第4話 マッチョ勇者爆誕
魔倒歴1013年 エルフ王国王都
プラウナ大樹海に暗黒竜ヴァルドラゴンが姿を現し、そこで暮らすエルフ達を恐怖のどん底に陥れていた頃、王都ではエンドルフィン女王が神殿に足を運んでいた。
予定では、そろそろヴォイドアビスで勇者になるための修行をしているガルドが出て来る頃だ。
彼女は自分の一人息子を信じてはいたが、何だか嫌な予感がしていた。
「あの子は、真面目で良い子だけど、思い込みが激しいところがあるから」
そう呟きつつ、万能神ナーデミーアーレに祈りを捧げていると、神官が声をかけて来た。
「これは女王陛下、わざわざ神殿に足をお運びくださるとは」
女王があまり王城の外を出歩くと不用心なので、普段は城内にある小神殿で拝殿をしていた。
そのため、彼女がここにやって来るのは、儀式のときぐらいだ。
「我が子、ガルドの勇者修業が、そろそろ終わる頃なので、万能神に祈りを捧げに来ました」
「おおっ、ガルド様の」
そう言ってから、神官は何かを思い出した。
「ガルド様と言えば、1年前、この神殿においでになりました」
「ヴォイドアビスに入る前ですね。あの子も万能神に祈りを捧げていたのかしら?」
「はい。そしてその後、他の神様にも熱心に祈っておいででしたね」
「他の神?」
神殿の本殿には、巨大な万能神の神像が立っている。
そして、その他の各分野を担当する神々の像や石碑は、神殿内の至る所に配置されていた。
エンドルフィン女王は、ふと気になって、
「ガルドは、どの神に祈りを捧げていたのですか?」
と、神官に質問をした。
「こちらです」
それに答える代わりに、神官はエルフの女王を先導するように歩き出す。
戦いの神……ではない。森の神……でもなく、エルフが大好きな狩りや音楽の神々でもない。
それらの神像の前を通り過ぎ、どんどん神殿の奥へと進んで行く。
そして一番奥、トイレの隣で神官が足を止めた。
「こちらです」
「こ、ここ?」
神殿では、人気のない神ほど雑に扱われる。
そしてエルフの王国で、最も信仰されていない神とは――。
「これは?」
「肉体の神マッチョーダ様です」
エンドルフィン女王の前には、ムキムキマッチョボディーでポージングをしている小さな神像があった。
「な、何かの間違いでしょう、だって……ええっ?!」
「ガルド様は、普段から時々神殿に参られては、いつも熱心にこの神像に祈りを捧げておいででした」
「この筋肉の神を?」
「肉体の神です」
「……」
この時、エルフの女王が漠然と感じていた嫌な予感の正体が、はっきりと分かったような気がした。
「し、城に戻ります」
そう言うと彼女は、小走りで神殿を後にしたのだった。
馬車で王城に戻ると、エルフの女王エンドルフィン・リンドウェルは、無の大空洞ヴォイドアビスの入口へと向かった。
そこでは、24時間年中無休で、地下に食料や日用品を運び続けている兵士達がいた。
「じ、女王陛下!?」
難しい表情で近付いて来る彼女に気付いた兵士長が、驚いて姿勢を正す。
「いかがなさいました?」
「そろそろガルドが修行を終える頃だと思って」
エンドルフィン女王がそう言いつつ、運び込まれる前の、集積された食料を見る。
「鳥の胸肉、卵、魚、あとは豆類に玄米……随分と質素ね」
「はい、ガルド様からの注文です」
兵士達はヴォイドアビスに入っていないが、時々ガルドからメモなどで注文が来ていたらしい。
「ガルドの姿を見た者はいますか?」
「いいえ、ヴォイドアビス内は、肉眼では見えませんので」
1000倍速で動いているガルドの姿など、見える訳がないのだ。
「どうされました? 何か心配事でも? ガルド王子は、きちんと食事はとっておいでですけど」
兵士長がオロオロと落ち着きのない表情でそう言う。
それを聞いて、エンドルフィン女王は、あることに気付いた。
「服は?」
「服?」
「そう、ヴォイドアビスの中では、千年も経っているのです。当然、着替えも必要でしょう」
そう言われ、兵士長は近くにいた部下達と顔を見合わせた。
「どうしたのですか?」
「それが、激しい修行ですぐに服が破れるので、今は下着だけで良いとのことで」
「下着だけ?」
一体どのような修行をしているのか、想像ができない。
「はい、こういった物を」
そう言うと、兵士長が部下に木箱を持って来させた。
その蓋を開けると、革のブーメランパンツがぎっしりと詰め込まれている。
「……」
エンドルフィン女王の頬を汗が伝う。
彼女は覚悟を決めると、
「下に、ヴォイドアビスに降ります」
と言った。
「えっ?! 女王陛下がですか?」
その問いに答えず、エンドルフィン女王が地下へと通じる扉に向かおうとした時。
ズンッ!! と王城が震えた。
「まさか……」
すると、ヴォイドアビスから食料を運び込んでいた兵士達が、大慌てで駆け出して来る。
「ま、魔族だ!!」
「無の大空洞から魔族が出て来た!!」
彼等は口々にそう叫んでいた。
「魔族だと!!」
さすがは兵士長と言うべきだろう。エンドルフィン女王の盾になるように立ちはだかりつつ、弓を構えている。
それを見て、周囲にいた兵士達も槍や剣を手に取り、隊列を組み始めた。
「陛下、どうかお下がりください。ここは危険です」
兵士長はそう言うが、実はこの場にいる者達の中で一番強いのは彼女だった。
元勇者というだけあって、更年期ではあるが、まだ強力な攻撃魔法も防御魔法も使えるのだ。
彼女の親衛隊も駆け寄って来て、槍と盾を構えて女王の前に壁を作る。
そして全員の視線が、開いたままになっているヴォイドアビスへ通じる扉に向けられた。
すると、ズンッ、ズンッ、と不気味な足音が近付いて来る。
さらに、頑丈なはずの超巨大樹の切り株が、ミシミシと軋み、振動し始めた。
そして、ついに彼が姿を現す。
どのような鍛え方をすれば、そのような姿になるのか全く理解できない超筋肉ボディー、そしてその上に乗っている美しいエルフの青年の頭部。
「ただいま戻りました、母上」
その異様なマッチョエルフがそう言った。
「ま、まさか……ガルド……」
「はい、見事、千年の修行をやり遂げました」
人間族の平均寿命は約50年。その間にどれほど体を鍛えても限界がある。
肉体が老いれば、鍛え上げられた筋肉もどんどん萎んでいくからだ。
しかしエルフは違う。若い状態で千年間、毎日朝から晩まで筋トレをし続けることができる。
さらに言うと、魔力の吹き溜まりのようなヴォイドアビスで、精霊に近い存在であるエルフがそのようなことをすればどうなるか。
「究極の筋肉を手に入れることができました。筋肉勇者です」
「……へっ?」
エンドルフィン女王を始め、その場にいた兵士達が全員、間の抜けた顔で固まっている。
彼等が想像していたエルフの勇者とは、似ても似つかない姿になってしまったのだから、無理もないだろう。
さらにその時、女王の側近が彼女に駆け寄って来た。
「報告申し上げますって……うわぁ、何故ここにオーガが?!」
そして、変わり果てたガルドの姿を見て驚く。
「いいから、何かあったのか報告しなさい」
何かから現実逃避したいエンドルフィン女王が、無表情なままそう言った。
「は、はい。プラウナ大樹海に暗黒竜ヴァルドラゴンが現れたそうです。3日後の正午に樹海を焼き尽くすと」
それを聞いた兵士達が驚く。
「あ、暗黒竜ヴァルドラゴンが?!」
「そ、そんな、もう駄目だ」
口々にそう言いつつ、自分達の女王に顔を向ける。
すると、色々な意味で限界を越えたエンドルフィン女王が、白目を剥いて卒倒した。
「ああっ、女王陛下!!」
兵士達が慌てて彼女に駆け寄る。




