第31話 勇者装備
魔倒歴1016年 勇者神殿
ガルドは来た道を戻るように、魔界を抜けて南下していった。
一度エルフ王国に帰ろうと考えたのだが、瞬間移動できる転移魔法陣の施設は、この平原を抜けた南側の街までなかったのだ。
全身をすっぽりと覆う外套と目深に被ったフード姿で、両手には彼の愛用武器兼筋トレアイテム、グラビティ・ツインが握られている。
「こいつもすっかり手に馴染んだな。今では体の一部のようだ」
などと言っているが、グランファルム領の領都グランで初めて使った時から、軽々と使いこなしていた。
ふと、彼が足を止めると、視線を右側に向けた。
そこには、深い渓谷の入口があり、その先は濃い霧に覆われている。
「ここは、確かオーガたちがいた場所だな」
そう、そこは勇者神殿へと通じる渓谷の入口で、以前は立派な門が塞いでいた。
それは、勇者を神殿に行かせないためのもので、魔族でも戦闘力が高いオーガたちが守っていたのだ。
渓谷の奥には、魔王を倒せる武具を納める勇者神殿があり、逆にその神殿に勇者を行かせなければ、魔王を倒すことは不可能だと言われていた。
渓谷内は魔力を含んだ濃い霧が立ち込めており、魔王ですら手が出せない。
そこにたどり着けるのは、数多くいる勇者の中でもたった一人だけだ。
しかし、結果としてガルドは神殿を素通りして、魔王ディアブロ・エディケーターを倒してしまったため、今、かなりその存在感が危うい状態になっている。
ガルドの必殺技、神罰筋肉投擲によって破壊され、その後、オーガたちによって綺麗に片付けられた門の跡には、
『勇者大歓迎。』『お気軽にお寄りください。』『今日はポイントアップデー。』
などと書かれた看板が立てられている。
その中でも、ガルドが注目したのは、
『逞しいあなたにピッタリの装備がお出迎え』
と言う、怪しさ全開の看板だった。
「逞しいだと?」
その単語にめっぽう弱いガルドが、体の向きを変えると、渓谷の入口に向かって歩いて行く。
渓谷を進んでいくと、すぐに濃い霧に行く手を阻まれるが、ガルドの足は止まらない。
完全に方向感覚が狂い、自分がどの方向に向かっているのか、渓谷の入口からどれぐらい進んできたのかすら分からなくなってしまう。
「なるほど、これはさすがに筋肉ではどうすることもできないな」
当たり前だ。
「何だか時間がかかりそうだし、別に勇者装備など必要ないから、引き返すか」
彼がそう言った時、霧の中で何かが光った。
「んっ?」
気になったので近づいて行くと、その光も移動していく。
まるで彼を誘っているようだ。
普通ならば、罠を警戒して躊躇しそうなものだが、彼に怖いものなどない。
崖を登り、沢を下り、行く手を阻む岩は拳で破壊してひたすら光を追いかけていく。すると突然、視界が開けた。
「ムッ、ここは?」
上を見ると、青空が広がっている。
そして正面には緑に包まれた小高い丘があり、その周辺にはまばらに民家が、さらに畑が広がっている。
ガルドの足元には石畳の道があり、それは真っすぐに丘の上に立っている白亜の立派な神殿まで伸びていた。
「ここが勇者神殿か」
なぜそうだと分かったのか? それは神殿の屋根の上に『ようこそ勇者神殿へ』とデカデカと書かれた看板が立てられていたからだ。
いつの間にか、彼をここまで誘導してきた光は消えていた。
ここまで来たら、せっかくだからと神殿へと向かう。
ガルドが丘を登っていくと、その神殿の前に神官たちが整列していた。
さらにその隣には、いかにも勇者が跨っていそうな立派な白馬が繋がれている。
「お待ちいたしておりました。勇者様」
長い髭を伸ばした老人と、長い白髪の女性が一歩前に進み出る。
「ここは?」
「ここは歴代の勇者様を祀る神殿です」
女性がそう言うと、髭の老人が、
「そして、魔王を倒せる聖なる装備の安置場所でもあります」
と答える。
「ふむ、そうか……しかし、魔王はもう倒してしまったな」
「はい、できましたら、魔王の所に向かう前においでいただきたかったのですが」
「それは悪いことをしたな」
全く悪びれた様子もなくガルドがそう言う。
「まあ、細かいことは気にするな」
「こちらとしては死活問題です」
確かに、勇者神殿の存亡の危機は、魔王ではなく勇者によってもたらされていたのだった。
長い髭の男性は神殿長、そして白髪の女性は神官長、つまりこの神殿のナンバー1と2だ。
その二人に先導され、ガルドは神殿の奥へと入って行った。
巨大な石柱が等間隔に並び、その間に、歴代の勇者の像が設置されている。
男性だったり女性だったり、人間だったり獣人だったりするが、皆共通しているのは、右手に勇者の剣を持ち、体には勇者の鎧を、そして左手には勇者の盾を持っている。
あと、エルフ族の像はなかった。
もちろんエルフの勇者もいるのだが、この神殿までたどり着けた者はいなかったのだ。
神殿内は綺麗に掃除が行き届いており、塵一つ落ちていない。
美しく静謐なその空間を、ガルドが堂々と歩いて行く。
その彼が両手で持っているグラビティ・ツインが、神殿の柱や勇者像に触れそうになる度に、後ろからついて来ていた神官たちがヒヤヒヤしている。
幸いなことに、どこも傷つけたり欠けたりすることなく、彼らは神殿の中で最も広い空間である拝殿に到着した。
そこにはお約束である万能神ナーデミーアーレの巨大神像が立っている。
ただし、その像も右手に勇者の剣を、左手に勇者の盾を、体には勇者の鎧を身に着けていた。
まあ、万能神の像は大陸中の神殿にあるが、その地方の特色や文化によってかなり姿形が違うため、この程度はセーフである。
過去にほっそりとした若い美形で、さらに全裸で床の上で悩ましいポーズをとっている万能神の像を作った神殿があったが、さすがにそれはダメ出しをされ、新たに作り直されたらしい。
ただし、そのイケメン像は、それはそれで女性信者たちから絶大な人気があったため、壊されることなく場所を変えただけで許されたらしいが。
「肉体の神マッチョーダではないのだな」
「えっ、あのマニアックな信者しかいない……」
神官長がそう言いかけて、慌てて口を閉じた。
目の前のマッチョエルフが、そのマニアックな信者だと察したためだ。
「ところで、その勇者の武具だが、毎回作り直しているのか?」
ガルドがそう聞くと、神殿長が、
「いいえ、勇者様の武具は偉大な万能神が、魔王を倒すために作られた唯一無二のものです」
と答える。
つまり、人間ごときでは作ることができないと言うことだろう。
「では、魔王を倒したら、勇者がここまで返しに来るのか?」
あの霧の中を何度も往復するのは、さすがに面倒そうだ。
「いいえ、そのようなお手間は取らせません。こちらから回収に伺います」
「なかなか親切だな」
「過去に魔王討伐を終えた後に、勇者装備が競売にかけられそうになったことがありまして」
魔王を倒したあとも勇者の人生は続く。そして中には生活苦に陥る者もいたのだろう。
「ですから、魔王が倒されたという情報が入りましたら、可能な限り速やかに回収をすることにしています」
「そうか、ご苦労さま」
その時、ガルドはふとあることを思い出した。
「そう言えば、この神殿に来るまでずっと濃い霧に覆われていたが、あれは?」
「はい、魔王を倒せる唯一の武具を安置していますので、それを奪われないようにするためと、あとその使い手としてふさわしいかどうか確かめるためのものです」
「途中で引き返そうとしたら、何か光に誘われて来たのだが」
「そ、そうですか。それはあなた様が勇者として神々に認められたからでしょう」
「そうなのか。まるで帰るなと言われているような気がしたが」
「気のせいでございます」
神殿長がそう言うと、軽く手を叩いた。
それを合図にして、若くて美人な女性の神官が、凝った細工がされた大剣を両手で捧げ持って近づいて来た。
「こちらが勇者の大剣になります。魔王の防御障壁に守られた鎧を貫くことができる唯一の刃です」
ガルドが両手で持っていたグラビティ・ツインを足元に置くと、その大剣を手に取る。
本来であれば、若い女性が一人で持ち運べるような代物ではないはずだ。
しかし、ガルドは片手でそれを持つと、軽々と振り回す。
「軽いな」
「はい、魔法の加護により、ショートソード(片手剣)より軽くなっております」
確かに、そうでなければ右手でこの大剣を持ち、左手で盾など構えることはできない。
しかし、ガルドは気に入らなかったようだ。
フンッ!!と気合を入れつつ、右肩から右前腕までの筋肉に力を込めた。
直後に、勇者の大剣にかかっていた全ての加護が吹き飛ぶ。
「へっ?」
拝殿の空気がビリビリと震え、神官長たちが思わず後ずさる。
そんな彼らの前で、ガルドは普通の大剣になった勇者の剣を片手で振り回した。
傍目には加護があるかないか分からないぐらい違和感がない。
もっとも常人では、逞しい戦士でも持ち上げるだけで精一杯のはずだ。
「まだ軽いな。これではトレーニングにならん、俺のグラビティ・ツインの方がマシだ」
ガルドがそう言ってポイッと勇者の剣を床の上に落とすと、ズシンッと重たい音がして、床に嵌められていた大理石のパネルが割れた。
「お、お気に召しませんでしたか」
神殿長が涙目になりながらそう言う。
「では、次に勇者の鎧を」
気を取り直した神殿長がそう言うと、今度は男性の神官が2人で鎧を運んで来た。
黄金に輝く美しいそれは、どちらかと言うと装飾用で、あまり戦闘向きには見えない。
「その鎧は本当に魔王との戦いで使われたのか? 傷一つついていないようだが」
「先ほどの剣もこの鎧もそうなのですが、どれほど傷ついても壊れても自動で元に戻るのです。もちろん、時間はかかりますが」
「なるほど」
それなら、先ほど魔法の加護を吹き飛ばした勇者の剣も大丈夫だろうと、少しだけ安心する。
「さあ、是非身に着けて下さい。大丈夫です、この鎧はフリーサイズですから」
そうでなければ、毎回同じ体型の勇者しかこの鎧を身に着けることができなくなる。
「この勇者の鎧は、魔法攻撃を防ぎますし、怪我をしても治癒能力があります」
「女性の更年期障害には?」
「えっと……たぶん効果があると思います」
「そうか、是非母上のために持って帰りたいな」
「できれば、そういう使い方はちょっと」
神官が勇者の鎧をパーツごとに分解すると、それを持ってガルドに近づいて来た。
「まずは腕から……」
そう言って、ガルドの腕につけようとするが……。
「し、神殿長様」
「どうした?」
「入りません」
残念ながら、ガルドの筋肉はフリーサイズでも対応できなかったようだ。
「……」
驚きつつ全員がマッチョエルフの方に顔を向けると、彼はムンとポージングをした。
「で、では、これなら大丈夫でしょう」
そこに勇者の盾が運んで来られた。
「勇者の剣と同じ神聖なオリハルコンで作られたもので、いかなる刃もこれを貫通することはできません。あと、これは防具ですので、重量は関係ありません」
神官がガルドに盾を手渡すと、彼はそれを左手で持ち、軽く振り回した。
「防御か……考えたら、これまで防具を身に着けたり持ったりしたことはなかったな」
「そ、そうですか……」
何せいつでもどこでも革のブーメランと外套姿だ。
ガルドが右手の中指を折り曲げると、
「マッスル・フィンガー」
と、言って盾の表面にデコピンを放った。
ボコッ!!という鈍い音がして、その表面が凹む。
「うん? 柔らかいじゃないか」
目と口を限界まで開いて呆然と立ち尽くしている神殿長たちに向けて、ガルドが呆れながらそう言った。
「残念ながら、どれもトレーニングには使えんな」
「い、いえ、あの……」
そもそもトレーニングをするための物ではないのだが、神殿長が動揺しながら隣に立つ神官長に顔を向けた。
彼女も泣きそうな顔で首を左右に小さく振っている。
い、いかん。このままでは勇者神殿としての威信が保てない。何が何でも勇者の役に立たなければ。
そう考えると、ハッと何か思いついた。
「勇者様は、ずっと徒歩で旅をされているのですよね?」
「ああ、そうだが」
「セ、聖なる馬をお渡ししましょう。足が速く利口で、必ずあなた様のお役に立ちます」
神殿長がそう言うと、神官に、表に繋いでいる馬を連れて来なさいと言う。
「あれは、普通の……白馬で見た目が綺麗だから……」
「黙りなさい。あれは聖なる馬です」
神殿長の迫力に押され、神官が拝殿から駆け出して行く。
そして、しばらくして神官に手綱を曳かれて白馬が連れてこられた。
「さあ、どうぞお受け取り下さい」
そう言われ、ガルドは、
「なるほど、引き締まった良い筋肉だ」
剣や鎧や盾の時は無表情だったのに、今は微笑んでいる。
「そ、そうでしょう、そうでしょう」
神殿長たちがそれを見て、ホッと胸を撫でおろす。
「長旅になるとタンパク源が必要だから、ありがたく頂くとしよう」
ガルドはそう言うと、ヒョイと白馬を肩に担いでスタスタと歩き出した。
ヒヒィ~ン!!『助けて、食べられるぅ~!!』
馬の悲痛な鳴き声が拝殿に響き渡り、神殿長たちが慌ててガルドに駆け寄ったのだった。
結局ガルドは、勇者神殿からは何も受け取らずに去ることになった。
来た時同様、両手にグラビティ・ツインを持ち、スタスタと歩み去っていく。
その後ろ姿を、神殿長たちと、あと食べられそうになった白馬が黙って見送っていた。
「あれは、本当に勇者なのですか?」
神官長が溜息をつきつつ、小声でそう言う。
すると神殿長は、何かを諦めたように微笑みながら、
「うむ、次の勇者様に期待しよう」
しみじみとそう言ったのだった。




