第8話 ドラゴンスレイヤーと筋肉の勝利
魔倒歴1013年 エルフ王国プラウナ大樹海
ガルド対暗黒竜ヴァルドラゴンの戦いが始まる、少し前。
エルフ王国の女王、エンドルフィン・リンドウェルは、白銀の鎧姿で白馬に跨ると、プラウナ大樹海を疾走していた。
さすがは女王と言うべきだろう。その進行方向に生えている木々や草花が左右に避け、広い道ができていく。
ちなみに普通のエルフでも、歩く速度程度なら植物達が避けてくれる。
彼女の背後には女王の親衛隊が続いており、その人数は百人ほどだった。
他にも一万を超える軍勢が暗黒竜ヴァルドラゴン討伐のためにプラウナ大樹海へ向かっていたが、こちらは到着するまでにあと三、四日はかかる。
「女王陛下、あれを!!」
一人の騎士が頭上を指さして叫んだ。
皆がその方向に顔を向けると、かなり遠くに黒いドラゴンのシルエットが見えた。
「ヴァルドラゴン……間に合わなかった」
エンドルフィン女王が歯ぎしりしつつ、そう呟く。
あの邪竜に勝つには、待ち伏せして罠を張り、地面に叩き落とした後で、全員で一斉に襲い掛かるしかなかったというのに。
その時、全員の頭の中に、
『愚かなエルフどもよ、約束通り、この大樹海ともども焼き尽くしてくれる!!』
という、暗黒竜の声が響いてきた。
それは、人の精神を直接攻撃するような、恐怖の宣告だ。
女王は歯を食いしばって何とか耐えることができたが、数名の親衛隊の騎士が悲鳴を上げ、落馬している。
「こ、これがドラゴン……」
鳴き声や視線にすら魔力が込められており、その強力な牙や爪を使わなくても、人間程度なら簡単に命を奪えると言われていた。
軽く頭を振り、再び暗黒竜の姿を探すが、生い茂った枝と葉が邪魔で見えない。
しかし、その時、視界の端で、ヴァルドラゴンがまるで空中で見えない壁にぶつかったように仰け反ると、そのまま大樹海に向けて落下していくのが見えた。
「えっ?」
最初は、地上の獲物――エルフ達――に襲い掛かろうとしているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
クルクルと回転しつつ、墜落している。
「何が?」
そう言いかけた時、側に馬を寄せてきた騎士が、
「女王陛下、あの方向にはドラゴンスレイヤーを封印した集落があります」
と教えた。
「まさか、真っ先に自分を倒せる剣を破壊しに来たというの?」
「その可能性は高いかと。ドラゴンはとても高い知性を持っていますから」
こうなれば、少しでも早く暗黒竜ヴァルドラゴンの元に駆け付けなければならない。
あの邪悪な竜には、エルフ族のあらゆる攻撃が通用しない。
唯一の希望は、魔剣ドラゴンスレイヤーなのだ。
エンドルフィン・リンドウェル率いる百騎の騎馬隊は、さらに加速して、先ほど暗黒竜が落ちていった方向に向かった。
そして突然、視界が開けた。
巨大な竜が暴れ回ったために、木々がなぎ倒され、広場になっていたのだ。
そして――
「えっ?」
彼女達の目が点になった。
巨大な暗黒竜ヴァルドラゴンが体を丸め、ブルブルと震えて怯えている。
そして、その前にムキムキな肉体のガルド・リンドウェルが立っていた。
「ガ、ガルド?!」
「母上」
革製のブーメランパンツ一枚だけという姿なのに、やたらと暑苦しい雰囲気の彼が、ポージングをしつつ振り返る。
「こ、これは一体どういうことなの?」
「ご安心ください。暗黒竜ヴァルドラゴンは倒しました。ドラゴンスレイヤーと私の筋肉のおかげです」
「ドラゴンスレイヤー?」
彼女が馬から降りつつそう言うと、ガルドの側に立っていた集落の長老が、足下に転がっている岩と、柄だけになったドラゴンスレイヤーを指さした。
「あ、あの、何と申し上げて良いか分かりませんが、とりあえず、その通りです」
とても魔竜の脅威を退けられた直後とは思えない、微妙な表情でそう言う。
「……」
エンドルフィン女王が暗黒竜ヴァルドラゴンに目を向けると、全身の鱗がボロボロになっていた。
いや、鱗自体は剥がれたり割れたりしていないが、まるで何かで殴られたように汚れている。
「ガルド……まさかあなた、神代竜を殴って倒したの?」
「はい、その通りです、母上」
千年前は大樹海の半分以上が焼き払われ、大勢の兵士達と、何人もの勇者が命と引き換えに白亜竜を倒したというのに、彼女の息子は、たった一人で暗黒竜をボコボコにして降参させたのだ。
「吟遊詩人達が、どうやってこのことを後世に語り継ぐのか、見ものだわ」
彼女が表情を引きつらせつつ、そう言った。




