第42話 戦う決意をした王子が筋トレ?!
魔倒歴1016年 チューダ王国山奥
とても王族とは思えないほど質素ながらも美味しい夕食をご馳走になり、ガルドはそのままタットウィズの屋敷に泊まることになった。
「さて、どうしたものか」
他国の王位継承問題に口を挟むつもりはないが、このまま放っておくのも後味が悪い。
せめて、タットウィズ本人が生きたいと思ってくれればよいのだが、彼はすっかり生きる気力を失っている。
ふと気になり、ガルドは屋敷の周囲の気配を探った。
エルフは植物から情報を得ることができる。
枝を折られた木や、踏みつけられた草。そういったものの状態を感じ取ることができるのだ。
すると、屋敷の門の方向に、身を潜めている二人の人間がいることが分かった。
所詮は植物から得られる情報なので、それが何者なのかまでは分からない。
しかし、鉄を身に着けていることは分かった。
おそらく、武器を持っているのだろう。
「第二王子の監視か?」
もしそうなら、まずいことになったかもしれない。
他国の王子、それも勇者が、幽閉されている第一王子と接触したことが知られてしまったのだ。
タットウィズからは数日泊まってほしいと言われたが、勘違いした第二王子が刺客を差し向けてくるかもしれない。
もちろん、ガルドはそのようなものを恐れはしない。
しかし、ガルドがここを去った後に襲撃を受けたら、どうなるか?
あの頼りない護衛たちでは、主人どころか自分の身すら守れないだろう。もちろん、侍女のアイも同じだ。
そして、襲撃は野盗や盗賊によるものだと偽装されるはずだから、屋敷の中にいる者は全員、命を奪われることになる。
あくまでも可能性の話だが、第三王子の事故死が、実は第二王子による暗殺だった場合、いくら病弱とはいえ、タットウィズも安全ではない。
「まったく、人間は面倒だな。魔族の方がよほど分かりやすかった」
あちらは力がすべてだったため、こういった陰謀とは無縁だったのだ。
「とりあえず、見張りは放置するしかないな」
門の近くにいる二人を捕まえることなど、簡単にできる。
しかし、彼らと連絡が取れなくなれば、それこそ第二王子はすぐにここを襲撃してくるだろう。
そう考えたガルドは、筋トレを始めた。
両手でグラビティ・ツインを持ち、スクワットを繰り返す。
「やはり筋トレは良い。何も考えずに済むからな」
そのとき、彼はふと何かを思いついた。
「そうか、そういう方法もあったか……」
珍しいことに、いや、ヴォイドアビスを出てから初めて、彼が筋肉ではなく脳みそを使った瞬間だった。
魔倒歴1016年 チューダ王国山奥
朝になった。
冬の山の朝は冷え込みが厳しい。
タットウィズ・ムーサが目を覚ますと、
「た、大変です、王子!!」
護衛騎士のタンヤが、寝室のドアを激しくノックした。
「どうしたんだい?」
そう尋ねると、
「も、門の前に……」
「門?」
とりあえず急いで着替え、門へ向かうと、そこにはガルドと、もう一人の護衛騎士、そして侍女のアイが集まっていた。
「何事だ? 熊でも出たのかい?」
まあ、熊ごとき、ドラゴンを殴り飛ばして倒すガルドの前では、子犬と変わらないだろうが。
門の外には、見慣れない二人の男がいた。
それだけなら、客人か、道に迷った旅人かと思うところだが、様子が普通ではない。
二人とも、木の蔦に絡め取られ、宙に浮いていたのだ。
「えっと、これは……どういう状況かな?」
偶然、蔦に絡まったとは思えない。
何より、エルフは植物を操って、こういうことができると聞いたことがある。
見た目はオーガだが、一応ガルドはエルフなのだから、彼がやったのだろう。
「この二人は、屋敷を探っていた」
ガルドがそう答えた。
「なるほど。つまり、私を見張っていたわけだね」
もしかしたら、英雄であるガルドを監視していた可能性もある。
しかし、それならば、この屋敷に着く以前にガルドが気づいていただろう。
「お前たちは、誰に命じられてこの屋敷を監視していたのだ?」
ガルドがそう尋ねると、捕まっている二人の男は、
「知らない! 俺たちは道に迷って、偶然通りかかっただけだ!」
「そうだ! さっさと下ろせ!!」
と答えた。
「嘘をつくな! ここまでは一本道だぞ!!」
「さては、バズー王子の差し金だな?!」
護衛騎士のタンヤとブーチがそう詰め寄るが、この二人に怒鳴られても、あまり怖くない。
「この二人が持っていた武器だ」
ガルドはそう言って、二本の短剣をタットウィズ王子に見せた。
それは、どこの武器屋でも売っているような安物で、二人の身分を示す印などは入っていない。
だが、それが逆に怪しかった。
彼らが猟師なら、ほかに弓を持っているだろうし、冒険者であれば、剣や槍などを装備しているはずだ。
短剣だけを身に着け、このような山奥を移動する理由が見当たらないということになる。
「正直に言った方が身のためだぞ」
ガルドがそう言うと、バッと外套を脱いだ。
「ヒィイイイイ?!」
捕まっている二人はもちろん、タットウィズ王子たちも、それを見て怯えている。
「さあ、正直に話せ」
そう言って、ガルドは両手を頭の後ろに回し、足を交差させるアブドミナル・アンド・サイのポーズをとった。
「うわぁあああ! ち、近づいてくるな!!」
「何? もっと見たいのか? いいだろう」
そう言うと、ガルドは前かがみになりながら、腕の太さを強調するモスト・マスキュラーのポーズをとった。
「そ、そんなこと、誰も言っていない!!」
「さあ、次はこれだ」
今度は体を横に向けた後、上半身を二人の方へ向け、胸や脚の筋肉の厚みを見せるサイド・トライセップスのポーズを取った。
その頃には、ガルドは二人の男のすぐ目の前まで近づいていた。
「わ、分かった! 言う、言うから、もうやめてくれぇえええ!!」
「何というか……おぞましい」
侍女のアイが、顔色を青くして口元を押さえながら、そう呟いた。
「ただポーズを取っているだけなのに……」
「剣先を突きつけられるより怖いな」
タンヤとブーチも、ガタガタと震えていた。
ガルドがポージングをするとき、彼の筋肉からは正体不明の波動が放たれているのだ。
もし、ここが屋内だったら、窓ガラスが割れたり、最悪の場合は建物自体が倒壊したりしていたかもしれない。
そして、それを真正面から至近距離で浴びた二人の男が耐えられなかったのも、無理はないことだった。
「さあ、言え」
「あ、ああ、そのとおりだ! 俺たちはバズー王子の命令で、タットウィズ王子を監視していた」
「第二王子は、あなた様を警戒している」
二人の男がそう言うと、タットウィズ王子の表情が険しくなった。
彼自身は、もう王位を継ぐつもりなどない。
そもそも、自分の命は間もなく尽きると考えている。
しかし、第二王子のバズー・ムーサは、そう考えていないのかもしれない。
今は監視だけで済んでいるが、もしバズー王子が疑心暗鬼に陥り、タットウィズ王子が王位を狙っていると勘違いしたら、どうなるか。
自分の命が狙われるのは仕方がないとしても、護衛騎士や侍女まで巻き添えになってしまう。
「王子、この二人はどうする?」
ガルドが外套を身にまといながら、そう尋ねた。
「このまま森の木々の養分にしてもいいが」
彼がそう言うと、蔦にぐるぐる巻きにされた二人が、
「ヒィッ!!」
と怯えた。
「しかし、その二人が戻らなければ、バズーは今度こそ刺客を送り込んでくるでしょう」
「では、解放しても?」
「構いません」
こうして、屋敷を監視していた二人は解放された。
しかし、その前にガルドが念を押した。
「いいか、ここに俺はいなかった。いいな?」
「は、はいっ!」
「もし、俺がここにいると誰かに話したら、その身でマッスル・ジャッジメントを受けることになるぞ」
それがどのような技なのかは分からない。
しかし、魔王すら単身で倒したエルフの勇者に逆らうことなどできるはずがない。
二人は半泣きになりながら、何度も頷き、逃げ帰っていった。
さて、二人を解放した後、屋敷の中に戻ると、ガルドがタットウィズ王子に尋ねた。
「さて、タットウィズ王子。これからどうする?」
「どうするとは?」
「お前が、いくら自分は王位を継ぐつもりはないと考えていても、相手はそれを信じていない可能性が高いということだ」
「…………」
確かに、王位継承問題では、疑心暗鬼に陥った者たちによる謀殺や暗殺が行われることも珍しくない。
そして、第二王子のバズー・ムーサは、心配事があると枕を高くして眠れないタイプの人間だった。
「ここで残り少ない余生を穏やかに過ごそうと考えていても、それすら危ういということだ」
ガルドにそう言われ、タットウィズ王子は考え込んだ。
本当のところ、すべてを納得して今の運命を受け入れたわけではない。
自分が病弱だったことは紛れもない事実だが、そのせいで随分と冷たい扱いを受けてきた。
王位継承争いから早々に脱落したと判断されたため、一応は王族として扱われてきたものの、第二王子や第三王子に比べて冷遇されてきたのだ。
二人の王子の周囲には、取り入ろうとする貴族や商人たちが入れ代わり立ち代わり訪れ、愛想笑いを浮かべながら、さまざまな貢ぎ物を捧げていた。
対して、自分は気がつけば、そばにいるのはこの二人の護衛騎士と侍女だけだった。
「ガルド殿」
「何だ?」
「弱いということは、悪なのですか?」
その問いに、ガルドは、
「そうだ」
と、身も蓋もない返事をした。
「そ、そんな……」
「正確には、弱いことが悪なのではない。強くなろうとしないことが悪なのだ」
「つまり……?」
「別に、力だけの問題ではない。人間には得手不得手があるからな。だから、皆、自分にできることで自らを鍛える。知恵、魔法、そして筋肉だ」
結局、最後はそこか。
傍らで聞いていた二人の護衛騎士と侍女は、そろって半眼になった。
「ガルド殿も、弱かったというのですか?」
「ああ、そのとおりだ。特に私は、魔王に立ち向かう勇者となることを定められていたからな。誰よりも強くならなければならなかった」
「魔王に立ち向かう……」
そんなことは想像すらできない。一体、どれほど強くならなければならなかったのだろう。
そこまで考えて、タットウィズ王子はハッとなった。
そして、ガルドの外套に隠された超マッチョボディーに目を向けた。
彼は、宿命を果たすために、自らをここまで鍛え上げたのだ。
そして、見事に魔王を倒した。
「わ、私も強くなれるだろうか……」
彼がそう呟くと、それを聞きつけた侍女のアイが、
「ま、待ってください、王子! 騙されないでください! きっと大変なことになりますよ!」
と、彼に駆け寄って言った。
「ああ、分かっている。私が今さらどれだけ鍛えても、ろくなことにはならない。下手をしたら、死期を早めるだけかもしれない」
「そうではありません! 何だか嫌な予感がするのです!!」
彼女は本能的に、この先の展開を察していたのかもしれない。
「ガルド殿、私も少しは強くなれるだろうか?」
「ああ、なれる」
「ちょ、ちょっと! 何なんですか、この流れは! 駄目ですよ、王子! 目を覚ましてください!!」
そこへ、タンヤとブーチの二人も駆け寄ってきた。
「お二人とも、王子を止めてください!!」
アイがそう言うと、彼らは頷いた。
「王子、我々も強くなります!!」
「はい! 強くなって、あなた様をお守りします!!」
「あ~、駄目だこりゃ……」




