第36話 はい、元通り?
第36話「はい、元通り?」
ガルドとウェンディーは、転移魔法陣の上に立っている。
ただし、ウェンディーの身体に入ったガルドは、王都・美しい森の都の転移魔法陣の上に。そして、ガルドの身体に入ったウェンディーは、オアシスの転移魔法陣の上に立っていた。
つまり、二人は離れた場所にある入口と出口に、同時に立っていることになる。
二人を元に戻す方法とは、それぞれが別の場所から、相手のいる転移魔法陣へ同時に転移するというものだった。
これも本来はタブーとされる使用方法なのだが、たとえ失敗しても、とりあえずおかしな場所に飛ばされたりはせず、目的地には到着するはずだ。
その途中ですれ違いざまに、二人の魂がそれぞれ本来の身体に戻るのではないか。戻ったらいいなぁ……という、かなり賭けに近い方法である。
「あの、ガルドは本当にこれでいいって言っているのですか?」
水晶越しに魔術師に向かってそう尋ねると、
『はい、問題ないそうです』
という返事が返ってきた。
「昔からあいつって、そういうところがあるのよね。大胆というか、大雑把というか……」
『それでは、準備に入ります』
そう言うと、水晶から魔術師の姿が消えた。
王都側の転移魔法陣の準備に取り掛かったのだろう。
そして、それはオアシス側の転移魔法陣も同じだった。
「行きますよ。魔法陣を起動します」
そう言うと、コントローラー代わりの杖を両手で持ち、呪文の詠唱に入る。
足元の魔法陣が、神秘的な光を放ち始めた。
万が一の事故に備え、オアシスの商店で働くエルフたちは、全員、外へ退避させてある。
過去には、転移魔術が暴走し、周囲を巻き込んで消滅させてしまった事故があったらしいのだ。
転移魔法陣が正常に機能すれば、そのような事態にはならない。しかし、今回は通常とは異なる使い方をするため、何が起こるか分からない。
「ああっ、この身体ともお別れね」
ウェンディーは、自分の両腕――正確にはガルドの腕――をしみじみと見つめながら、そう呟いた。
「見た目はアレだけど、確かに力は凄かったわ。冗談半分で岩を殴ったら真っ二つに割れたときには、本当に驚いたもの」
そのとき、魔法陣が眩しい光に包まれた。
身体が浮き上がるような感覚と同時に、足が床から離れる。
次の瞬間、今度は目の前が真っ暗になった。
いや、それは自分が目をつぶったからだ。
あれ? 立っていたはずなのに……。
気がつくと、硬い床の上に横たわっていた。
ゆっくりと瞼を開くと、天井が見えた。
「良かった、外じゃない」
そう呟いた声は、懐かしい自分自身の声だった。
「えっ? 成功したの?」
そう言いつつ上半身を起こすと、身体が軽い。
「あ、あの、あなたはどちら様ですか?」
少し離れた場所から、女性魔術師の声が聞こえてきた。
それは、少し前まで思念通話の水晶で遠隔通話をしていた相手だった。
「わ、私はウェンディーよ」
そう答えると、彼女は、
「やった、成功だわ!!」
と叫んだ。
「そう、元に戻れたのね」
そう言って、自分の手を顔の前に持ってくる。
細い指、小さな手のひら。ああっ、私の手だ。
そして、視線を下に落とすと、
「あれ?」
確かに自分の身体なのに、そこにあるはずのものがない。
「私、こんなに胸が平らだったっけ?」
豊満とまではいかないが、それなりのサイズがあり、形にもかなり自信があったのだが……。
恐る恐る襟元から中を覗くと、
「な、なんじゃこりゃあああああ?!」
そこには二つの柔らかな膨らみなどなく、脂肪を全て切り落としたうえ、さらにヤスリで削ったかのような、ムキムキの大胸筋があった。
さらに、その下にはバキバキに割れた腹筋があり、よく見ると両腕の筋肉も以前の倍近く太くなっている。
「こ、これはどういうこと?!」
「ああ、それはガルド王子が、暇だからと言って毎日朝から晩まで、ずっと筋トレをされていましたので」
魔術師が、アハハと笑いながら教えてくれた。
「な、なんだとぉおおおお?!!」
「まあ、3カ月以上かかりましたからね」
「た、たった3カ月で、人の身体をこんなマッチョボディーにできるものなの?」
「なにせ、ガルド様ですから」
「い、いやあああ、筋肉はもうやめてぇええええ!!」
マッチョボディーから自分の身体に戻ったはずなのに、自分の身体までマッチョボディーになっていた。
「ガ、ガルドは? あの筋肉バカはどこに行ったの?」
「ガルド王子は、ウェンディー様がいらしたオアシスの転移魔法陣に移動しました」
そのとき、思念通話の水晶がほのかに光り出した。
『オアシスから思念通話が入っています……おつなぎしますね』
オペレーターがそう言うと、今度はウェンディーが先ほどまでいたオアシスの商店に勤める女性エルフの顔が映し出された。
『成功です。ガルド王子がこちらに来ました。中身も王子になっています』
どうやら、成功を報告してきたようだ。
それを聞いたウェンディーは、ガバッと立ち上がると、思念通話の水晶に駆け寄った。
「ガルド、ガルドはそこにいるの?!」
両手で水晶を握り、ガクガクと揺らしながら叫んだ。
『ひゃあああ!! ウェンディー様、良かった! そちらも成功したのですね?!』
「何が成功よ!!」
『えっ? じゃあ、失敗したのですか?』
「い、いや、一応成功はしたけど、そんなことより、ガルドを出して!!」
『ち、ちょっと待ってください……』
そう言うと、彼女の顔が消え、代わりについさっきまで自分が入っていた男の顔が映った。
『久しぶりだな、ウェンディー。顔を見るのは千年ぶりだが、あまり変わっていないな』
まあ、彼女はヴォイドアビスに入っていないため、当然である。
「そうね。そして、あんたは千年の間に、随分と変わったわね」
そう言うウェンディーの額には血管が浮き上がり、目が血走っている。
「そんなことより、ガルド、あなた、私の身体になんてことをしてくれたのよ!!」
『そうか、すまなかったな』
「意外ね。素直に謝るなんて」
『ああ、あと1カ月あれば、完璧に仕上げることができたのに』
「仕上げるなぁああああ!!」
まさに、魂の叫びだった。
この後も、お互いに全くかみ合わない会話が続いたが、
『もとはと言えば、ウェンディーが転移魔法陣に飛び込んできたのが原因だろう』
そう言われて、何も言い返せなくなった。
確かに、一歩間違えば、二人とも冥界か異世界に飛ばされるところだったのだ。
『じゃあ、俺は再び筋肉修行の旅に出るからな』
「あなた、まだ鍛える気なの?」
ウェンディーが呆れながらそう言うと、
『当たり前だ』
と言って、思念通話が切れた。
「ふぅ……あいつ、筋トレをサボっていたな。体がなまっているぞ」
そう言うと、ガルドは足元に置いてあった巨大な鋼鉄製のダンベル、グラビティ・ツインを持ち上げた。
「さあ、まだ見ぬ筋肉に会うために、出発だ」
そう言うと、ガルドは転移魔法陣から歩み出したのだった。




