第44話 筋肉王国、マッスル・キングダム
魔倒歴1017年 チューダ王国王都
病弱だった第一王子、タットウィズ・ムーサが療養という名の幽閉先から王都へ帰ってきた。
その噂を聞きつけた王都の住民たちが、大通りへと集まってくる。
「先日、第二王子が騎士団を連れて出て行ったけど、あれって第一王子を捕まえに行ったんだろ?」
「ああ、いよいよバズー様がこの国の国王になるんだろうな」
皆が口々に、そんな話をしていた。
正直なところ、バズー・ムーサは、あまり民衆から好感を持たれていなかった。
尊大で、身分の低い者をいつも見下していたからだ。
しかし、病弱でまともに公務をこなせない第一王子は問題外だし、女好きな第三王子は死んでしまった。
「第二王子しかいないから、仕方がないか」
これが、彼らの偽らざる本音だった。
「おっ、来たぞ!」
王都の正門の方を指さし、一人の男がそう言った。
それを聞いた人々が、一斉に視線を向ける。
そして、言葉を失った。
四人の筋骨隆々とした男たちが、ブーメランパンツ一丁という姿で、横一列になって歩いてきたのだ。
その背後には、気を失い、馬の背に乗せられた第二王子と騎士たちの姿があった。
ちなみに、侍女のアイは、恥ずかしそうに最後尾を歩いている。
「一体、どういう状況なんだ?」
「あのゴツいのは勇者ガルドだけど、ほかの三人は?」
「顔はタットウィズ王子に似ているけど……」
当然ながら、皆が戸惑っていた。
本来であれば、歓声を上げ、花吹雪でも降らせながら出迎える場面なのだろう。
しかし、誰一人として声を上げなかった。
ただ目の前を通り過ぎていく異様な集団を、黙って見つめ続けることしかできなかったのだ。
「ガルドのアニキ! この国の王になってください!!」
王城に到着すると、タットウィズ王子がガルドに向かってそう言った。
広間には、チューダ王国の大臣や将軍たちが続々と集まってきていた。
「すまないが、それはできない」
「なぜですか?!」
「俺には、筋肉の素晴らしさを世界に広めるという崇高な使命があるからだ」
ガルドがエルフ王国を旅立ったとき、その目的は、自分より素晴らしい筋肉に出会うことだった。
そのついでに魔王を倒したのだ。
そして今、その目的は、さらに高い次元へと進化していた。
「あ、あの……。タットウィズ王子で間違いありませんか?」
大臣の一人が、恐る恐る話しかけてきた。
「当たり前だ。見て分からないか?」
「申し訳ありません。まったく分かりませんでした」
「そうか。まあ、仕方がないな。少し日焼けしたからな」
「そ、そうですね。ハ、ハハ、ハハハ……」
大臣は、ぎこちない笑みを浮かべた。
「そうだ、父上は今、どちらにおられる?」
「国王陛下は、寝室で休んでおられます。かなり前から、ずっと寝たきりの状態です」
「そうだったな」
タットウィズ王子はそう言うと、広間の正面にある玉座へと近づいていった。
そして、ドカッと腰を下ろした。
当然ながら、建国以来、ブーメランパンツ一丁の男が玉座に座ったことなど一度もない。
まさに、歴史的瞬間である。
「では、致し方あるまい。第一王子である私が、この国の政を取り仕切る」
「あ、あの……。バズー様は?」
数日前まで、王位に最も近い位置にいたのは彼だった。
ここで迂闊なことを言えば、チューダ王国は内戦に突入するかもしれない。
「そうだったな。タンヤ、ブーチ。すまないが、弟をここに連れてきてくれ」
彼がそう命じると、二人のマッチョな護衛騎士が一礼し、広間から出て行った。
そして、第二王子を両脇から抱えて戻ってきた。
「ヒィイイイ! やめろ、助けてくれ!」
すっかり怯えたバズー・ムーサが、首を左右に振りながら涙を流していた。
「お連れしました」
そう言うと、二人は玉座の前にバズー王子をポイッと投げ捨てた。
「ありがとう、二人とも・・・・ところで、弟よ」
「お、お願いです! 命ばかりはお助けください!」
涙と鼻水にまみれた顔を床に擦りつけるバズー王子を見て、集まった者たちは驚いた。
自尊心の塊のようだった彼が、見る影もなく無様な姿で命乞いをしているのだから、無理もない。
「弟よ。お前は今でも、この王座を望むか?」
タットウィズ王子がそう尋ねると、
「滅相もございません! 私ごときが兄上を差し置いて王位を継ぐなど、恐れ多いことでございます!」
バズー王子は、必死になってそう答えた。
それを聞いた大臣たちが、ひそひそと話し始める。
「一体、何があったんだ?つい先日まで、まるで国王のように振る舞っていたというのに……」
「騎士団も全員、ボロボロになっていたぞ」
「勇者ガルドがやったのか?」
「いくら勇者といえども、それは内政干渉だぞ」
一歩間違えれば、エルフ王国との戦争になりかねない。
「先に言っておくが、俺は一切手を出していない。ただ、第一王子たちを鍛えただけだ」
ガルドがそう答えると、タットウィズ王子も頷いた。
「鍛えたって……。何をどうやったら、ああなるんだ?」
「皆、聞いただろう。第二王子バズー・ムーサは、王位継承権を放棄した」
タットウィズ王子がそう言って立ち上がると、大臣や将軍たちは慌てて頭を下げた。
「た、タットウィズ陛下、万歳!」
「タットウィズ国王に栄光あれ!」
「ええっと……。国王陛下に忠誠を!」
何というか、嫌々、渋々といった様子で、彼らはタットウィズ王子に向けて頭を下げた。
まあ、厳密に言えば、まだ国王は生きている。
そのため、この時点ですぐにタットウィズ王子が即位するわけではなかった。
魔倒歴1017年 チューダ王国王都
チューダ王国第二王子、バズー・ムーサは、まるで人が変わったかのように真面目になった。
二度と兄を排除して王位を簒奪しようなどとは、考えなくなったのである。
そして、王位を継いだタットウィズ・ムーサは、戴冠式の後、こう宣言した。
「我が王国の名前を改める!!」
夏でも冬でもブーメランパンツ一丁という姿の彼は、頭に黄金の王冠を乗せ、貴族たちを前にしてそう切り出した。
「名前を?」
重鎮たちは、嫌な予感しかしないといった表情で彼の顔を見た。
「そのとおり!」
「それで、どのような名前になさるのですか?」
「筋肉王国!!」
広間に集まった貴族たちのうち、三分の一がガクッと膝から崩れ落ち、三分の一が呆れ返った。
そして、残りの三分の一は、
「素晴らしい!!」
「最高です!!」
と、歓声を上げた。
ちなみに、喜んでいた者たちは、全員ブーメランパンツ姿だったりする。
「そして、我が王国の国神を、肉体神マッチョーダと定める!!」
こうして、人類史上初となる、肉体神を崇める国家が誕生したのだった。
「いかがですか、父上?!」
タットウィズが振り返り、そう尋ねた。
そこには、アルコール中毒で死にかけていた前国王が立っていた。
もちろん、彼もムキムキで、ブーメランパンツ一丁という姿だった。
「いいぞ、タットウィズ! 最高だ!!」
前国王はそう言って、ニカッと笑いながら右手の親指を立てた。
あの後、ガルドは寝室で虫の息だった彼を引きずり出し、筋トレ治療を施したのだ。
もちろん、エルダー王国の療養所で行ったときと同じように、薬草なども駆使した。
今ではすっかり元気になり、息子と一緒に筋トレに励んでいる。
それならば、王位を譲らなくてもよさそうなものだが、本人が、
「俺も年だ。ベンチプレスで120kgを上げられない以上、この国を治める資格はない」
と言って、退位を決意したのだった。
「筋肉万歳!!」
「筋肉王国に栄光あれ!!」
いつまでも、何度でもその声が響き渡り続けたのだった。
魔倒歴1100年 天上界
魔王が降誕してから、百年がたった。
今回は魔王が早々に人間界への侵攻を諦めたため、現世も神々の暮らす天上界も、平穏そのものだった。
唯一、邪神たちだけは不満そうだったが、天上界の掟により、現世に直接干渉することはできなくなっている。
唯一認められているのは、千年に一度、邪神が現世に魔王を降誕させることだけだ。
実は、これにも意味がある。
ある程度の危機感がなければ、生き物の進化は停滞し、さらには衰退してしまう。
それを防ぐため、抗生物質のような役割を果たす存在として、魔王が送り込まれているのだった。
まあ、侵略される人間族にしてみれば、いい迷惑だが。
天上界において、神々は肉体を持たない。
そもそも天上界は、物質世界よりも高次元の世界であり、触れられるような物質など存在しないのだ。
そのため、神々も精神体として、際限のない無限の空間を漂っている。
彼らのエネルギー源は、現世の人間族や魔族たちの信仰心だ。
数多く存在する神々は、神殿などで祈りを捧げられることによって、その信仰心を自らの力へと変えているのだった。
当然、人気のある神は、それだけ多くの人々に祈ってもらえるため、常に力がみなぎっている。
そして、この百年の間、最も元気な神は、万能神ナーデミーアーレではなく、肉体神マッチョーダだった。
その原因は、現世で一人の男が大活躍していることにある。
その男の名は、エルフの勇者ガルド・リンドウェル。
彼は人間界のみならず、魔界の隅々にまで足を運び、数々の事件や争いを全て筋肉で解決していった。
その結果、空前の筋トレブームが巻き起こり、百年たった今も収まるどころか、拡大し続けていたのだ。
『神代が始まり、この世界に誕生してより数えきれないほどの年月を過ごしてきたが、これほど力がみなぎったことは一度たりともなかった』
精神体のくせに、肉体神マッチョーダは、全身に力がみなぎるのを感じていた。
正直なところ、肉体神はあまり人気のある神ではなかった。
戦いの神や病気を治す神などは、昔から人気があった。
しかし、ただ肉体と言われても、いつ拝めばよいのか、なかなか難しい。
ところが、今は違う。
大陸中に肉体神を祀る祭壇や神像が造られ、暑苦しいマッチョたちが筋トレの前後に祈りを捧げてくれている。
すべてはガルドのおかげだ。
というより、最近では、ガルド本人が筋肉の神のように、人々から尊敬を集めている。
肉体神マッチョーダは、みなぎるパワーを集約し、ガルドに会いに行くことにした。
そのような真似ができるのは、天界でも万能神くらいのものだ。
しかし、今の彼なら余裕である。
待っているがいい、ガルドよ。




