第41話 第一王子 タットウィズ・ムーサ
第41話「第一王子 タットウィズ・ムーサ」
魔倒歴1016年 チューダ王国山奥
ガルドは、鬱蒼とした森の中の一本道を歩いていた。
そこはかなりの山奥で、麓の村を出てから、すでに丸一日登り続けている。
道幅は、人間なら二人が並んで歩ける程度で、騎乗している場合は一騎分の広さしかない。
チューダ王国の第一王子、タットウィズ・ムーサが幽閉されているのは、この山奥にある王家の別荘だと聞いていた。
元々は、何代か前の人間嫌いな国王が、仕事に疲れたときにこっそりとやって来て、休養を取るために建てたものらしい。
さらに、その国王は退位した後も、ひっそりと老後を過ごしたという。
その後、長い年月にわたって王族が訪れることはなかったが、地元の村人たちが清掃や補修を続けていたため、保存状態は良好らしい。
だからこそ、病弱な第一王子の幽閉先、表向きには療養先として選ばれたのだろう。
太陽が西の山の稜線から姿を消し始めた頃、こんな山奥には似つかわしくない、立派な石造りの門が見えてきた。
「あれか」
近づいていくと、門の前に二人の騎士が立っていた。どちらも鎧を身に着けている。
そして、彼らもガルドに気づいた。
「な、何者だ?!」
痩せた長身の騎士が、右手に剣、左手に盾を持って身構えながら叫んだ。
もう一人の小太りで中背の騎士も、同じように剣と盾を構えている。
「貴様、何者だ?!」
二人とも怯えた様子で、ガルドを睨みつけていた。
確かに、こんな山奥に、外套をまとい、フードを目深にかぶった大柄な男が一人でやって来たら、警戒して怯えるのも当然だろう。
「見て分からないのか?」
ガルドがグラビティ・ツインを持ったまま両腕を広げてそう言うと、二人は声をそろえて答えた。
「まったく分からん!!」
「怪しい者ではない」
「どこからどう見ても怪しいだろう!!」
再び声をそろえてそう言うと、二人は剣先をガルドに向けた。
「さては貴様、第二王子が放った刺客だな?!」
「そのような狼藉、我々が許さん!!」
そう叫ぶと、二人は門の前から坂道を駆け下り、ガルドに襲いかかった。
「仕方がないな」
そう言うと、ガルドは両手で持っていたグラビティ・ツインを足元に置き、両手の中指を曲げた。
そこへ、二人の騎士が剣を振り下ろす。
「筋肉防御!!」
しかし、その攻撃はガルドの筋肉に簡単に弾き返されてしまった。
さらに、二人の額に向けて、
「筋圧一指!!」
が炸裂する。
バチッという乾いた音がした直後、二人は大きく仰け反り、そのまま後ろに倒れた。
「うぎゃああああ!!」
「痛い、痛い、痛い!!」
そして、デコピンを受けた額を押さえながら、地面を転げ回った。
そのとき、それまで固く閉ざされていた門が開き、一人の男が外に出てきた。
身なりは立派だが、痩せていて顔色もかなり悪い。
「一体、何の騒ぎだ?」
「タットウィズ王子?!」
「き、危険です、王子! 中へお戻りください!!」
どうやら、彼こそが幽閉された病弱な第一王子のようだ。
二人の騎士は、真っ赤に腫れた額を押さえながら、王子に駆け寄った。
そこへ、ガルドがゆっくりと近づいていく。
そして、フードを後ろにずらして顔を見せた。
「エルフ……そして、そのオーガのような大柄な体……まさか?!」
タットウィズ王子は、ガルドの正体について、すぐに思い当たったようだ。
「あなたは、魔王をたった一人で倒したという、エルフの勇者、ガルド・リンドウェル殿ではありませんか?」
「ええっ?!」
「あの筋肉勇者の?!」
二人の騎士も、それを聞いて驚いた。
「いかにも。俺はエルフ王国のガルド・リンドウェルだ」
それを聞いた二人の護衛は、腰を抜かし、その場に尻もちをついた。
当然だろう。エルフの勇者ガルドは、魔王の三つの下僕を倒し、さらに魔王本人を討伐しているのだ。
そんな男に、無謀にも二人は剣で斬りかかったのである。
本来なら、全身を切り刻まれ、挽肉にされた挙げ句、畑の肥料として撒かれていても文句は言えない。
「家臣が失礼をいたしました。主である私が代わってお詫びいたします」
王子がそう言って頭を下げると、二人も慌てて正座し、頭を下げた。
「も、申し訳ございませんでした!!」
「どうかお許しください!!」
「気にするな。いつものことだ」
「い、いつものことですか……」
「ところで、あなたがこの国の第一王子で間違いないか?」
ガルドがそう尋ねると、タットウィズ王子は少し驚きながら答えた。
「いかにも。私がタットウィズ・ムーサです」
「何故、あなたが王子のことをご存じなのですか?」
「ま、まさか、やはり王子を亡き者にするつもりか?!」
二人の護衛が再び武器を構えようとしたが、王子が手を挙げて制した。
「よさないか。この方がその気なら、我々はもう生きてはいない」
確かに、彼らの剣はガルドの筋肉に弾き返され、指先一つで吹き飛ばされている。
「とりあえず、もう日が暮れますし、中でお話ししましょう」
王子はそう言うと、開いたままの門を指さした。
元国王の引きこもり先というだけあって、人里離れた山奥だというのに、屋敷は小さいながらもかなり立派な造りだった。
その応接室で、タットウィズ王子とガルドは向かい合ってソファーに座り、二人の護衛は王子の背後に立っていた。
ちなみに、この二人は一応騎士で、痩せた長身の方がタンヤ、小太りで中背の方がブーチという名前だった。
門の前でのやり取りからも分かるとおり、この二人はかなりのポンコツだ。だからこそ、病弱な王子の護衛としてここに派遣されてきたのだろう。
要するに、捨て駒というわけだ。
「失礼します」
そう言うと、トレイを持ったメイド服姿の侍女が入ってきた。
若い娘で、派手さはないが、真面目そうな雰囲気だった。
侍女は、タットウィズ王子とガルドの前に、そっとコーヒーカップを置いた。
「ありがとう、アン」
そう礼を言う王子を見て、ガルドは微かに目を細めた。
従者に礼を言う王族など、見たことがなかったからだ。
ふむ、やはり悪い男ではないようだな……。
ちなみに、ガルド自身も一応エルフ王国の王子ではあるのだが。
「ガルド殿は、もしかして王都からこちらに来られたのですか?」
そう尋ねられ、ガルドは頷いた。
「では、何故私がこのような山奥で暮らしているのか、ご存じですよね?」
「病弱だと聞いたが」
「はい、そのとおりです。ですから、一応、療養のためということになっています」
確かに、タットウィズ王子は痩せており、顔色も悪かった。
「今日はまだ調子が良い方なのですよ。数日おきに熱を出して寝込んでいます」
「病弱なのは、生まれつきなのか?」
「ええ、幼い頃から何度か死にかけています」
もしかしたら毒でも盛られたのではないかと思ったが、そうではなかったようだ。
「おかげで、とても王位を継ぐことはできず、第二王子のバズーが次期国王となります」
そう言う彼の背後では、タンヤとブーチが「ううっ、おいたわしや」と涙を流していた。
「もしかしたら、今年の冬は越せないかもしれません」
「随分と弱気なことを言うな」
「私が死ねば、彼らやアイもお役御免となり、王都へ戻れます」
「王子、そのようなことをおっしゃらないでください!!」
「そうです。我々は王子にお仕えできることを、無上の喜びと感じているのですから!!」
それを聞いて、ガルドは驚いた。
仮にも王族の付き人が、護衛二人と侍女一人だけだと? 普通なら、その十倍はいても不思議ではないのに。
もっとも、付き人の役目は身辺警護だけではない。幽閉された王子が復権を望んで脱走しないよう、監視する役目もある。
もしかしたら、付き人の中に、王子の命を奪うよう命じられた工作員が紛れ込んでいるかもしれないと思ったが、どうやらそれはなさそうだ。
護衛がこの二人だけなら、暗殺者を内部に紛れ込ませなくても、外部から簡単に侵入できそうだ。
野盗の襲撃に見せかければ、いつでも第一王子の命を奪うことができるだろう。
「魔王が降誕し、いつ我が国も戦いに巻き込まれるかもしれません。そのようなときに、馬にも乗れない私では、とても王族としての務めを果たせません」
「魔王は魔界から出てこない。もう戦う必要はないぞ」
「そうでしたね。ガルド殿が討伐されたのでしたね」
タットウィズは、ハハハと力なく笑うと、話題を変えた。
「ところで、ガルド殿は何のために、このような山奥まで来られたのですか?」
「特に用事はない。ただ、俺ならあなたを鍛えられるかもしれないと思ってな」
「鍛える?」
「ああ、筋肉に不可能はない」
ガルドのその言葉を聞いて、タンヤとブーチは胡散臭そうな表情を浮かべた。
「私には無理ですよ」
「何故そう思う?」
「だって、これですよ」
そう言うと、王子は右手を上げ、力こぶを作って見せた。
枯れ枝のように細く、プルプルと震えていて、今にも折れてしまいそうだ。
ガルドは隣の国で、死にそうになっている人々を鍛えたことがあったが、タットウィズも、あの療養所にいても違和感がないほど弱々しかった。
そのとき、
「失礼します。お食事の準備ができました」
侍従のアイが、控えめな声でそう告げた。
「分かった。ガルド殿も、ぜひ一緒にどうぞ」




