第33話 体が入れ替わってるぅ~?!
魔倒歴1016年 ?
・・・・・・・・ウェンディー・シグルは、柔らかい草の上に倒れていた。
「ううっ……」
ゆっくりと目を開くと、厚い灰色の雲が空を覆っているのが見えた。
「うぅ……こ、ここは?」
そう言って立ち上がろうとして、違和感に気付く。
視界が高い。身体が重い。服の感触が違う。
ゆっくりと下を見ると、体をすっぽりと覆う外套を着ている。
何? このセンスの欠片もない服は?
そう考えつつ、前を止めている紐をほどこうとすると、その手がやたらとゴツくて大きい。
な、なにこれ?
外套の前を開けると、その下には巨大な胸筋が、太すぎる腕が、バキバキに割れた石畳のような腹筋が、何より黒い革のブーメランパンツが姿を現した。
「キ、キャアアアア、何じゃこりゃあああああ!!」
そう悲鳴を上げるが、その声も太くて低い。
「う、嘘でしょ、何があったの、これ?」
体中をペタペタと触るが、どこもかしこも岩のように固い。
美しい外見の者が多いエルフの中でも、自分はかなり美人だと自信を持っていたというのに、その全てが豹変している。
不気味なことに、ぺたんと地面の上に座り込むと、両手で顔を覆った。
すると、そこだけは体より柔らかい。
「えっ、これって……」
周囲を見回すと、少し離れた場所に小川が流れていた。
ドタバタと四つん這いの状態でそこに近付くと、川面に自分の顔を映す。
「こ、この顔はガルド……じゃあ、身体は誰なの?」
彼女は、ヴォイドアビスから出てきたガルドがどのような状態になっているか知らなかったのだ。
ただ、顔だけは変わっていないため、そこには気付けた。
「ガルドの頭をオーガの体と取り換えたみたい」
原因について考えてみると、思い当たるのは、あの転移魔法陣の暴走ぐらいしか考えられない。
実は、転移魔法陣も国家機密に属するため、その使用上の注意事項について、彼女は知らなかったのだ。
転移魔法陣は、一人ずつしか転移させることができないということを。
もし知っていたら、こっそりと転移施設に潜入し、転移魔法陣の起動タイミングで、その中に飛び降りたりはしない。
「何かトラブルがあったことは間違いないわね」
マッチョエルフ勇者が女言葉を使う姿は、ゾンビやゴーストの呻き声より不気味だった。
「ガルドはどこかしら?」
そう言って立ち上がると、普段よりかなり遠くまで見渡せる。
そこは広い草原で、左側に海が、右側には山々の連なりが確認できた。
「わぁ……あれが海なのね」
こんな時だが、彼女は生まれて初めて見る海に感動する。
ガルドは、激しい頭痛で目を覚ました。
「こ、ここは?」
そう呟いてから、自分の声が妙に甲高いことに驚く。
「な、何が一体?」
そこは石造りの部屋に置かれたベッドの上だった。
「ウェンディー様!! 良かった、目を覚ましたのですね」
「おぉ~い、ウェンディー様の意識が戻ったぞ!!」
室内には、転移魔法を扱う魔術師と兵士がいた。
「ウェンディーだと?」
何を言っているんだ、と呆れつつ自分の身体を見ると、何もかも細い。そのくせ胸だけ膨らんでいる。
皆が自分のことを、従妹の名前で呼んでいる。
そして、おそらくこの身体は彼女のものだ。
「なるほど……」
彼は理解した。
「俺はウェンディーではない」
「へっ?」
室内にいた全員が、彼女の方に顔を向けて驚く。
「俺はガルドだ。エンドルフィン・リンドウェルの息子、ガルド・リンドウェルだ」
「……」
彼らがお互いの顔を見合わせて、首を傾げる。
こんな突拍子もないことを、「なるほど、そうだったのですね」と、すぐに受け止められるはずがないのだ。
「おそらく、転移の魔法陣が暴走したのだろう」
「えっ、本当にガルド王子なのですか?」
「ああ、せっかく千年かけて鍛えた筋肉が無くなってしまった」
「……そんなことがあり得るのですか?」
兵士の一人が小声で魔術師にそう聞くと、
「我々エルフは、人間族の中でも最も精霊に近い。つまり、魔力の影響を受けやすいということだ」
「だからと言って、中身が入れ替わるなんて」
「確かに聞いたことがない。しかし、ガルド王子の身体は、どこかへ行ってしまった」
転移の魔法陣が暴走したとき、ガルドの身体は消えてしまった。
そして、代わりに天井から飛び降りてきたウェンディーと、ガルドの愛用武器グラビティ・ツインだけが魔法陣の中に転がっていたのだ。
「ううっ、頭が痛い」
「ウェ……じゃなくて、ガルド王子、まだ横になって休んでください」
慌てて魔術師が駆け寄ると、彼(女)の肩に手を添えて、ベッドの上に寝かせた。
ここは転移施設の警備兵の宿舎だ。
そこに一人の兵士が駆け込んできた。
「大変です!!」
「どうした?」
「今、思念通話ができたのですが、目的地の転移魔法陣にガルド様の身体は届いていません!!」
「な、なんだって?!」
「向こうも魔法陣は起動したのですが、誰も転移しないまま停止してしまったそうです」
「何ということだ。ガルド様の身体は一体どこに? いや、そもそもこの世界の外に飛ばされていたら、もう戻って来られないぞ……」
それを聞いて、兵士たちの顔から血の気が引いた。
いくら魔法陣の暴走の原因がウェンディーにあるとはいえ、王子の身体を行方不明にしてしまったのだ。
下手をしたら、全員の首が飛ぶかもしれない。
「あと、今回の暴走で、大陸中の転移魔法陣が使用不能になっています」
「ああ~っ、どうすればいいんだ……」
魔倒歴1016年 ?
ガルドの身体に入ったウェンディーは、とりあえずここがどこなのか調べることにした。
呼吸はできるし、精霊の力も感じる。あと、足元に生えている植物も、彼女が知るものばかりだった。
「薬草学を勉強しておいて良かったわ」
そのおかげで、どの地方に何の植物が生えているか、豊富な知識を持っているのだ。
「グロサ草は大陸中に生えているけど、この小さな白い花は、大陸中部の灼熱のスカルノ砂漠の北側に多く生えているわね」
炎ワーム・マグマバジリスクが精霊力を暴走させようとしていた灼熱のスカルノ砂漠は、大陸の中央部を東西に貫いているため、その北側と南側では大きく植生が変わるのだ。
「遠くに飛ばされたけど、最悪の事態ではないわ……灼熱のスカルノ砂漠の南側だったら、砂漠を縦断しないといけなくなるところだったもの」
確かに、旅慣れているガルドならいざ知らず、ウェンディーは王都・美しい森の都から、ほとんど外に出たことがないのだ。
当然、砂漠をどうやって越えるかなど知るわけがない。
「とりあえず、村か街を探すしかないわね」
そう言うと、彼女は歩き出した。
初めのうちは、慣れない体のせいで、何度も躓いたり転びそうになっていたが、
「この身体は凄いわね」
視界は高いし、歩幅も大きい。あと、疲れ知らずだ。
問題は、逆にじっとしていると落ち着かず、立ち止まるとスクワットや腕立て伏せを条件反射でやり始めることぐらいだろうか。
草原を歩いて行くと、道にぶつかった。
「道だわ」
道があるということは、それ伝いに歩いて行けば、街か村に着くということだ。
足元を見ると、いくつも足跡や馬車の轍があり、それらはかなり新しい。
つまり、かなり活発に人や馬車が行き来しているということになる。
「どっちに行くべきか……海沿いが良いわね」
海沿いには港や漁村があるはずだ。
そう考えたウェンディーが、左側に向かって歩き出した。
日が落ちる前に、ウェンディーは海沿いの小さな街を見つけた。
「街だわ!!」
(ガルドの)外套の内ポケットには財布があり、そこには数十枚の金貨が入っていた。
金貨一枚あれば、安い宿屋なら一か月は泊まれる。
つまり、街や村さえあれば、かなり余裕を持った旅ができるということだ。
「体が、こんなムキムキになったのは嫌だけど、夢にまで見た外の世界だもの、楽しまないとね」
そんなことを言いつつ、街に近付いていくと、周囲を木の柵で囲まれており、さらに入り口には見張りの兵士が二人立っていた。
「人間の街も日が暮れると門を閉めるはずだから、急がないと」
そう呟いて、小走りで近付いていく。
街の門の前には、槍を持った二人の見張りの兵士が立っていた。
「ファ~、今日も疲れたな」
「ああ、でも雨が降らなくて良かったぜ」
二人は雑談をしながら、門を閉めた後のことを相談しだす。
その時、街道を大柄な男が走って来るのが見えた。
「誰か来るぞ」
「一人か……って、何だあれは?!」
二人が目を凝らすと、大柄な外套姿の男が、内股の乙女走りでこちらに近付いてくるのが見えた。
さらに、フードは被っていなかったため、顔は金髪の美青年だ。
「待って、門を閉めないで!!」
その男が手を振ると、外套の前が捲れて、超マッチョボディーがあらわになった。
「うわぁ!! オーガだ!! オカマのオーガだぁ!!」
「ヒィイイイイ、門を閉じろ!!」
二人が悲鳴を上げながら門の内側に逃げ込むと、大慌てでそれを閉めた。
「ち、ちょっと待ってって言ってるでしょう!! もう信じられない!!」
太くて低い男の声で、そのようなことを言うものだから、恐怖心がさらに増し増しになる。
固く閉ざされた門の内側で、閂がかけられた。
「ええ~っ、ひどぉ~い」
はっきり言って、ガルドの身体なら、門を飛び越えることも、門を破壊することも簡単にできる。
しかし、ウェンディーはまだこの身体に慣れていないため、そのようなことはできなかったし、そもそもできると思っていなかった。
「オーガめ、街の中には死んでも入れないぞ!!」
門の内側から、兵士たちの必死の叫び声が聞こえてくる。
「オーガじゃないわよ!! 多分だけど」
彼女は自分の体がガルドと入れ替わっていることを知らない。
あくまでもガルドの顔をした、異様な何者かになっていると認識しているのだ。
「やっぱりオカマのオーガだ!!」
ガルドも行く先々でオーガに間違えられたが、今回はさらに勘違いが加速している。
「ううっ、これは困ったわね」
このままだと、討伐隊が編成されて、攻撃を受けるかもしれない。
「仕方ない、この街は諦めましょう」
そう言うと、門の前から離れたのだった。




