第34話 心は乙女体はムキムキエルフの冒険
魔倒歴1016年 ?
「お腹減ったぁ~」
ガルドの顔をしたムキムキボディーになってから、すでに3日がたっていた。
その間、いくつか街や村を見つけたのだが、近づくと、
「魔物だ!!」
「オーガだぁ!!」
と悲鳴を上げられ、門を閉められた挙げ句、弓矢を放たれたり、猟犬に追い回されたりした。
おかげで、草の葉やその根しか口にしていない。
「これだけ体が大きいと、ちょっと食べたぐらいじゃお腹が膨れない」
林の中で見つけた木の実をチビチビと食べながら、そうぼやいていると、近くの茂みからかすかに人の気配がした。
エルフは植物から情報を得ることができる。
「人間が……5人。あと、金属を身に着けているってことは、武器を持っているわね」
もしかしたら、近くでオーガが出現したという情報を聞いた兵士たちが、捕まえに来たのかもしれない。
どうしよう。体はマッチョだが、中身はエルフである。
林の中なら、相手が何人いても、そうそう負けることはない。
しかし、ここで力加減を間違えて人間に怪我をさせたり、命を奪ってしまったりしたら、今度こそ本当に軍隊が討伐に出てくるだろう。
さすがのエルフも一人では軍隊に勝てないし、人間たちは森を燃やすことを躊躇しない。
彼女が逃げ込んだ林や森を包囲して、周囲から火を放たれたら大変なことになる。
「ここは逃げるべきね」
そうと決まれば、あとはどのタイミングで逃げ出すかだ。
そのタイミングをうかがっていると、相手が先に動いた。
「おい、こんなところで何をしている?」
5人の男たちが茂みから姿を現すと、ウェンディーを包囲するように展開していく。
「ここは俺たちの縄張りなんだ。つまり、木の実や山菜も全て俺たちのものってことだ。それを勝手に食いやがって」
どうやら、彼らは野盗だったようだ。
「代金として、身に着けているものを全てここに置いていってもらおうか」
そう言うと、リーダー格の男がショートソードを抜いた。
それを背中で聞いていたウェンディーは、盗賊が相手なら多少乱暴なことをしても問題ないわね、と考えつつ立ち上がる。
そもそも、身に着けているものは外套と革のブーメランパンツしかないのだ。
「うぉ、で、でかい?!」
一人旅をしている行商人だと思っていたのに、相手がやたらとガタイのいい男だったことに気づき、野盗たちが驚いた。
そして、彼女が振り返ると、一瞬でその表情と顔色が変わった。
「お、お前はエルフ顔のオカマオーガか?!」
「誰がオカマオーガよ!!」
「ヒィイイイ! 間違いない! アニキ、最近、この近くの村や街を襲って、若い男を次々と食い散らかしているっていう、エルフ顔のオカマオーガだよ、こいつ!!」
「一瞬で服を脱がされて、ぶっといのを突っ込んでくる魔物だ!!」
「何でこんなところにいるんだぁ!!」
どうやら、そんな噂がこの周辺の村や町で広まっていたようだ。
もちろん、ウェンディーは男を襲うどころか、怖がられて村や町に入ることすらできていない。
「あんたたち、いい加減にしなさいよ」
しかし、ガルドの外見で女言葉を使うというだけで、十分に不気味なことは確かだ。
「わ、悪かった! どうか命だけは助けてくれ!!」
「お尻は勘弁してくれぇ!!」
「俺には嫁と子供がいるんだ!!」
男たちは真剣に怯え、その場に土下座した。
さらに、持っていた金や武器を全て差し出してきた。
「どうか食べないで!!」
「食べないわよ!!」
必死に否定すればするほど、相手は怯えていく。
ただ、これはチャンスだと彼女は思った。
この男たちからなら、いろいろと情報を聞き出せると考えたのだ。
「命は取らないし、お金もいらないから、ちょっと教えてほしいんだけど」
「な、何でしょうか?」
「ここはどこなの?」
そのあと、ようやくウェンディーは、自分が今どこにいるのかを知ることができた。
現在地は彼女の読みどおり、大陸中央部にある灼熱のスカルノ砂漠の北西部に位置する海岸地域だった。
ここには、イワナゴというドワーフ族の王国と、ヨルツという人間族の王国がある。
同じ場所に二つの王国が共存している理由は、地上と地下で住み分けをしているからだ。
もちろん、両国は同盟関係にあり、軍事的にも経済的にも密接な協力関係にあった。
「そっかぁ~、イワナゴかぁ~」
地面に正座させられた野盗たちの前で、ウェンディーは腕を組んで考え込んでいる。
「何か問題でもあるんですか?」
野盗団のリーダーが、恐る恐るそう尋ねた。
「見たら分かるでしょ。私はエルフよ。ドワーフとは相性が悪いのよ」
「すいやせん、全く分かりませんでした……」
一応、顔は美青年エルフだが、それ以外の部分が違いすぎるからだ。
「確か、この辺りには転移魔法陣はなかったはず」
「えっ? 何ですか、それ?」
エルフの転移魔法陣は、一応、国家機密である。
「な、何でもないわ。気にしないで」
そう言って慌ててごまかすが、実はこれは公然の秘密に近い状態で、どこの国もエルフが魔法を使った瞬間移動の手段を持っていることは知っていた。
ただし、一般人、ましてや野盗がそれを知っているわけがない。
ちなみに、エルフ族とドワーフ族は仲が悪いため、ドワーフ族の国やその周辺には転移魔法陣が作られていない。
下手をしたら、その魔法陣を奪われてエルフ王国の中枢に侵入されるかもしれないし、そもそも、その仕組みを調べられてコピーされる可能性もあったからだ。
「そうなると、隣の王国まで行くしかないわね」
それは、過去にガルドが灼熱のスカルノ砂漠にいる炎ワーム、マグマバジリスクの討伐時に使用した転移魔法陣だった。
エルフ王国の王都、美しい森の都から、砂漠に一番近い転移魔法陣まで、それを使って移動したのだ。
しかし、ここからその最寄りの転移魔法陣までは、かなりの距離がある。
「あ、あのぉ~」
これからどうするか考えている彼女に、野盗団のリーダーが恐る恐る声をかけた。
「なに?」
「お、俺たちは一体どうなるんでしょう?」
「あなたたち、野盗でしょ?」
「ええ、まあ、一応」
「だったら、決まっているでしょ」
ここ数日、エルフ顔のオカマオーガが出現するという噂のせいで、どの街や村でも警備が強化されていた。
オーガは強靭な肉体を持った凶暴な魔族で、一人でも人間の兵士10人と同等の戦闘力があると言われている。
このような田舎の兵士では、その倍の人数がいても勝てないだろう。
「いいか、絶対に街に入れるなよ! 女子供まで全員食い殺されるぞ!」
「ああ、いざとなったら、命に代えても街を守る!」
このような田舎では兵士に地元出身者が多いため、皆、故郷や家族を守るために決死の覚悟であった。
警備をする兵士の数は倍に増やされ、昼夜を問わず巡回している。
「それにしても、オーガって、男も女も全員戦士だって聞いたけど、それでもオカマっているんだな」
「ああ、おまけに顔はエルフのように美形なんだってよ」
二人の兵士が街の外壁沿いで夜の見回りをしている。
街の周囲には、太い丸太を組んで作った柵が張り巡らされ、等間隔で篝火が焚かれていた。
彼らの仕事には、その柵が壊されていないか点検することも含まれている。
「オーガなら、こんな柵なんて簡単に壊せるんじゃないか?」
「そもそも、飛び越せるかもしれないぞ」
そもそも、彼らが警戒している相手は、オーガではないのだが。
そして、オーガなどとは比べ物にならないパワーを持った筋肉エルフである。
突然、くぐもった呻き声が聞こえたような気がした。
「な、何だ?」
「ヒィイイイ、オーガか?」
怯えた二人が槍を構えて周囲を見回す。
しかし、耳を澄ますと、その声は柵の外側から聞こえてくることが分かった。
「外からだ」
「行ってみよう」
二人は慌てて走り出し、門を守っていた兵士に事情を話すと、そのまま街の外へ駆け出していった。
松明を片手に柵沿いに歩いていくと、先ほど呻き声が聞こえた場所にたどり着いた。
「この辺りのはずだけど……」
「やっぱり聞こえるぞ」
先ほどと同じく、くぐもった呻き声が聞こえてきた。
その方向に松明の灯りを向けると、
「な、何だ?!」
二人が同時に驚きの声を上げた。
地面の上に、5人の男たちが縄で縛られて転がされていたのだ。
「こ、こいつら、最近この辺りを荒らしている野盗じゃないか?!」
それは、昼間にウェンディーを襲おうとした野盗団だった。
「一体誰に捕まったんだ?」
そう言いつつ近づくと、あることに気づいた。
「こいつらを縛っているのは、縄じゃない。植物の蔦だ」
「本当に何があったんだ?」
そこから少し離れた丘の上を、ウェンディーが歩いていた。
エルフの精霊魔術を使って植物の蔦を急成長させ、盗賊団を縛り上げて街のそばに放置してきたのは、当然、彼女だ。
さらに、盗賊団のアジトを見つけ、そこに保管されていた食料も手に入れている。
「さあ、想像していたのとはかなり違うけど、これも一応冒険よ」
彼女はずっと外の世界に憧れ、冒険の旅に出たいと考えていた。
ただし、それは元の美しいエルフの体でだが。
断じてオーガのような体、ましてや外套とブーメランパンツ一枚など、冗談ではない。
「まずは一度エルフ王国に帰って、自分の体を取り戻さないと」
当然、叔母であるエンドルフィン女王や両親には、めちゃくちゃ怒られるだろうが、仕方がない。




