下に位置していることが物理的に必要不可欠なんです! インフラがない? 治安が悪い? そんなのはお金をつぎ込めば、軍隊を派遣すれば何とでもなります! でも、物理法則だけは、いくらお金を積んだって変えられないんですよ!! だから……だから中央アフリカじゃなきゃダメなんです!!」

 彼の熱すぎる独白が終わり、ダイニングに静寂が訪れた。

 4人は言葉を失い、顔を赤くして縮こまっている彼をただただ注視していた。



 その重厚な静寂を破ったのは――やはりと言うべきか、合衆国大統領その人だった。

 恥ずかしさのあまり小さく丸くなっている彼をじっと見つめた後、大統領は突然お腹を抱え、腹から声を響かせて大爆笑し始めた。

「ハハッ!! 物理法則は後から変えられない! 完璧な理屈じゃないか!!」

 大統領は涙を浮かべながら、テーブルを叩いた。

「政治家どもは『現在の利権』しか見ないが、君は『100年後の人類の建設現場』を見ていたわけだ!」

「……やれやれ」

 国務長官は深々と溜息をつきつつも、その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

「中央アフリカを『国連直轄の特別知的区(国連大学都市)』として、事実上の独立国と同然の扱いにする交渉か。外交官人生で考えたこともないし、間違いなく一番骨が折れる仕事になるが……悪くないロマンだ」

 ビルも感心したように深く頷き、手帳にメモを走り書きし始めている。

 そしてサラは――両手で顔を覆って真っ赤になりながら縮こまっている彼を、溢れんばかりの愛おしさと愛着を込めた眼差しで、ただじっと見つめていた。


 第十章

「とはいえ……これはなかなか難題だな」

 大統領の爆笑が落ち着いた後、ブランディ国務長官が顎に手を当てて話をつないだ。

「特許使用料をつぎ込む国連の大規模人道支援プロジェクトが、実は『個人のロマンに基づく軌道エレベーターのための基礎造り』だったとはね。もし外部に漏れたら、国連改革もろとも吹き飛んでしまうぞ。情報漏洩への対策はもちろんだが、中央アフリカから開発を始める、誰もが納得する理由付けが不可欠だ。敵対勢力はもちろん、メディアからもぐうの音が出ないほどの完璧なロジックがな」

 話の規模が大きくなりすぎたことに、結人は身を縮めておずおずと口を開いた。

「あの……すみません。僕のワガママでご迷惑をおかけしちゃって。人道支援や科学技術の進歩が、僕の個人的な夢より大事なことは重々承知しています。この考えを押し通すつもりはありませんから……」

「結人、先ほどまでの私の話を聞いていなかったのか?」

 大統領は真顔になり、力強く結人を見つめた。

「我々は、軌道エレベーターを作る『礎』となる。すでにこれは君だけの夢ではない。私たちの夢だ。……異論のある者はいるか?」

 結人以外の3人――国務長官、ビル、サラが、強く深くうなずいて見せた。結人の無謀な夢を、本気で後押しする覚悟の現れだった。

「先ほど敵対勢力とメディアを納得させるシナリオを、と言われたが」とビルが冷静に引き取った。「我々はその前に、特務チームの残り9人の同意を得る必要がある。もちろん、本当の理由は伏せた状態でだ。……おそらく、これが一番難易度の高いミッションになるだろうな」

「あの9人全員を納得させる……」サラは眉をひそめた。「確かにそれが可能ならば、世界を納得させられるわね。けれど……」


 結人以外の4人が、そのハードルの高さと現実的な壁に頭を抱える。

 すると結人は、授業で分からない箇所に出会った生徒が先生に教えを乞うような、まっすぐで素朴な眼差しをビルに向けた。

「あの……初歩的なことをお伺いしたいのですが、そもそも今回のような開発は、なぜ沿岸部から内陸に向かって進めるのがセオリーとされているのでしょうか?」

「なに?」ビルが振り返る。

 結人はノートを開くような真面目さで、自身の疑問を口にした。

「そのやり方だと、開発拠点間の『距離』が最大のネックになりませんか? 沿岸部から始める場合、個々の拠点をそれぞれ個別に拡大させていくしかありません。いくら安定的に資金が供給されるとはいえ、経済的に回収できるほど開発が進むまでには、気の遠くなるような時間が必要です。また政治的にも、長大な海岸線に沿って存在する何十もの国や地域のどこから手をつけるか……汚職や腐敗の温床になるリスクも極めて高いと思うのですが」

 結人はまっすぐにビルを見つめ、自身の計算を提示した。

「対して、中央から始めた場合、まずは中心部に資本を集中投下します。そして開発が進むに従って、同心円状にインフラ開発を広げていくことで、各拠点を有機的につなぎ、最も効率的な形での開発が可能になります。また、沿岸部と違って『中心』は1つです。政治的な口利きや賄賂などが入り込む余地もありません」

「……なるほど。結人のロジックにも一定の合理性はある」

 ビルは感心したように頷いたが、すぐに苦笑いを浮かべて首を振った。

「ただ、やはりそれでは他の専門家たちへの説得力に欠ける。理由は一目瞭然だ。『資材の運搬コストの高さ』だよ。これだけのスケールで開発を行う場合、必要な資材の量は膨大になる。それをアフリカ大陸中央部に運ぶためには、まず沿岸から中央部までのインフラ整備から取り掛かる必要がある。大型船が着岸できる港からアフリカ中央部となると、最短でも1000キロ以上。膨大な時間が必要になるし、そもそも船とトラックや列車では一回に運べる輸送量に天と地ほどの差がある。時間も費用も、コスト面で全く勝負にならんよ」

「では、川を使ったらいかがですか?」結人は即座に尋ねた。「確かアフリカ中央部には、大きな川が流れていたと思いますが」

「いいアイデア……と言いたいところだが、残念ながら現実的ではないな」

 国務長官が静かに補足に入った。

「コンゴ川のことだな。水量も流域面積も世界有数の大河だ。一見するとこの川を使えば大型船による大量輸送が可能に思えるが、文字通り『大きな壁』が立ち塞がっている。……リビングストン滝だよ。数十キロから数百キロに及ぶ激しい急流と、30箇所ほどの滝の連続体だ。沿岸から中央への輸送は、途中で貨物列車に積み替えて中流域のキンシャサまで運ばねばならず、そこから使える船も小型に限られる。物流のパフォーマンスとしては絶望的なんだ」

「……パナマのように、運河を建設したらいかがでしょう?」

「リビングストン滝は高低差が250メートルもある」とビルが言った。「全幅も落差もパナマ運河とは比較にならんよ。しかもコンゴ川の圧倒的な水量が工事そのものを拒む。コンゴ川の水運に頼るのは、物理的にも政治的にもリスクが高すぎるね」

 そこまで言われ、結人は少し上を向き、静かに目を閉じた。

 ダイニングに束の間の静寂が訪れる。

 しばらくして、結人は目を閉じたまま、ボソボソと呟き始めた。

「……キンシャサからは、貨物船を使うとおっしゃいましたね。ということは、中流域にはそれなりの規模の造船所がある……」

「民間の造船所ならあるが、大型船を作れるようなドックは少ないよ」

「……じゃあ、上でも箱は作れるんだな」

 聞こえてきたビルの言葉に、結人は短く呟く。視線は閉じた瞼の裏に向けられたままだ。

「……リビングストン滝は、大きな単一の滝ではなく、300キロに及ぶ滝と急流の連続体……ということは、個々の急流の落差自体はそれほど大きくない……」

 結人は呟きながら、卓上のナイフとフォークを無意識に指先でいじり始めた。

 その様子を見つめながら、サラの脳裏に、以前ニューヨークのカフェで彼と向き合った時の光景が重なった。自分の世界に入り込んで考え込んでしまう、結人のいつもの癖だ。

「……急流箇所の水圧をそのまま受けるのは無理でも、上流の段階で水流を数箇所に分散させる分岐水路を作れば、ひとつひとつの規模を小さく抑えられる。水量を削った区間に薄い円形のコンクリートブロックを沈めて固定して……その上から同じブロックを重ねていく……」

 ビルと国務長官は、手元をいじりながら呟き続ける結人を黙って見つめている。

「……ブロックの周囲を金属板で円筒形に溶接補強すれば、巨大なアンカーになって自重と分散された水流で固定できるし……橋桁自体に水流を分散させる部品をつけてもいい。橋桁ができたら、上流から網目状の鉄板を架けて、その上に鋼鉄製の水路橋ブロックを滑らせて流し込む。……これなら工事全体の難易度も下がりそうだし、工期もそんなにかからないんじゃないかな」

 結人はそこでふっと息を吐き、パチリと目を開けた。

 そして、喉の渇きを覚えたように水のグラスに手を伸ばそうとした瞬間――ピタリと動きを止めた。

 ホワイトハウスのプライベートダイニングでは、大統領も、国務長官も、ビルも、サラまでもが黙り込み、自分を見つめている。

 結人はグラスを浮かせたまま首を傾げ、ぽかんとした顔で周囲を見回した。

「……あの、どうかしましたか? 僕、何かおかしなこと言いましたか?」

 本人はただ、教えてもらった条件から自分なりに考えた手順を呟いただけという風に、不思議そうに首をかしげていた。


「……待て、結人」

 ビルが顎に手を当て、彼の視点から結人の案に対する決定的な問題点を提示した。

「確かにその工法なら、技術的な実現可能性は飛躍的に上がるかもしれん。……だが、予算の問題はどうだろう? 今回の特許プールから国連の人道支援事業に回せる資金は、年間でおよそ10兆円規模を見込んでいる。だが、その大半はアフリカ全域に建設する病院や学校、衛生環境の改善、農業支援、そして広域インフラに消えていく。リビングストン滝の迂回路や水路橋だけに、何兆円もつぎ込む訳にはいかないんだ」

 国務長官も重々しく頷いた。

「ビルと同意見だ。国連の監査も当然入る。いくらインフラ整備の本丸と言える物流ルートの整備事業とはいえ、ひとつの河川工事に予算を偏重(へんちょう)させれば、『特定地域への不当な資金注入だ』と反対派に絶好の攻撃材料を与えることになる。年間10兆円あっても、全体から見れば資金はギリギリ……いや、完全に予算オーバーになると思うぞ」

「あ……そうですよね」

 結人はすまなそうに頭を下げた。

「ごめんなさい、全体の予算配分まで考えていませんでした」

 専門家たちの現実的な指摘に小さく縮こまる結人。だが、数秒ほど首を傾げて考えを巡らせると、またあのまっすぐな、澄んだ目で大人たちを見つめ返した。

「あの……資金が足りないなら、その不足分を『クラウドファンディング』で集めるのはどうでしょうか?」

「……クラウドファンディング?」

 隣でサラが思わず問い返した。

「はい」結人は素朴に頷いた。「今回のプロジェクトは『特許を世界に解放して、地球全体の貧困をなくそう』という理念ですよね。だったら、国連の資金だけに頼る必要はないんじゃないでしょうか。世界中の人たちに直接呼びかけるんです。『アフリカの貧困をなくすための最後の大工事に、あなたの力を貸してください』って」

 大統領たちが息をのむ中、結人はどこまでも素直なトーンで言葉を続けた。

「一人ひとりの寄付はほんの僅かでも、世界中の何億人という人が参加してくれたら、それだけで大きな資金になります。それに……世界中の人が少額でもお金を出して参加してくれたら、みんなが『自分たちでアフリカの未来を作っている』って思えるようになりますよね。そうすれば、政治家の人たちも途中でプロジェクトを批判したり、妨害したりしづらくなるんじゃないでしょうか……?」

 結人としては、「足りないお金をみんなで出し合えばいいし、みんなでやれば文句も出にくい」という、至って純粋でシンプルな発想だった。


 だが――その言葉を聞いた瞬間、大統領、国務長官、そしてビルの目の色が劇的に変わった。

 世界規模のクラウドファンディング。

 それは単なる資金調達にとどまらず、地球規模の「世論」を圧倒的な当事者意識とともに味方につけ、あらゆる反対勢力をぐうの音も出ないほど完璧に封殺(ふうさつ)する、最強の政治的防壁を意味していた。

「……ハッ」

 大統領が低く感心したような笑い声を漏らした。

「『世界中のみんなの力で、アフリカの貧困を撲滅する』……か。完璧だ。これ以上の大義名分はない」

「ええ」ビルも興奮を隠せない様子で力強く頷いた。

「単なる国連主導の事業ではなく、全人類参加型のプロジェクトへと昇華される。……結人、君は本当に大した政治家だよ」

「えっ……? 政治家? 僕がですか?」

 結人はわけが分からないといった様子でパチパチと瞬きをし、助けを求めるように隣のサラのほうを見て、他の人には聞こえないように言った。

「(ねえ、サラ……僕、また何か変なこと言った……?)」

 サラは小声の問いかけには直接答えず、深く考え込みながら言葉を絞り出した。

「ねえ、結人。あなた、私と最初に会った時、国連の『ブランド化』の提案をしたわよね。そのあと資金の使い道の可視化についても……その時から、このクラウドファンディングのことまで考えていたの?」

「まさか」結人は目を丸くして首を振った。「たまたまそうなっただけだよ」

「そう。……ならいいけれど」

 サラはふっと口元を緩めてにっこり笑うと、頭の中で組み上がった全貌を口に出した。

「この国連事業による途上国支援のクラウドファンディング化には、資金の調達や抵抗勢力への牽制の他に、もう一つ極めて大きな役割を担わせることができます。……それは、特許で得た資金の流れを『完全に可視化すること』です」

 サラはテーブルのメンバーを見渡した。

「特許による収益がいくらで、そこから国連の運営費と次年度の準備金を差し引いた残額がいくらになるか。これがアフリカ再開発全体の単年度予算となりますが、コンゴ川の整備事業を含めると、どうしてもいくらか足りない。……だからクラウドファンディングで世界に助けてほしい、と透明に公表するのです。国連の特許一元化による莫大な資金の使い道について、通常の事業報告書とはまったく別の角度から強烈な広報活動が行えるため、事実上、全世界の人々から直接監査を受ける形になります」

 サラは確信に満ちた目で結人と大統領を見つめた。

「これは、抵抗勢力を説得し、黙らせるための非常に強力な武器になると思いますが……いかがでしょうか?」



 

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