第40話 王位継承問題
第40話「王位継承問題」
突然聞こえてきた低い男の声に驚き、周囲を見回してその声の主を探すと、見た目も子供とはかけ離れた男が近づいてきた。
全身をすっぽりと覆う外套を羽織り、フードを目深に被った大柄な男が、ゆっくりと進み出て来る。
「な、何者だ?!」
「俺はエルフだ」
「嘘つけっ!!」
野次馬と兵士たちが、一斉にガルドに向かってそう叫んだ。
「いや、本当だ」
そう言うと、ガルドはグラビティ・ツインを足元に置き、フードを後ろに跳ねのけた。
「えっ、マジ?」
確かに、そこには美しいエルフの青年の顔があった。
「し、しかし、あいつは子供に金貨を持ってこさせろと言っているんだけど……」
「要は、武器を何も持っていないと証明できればいいのだろう?」
「ま、まあ、そうだが」
すると、ガルドはベランダの正面に立ち、顔を上げた。
「俺は武器を持っていない」
「い、いや……それ以前の問題のような気がしてならないのだけど」
ベランダの上にいるマヌエスと、彼に捕まっているミランダも大いに戸惑っていた。
「安心しろ。今から証明する」
そう言うと、ガルドは外套の前を留めている紐をほどいていった。
そして最後に、それをバッと脱ぎ捨てた。
その瞬間、悲鳴が上がった。
「ウ、ウワァアアアア!!」
「オーガだ?!」
「筋肉の化け物だ!!」
野次馬も兵士も、全員がそう叫びながら後ずさった。
すると、ガルドはそばで固まっているミランダの父親から、金貨の詰まった革袋を取り上げた。
そして、ベランダに目を向けると、ゴーレムのような外見からは信じられないほどの身軽さでジャンプした。
驚いたことに、彼は軽く飛んだだけで、二階のベランダに着地した。
「ウギャアアアアア!!」
「キャアアアアアア!!」
マヌエスとミランダが抱き合い、恐怖にひきつった表情になり悲鳴を上げる。
直前までミランダの喉元に突きつけられていた刃物は、投げ捨てられ、ベランダの端から転げ落ちていた。
「ほら、よく見ろ。俺は丸腰だ」
「ヒィイイイイ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「エエ~ンッ、パパ、助けてぇ~!!」
「安心しろ。俺は君を助けに来たんだ」
「いやあああああ、暑苦しいいいい!!」
そんなやり取りを、野次馬と兵士たちは呆然と眺め続けることしかできなかった。
「そ、そうですか。あなたが、あの魔王を倒したエルフの勇者、ガルド様でしたか」
隊長はそう言うと、「ありがとうございました」と彼に向かって頭を下げた。
あの後、恐怖のあまり、マヌエスは人質をガルドの方へ突き飛ばし、自身はベランダから飛び降りた。
しかし、着地に失敗して右足首を骨折。激痛のあまり転げ回っているところを、兵士たちに取り押さえられている。
一方、ガルドに抱き止められたミランダは、限界に達して失神してしまった。
人質は無事、金貨も無事。犯人は重傷を負ったものの逮捕され、一件落着となった。
ところが、野次馬たちからは歓声も拍手喝采も起こらなかった。
「まあ、皆が無事で良かった」
「あれを、無事と言っていいかどうか……」
担架で運ばれていく人質立てこもり犯と人質を横目でちらりと見ながら、隊長がそう呟いた。
二人とも、どう見ても被害者にしか見えない。
「そ、それでガルド様は、この街に何をしに来たのですか?」
「ああ、地竜の牙と爪を売ろうと思ってな」
「そ、そうでしたか」
そう言うと、隊長は娘のそばでオロオロしているリボ商店の店主を呼んだ。
「店主!」
「は、はい。何でございましょう?」
ガルドに怯えつつ近づいてきた店主が、そう答えた。
「この方が地竜の牙と爪を売りたいそうだ。娘の命の恩人でもあるし、お前が買い取って差し上げたらどうだ?」
「そ、そうですな」
店主は、とても無事とは思えない状態の娘に目を向けてから、承知した。
「分かりました。それでは、店の方へ参りましょう」
こうして、ミランダを神殿に送り届けた後、店主とガルドは大通りにあるリボ商店へと向かった。
ちなみに、ミランダは神殿で治癒魔法を使える神官の診察を受け、必要に応じて治療を受けることになっていた。
「そ、それではガルド様、品物を見せていただきましょうか」
自分の商店に着くと、店主は従業員たちの手前、背筋を伸ばして対応した。
「ほほう、地竜ですか。魔王が人間界から魔族と魔獣を呼び戻したので、最近はドラゴン種も滅多に見なくなりました。地竜は地中に潜っていますし、知能もあまり高くないので、魔王の指示を聞きそびれていたのでしょう」
つまり、かなり貴重な品ということになる。
「すべて合わせて金貨三百枚……いえ、娘を救っていただきましたので、四百枚で買い取らせていただきます。それでよろしいでしょうか?」
「うむ、構わない」
この金額は相場の倍だった。少なくとも、店主は本当にガルドを娘の命の恩人だと考えているようだ。
まあ、あのまま話が進んでいれば、娘の身代金として金貨千枚を奪われていたかもしれないのだから、それに比べればかなりましと言えるだろう。
「そう言えば……」
ガルドは、気になっていたことを店主に尋ねた。
「結局、この国では第二王子が王位を継ぐのか?」
「それなんですが、まだ確定ではないのですよ」
「先ほど聞いた話では、第一王子は病弱で、第三王子は事故で亡くなったと聞いたぞ」
そこまで聞いて、店主は声を潜めた。
「これはただの噂なんですけど、第二王子は近々、第一王子をコレするんじゃないかって」
そう言いながら、自分の首を手のひらで掻き切るようなジェスチャーをした。
「実の兄を……」
「ここの王家は、大昔から同じようなことを繰り返していますんで」
そのとき、ガルドはふと、あることが気になった。
「あなたは、第二王子を応援しているのか?」
「…………」
ガルドにそう尋ねられ、店主は気まずそうに頭を掻いた。
「親戚からはそうするように勧められたんですけど、実は私は第一王子のことが結構好きなんですよ。体が病弱なぶん、心根が優しくて穏やかな方なんです」
「では?」
「残念ながら、店を潰すわけにはいきませんので、表立って第一王子を応援することはできません。だからといって、第二王子を応援するほど見境のないこともできませんので」
それを聞いて、ガルドは「ほう」と少し感心した。
商人とは金がすべてで、売り上げのためなら親や子でも利用すると考えていたからだ。
この店主も善人というわけではないが、それなりに人としてのポリシーを持っていることが分かった。
「すまないが、その第一王子が幽閉されている場所を教えてくれないか?」
「会いに行かれるのですか?」
「そうだな。あなたの話を聞いて、少し興味が湧いた」
「分かりました。では、地図を描きましょう」
そう言うと、店主は紙とペンを用意し、すらすらと線を描き始めた。
「あの方に、あなたの筋肉を少し分けてあげてくださいよ」
「フンッ、筋肉は分け与えるものではない。自らの意思で鍛え上げるものだ」
もう、この先のオチが読める台詞だった。
魔倒歴1016年 チューダ王国王城
商業が盛んで、金持ちが多い国だけあって、王城も成金趣味全開だった。
やたらと豪華で派手な建物や装飾。高そうな絵画や彫像が至るところに飾られ、窓枠や家具には金箔がべたべたと貼られている。
質素を美徳としているエルフ王国の王城とは、正反対の見た目だ。
その王城の一室で、バズー・ムーサは冬だというのに、この世の春を謳歌していた。
「フフフ、見た目だけの弟は死んだ。兄はいつ死んでもおかしくないほど病弱」
暖炉の前でブランデーグラスを片手に、ソファーでくつろいでいる。
「タットウィズは体が弱い。あの山奥で、いつ命を奪われるか分からないというストレスに耐えられるはずがない。フフフ、この冬は越せないだろうな」
彼はこの王国の第二王子で、現在、王位に最も近い立場にいる。
現国王である父親は、決して無能な王ではなかったが、酒が好きすぎて内臓がかなり弱っていた。
最近では、広間で謁見を受けるよりも、寝台の上で寝込んでいる時間の方が長くなってきた。
何よりも救いようがないのは、執務中もベッドで横になっているときも、常にアルコールを摂取していることだろう。
本人は、酒が切れたら死ぬと言っているらしいが、これで体が健康に戻ると考える方がおかしい。
かといって、飲酒をたしなめると、医者だろうが大臣だろうが城から追い出されるのだから、もう誰も何も言わなくなっていた。
今の彼は、酒によって瀕死の状態になりながら、その酒によって命をつなぐという、まさに末期症状と言える状態なのだ。
「実の父親とはいえ、なんと哀れで愚かなことか」
現国王は、もともと酒好きではあったが、そこまで無分別ではなかった。
そんな彼をここまで酒に溺れさせたのも、実はバズー・ムーサだった。国王の好きな酒に怪しい薬を混ぜ、飲ませ続けていたのだ。
それは依存性の高い薬物で、毒ではないものの、気分が高揚する代わりに、少しずつ心と体が壊れていく類のものだった。
そのとき、彼の部屋のドアがノックされた。
「入れ」
そう言うと、鎧を身に着け、左腰に剣を帯びた屈強な男が入ってきた。
彼は第二王子の護衛兼、直属の騎士団長だった。
「何かあったのか?」
「些細なことではありますが、事件がありました」
「事件だと?」
「はい。マヌエス商店の前主人が、リボ商店の店主の娘を人質に取り、身代金を要求したそうです」
「マヌエス……ああ、第三王子を支援していた無能な商人だな」
「その第三王子が逝去されたことにより、店主の座を奪われ、家から追い出されておりました」
「あんな、顔しか取り柄のない弟を応援などするからだ。愚か者め、自業自得だ」
「おっしゃるとおりでございます」
「それで、どうなった? 死んだのか?」
ムフフフと嬉しそうに笑いながら、バズー王子が尋ねた。
「いいえ。マヌエスは大怪我をしましたが、兵士に取り押さえられ、リボ商店の娘は無事に救出されております」
「ほほう、我が国の兵士もなかなかやるではないか」
「それなのですが……」
騎士団長が言葉を濁すと、それに気づいたバズー王子は、初めて彼の方に顔を向けた。
「事件を解決したのは、通りすがりの勇者だそうです」
「勇者だと?」
勇者とは、魔王に立ち向かう者の呼び名である。
そのため、魔王が降誕する前から、人間界では勇者を育て、魔王軍との戦いに備えていた。
しかし、今回の魔王は、たった一人の勇者によって早々に討伐されてしまった。
正確には、魔王は降参しただけで生きているため、再び戦いが始まる可能性も残っているのだが。
「魔王が討伐されて用済みになったはずだが、どこの国の勇者だ?」
「エルフ王国です」
それを聞いて、第二王子の手からグラスが滑り落ちた。
超高級な絨毯の上をコロコロと転がり、酒の染みが広がっていく。
「ま、まさか、ガルド・リンドウェルか?」
筋肉勇者ガルドの名は、すでに大陸中に知れ渡っている。
ただし、話にはかなり尾ひれがついているため、かなり眉唾ものの内容になっていた。
とはいえ、正真正銘の事実だけでも、十分に破天荒すぎて、あまり信じてもらえないのだが。
「はい。目撃した者たちから複数の証言を得ましたが、おそらく間違いないと思われます」
「魔王の三つの下僕と魔王本人を、たった一人で倒した化け物だぞ」
そう言って、バズー王子は足元のグラスを拾い上げた。
「一体、何をしに来たのだ?」
「分かりません。噂では、何かを売りに来たとか」
それを聞いて、バズー王子はホッと胸をなで下ろした。
「そうか。我が国の王位継承に首を突っ込むつもりはないのだな」
「いくら勇者といえども、それはないでしょう。完全な内政干渉になりますから」
騎士団長は、今の大陸で最も有名な男がやって来ているのだから、念のため、主の耳に入れておいた方がよいと判断したのだ。
「それで、そのエルフの勇者はどこに行ったのだ?」
「街を出て行ったそうです。行き先は分かりません」
本来であれば、王城に招いて晩餐会などを開くべきなのだろうが、できれば今は接触したくなかった。
「下手に監視をして気づかれると、藪蛇になるからな。近づかないように指示を出しておけ」
「承知いたしました」
そこまで話して、バズー王子は何か嫌な予感を覚えた。
勇者ガルドはエルフである。
エルフと言えば、森が大好きな連中だ……。
「ガルドに監視をつける必要はないが、兄上には監視をつけろ」
「あの山奥の屋敷にですか?」
とてもではないが、タットウィズ・ムーサがあそこから逃げ出すとは考えられない。
さらに言えば、彼を幽閉先から脱走させ、利用しようとする者もいないだろう。
「ああ、万が一の備えだ」
バズー王子は、兄がガルドと接触することを警戒しているのだった。
「承知いたしました」
騎士団長はそう答えると、一礼して部屋のドアに向かって歩き出した。
その背中に、バズー王子が声をかけた。
「そう言えば、お前も勇者候補だったな」
それを聞いて騎士団長は足を止めたが、振り向くことはなく、
「以前の話です」
と言って、そのまま退室したのだった。




