第6話 魔剣ドラゴンスレイヤー
その男は、現実にはあり得ない外見をしていた。
全身の筋肉という筋肉が、はち切れんばかりに鍛え上げられている。さらに外套の下は、革のブーメランパンツ1枚のみ。
何事も程々ならば美しかったり、格好良かったりするが、行き過ぎると見る者に恐怖心しか与えなくなるのだ。
マッチョエルフ、ガルド・リンドウェルを包囲していたエルフ達が、一斉に矢を放った。
合計すると30本以上。それもフルパワーで放たれた矢は、そのほとんどがガルドのマッチョボディーに同時に殺到する。
しかし、彼はその直前に、
「フンッ!!」
とポージングをする。
もちろん仁王立ちだろうが、ポージングだろうが、尖った鏃の前では無防備と同じだ。
いや、そのはずなのだが、全ての矢が岩に当たった時のように、弾き返されてしまった。
「そ、そんな馬鹿な?!」
「俺の筋肉の前では、その程度の攻撃など、そよ風と同じだ」
「えっ……き、筋肉?」
「今、何本か頭に命中したよな?」
しかし、彼は掠り傷一つ負っていない。
「落ち着け、俺は味方だ」
ポージングをしたまま、ガルドがそう言う。
「信じられるか!?」
「この外見を見ても分からないのか?」
「外見を見ているから信じられないんだよ!!」
飛び道具が効かない以上、魔法か近接戦闘しかない。
しかし、集落のエルフ達は皆、
(近付きたくねぇ~)
と考えていた。
かといって、集落の中で破壊力の大きな攻撃魔法は使いたくない。
睨み合ったまま、何とも言えない時間が過ぎていく。
すると、
「待て」
長老がそう言いつつ、包囲の輪の中に入って来た。
「ち、長老、危険です」
「大丈夫だ」
戦士長の制止も聞かずに、彼はガルドの前に進み出る。
「恐れながら、あなた様はガルド・リンドウェル王子ではありませんか?」
「その通り。私はエンドルフィン・リンドウェルの息子、ガルド・リンドウェルだ」
それを聞いて、集落のエルフ達が、
「えっ、嘘?」
「ガルド王子って、あんなマッチョだっけ?」
「そもそも、本当にエルフなのか?」
と、ざわついている。
「確か勇者になるために、ヴォイドアビスで修業をされていると聞いておりましたが」
「その通りだ。私はあそこで千年の間、ひたすら筋肉を鍛えてきた」
「……き、筋肉ですか……」
魔力に満ちたヴォイドアビスの中で千年も筋トレをしていれば、そんな出鱈目な体になったとしても無理はない。
「あ、あの、長老。本当にその人はガルド王子なのですか?」
「ああ、お前達も顔は見たことがあるだろう」
過去にエンドルフィン女王やガルド王子は、何度かこの集落にも訪れている。
その時、皆、次期国王の顔を直接見ていた。
言われてみれば、顔はガルド王子っぽかったが、それ以外が激変しすぎている。
「修行を終えられていたのですね」
「ああ。そして暗黒竜がプラウナ大樹海に襲来すると聞いて、駆けつけて来たのだ」
「そうでしたか。ところで、軍勢は何人ほどですか?」
そう言いつつ、長老がガルドの背後に目を向けるが、そこには誰もいなかった。
「いない。私一人だ」
「えっ?」
「安心しろ。我が筋肉をもってすれば、暗黒竜など敵ではない」
「ええ~っ……」
大変恐れ多いことながら、エルフ達の表情がどんどん暗くなっていく。
王都から軍勢が援軍として来てくれると思っていたのに、まさか変わり果てた姿の王子が一人だけとは。
しかし、ガルドは特に機嫌を損ねた様子もなく、集落の中を見回した。
「ここには、ドラゴンスレイヤーが封じられていたはずだが」
彼のその言葉を聞いて、皆がハッとなった。
千年前に白亜竜を倒した時に呪われてしまい、今は魔封石に突き立てられて力を封じられている魔剣のことを思い出したのだ。
今のガルドなら、あの剣を抜いても、すぐに生命力を吸い尽くされて死ぬことはないだろう。
「もしかして王子、あなた様はドラゴンスレイヤーを使うために、そのような体に?」
「いや、これは筋肉が好きだからだ」
「あっ、そうですか……」
とりあえず、オーガではないと分かったため、集落のエルフ達は警戒を解き、武器を下ろす。
そして、長老がガルドを集落の中央にある広場へ案内した。
集落のエルフ達は、警戒しながら後からついて来る。
「ママ、あの人裸だよ」
家の窓から子供がそう言いつつガルドを指さすと、母親が慌ててその子供を抱きかかえ、窓から引き離した。
「も、申し訳ありません、ガルド王子」
「気にしなくて良い」
そして、広場に到着した。
そこには、地面に半ば以上埋まっている大きな岩に、深々と突き刺された剣がある。
「これがドラゴンスレイヤー」
千年以上昔からこの状態になっているというのに、錆び一つ浮かんでいない。
「この状態でしたら、柄を握っていただいても大丈夫です」
過去に何人もの人間がこの村を訪れては、この剣を抜こうとした。
ドラゴンを倒せる剣となれば高額で売れる。そう考えて来た者。
ドラゴンを倒せるほどの力を持った剣を自分の物にしようと、野望を抱いて来た者。
ただ純粋に力試しをしようとした者や、封じられた魔剣を抜いて名を売りたいだけの者。
理由は様々だったが、結果として今の状態を見る限り、誰一人として抜けなかったということだ。
「これがあれば暗黒竜を倒せる」
「はい。しかし、ドラゴンスレイヤーは呪われていて、持ち主の魂を吸収します。千年前の勇者様はそれに気付いて、このように封じたのです」
「呪いか……」
ガルドがそう言いつつ、ドラゴンスレイヤーの柄に手を伸ばした。
「我が筋肉は無敵だ」
そして、そう言うと柄を掴み、力を込める。
これまでこの剣を抜こうとした人間達は、一人ではビクともしないため、数人がかりで剣を掴んだり、縄をかけて馬や牛に引かせたりして、抜こうとしたこともあった。
しかし、当然だが、失敗している。
ガルドの大円筋、上腕二頭筋、上腕筋がパンパンに膨れ、ググッと力が込められた。
すると、これまでビクともしなかったドラゴンスレイヤーが、微かに持ち上がった。
「おおっ、何という力だ」
地面がひび割れ、彼の太い足首が地面にめり込む。
「ぬぅううううううう!!」
「おおおおおおおおっ!!」
そして、千年の間、微動だにしなかったドラゴンスレイヤーが抜けた。
……いや、正確には。
剣そのものではなく、剣が突き刺さっていた巨大な岩ごと、抜けたのである。




