第35話 中身が乙女なマッチョエルフと中身がマッチョな乙女エルフ
魔倒歴1016年 ?
ウェンディー・シグルの旅は、決して心躍るようなスリルや冒険に満ちたものではなかった。
人に見つかれば悲鳴を上げられ、優しく話しかけても泣き叫ばれ、物を買おうとしても、
「命だけはご勘弁を!!」
と言われて、食料やお金を差し出される。
そして最後には、兵士たちに追い回されるのだった。
しかし、内陸部に入るにつれて、少しずつ状況が変わってきた。
「そのお姿?! もしや、あなた様はエルフの勇者ガルド様ではございませんか?」
そう言われるようになってきたのだ。
「人違いだ」
この頃には、自分が気味悪がられる原因の一つに女言葉があると気づいていたため、男らしく振る舞うようになっていた。
「ですが、その立派な体格に尖った耳……やはり、マッチョ勇者のガルド様ですよね?!」
「マ、マッチョ勇者?」
この段階では、まだ彼女は、自分がガルドの顔をしたオーガの体に魂が乗り移ったとしか考えていなかった。
「ぜひ、その外套の下のお姿を見せてください!!」
「えっ、ええっ?!!」
「お願いします!!」
体はマッチョメンだが、心は乙女な彼女にとって、たとえ自分の本来の体ではないとはいえ、そのようなはしたないことはしたくなかった。
しかし、あまりにもしつこく懇願されるので、
「し、仕方がない。少しだけだぞ」
と言って、外套の前を一瞬だけはだけた。
知らない人が見たら、言い逃れのできない変態(痴漢)行為だが。
「おおっ、その見事な腹筋に革のブーメランパンツ! やはり、あなたはガルド様だ!!」
「ええっ?! ガ、ガルド、あなた、一体こんな格好で何をやっていたの?!!」
このとき初めて、ウェンディーは自分が従妹のガルドと体が入れ替わっていることに気づいたのだった。
さらに、
「あなた様は、肉体の神マッチョーダの敬虔なる信者、ガルド様ではありませんか!!」
「ガ、ガルド、あなたはそんなマニアックな神を信仰していたの?!!」
「おや、ガルド様。今日は珍しく裸ではないのですね?」
「…………」
私の従妹は、一体何者になってしまったの?
怖がられなくなった代わりに、笑顔で変態扱いされて戸惑うウェンディー。
ついには、
「アニキ!! ガルドのアニキィ!!!」
と、叫びつつ半裸のマッチョ軍団が笑顔で迫ってきたときには、真剣に逃げ出してしまった。
子供の頃、大人たちに黙って森に遊びに行った際、野生の熊と遭遇したことがあったが、あのときですら、こんなに必死に逃げてはいなかった。
「ガルド、あなた、一体何者なのよぉ~!!」
魔王を倒し、人間界を救った勇者ガルド・リンドウェル。どうやら彼は、もう彼女の知る従妹とは別人になってしまったようだ。
街中を歩いていても、誰からも怖がられない。その代わり、すれ違う人々からフロント・ダブルバイセップスやフロント・ラットスプレッドで挨拶をされるたびに、ウェンディーはそう考えてしまうのだった。
そして、あの体が入れ替わる転移事故から3カ月。彼女はようやく、目的の転移魔法陣がある施設に到着した。
「長かった……そして、辛かった」
そこは、広大な砂漠のオアシスにある街だった。その一角に、エルフが営む大きな商家がある。
表向きは、砂漠を旅するキャラバンに向けて、旅に必要な物資を販売している。しかし、その地下には転移魔法陣が設置されていた。
ウェンディーは、エルフが大陸中に設置している転移魔法陣の位置を知らなかった。そのため、あの海辺からここに至るまで、怪しげな街を片っ端から調べていたのだが、見つけることができなかった。
そんなある日、エルフの勇者ガルドが、いきなりこのオアシスに現れ、マグマバジリスクを討伐したという話を聞いたのだ。
エルフが瞬間移動できる転移魔法ネットワークを大陸中に張り巡らせていることを、ほとんどの一般人は知らない。そのため、不思議に思った者もいたのだろう。
「そこだ。間違いない」
彼女はそう確信し、このオアシスの街を目指すことにしたのだった。
今、目の前には、石造りの立派なエルフの商店がある。
エルフは森の住民である。
それを考えれば、このような乾燥して暑い場所でエルフが商売をしているのは、かなり不自然だ。
おそらく、この地を通るキャラバンから情報を収集しつつ、転移魔法陣の維持管理をしているのだろう。
「失礼」
そう言って中に入ると、店内には本当にエルフの店員しかいなかった。
これも、転移魔法陣がある場所の特徴だ。
国家機密を扱っているため、他の種族を絶対に雇わないのである。
「ガ、ガルド様?!」
奥のカウンターから、女性のエルフが驚いた様子で駆け出してきた。
「……どうぞ、奥へ」
彼女は、ガルドとウェンディーが転移魔法陣を暴走させたことを知っていたようだ。
「今日は店じまいよ」
従業員にそう指示を出すと、女性エルフはウェンディーを先導し、店の奥へ、さらに地下へと降りていった。
そこは倉庫で、木箱が山積みになっていた。
その間を縫うように進んでいくと、一番端にあった大きな木箱の蓋を開ける。
すると、それはただの箱ではなかった。底の部分が、さらに下の階へと続く隠し階段になっていたのだ。
体の大きなウェンディーは、少々苦労したものの、なんとか箱の中に入り、その階段を下りていった。
「中にいらっしゃるのは、ウェンディー様なのですよね?」
「ああ、そうだ……じゃなくて、そうよ」
隠し階段を下りながら女性エルフに尋ねられ、ウェンディーは正直に答えた。
そして、階段を下りきった先には、エルフ王国の王都、美しい森の都にあったものと同じ転移魔法陣があった。
「何があったのかは、思念通話の水晶で知っております」
「えっ、一体何があったの? 何で私はガルドの体になって、あんなところに飛ばされたの?」
事情を知らないのは、当の本人であるウェンディーの方だった。
「ガルド様が転移しようとしたとき、ウェンディー様が魔法陣の中に入ったため、魔力が暴走したのです」
転移魔法陣のそばにはテーブルと椅子があり、二人はそこに腰掛けて会話を続けた。
「やっぱり、それって私のせいだよね?」
「はい。とても危険な行為です。転移魔法陣は、一度に一人しか転移させられないように作られていましたから。普通なら魔法がキャンセルされるだけですが、一歩間違えば、目的地とは全く違う場所、それこそ冥界や異界に飛ばされていたかもしれません」
「…………」
つまり、あの世に直行する可能性もあったわけだ。
「ガ、ガルドは?! 彼は無事だったの?」
「はい。ただし、あなた様の体に入っていますが」
予想はしていたが、それはかなり嫌だった。
いくら従妹とはいえ、男が自分の体に入っているのだから、無理もない。
「そ、それで、私は元の体に戻れるの?!」
身を乗り出してそう尋ねると、女性エルフは思わず仰け反った。
それもそうだろう。中身はウェンディーだが、外見はガルドなのだから、その圧が半端ではない。
「はい。王都の魔術師たちが総出で対応を話し合い、一つだけ方法が見つかりました」
それを聞いて、ウェンディーはほっと胸をなで下ろした。
最悪の場合、この外見のまま一生過ごさなければならないかもしれないと考えていたからだ。
自分で言うのも何だが、あの美しくしなやかな体に戻れるなら、何でもするつもりだった。
「実は、転移魔法陣が暴走した後、1カ月ほど大陸中の転移魔法陣が使えなくなっていました」
「えっ、それ本当?」
「はい。原因は、大陸中の全ての転移魔法陣の魔力がゼロになっていたからです」
「ゼロに?!」
「はい。それほど大量の魔力が一瞬で消費されたのです」
そもそも転移魔法は、大量の魔力を必要とする。そのうえ、一度使用するだけでも、高レベルの魔術師が数名必要になる。
それだけの準備ができれば、エルフ族以外でも使用できるのだが、準備が大変なうえに成功率もかなり低いため、他の種族では滅多に使われない。
そこでエルフ族は、転移魔法陣という形で出口と入口を固定し、常時大量の魔力を蓄えておくことで、いつでも簡単に使用できるシステムを作り上げたのだ。
その大陸中にある転移魔法陣の魔力が全て空になるというのは、攻撃魔法なら都市を一つ丸ごと消滅させられるほどのエネルギーが、一瞬で消費されたことを意味する。
「今は大丈夫ですよ。魔力は回復しています」
「そ、そう。それは良かった。でも、何でそんなに大量の魔力が消費されたの?」
「どうやら、ガルド王子が原因らしいです」
「ガルドが?」
「はい。これも憶測でしかないのですが、転移魔法陣が暴走したとき、お二人はどこか違う世界に飛ばされそうになっていたらしいのです。しかし、ガルド様が踏ん張って、それに耐えた」
「耐えた? どうやって?」
「ガルド様いわく、筋肉で耐えたそうです」
「き、筋肉で……それって、耐えられるものなの?」
「分かりません。ただ、大陸中の転移魔法陣の魔力よりも、ガルド様の筋肉の方が強かったことだけは確かです。そして、その結果、お二人ともこの世界に残ることができました。まあ、中身は入れ替わってしまいましたが」
私的には、それって異世界に飛ばされるのと同じくらい非常事態だったけど……。
ウェンディーは、心の中だけでそう呟いた。
「そ、それで、元に戻る方法は?」
「はい。それなのですが……」
そう言うと、二人が向かい合って座るテーブルの上に、直径30センチほどの球状の水晶が置かれた。
「思念通話の水晶」
「少しお待ちください。王都の魔術師と今、つなぎます」
どうやら、この商店の女性エルフは魔術師でもあったようだ。
水晶に右手を乗せ、左手の指先で自分の額を軽く数回つつく。
すると、それまで透明だった水晶の表面に、人の形をした影が浮かび上がった。
『はい、通話ありがとうございます。こちら、美しい森の都中継所です』
その影が若い女性の声でそう言った。
「すみません。この通話を、そちらの転移魔法陣の魔術師さんにつないでください」
『承知いたしました。そのままお待ちください』
人影がそう言うと、美しいハープの音色が聞こえてきた。
そして、しばらく待たされた後、
『お待たせいたしました。どうぞ、お話しください』
そう言うと、人影が消え、王都の魔術師の顔が映し出された。
『どうかしましたか?』
「あっ、どうもご無沙汰しております。オアシス担当のレジオネです」
『どうもご苦労さま。そちらは相変わらず暑そうね』
「ええ、そうなんですよ。もう、肌が日焼けするわ、乾燥するわで大変です」
『分かります。私もそこで100年ほど勤務したことがありましたが、毎日のスキンケアに苦労しましたから』
「そうだったんですね。そのとき使っていた化粧水とか、教えてくださいよ」
『いいですよ』
「…………あ、あのぅ」
それまで黙って聞いていたウェンディーが、申し訳なさそうに声をかけると、二人がハッとなった。
「い、今のは合言葉です」
『そうそう、その通り……って、誰かいるのですか?』
「はい。ウェンディー様が」
そう言うと、女性店主が水晶の向きを変え、王都の魔術師とウェンディーが向き合うようにした。
『ほ、本当にウェンディー様なのですか?』
まあ、見た目はガルドなので、疑うのも無理はない。
「どうも……ご心配をおかけしました」
ウェンディーがガルドの体で頭をかきながらそう言うと、相手も納得した。
本物のガルドは、そのような仕草をしないからだ。
『本当に心配したのですよ。よくぞご無事で』
この後、ウェンディーは転移後から今日までの出来事を、かいつまんで説明した。
『それは何というか、ご苦労さまでした』
「まあ、原因を作ったのは私なので。それで、元に戻る方法があると聞いたのですけど」
『はい、あります』
「その方法を教えてください!!」
中身が入れ替わった二人を元に戻す方法。それは、かなり危険なものだった。
そもそも、どのような魔術であっても、人間の精神、というより魂を入れ替えることなどできない。
似たものとして、魔術で相手に化けるというものがある。しかし、それはあくまでも外見だけであり、魔力を消耗すれば効果が解け、勝手に元の姿に戻ってしまう。
ところが今回は、完璧に中身だけが入れ替わってしまったのだ。
先例がない以上、参考にできる方法はない。おまけに、実験もできない。
つまり、憶測に憶測を重ね、成功する確率が最も高そうな方法を、ぶっつけ本番で試すしかないということだ。
『今のままで問題がないのでしたら、そのまま放置するというのも、ありだと思います。もしかしたら、何かの拍子に勝手に元に戻る可能性もありますから』
一通り説明を終えた後、魔術師がそう言った。
「他人事だと思って……」
確かに、確率的にはかなり分の悪い賭けだ。
失敗すれば、今度こそ命を失ったり、冥界や異世界に飛ばされたりする可能性もある。
『さらに言うと、失敗すればウェンディー様だけではなく、ガルド様も巻き添えになります』
「それだけは避けたいわね」
今回の件で、彼には多大な迷惑をかけてしまった。
その挙げ句、二人そろって消滅などしたら、さすがに申し訳なさすぎる。
『よくお考えください』
「分かりました。ところで、ガルドは元気ですか?」
そう尋ねられた魔術師が、彼女を安心させるように微笑むと、
『はい。毎日、筋トレに励んでおられます』
「今すぐ、元に戻してください!!」




